夢見る乙女は眠れない 21
昼食を済ませ、アセビたちは道場へ向かった。補欠扱いだが、もし団体戦になれば出番が回ってくる。ルピナスは何度も頬を叩いて気合いを入れていた。
一方マーガレットは余裕の表情だ。仮に戦うことになったとしても問題ないと言わんばかり態度である。
「ふぁ〜……あたしなんだか眠たくなってきたわ。アセビ、暇つぶしに面白い話を聞かせてほしいのだけれど」
「ほっぺたが痛いよぅ。アセビ、なんとかしてよぅ」
「あの、オレ数分後には決闘なんスよ。ふたりとも、もうちょっと空気読んでもらっていいスか」
「たのもー!!!!」
聞き覚えのある大きな声が響いた。道場の入り口を見つめると、イチョウ家、カシワ家の面々が綺麗に並んでいる。その正面には今回の首謀者、オモトとアヤメが立っていた。
「入らせていただくぞ」
「お邪魔しますわ」
オモトとアヤメは一礼すると、道場にさっと足を踏み入れた。キサヌキ家の神聖な土地であることを理解しているのだ。
オモトとアヤメが中に入ったことを確認すると、取り巻きも行儀よく一礼して入ってきた。無法者たちに見えるが、最低限の礼儀はあるらしい。
オモトとアヤメは、道場の奥で正座をしているウツギに向かって頭を下げた。
「お忙しいところ申し訳ない。ウツギ殿がここにいるということは、今朝のことは耳に入っていると解釈してよろしいか?」
「うむ。聞いている」
「御三家の誇りを賭け、敗れた陣営は受け継がれてきた仕事から手を退く……よろしいですわね?」
「構わんよ」
ウツギは特に動じる様子を見せず、淡々と答える。オモトはニヤリと笑い懐から紙を取り出した。彼は近くにいたアセビに渡し、急いで読むよう目で促す。
計画は順調に進んでいるように見えるが、サツキの弟のガジュマル、妹のカリンが戻ってきたら、全て水泡に帰すのだ。できるだけ早く終わらせたいのだろう。
「どれどれ……」
紙には達筆な文字で、決闘のルールが細かく記されている。アセビは道場の人間全員にわかるよう、声に出して読み始めた。
「勝負は1対1。武器の使用は有り。先に2勝した陣営の勝利。決着がつくまで戦い続ける……以上」
「何か質問はあるか?」
アセビの説明が終わると、すかさずオモトが全員を見回して確認した。紙にルールを記したのは、決闘終了後に言った言ってないと揉めたくなかったからだ。
マーガレットがニヤニヤしながら手を挙げると、オモトが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「何じゃ白頭巾! 引っ込んどれや!」
「せっかくだしぃ、団体戦のほうがいいんじゃないかしらぁ? 取り巻き連れてきてるのにぃ、みんなじろじろ見てるだけってぇ、バカみたいじゃなぁい?」
煽るようなねっとりとした口調だった。マーガレットは明らかにオモトとアヤメを挑発している。
「不愉快ですわ! これは誇りを賭けた御三家の真剣勝負ですのよ! 煽りたいだけなら、黙っていてくださいます!?」
マーガレットに対して、アヤメが眉間にシワを寄せて露骨に不快感を示した。煽られたことを根に持っているのだろう。
マーガレットを自由にしていると、いつまでも煽り続けるのは火を見るより明らかだ。アセビがストップをかける意味も込めて口を開く。
「取り巻きは立会人だろう。オレたちがルールを守っていれば、何もしないさ」
「あら、意外と怖がりなのね」
「……そちらが妙な真似をしない限り、絶対に手を出しません。誇りに賭けて誓います」
ここまで言うからには、ルールを破ることはしないだろう。
アセビは頷き、オモトはそれを試合のルールを了承したと判断した。
「キサヌキ家対イチョウ、カシワ家の決闘の開始をここに宣言する!」
「おおおおおおおお!」
オモトの言葉に取り巻きたちが反応し、気合いの入った雄叫びを上げる。ここまで来たらもう潰すか潰されるかだ。
アセビの表情に緊張の色が見える。しかし彼はこれまで数多の修羅場を潜り抜けてきた。経験は両家にも負けていないはずだ。その事実だけが、今のアセビの精神を支えている。
「ウツギ殿、ぜひお手合わせいただきたい!」
オモトは自身の挑戦を受けてくれるよう、ウツギに向かって頭を下げた。
「ふふ、ご指名か」
普段のウツギなら、将来有望な若者との稽古は喜んで引き受ける。しかし背中と腰の痛みがまだ完治していない。
ウツギは戦闘ができないことを悟られないよう、あえて余裕の表情を浮かべながら、口元を緩めてオモトに言葉を返した。
「わしは引退の近い年寄りでね。こんな老いぼれと戦っても面白くなかろう?」
「と、おっしゃると?」
「アセビくんが貴殿の相手になるということだ」
オモトはウツギの言葉が信じられず、思わず手から木刀を落としそうになった。
「おいおい本当かよー!」
「オモトを愚弄してるんじゃねえだろうなぁ!」
取り巻きのヤジが飛ぶ。
オモトはウツギをじっと見つめた。その瞳は真剣そのもの。戦うのが面倒だから、部外者をぶつけようとしている者のそれではない。
オモトはおばさんたちの情報網を思い出した。アセビは西の大陸で有名な化け物を倒したと聞いている。警戒したほうがいいと思いつつも、オモトには素人にしか見えなかった。勝ったも同然。そう考えていた。
「部外者相手に勝ってもこちらの勝ち扱いだが、よろしいか?」
「構わんよ。やってみなければ結果はわからんがね」
「田舎者! 前に出ろや!」
オモトが木刀をアセビに向ける。宣戦布告だ。
アセビは道場の壁に立て掛けてあった木刀を握り、数回適当に振り回した。
素人同然の動きを見て、オモトは勝利を確信したらしい。ニヤニヤと笑っている。
両者とも道場の中心に歩みを進め、木刀を構えて睨み合った。
「素人がこのワシに勝てると思うな!」
「やってみなきゃわからねえ!」
「わたくしが合図をしますわ。では……始め!」
アヤメが試合開始を宣言し、アセビとオモトが正面からぶつかり合った。




