夢見る乙女は眠れない 20
「……という訳でして」
アセビは大広間に戻り、両家と衝突したことをウツギに包み隠さず話した。平和的に解決したいと考えていたが、その道は断たれたのだ。もう戦うしかない。
申し訳なさそうにうなだれているアセビを見て、カエデは口を大きく開けて手を叩いて笑った。こうなることは予想できていたのだろう。
「アハハハハ! アセビさん、そんな落ち込まなくてええよ! 元々あちらさんたちウチらとやる気満々やったろうし、しゃーないんちゃう?」
「アセビくん、そうお気になさるな。遅かれ早かれこうなっていたさ」
アセビは顔を上げると、再度ウツギとカエデに頭を下げた。
もう戦いは避けられない。ならばさっさと気持ちを切り替えるしかないのだ。
アセビはサツキに視線を向けた。
「サツキ、イチョウ家とカシワ家はどう来ると思う?」
「両家はガジュマルとカリンを恐れている。短期決戦を仕掛けてくると思う」
「もし試合の途中であの子らが戻ってきたら、なに勝手に決めとんねんやり直しやって言うやろうからねぇ」
本人たちがいない状況で、いきなり代々継がれてきた仕事を奪われてしまったら、誰であっても納得できないだろう。だが勝負が終わってしまえば、おとなしく認めろと無理を通せなくもない。オモトとアヤメはそれが狙いなのだ。
「取り巻きを引き連れてきたが、実際に戦うのはオモトとアヤメだけと考えていい。できるだけ早く決闘を終わらせたいはずだからな。団体戦にはならないさ」
「ちなみにあのふたりの実力は?」
アセビの期待を込めた視線を受け、カエデは待ってましたと言わんばかりに口を開く。シャクナゲのオバさんたちに知らないことは何もないのだ。
「坊主のお兄さんが指揮をとるようになってからは、町に賊や野生動物が侵入したことはないんよ。短髪のお姉さんも同じぐらい優秀や。あの子がカシワ家の中心になってからは、シャクナゲで大きな問題はほとんど起こらなくなったわ」
「ふ〜ん。ただのチンピラたちじゃないのね」
「イチョウの剣は岩のように力強く、カシワの剣は風のように早い。それだけ覚えておいてくだされば、よろしいでしょう」
「情報感謝します。やっかいな相手だなこりゃ……」
時期当主候補の実力は、伊達ではないということである。アセビは腕を組み、どう戦えばいいか必死に考え込んだ。
一方マーガレットは微塵も緊張感がない。のほほんとしている。
「短髪女がカシワだったわよね?」
「お前よく覚えてたな。偉いぞ」
「サツキが坊主男! それであたしが短髪女担当ってことでいいかしら?」
予想外の提案だった。
マーガレットは、カシワ家のアヤメと戦うと言ったのだ。軽いノリで宣言したが本気だろう。指をボキボキと鳴らしている。
アセビは首を何度も横に振り、マーガレットの両肩を掴んだ。
「お前正気か!? 聞いただろ!? カシワの剣はスピードがやべえんだって! 怪我するぞ!?」
「えへへ! まぁ見てなさいって!」
マーガレットは両家の怒りに触れた。煽りや挑発は冷静さを欠かせる作戦と言えなくもない。しかし相手の闘志に火を着けてしまったとも言える。必要以上に攻撃され、下手をすれば大怪我をする可能性もあるのだ。
アセビはマーガレットの身を心配しているが、構ってちゃんの彼女はそれが嬉しかったらしい。頬を赤くして上機嫌で微笑んでいる。
「えへへ! 心配しないでいいわよ! 全部あたしに任せなさいって!」
「いやいや!? 心配するに決まってるだろ!? あれだけ煽ったんだ! 絶対やばいって! お前マジで憎まれてるって!」
「これから決闘するのよ? ちょっと憎まれてるぐらいがちょうどいいんじゃないかしら。それに」
「それに?」
「決闘って、相手を殺してもいいんでしょ? 何もかもこれでスッキリするじゃない」
「うむ、殺していいぞ」
「いや、絶対ダメだぞ」
サツキが即答でマーガレットに許可を与えるが、アセビがすぐに否定した。当然である。
会話を見守っていたルピナスも、せんべいを噛りながら口を挟んだ。
「マーガレット強いもんね。作戦はあるの?」
「まずは短髪女の剣をぶっ壊すでしょ? そしたらあの女動揺するでしょ? 隙をついて押し倒すでしょ? 馬乗りになって殴るでしょ? そのままゲームセットでしょ?」
「お前の頭がゲームセットでしょ」
早口で作戦を誇らしげに語るマーガレットに対し、アセビはやれやれと深いため息をついた。
「えへへ! 殺しちゃおっと!」
「さくっと頼むで! 長々と見せられたら脳裏に焼き付いて、夢に出てきそうで怖いんよ!」
「いやカエデさん、素で殺す流れになってるほうが怖いっスよ」
マーガレットをその気にさせるように、カエデが両手を合わせてお願いした。ルピナスも真似をしている。
マーガレットは頼られると必要以上に張り切り、実力を発揮するタイプの少女だ。得意気な顔で腕を回している。
「やる気が出てきたわ。やってやるわ」
「ふむ……あまりよろしくないですな」
「ですよね!? ほら! ウツギさんもそうおっしゃってるだろ!?」
ウツギは懐に手を突っ込むと、短刀を取り出しマーガレットに握らせた。
「殴れば拳を傷めますぞ。これをお使いなされ」
「おじさんありがと!」
「なんでみんな頭おかしくなってるの。それともオレがおかしいの」
頼りにしていたウツギまでもが、マーガレットのノリに合わせてしまい、アセビは本気で頭を抱えた。1度でも命のやり取りをしてしまったら、どちらかが滅びるまで終わらない。このままでは命がけの死闘になってしまうだろう。
アセビはこのままではまずいと感じて立ち上がり、暴走する一同に対して大声を出した。
「はいはいみんな1回冷静になる! 落ち着く! オレがオモトと戦う! サツキはアヤメだ! 殺し合いは駄目! 絶対! オッケー!?」
「あいつらあなたのことバカにしたのよ。もう殺すしかないんじゃないかしら」
マーガレットが笑みを浮かべて答えた。ニコニコとしているが、明らかに怒っている。オモトとアヤメがアセビを愚弄したことを根に持っているのだ。
「キレてるんスか?」
「……キレてないわよ」
「でも本当は?」
「……ちょっとぷんぷんモードね。ぶっちゃけ今すぐにでもぶっ殺したいわ」
「お前のぷんぷんモードバイオレンスすぎんだろ」
スナック感覚でアセビを煽るが、自分以外がそうするのは許せないらしい。それだけマーガレットにとって大切な存在ということなのだろう。
アセビは煽られたことを気にしていないらしく、涼しい顔で手をひらひらと動かした。
「普段からお前に煽られてるんだ。あれぐらいじゃ怒らねえよ。それに部外者の田舎者って言われたことは、事実ではあるしな」
「ふ〜ん。つまりあたしのおかげで忍耐力がついたってこと?」
「う~ん、どうでしょう」
何でもかんでも自分の都合の良いように解釈する女である。アセビは吹き出しそうになるのを堪えて、マーガレットの背中を軽く叩いた。
「もし団体戦になったらぼくも戦うね」
「ああ、そのときは頼むわ!」
自ら率先して提案するルピナスの姿を見て、アセビは内心嬉しく思っていた。内気でコミュニケーションを取ることが苦手だった少女が、仲間のために戦う選択をできるようになったのは、大きな成長の証だろう。
庭で話を聞いていた芋虫たちが、体を上下に動かしている。自分たちはいつでも戦えるから任せてと主張しているのだ。
アセビはそれを確認すると、マーガレットの両肩に手を置いた。
「マーガレット。お前も補欠だからな」
「いやん!」
「いやんじゃありません!」
アセビは頬を膨らませるマーガレットをスルーし、視線をサツキへと移した。
「ということで、よござんすか?」
「フフフッ殺すのは無し……か」
「流石に?」
サツキは不敵な笑みを浮かべている。アセビはそれを見て肩をすくめた。
キサヌキ家一同は、殺生に関しては半分冗談だったが半分本気だったのかもしれない。
アセビはウツギとカエデの前に正座し、頭を下げた。
「オレごときがウツギさんの代わりっていうのは恐れ多いのですが……」
「アセビさん、頼りにしとるで?」
「今のわしじゃ抵抗すらできんよ。アセビくん、お頼みしましたぞ!」
ウツギはアセビの肩を強く叩き、カエデは背中をそっと叩いた。キサヌキ家の当主とその妻の手には、期待が込められている。
サツキは表情を引き締めるアセビを見て、優しく微笑んだ。
「アセビ、恐れなくていい。お前に何かあったら……私が全員殺すからな?」
「両家よりお前の方が怖いんだけど」




