夢見る乙女は眠れない 19
「たのもー!!!! むっ!」
アセビ一行が玄関へ到着すると、黄色の胴着、緑色の胴着の集団がずらりと並んでいた。
来るのを今か今かと待っていたらしい。全員額に青筋が浮かんでいる。あのまま無視していたら、勝手に上がり込んでいたかもしれない。
集団の正面に立つのは、門番をしていた人相の悪い丸刈りの男。その隣には町のパトロールをしていた髪を短く切り揃えた黒髪の女。
このふたりが、キサヌキ家を排除しようとしている首謀者たちだろう。
黒髪の女は腕を組みながら、アセビ一行をじろりと見回した。
「ずいぶんと待たせますのね。あなたたち、少々耳が悪いんじゃありませんこと?」
「おう、ウツギ殿はおられるか?」
親父はギックリ腰になったと言うわけにもかない。サツキは無表情でそっけなく答える。
「親父は食事中だ。私はサツキ・キサヌキ。親父の代理人として対応しよう」
「フン、まぁいい。ワシはオモト・イチョウじゃ!」
「わたくしはアヤメ・カシワですわ!」
シャクナゲの領主、土地、住民を守る御三家の代表者が揃った。この光景を見たら、その心強さに尊敬の眼差しを送る者も少なくないだろう。
しかしこの3人に仲間意識や友情は存在しない。あるのは敵意という名の感情だけだ。
オモトが意地の悪い笑みを浮かべる。
「昨日思い出したんじゃが……サツキとやら、お主キサヌキ家から追放されたらしいのぉ?」
オモトを援護するように、アヤメが口を開く。
「おば様方の情報網で知っていますわ。確か……腕の未熟さのせいで追放された……とか!」
「その実力の女が当主の代わりとは……キサヌキ家も落ちたもんじゃのぉ!」
オモトの言葉が途切れた瞬間、取り巻きがゲラゲラと大声で笑い出した。全員で笑うように打ち合わせていたのだろう。サツキはそう思うと滑稽に感じてしまい、冷静になった。無表情のまま言葉を投げ返す。
「おばさんたちの情報網を信じすぎだぞ。私は自分探しの旅をしていたんだ。追放されたわけじゃない」
「まぁ、そう言うしかないですわね」
「認めると惨めなだけじゃからのぉ!」
再度取り巻きたちが大声で笑い出した。オモトとアヤメが煽る度にこれをやるつもりなのかもしれない。
アセビたちは白けた表情を浮かべた。
「カシワの、こんな未熟な女が領主様をお守りできるかのぉ?」
「イチョウさん、わたくしは不可能と思いますが」
「さっさと引退して、シャクナゲのことはわしらに任せたらどうじゃ?」
「それがいいでしょうね」
オモトとアヤメはニヤリとほくそ笑んだ。
「どうじゃ? ここまで言われたら悔しかろう? 強さの証明のために、わしらと勝負といかぬか?」
「弱者にシャクナゲは守れませんわ。敗北した陣営はそうですわね、お役御免でよいのではないでしょうか」
オモトもアヤメも、サツキが憤怒するのを待っているのだ。彼女はその狙いがわかっているため、挑発には乗らない。
サツキは肩をすくめ、オモトとアヤメに背中を向けると、アセビたちに戻るように手で促した。
「バカバカしい。みんな、ご飯の続きにしよう。時間の無駄だった」
「そうだな、オレまだ卵焼き食ってねえんだ」
「なっ!? に、逃げるのか!?」
「お待ちなさい!!」
想像以上にサツキが乗って来なかった。悲しいぐらいに。
オモトとアヤメは明らかに動揺している。そわそわと忙しなく動いていた。
取り巻きたちもざわざわと騒いでいる。
「待て! このまま言われて悔しくはないのか!? 貴様には誇りはないのか!?」
「あなたはキサヌキ家の代理人でしょう!? 逃げるのですか!?」
必死にサツキを煽るオモトとアヤメに向かって、アセビが冷たい視線を向ける。
「そもそもサツキとあんたたちが勝負することに意味はあるのか? 知ってるぜ、自分たちの都合でキサヌキ家をシャクナゲから追い出したいだけなんだろ?」
「ぐぬぬ! 部外者は引っ込んどれ! これはわしらご三家の問題じゃ!」
アセビの指摘にオモトはうまく言い返せず、声を荒げてごまかした。背後に控える取り巻きたちも抗議の声を上げる。しかしそれは意味のない雑音にすぎない。
アセビは威圧されることなく、堂々とした態度を変えない。
「仲間の問題はオレの問題でもあるんでね。他人事じゃないんだわ。だから遠慮なく介入させてもらうぜ」
「サツキはあたしのお姉ちゃんだもの! あたしたちも実質キサヌキ家の人間ってわけ!」
「みんなの問題はみんなで解決しないとね」
「お前たちいいこと言うじゃねえか! でもマーガレット。お前カッコつけるなら、茶碗と箸置いてからにしたほうがいいぞ」
「あらやだ」
アセビを援護するように、マーガレットとルピナスが誇らしげに宣言した。
サツキは愛する弟分と妹分たちの気持ちが嬉しく、抱きしめたい気持ちに駆られたが、この場では冷静な態度を崩すわけにはいかない。感情を表に出さず、黙って頷いていた。
このままではキサヌキ家排除計画が崩壊する。アヤメは小さい脳みそをフル回転させた。サツキが動かないなら、動くようにすればいい。そう考えたのだ。
アヤメのターゲットはアセビだった。
「そこの赤毛のあなた。おば様たちの情報網によるとアセビ・ワビサビーさん……ですわね?」
「おばさんたちってなんでも知ってるんだなぁ」
「真面目に情報源が知りたいのだけれど」
アヤメは舐め回すようにアセビを見つめ、口元を僅かに緩めて鼻で笑った。侮蔑の込められた行為だ。
しかしアセビは動じない。サツキに同行して会話に参加した時点で、心ない誹謗中傷や挑発を受けるのは覚悟の上なのである。
アヤメは小バカにするように目を細めた。
「それなりの実力者と聞いておりますが。はっきり言いますわ。身分を弁えていない愚かな田舎者、と」
「その通りじゃ! 貴様、どこぞの化け物を倒したらしいが、自惚れるなよ! 西の大陸よりも東の大陸の方が戦闘技術は上じゃ! 雑魚は引っ込んどれやこの田舎者が!」
純粋な正面からの戦闘なら、東の大陸の人間の方が強い。しかし西の大陸の人間は魔法が使えるため、一概にどちらが上とは言えないだろう。
アセビは冷めた目で一言返す。
「ふうん、そう」
アセビはどうでもよさそうに答える。
オモトもアヤメも明らかに焦っている。勝負を受けてくれないと、計画が前に進まないからだ。アセビはそのことをわかっている。だからどんなに煽られても実質ノーダメージなのである。
アセビの余裕な態度が気にくわないのか、オモトとイチョウの口撃はまだ終わりそうにない。
「言ってみれば、ワシらは領主様に選ばれた真の実力者じゃ! 田舎者にはわからぬだろうがのぉ!」
「そもそも部外者がこの神聖な場にいることが、おこがましいですわ! 我々御三家に取り入っていかがわしいことを考えているんじゃありませんこと? 卑しい人間性にゲロが……」
アヤメの言葉は遮られてしまった。彼女の顔を、サツキが鷲掴みにしたからだ。そのまま勢いよく壁に叩きつけた。
オモトもアヤメも時期当主候補と言われるほどの実力者だ。ふたりとも油断していたとはいえ、一切反応することができなかった。それほど驚異的なスピードだったのである。
サツキは鋭い眼光でアヤメを睨みつけていた。
「んんん!?」
「それ以上口から汚い言葉を吐くな」
「お、お嬢!? 貴様ぁ!!」
取り巻きたちが刀を抜いて構えた。アヤメを守るために。
サツキは取り巻きたちには一切目を向けず、腰に差したヤグルマソウを抜いた。それをアヤメの首にぴたりと当てる。数ミリでも動かせば、彼女の細い首からおびただしい量の血が流れるだろう。
「これ以上私の弟を愚弄することは許さない」
アヤメはすっかり怯えていた。その目は取り巻きたちに助けを求めている。
しかし下手に動けば、アヤメの首が飛んでしまうだろう。取り巻きたちはどうすることもできず、ただ悔しそうにサツキを見つめることしかできなかった。
「ふざけおって……」
オモトがサツキの背中を狙っていた。その手には刀がしっかりと握られている。
「キサヌキ家の。はよ離さんかい。カシワのを斬る前にワシがお主を切り捨てるぞ?」
「試してみるか? 私と貴様、どちらが早いか」
サツキとオモトの距離は近い。手を伸ばせば体に触れることも可能だ。流石のサツキといえど、アヤメを斬るとなれば隙が生まれる。このままではオモトの刀を背中から受けることになるだろう。
しかしサツキの表情に恐れは見られない。斬るなら斬れと言わんばかりの態度だ。
「お前たちは、私の大切な仲間を侮辱した。死を持って償え」
「貴様……本気か」
「冗談で刀を抜くと思っているのか?」
「んんん!?」
サツキの腕に力が込められ、ヤグルマソウを握る力が一層強くなった。アヤメの首が今飛ぼうとしている。このままではキサヌキ家の玄関が血で染まってしまう。
「サツキ」
サツキの肩をアセビが優しく掴んだ。彼は首を横に振った。その表情はどこか穏やかですっきりしている。
「オレは気にしてないからさ。わざわざお前が手を汚すことはないって」
「……そうか」
サツキはおとなしくなり、アヤメの顔から手を離して解放した。
「あ、あなた……!」
アヤメは急いでサツキから離れると、刀を腰から抜いて構えた。取り巻きの前で恥をかかされた屈辱。アセビの手助けがなければ殺されていた恐怖。混沌とした感情が渦巻いている。アヤメの顔は赤く染まっていた。
「乱暴者! 恥を知りなさい!」
アヤメは屈辱と恐怖の感情を、怒りで上書きしようとしている。そうしなければ、心が折れてしまいそうになったからだ。
そんなアヤメを見て、マーガレットが吹き出した。
「ぷっ! 煽って殺されそうになって、煽った相手に助けてもらう? ダッサ! なんでそんな女がシャクナゲの代表者ですぅみたいな顔してるのよ! 同格ですぅみたいな態度の男も同レベルなんでしょうね! ぷっぷっぷ!」
マーガレットが小バカにするようにくすくすと笑っている。おかしくておかしくて、たまならないと言わんばかりの態度だ。
アヤメは何とか言い返そうとするが、事実だけに言い返せず、悔しそうに唇を噛んでいる。
険悪な空気が漂い始めているが、それに構わずぬっと前に出るものがいた。
ルピナスである。彼女は手をそっと挙げた。
「あの……ちょっといい? 両家のおふたりは、キサヌキ家にずっと前から不満があったの?」
「ん? そうじゃが!?」
「見ればわかるでしょう!?」
マーガレットのせいだろう。オモトもアヤメも額に青筋を浮かべて憤怒している。
ルピナスは恐る恐る口を開いた。
「あの……宣戦布告をしにきたんだよね?」
「ワシたちににその気はなかったが、そういうことになったのぉ! このまま侮辱されっぱなしで終わらせるわけにはいかぬわ!!」
「そちらのせいですからね!」
マーガレットはやれやれと肩をすくめた。
イチョウ家とカシワ家は、罪のない立場にいなければならない。領主がシャクナゲに戻ってきたときに、キサヌキ家を排除したかったから潰しましたと、正直に言うわけにはいかないからである。
「なんかあたしたちが悪いことになってるわね。どう見ても向こうが悪くない? 先に煽ってサツキを怒らせたの坊主男と短髪女じゃない。あたし原因を作った方が悪いって考えちゃうのだけれど」
「オレもそう思う」
「とにかく、手を出したのはキサヌキ家が先じゃ!」
「そうです! そちらが悪いのです!!」
両家とも白々しいことを言う。手を出された側になれば、キサヌキ家を追い出す口実を問題なく作れると思っているのだろう。
ルピナスが再び口を開く。
「あの……何で今宣戦布告したの?」
「何でって……」
「それは……」
「サツキの弟と妹がいないから? 怖いの?」
ルピナスに煽る気持ちは一切ない。素朴な疑問を口にしただけなのである。しかしそれを言われた側がどう思うか、どう感じるかはわかっていない。コミュ障ここに極まれりである。
オモトとアヤメは言い返せず、口ごもっている。ふたりは次期当主候補だ。取り巻きの前で、サツキの弟と妹の実力を恐れていると本音を言うわけにもいくまい。
そんなふたりの気持ちを察し、マーガレットは下卑た笑みを浮かべた。
「なになになに!? サツキの弟くんと妹ちゃんにビビってるわけ!? そんなんで自分たちがシャクナゲ守ってますぅなんて顔してたわけ!? ダサすぎなんですけどマジ! ぷぷぷのぷー!」
「ガジュマルとカリンを恐れているようでは、守れないだろう。街も、己の命も、そして代々継がれる仕事に対する誇りもな」
「ぷぷぷ! サツキも結構きついこと言うのね! まぁ事実だからしょうがないのだけれど」
マーガレットは尻を振って挑発した。感情を逆撫でる動きである。
ついにオモトとアヤメが感情を爆発させた。
「もうたくさんっ! これ以上の言葉は必要ありませんわっ!」
「貴様ら! 覚悟はできているのであろうな!?」
怒りをむき出しにするアヤメとオモト。背後で騒ぐ取り巻き。アセビはため息をつき、天井を見上げる。
平和的に解決できるのが望みだったが、もう叶わぬ夢となってしまった。どこぞの問題児が必要以上に煽ったせいである。先に勝負をしかけたのはイチョウ家とカシワ家なため、今回ばかりはマーガレットだけを悪者にするわけにはいかないのだが。
サツキは腕を組みながら、オモトとイチョウを睨みつけた。
「それで? どうするつもりだ? 決闘か?」
「ここまで言われたらそれしかありませんわ!」
「負けたら……言わずともわかるであろう!?」
オモトは敗れた陣営は、代々継がれてきた誇りある職から手を退けと言っている。
サツキが了承の意味を込めて頷く。それを見た両家の人間たちはキサヌキ家の玄関を急いで出ると、吐き捨てるように叫び始めた。
「貴様たち、約束を忘れるなよ! 必ず決着をつけるからのぉ!!」
「お昼にまたここに来ます! 受けた屈辱は絶対に必ず返しますわ!!」
「それまで首を洗って待っておれ!」
両家の人間は長い石段を足早に下り始めた。
すっかり静かになった玄関で、アセビは深いため息をつく。その視線の先には、むっとした表情を浮かべている問題児がいた。
「あたし悪くないわよ! だって事実を語っただけだもの! それに先にアセビとサツキに因縁つけてきたのはあっちじゃない! あたし悪くないわよ! あたし悪くないわよ!」
「口にしたらいけないこともあるんだよなぁ。戦う理由はないんだし、シカトしてれば話し合いをする場を設けることもできたと思うんだ。あっちの事情を知れば、何が不満がわかるだろ?」
「どうしてこんなことになったんだろう」
コミュ障は、悪意なき悪意を振りまいたことに気づいていない。
「……どうしてでしょうね」
「う?」
「すまない。手を出してしまった。ただ……アセビへの侮辱は……どうしても許せなかったんだ……」
サツキが気まずそうな表情を浮かべ、アセビにじろじろと視線を送っている。実質イチョウ家とカシワ家の計画通りの流れになってしまった。そのことを反省しているのだ。
アセビの言う通り、平和的に解決できた未来もあったかもしれない。しかしイチョウ家もカシワ家もキサヌキ家との直接対決を望んでいた。遅かれ早かれ、ぶつかりあう運命だった可能性が高い。
マーガレットは顔を赤くし、頬を膨らませていた。どうやら不満が相当溜まっているらしい。
「ぶー!! アセビの悪口を言っていいのはこのあたしだけよ! 本当あの坊主男と短髪女むかつくわ! ステッキで脳天叩き割ってやればよかったわね! フン!」
「どうどう。そんな怖いこと言わないの。それから、お前もオレの悪口言う権利ないからね」
「あら? そうなの?」
アセビは苦笑しながら、マーガレットの頭を優しく手のひらで叩いた。煽り行為や挑発は褒められたものではないが、自身のためにやったと思ったら、なかなか怒る気にはなれなかったのである。
これ以上玄関に残っても意味はない。アセビ一行はウツギとカエデに何があったか連絡するため、大広間へと足早に戻った。




