夢見る乙女は眠れない 18
「マーガレット、ヒールは使えないのか?」
「擦り傷、切り傷、骨折とかは治せるわよ? でもギックリ腰はちょっと対象外ね……」
大広間でウツギがうつぶせになっている。カエデは背中と腰に湿布を貼っていた。
心配そうに見つめるアセビ一行を見て、ウツギは安心させるように笑みを浮かべた。しかし無理をしているようにしか見えない。逆に不安にさせてしまっている。
「ワハハ! 皆さんそう心配なさるな! 背中と腰に違和感はあるが、歩けないことはないですぞ!」
「親父……無理しないほうがいいんじゃない?」
「サツキちゃんの言うとおりや! お父さん、ウチらもう若くないんやし体は大事にせんと!」
カエデがウツギの背中と腰を手のひらで叩いた。
「本当に、申し訳ない」
「しばらく安静にしてれば大丈夫やろ。さ、朝ご飯さんにしよか!」
「わーい!」
マーガレットが手を叩いて喜んだ。目の前のテーブルには、ほかほかの白ご飯。具だくさんの味噌汁。絶妙な焼き加減の卵焼きが並べられていた。食いしん坊のマーガレットは、もう待てないと言わんばかりに、体を左右に揺らしている。
ウツギは体をゆっくりと起こし、両手を合わせた。
「お待たせした。では皆さん。手を合わせて……いただきます!」
「いただきます!」
「たのもー!」
聞きなれない声が全員の耳に届いた。招かれざる客がキサヌキ家に訪れたのだ。
大広間に静寂が訪れるが、カエデがぴしゃりと手を叩いて、朝ご飯を食べるように促した。
「いややわぁ。おばさん疲れとるんやろか。ちょっと幻聴が聞こえたで! ささ、食べて食べて! 卵焼きさん上手にできたんよ!」
「ん~! おいし~!」
マーガレットは卵焼きを口いっぱいに頬張った。瞳を輝かせながら、体を喜びで震わせている。カエデの作る卵焼きは絶品だったらしい。
「たのもー!!」
「芋ちゃんたちには今日もお野菜さんあげたで」
「おばさん、ありがとう」
「芋ちゃんたち、美味しそうに食べてくれるからオバさんも嬉しいわ」
玄関から再度謎の声が聞こえたが、カエデはルピナスとの会話を楽しみ始めた。完全に無視している。
アセビとサツキは目配せをした。早朝からの謎の来訪者。それが意味するものは、ひとつしかない。
「たのもー!!!」
「イチョウ家とカシワ家……っスかね?」
「うむ。恐らくそうだろう」
「宗教の勧誘ちゃう? そのうち帰るやろ?」
このタイミングでの来訪者は、イチョウ家とカシワ家しか考えられない。カエデもわかっているはずだ。しかし彼女は玄関に目を向けず、のほほんとしている。
「たのもー!!!!」
「むぅ……あちらも相当粘ると見える……どれ、わしが行って相手をしよう」
ウツギが立ち上がろうとしたその瞬間、背中と腰に鋭い痛みが走った。
「うぉっ!?」
ウツギは倒れそうになったが、カエデが急いで駆け寄り体を支えた。彼女は心配そうな表情で背中と腰を優しく擦っている。
アセビは全てを察した。今のウツギの体では、まともに戦うことはできない。仮に今の状態で戦えば、敗北は避けられないだろう。そのためカエデは、来訪者を無視するしかなかったのだ。
アセビとサツキが同時に勢いよく立ち上がった。
「サツキ!」
「うむ!」
「ぼくもいく!」
数秒遅れてルピナスも立ち上がった。3人は並んで玄関へと向かっていく。
ウツギとカエデの目に若者たちの背中が映る。こうなってしまっては、娘とその仲間たちに全てを託すしかない。
ウツギは絞り出すように声を出した。
「すまない……サツキ……任せるぞ……」
「親父は休んでなよ。大丈夫。私はキサヌキ家を守るために戻ってきたんだから」
「ウツギさん、カエデさん。あとはお任せください」
アセビとサツキとルピナスは、大広間を出て胸を張って玄関へと進んだ。頼れる若者たちの行進である。
「もぐもぐ……みんな、がんばるのよー」
「ちょっと待て! お前も来るんだよ!!」
アセビは急いで大広間に戻り、マーガレットの首根っこを掴んでずるずると引きずった。しかし彼女は箸と茶碗を離そうとしない。
食に対する異様な執念と執着。ここまでくると感動を覚えるレベルである。




