夢見る乙女は眠れない 16
晩ご飯を食べ終えると、マーガレットとルピナスはサツキに客間へと案内された。非常に広い部屋だ。その中心にふかふかの布団と枕が並べられている。
「ふかふかお布団さん!」
マーガレットは勢いよく飛び込み、彼女の背中にルピナスが覆いかぶさった。
「えへへ! ふかふか~!」
「サツキ、ありがとうね。おじさんとおばさんにも明日お礼言わないとね」
サツキがマーガレットとルピナスを見つめた。妹分たちはまだまだ元気が有り余っている。このままおとなしく眠るとは思えなかった。
「フフフッ少しおしゃべりでもするか? 何かみんなで食べられるお菓子を探してくるとしよう」
「ぼくも行く」
「ありがとう。だがお前たちは客人だからな。私が用意しよう」
立ち上がるルピナスをサツキが手で制止し、そのまま客間から離れた。彼女は長い廊下を早足で歩き、台所へと向かう。
「親父と……お母さん……?」
サツキの耳に、ウツギとカエデの声が届く。菓子の場所を聞こうと思っていたが、ここにいるなら探す手間が省けた。そう思いながら、サツキは台所に足を踏み入れる。
「お母さん、私今からみんなとお喋りするんだ。お菓子欲しいんだけど、ある?」
「ええで。お団子買ってあるんよ」
「ありがとう。もらうからね」
「確か棚の奥に……」
カエデが準備する前に、ウツギが棚から大量の和菓子を盆の上に乗せ始めた。団子だけではなく、せんべいとようかんまである。
サツキは思わずくすりと笑った。
「フフフッそんなに食べられないんだけど」
「むむ、そうか。酒もついでに持っていくか?」
「ありがと。でもお酒は飲みすぎたらダメって、アセビに言われてるから」
サツキは菓子が大量に乗った盆を持って、台所から出ていこうとしていた。しかしカエデの小さな手が、待ったと言わんばかりに肩を叩く。
「サツキちゃんは、アセビさんの言うことは素直に聞くんやねぇ」
「ん?」
「サツキちゃん。ちょっとええやろか。今お父さんと話してたんよ。アセビさんっていい男やなぁって」
「うん。私もいい男だと思うけど」
「で? 好きなん?」
「まぁ……そうだね」
ウツギとカエデは、それを聞きたかったと言わんばかりにニヤリと笑う。彼女はサツキの唇に人差し指を当てた。
「サツキちゃん、お母さん言質とったで! しかと聞いたで! いやぁ、あのサツキちゃんがねぇ!」
「お父さんもじゃ! 言い逃れはできぬぞ!」
「お父さん、明日はお赤飯にするわ!」
「あのさぁ。ふたりが思ってる意味の、好きじゃないから。弟みたいで可愛くて好きってことだから」
サツキはカエデの指を払うと、首を横に振りながら台所を出ようとした。しかし、にやついた両親はなかなか通してくれない。
サツキは余計なことを言わなければよかったと後悔したが、時すでに遅しというやつだ。ウツギもカエデも自分のことのように喜んでいる。
「お父さん、もし付き合うってことになったら、ふたりの関係認めるのん? 頑固親父が、お前に娘はやらんってよくやってるやん」
「母さん、今どきそういうの流行らないって。逆に親父界隈ではそういうのカッコ悪いって言われてるから」
「あらま。お父さん流行に敏感なんやねぇ」
「アセビくんは良い青年だ。彼ならサツキのこと支えられると思うんだ」
「あら~!」
心の底から面倒なことになったと思いつつも、ウツギのアセビに対する評価を聞いて、サツキは内心喜ばしく思っていた。先ほどの男風呂での会話を思いだすと、胸の奥が温かくなり、優しい気持ちが芽生える。それでも羞恥心が勝るため、もう2度と聞きたくないとも思っているのだが。
「本当にそういう感情はないから! 弟として好きってことだから!」
「ああ、はいはい」
「ま、そういうことにしとこか! でもサツキちゃんの男の子の好みって……アレやろ?」
カエデは眉間にシワを寄せながら、盆に乗ったせんべいを1枚掴んでかじった。そのままサツキにもたれかかる。
カエデは10年前に娘とした会話を思い出す。何気ない世間話だった。カエデはどういう男の子が好きか、サツキに訪ねたのだ。すると、眩しい笑顔で、こう返されたのである。
「フフフッ私と殺し合いしてくれる男の子! 血が綺麗だといいなぁ!」
流石のカエデも頭を抱えた。自慢の娘は幼い頃から特殊な価値観を持っていたのである。
カエデは恐る恐る、サツキに尋ねた。
「アセビさんと殺し合い……したいん?」
サツキはふっと小さく微笑んだ。意味深な娘の行動を見て、ウツギは不安を覚える。黙ったままサツキの言葉を待っていた。
「アセビが言ってくれたんだ。お前の生き方を否定しない。殺し合いにはいつでも付き合うって」
「おぉ……」
「それホンマなん……?」
「うん。あっ、もちろん死なない程度ならってことだと思うけど!」
サツキは薄々とだが、人には理解されにくい価値観を持っていると自分でもわかっているのだ。しかしアセビは否定せず、あるがままを受け入れた。
「アセビはいつでも私との殺し合いを受けてくれるみたいだけど……フフフッ」
「な、何や……?」
「不思議と殺し合う気が失せたんだ。私のこと受け入れてくれたからかな? フフフッ」
穏やかな感情のこもった声。サツキは盆を持ってそのまま客間へと向かった。
ウツギとカエデは娘の背中を黙って見つめていた。サツキは両親の視線に気づくと、振り向いて小さく笑みを浮かべる。
「変だよね。私あんなにアセビと殺し合いがしたかったのに。私本当は血を見せ合うような殺し合いがしたかったんじゃなくて、自分のことを認めてほしかったのかもしれない。アセビは私のことを受け入れて、認めてくれたんだ。本当に嬉しかったんだ」
「そ、そうなんや……」
「それからだけど、アセビのことは本当に好きだよ。可愛くて可愛くてしょうがないんだ」
それだけ言うとサツキは鼻唄を歌いながら、台所を立ち去った。
静寂が訪れるが、それはほんの数秒のことだった。カエデは瞳を輝かせながら拍手し、ウツギは何度も頷いている。
「いやぁぁぁ! 完璧やな! アセビさんウチらよりサツキちゃんへの理解度高いんちゃう!?」
「もうこれ彼氏超えて夫だろこれもうマジでこれ」
「おめでたいわぁ! お父さん、祝杯や!」
カエデとウツギは酒瓶を取りだし、テンションに身を任せて飲み始めた。
独特な価値観を持つ娘を快く受け入れてくれる青年が現れ、さらに彼は父娘の絆も取り持ってくれたのだ。そんなアセビのことを、サツキは好ましく思っている。
あの殺し合いがしたいと言っていた娘に、好きな男の子ができたかもしれない。その事実がウツギとカエデのテンションを更に高めていく。
「ああ言ってるが、サツキはアセビくんのこと異性として好きなんじゃないか? 母さん、どうなんだ?」
「あの反応見てたらわかるやろ? めっちゃ好きやで」
「やっぱ、そうよな」
「でもアセビさんって、サツキちゃんよりちょっとだけ年下やんな? それが気になってる感じちゃう?」
サツキは弟と妹を可愛がり、身の回りの世話だけでなく、ウツギから教わった剣術の基礎を教えた。根っからのお姉ちゃん気質ということもあるが、どうしても年下の人間のことは異性としてではなく、手を差しのべて助けるべき対象と見てしまうのだ。
しかしどんなときも、例外というものは必ず存在するものだとウツギとカエデは確信している。
「なあ母さん、どうにかして若いふたりをくっつけられないものかねぇ。アセビくんもサツキのことを嫌ってる感じはしないし、お似合いだと思うんだが」
「アセビさんのことは、ウチが絶対に逃がさへんよ。あの兄さんは最高の優良物件や。絶対サツキちゃんとくっつけたるわ」
そう言うとカエデは酒瓶に視線を落とす。それを見たウツギは意味深に笑っていた。
ふたりがよからぬことを考えているのは、誰が見ても一撃でわかる。ただ幸運なことに、この場にそれを知っているものは誰もいなかった。
「母さんも悪い女よのぉ」
「いややわぁ。ウチが悪い女なら、お父さんは悪い男やないの。まぁ……任しとき」
ふたりとも大切なことを忘れていることに気づいていない。イチョウ家とカシワ家との問題だ。
今を蔑ろにする者に、輝ける未来は訪れない。長い年月を生きたふたりが、そのことを知らないはずはないのだが。
怪しい笑みを浮かべながら、ウツギとカエデは酒を飲み続けた。




