夢見る乙女は眠れない 12
アセビはじりじりとサツキとウツギに近づく。しかしふたりは困惑したままだ。竹刀を構えたまま動く気配がない。亀裂の入った状態の父娘が、仲良く共闘できるわけがないのだ。時間だけが過ぎていく。
「流石に素人に3回負けたら……まずくないスか?」
様子を伺うアセビ。しかし父娘は戦意がないのか、一切近づこうとしない。
「あと20秒でオレの勝ちだな。サツキ、このままだとキサヌキ家の歴史に傷がつくんだけどいいのかな?」
「なんだとっ」
サツキの表情が変わった。
「はいあと15秒。ウツギさん、オレみたいな部外者に何度も敗北するようじゃ、代々受け継がれてきたご先祖様に顔向けできないのでは?」
「むっ」
ウツギの表情も変わった。
試合時間は残り僅か。このままでは実質アセビの不戦勝である。
「よしあと10秒! キサヌキ家の歴史に傷がついちゃうなぁ。誇りも失われちゃうなぁ。いいのかなぁ」
サツキとウツギの瞳に、闘志が宿った。
「いいわけがっ!」
「ないだろうっ!」
サツキとウツギは同時に床を蹴り、風よりも早くアセビに接近した。瞬きする時間すら与えない。
アセビは小さくニヤリと笑い、父娘の攻撃に備えて竹刀を持つ手に力を込めた。
「さて、じっくり耐えさせてもらいますかね!」
「じっくり? 何を言っている」
「寝言は寝てから言うものでしょう」
サツキとウツギの眼光は鋭い。まるで獲物を前にした黒豹と虎だ。父娘の竹刀が同時にアセビを襲う。
「うぉ!?」
アセビは竹刀で防御したが、電撃のような衝撃が全身を駆け抜けた。とてもじゃないが何度も耐えられるものではない。
アセビは後悔した。煽りすぎた、と。
「ちょ、ちょっと待って……」
「ぬおおおおおおお!」
ウツギの魂の咆哮が道場に響く。彼は腕に全ての力を集中させ、渾身の一撃をアセビの竹刀にぶつけた。再びアセビの全身に衝撃が走る。
「なんつー衝撃……えっ」
アセビは思わず声を漏らす。信じられない光景がそこにはあった。
「お……折れてる!?」
アセビの竹刀が折れていた。それも、まるで刃物で切断されたように。
ウツギの一撃はあまりにも凄まじかった。キサヌキ家当主が本気を出せば、竹刀も殺傷力のある武器となってしまうのである。
「どうなってるんだよおい!? おかしいだろ!?」
「どこを見ている」
動揺して固まるアセビの瞳に、竹刀を握ったサツキが映る。彼女は床を勢いよく蹴り、飛び上がった。
「あっ……ちょっ……」
「やれぃ! サツキ!」
「あぁ! もらった!」
アセビの脳天に、容赦なく、遠慮なく、迷いなく、サツキの竹刀が振り下ろされた。
黒鬼と呼ばれた女剣士の一撃。それは全身が弾けるような衝撃だった。
「あ……はは……」
アセビはそれだけ言うと、そのまま勢いよく大の字で倒れた。この勝負は、キサヌキ家父娘の勝利である。
「私の……いや……キサヌキ家の勝ちだ!」
「うむ!」
サツキとウツギはしばらく互いにじっと見つめ合っていたが、どちらからともなく近づいた。
「……」
「……」
父娘はそのままハイタッチし、微笑み合った。
「親父、竹刀を切断したのは驚いたよ。護衛の仕事ガジュマルとカリンにほとんど任せてるみたいだけど、まだ現役でいけるんじゃない?」
「老いと母さんには勝てんよ。それよりもだ。お前も腕を上げたな。最後の一撃、見事だった」
「そっか」
「うむ」
険悪なムードはどこへ行ったのか。父娘は互いに称え合っている。失われかけた大切なものが、再び芽生えた瞬間だった。
ふたりとも照れ臭そうに視線を逸らす。そこには大の字で倒れたアセビの姿が目に映った。脳天は傷つき、頭から血が滝のように流れている。
「うわぁぁぁ! アセビ、すまない!」
「サツキ、救急箱だ! 彼の手当てを!」
サツキとウツギは大慌てで道場を飛び出した。救急箱を取りに行ったのだろう。
アセビは父娘の背中を見届けると、ゆっくりと体を起こした。頭を少し動かすだけで、痺れるような痛みが走る。アセビは顔を歪めて歯をくいしばった。
「いてて……だが……へへっ、うまくいったぜ」
アセビはあえて挑発的な発言を何度も繰り返した。悪役を演じ、サツキとウツギを共闘させるために。アセビの狙いは、父娘の絆を取り戻させることだったのだ。
無理なく共闘の流れを作るには、どうしても1対1の練習試合で勝つ必要があった。勝敗に時間制限を設けたのはこのためだったのである。
「うわっ……」
アセビが頭を触ると、手のひらに血がついていた。その現実が痛覚を思い出させる。アセビは顔を歪めて呼吸を乱した。痛い思いをすることになったが、彼はこの代償は安いものだと思っている。父娘の絆を取り戻すことができたのだから。
「アセビ、大丈夫?」
アセビが振り向くと、マーガレット、ルピナス、カエデが道場の入り口に立っていた。3人は今の練習試合を物陰から全て見ていたらしい。急いで道場に入って流血しているアセビに駆け寄った。
「ぷぷぷ」
マーガレットはニヤニヤしながら、ステッキを取り出した。どうやら練習試合を見学しながら、アセビが父娘の仲直りを計画していることを察していたらしい。
「全部見てたわよ? アセビったら本当に見事なやられっぷりだったわね! ぷぷぷ!」
「ああ、やられたよ。マーガレット、ヒール頼む」
「サツキとおじさん仲直りできたわね! アセビさんが犠牲になっちゃったけど」
マーガレットがステッキを振ると、アセビの頭の傷は瞬く間に癒えて血が止まった。
カエデは東の大陸出身である。始めて見るマーガレットの回復魔法に驚き、目を丸くしていた。
「は〜! 西の人らは妙な技を使うって聞いたことあるんやけど、これはすごいわ! アセビさんの傷があっという間に消えてもうた! お医者さんの商売あがったりやね!」
「えへへ、すごいでしょ! でも回復魔法も万能ってわけじゃないのよね」
「心の傷までは治せないもんね」
さりげなく重たいことを言うルピナスを見て、アセビとマーガレットは励ますように背中を叩く。
カエデはニコニコと笑っている。彼女はアセビの手をそっと握り、懐から大量の包み紙を取り出して渡した。
「カエデさん、これは?」
「飴ちゃんや! これおいしいんよ」
「おぉ! あざーす! あとでみんなで食べような!」
「楽しみね!」
カエデは心の底から感謝していた。目の前の青年は自らを犠牲にすることで、亀裂の入った父娘の絆を取り戻してくれたのだから。
ふたりともなかなか素直になれない頑固者だ。アセビがいなければ、未来永劫仲直りできなかったかもしれない。
カエデは瞳を潤ませ、ポツリとつぶやいた。
「ほんま……おおきに」
「カエデさん?」
「あはは! 飴ちゃんはおばさんの手作りなんよ! まだまだあるから好きなだけ食べてな!」
「あざーす!」




