ぼっちは自分に優しくしてくれた人を逃さない 4
「あわわ……」
「これはまた団体さんで……」
アセビもその圧倒的な数にだじろぐ。3体までなら同時に倒せる自信があった。
しかし流石にこの数となるとどうにもならない。ベテラン冒険者ならともかく、新人冒険者では数の暴力には勝てないのだ。
「なによあれ!?」
「くそったれ! 急に湧いてきやがったな!」
幸いスケルトンは動きの遅いモンスターである。このまま距離を取り、全力で走れば逃げきれないこともないだろう。
スケルトンの集団を見て、マーガレットが自身を奮い立たせるように叫んだ。
「逃げるわよ! 今ならまだなんとか……!」
「……なぁマーガレット? 俺たちはどこへ逃げたらいいんだ?」
アセビが逃げるために背後を見ると、新手のスケルトンの集団がずらりと並んでいた。彼らも武器を構えて戦闘態勢に入っている。50体はいるだろう。
アセビたちは、スケルトンの集団に挟まれ、身動きがとれなくなってしまっていた。
「アセビ! どうしよう!?」
「う〜ん……」
アセビは身体強化魔法を使うことを考えていた。腕力と脚力を強化し、マーガレットとルピナスを抱えて全力で走れば、逃げきれるかもしれない。
しかしエネルギーを多く消費することになる。失敗すれば、3人とも命はない。
「ガイコツくんたち少しずつ近づいてるわ!」
「ひっ……!」
アセビは考える。ならば、抱えるのは小柄で軽そうなルピナスだけならどうだろう、と。
それならば、エネルギーの消費を抑えることができるだろう。マーガレットという尊い犠牲は出るが、ふたりだけで逃げるなら、生き残れる確率は上がる。
アセビがそんなことを考えていた、そのときである。
「アセビ? いま何考えてたの? ねえ?」
マーガレットがアセビの顔を覗き込んだ。穏やかな表情だった。目は笑っていなかったが。
アセビは思わず視線を逸らした。
「どうやったらお前のお友だちが帰ってくれるか、考えていたのだよ」
「ほんと? あたしたち運命共同体よね? あたしだけ置いて逃げるわけないわよね?」
マーガレットがアセビの肩を掴んだ。自分を犠牲にして逃げることだけは、絶対に許さんと言っているのも同然である。
しかし仮にアセビがマーガレットを犠牲にしたとしても、誰が責めることができようか。悪魔は自分だけ逃げた過去があるのだから。
「ははっ当たり前だろお前バカじゃねえの意味わかんねえんだけどマジバカだろお前」
「あたしの目を見て話してほしいのだけれど。絶対にみんなで逃げるって誓ってほしいのだけれど」
マーガレットの突き刺さるような視線。アセビは決して目を合わそうとしなかった。
そんなふたりを見て、ボロボロのマントを身につけたスケルトンが口を開いた。スケルトン軍団のリーダーのようだ。
「罪人は……命を差し出してあがなうべし!」
その声には深い殺意が感じられる。
アセビは女子たちを庇いながら、リーダーのスケルトンを見つめていた。
「罪人か。この神殿は家みたいなものなんだろ? あいつらの立場で考えたら、オレたちは侵入者だからな。怒るのも無理ねえか……」
「……ぼくも……勝手にお家に入られたらいやかも……」
「でもそれだけで死刑はちょっときつくねえか? せめて掃除1週間とか……」
「神殿に入ったことは別に構わぬ。元々この地は全ての森の住民のものだ。だが、どうしても許せぬことがあるのだ」
リーダーのスケルトンがアセビの言葉を遮り、握り拳を作った。どうやらアセビたちが神殿に入ったことに対して、ブチギレているわけではないらしい。
アセビがふと、自分の肩を掴んでいるマーガレットに目を向けた。彼女は目が虚ろになっている。ぶつぶつと早口で何かを呟いていた。
「マーガレット、何か心当たりないのか」
「知ラナイ知ラナイ……アタシ何モ知ラナイ……」
マーガレットは同じ言葉を何度も、何度も、何度も繰り返している。明らかに様子がおかしかった。
「おい、お前さっき探検しに行ったよな? そのときに何か変わったことなかったか?」
「し、神殿を探検してたら箱があったのよ」
「うん」
「箱よ? 普通の箱よ?」
「うん」
「中を見たら赤い綺麗な石が入ってたのよ」
「うん」
「落ちてたから拾ったのよ」
「うん、それ落ちてたんじゃなくて、大事に閉まってあったんだと思うのよ」
アセビがマーガレットのポケットに手を突っ込む。中ををあさると、固いものが手に当たる。取り出して確認すると、赤く光る綺麗な石だった。
スケルトンはこれを奪われたと認識して、怒っているのだろう。
「あの石は神殿に納められし秘宝! 持ち出すなど言語道断! 人間よ、滅ぶべし!」
「マーガレットォ!! やっぱお前が原因じゃねえかマーガレットォ!!!」
「えへへ……」
「えへへじゃねえよブン殴られてえのか」
「生かしてはおけぬ!」
リーダーのスケルトンが声を荒らげる。完全に怒り狂っていた。
周囲のスケルトンも、武器を振り回しながら雄叫びを上げている。
こうなってしまっては、もう平和的な解決は不可能だろう。赤い石を返したとしても許してはくれまい。
「これはもう……」
「アセビ、どうすればいいの……?」
「戦うしかないな……」
焦るふたりを見てルピナスが口を開いた。
「ぼく……提案があるんだ……」
アセビもマーガレットも、まさかルピナスから提案があるとは予想していなかった。マイナス思考でコミュ障の少女は、何を思いついたのだろうか。
ふたりは期待を込めてルピナスを見つめる。
「このままいっしょに死なない? 3人いっしょならさびしくないよ……」
マーガレットが目を見開く。
ルピナスは、後ろに前向きな少女なのだ。ある意味最後まで希望を持っていると言える。
アセビは顔を赤くし、ルピナスの両頬を思いっきり引っ張った。
「ひゃあ! 痛いよぅ!」
「ルピナスッ! お前諦めてんじゃねえぞ! 最後まで希望を捨てるな! みんなで生き残るんだよ!」
「アセビ、あなたワイバーンに追いかけられてるとき諦めそうになってたわよね」
「ご記憶にございません」
マーガレットの言葉をスルーして、アセビが言葉を続ける。
「ルピナス! オレたちは運命共同体だ! 死ぬも生きるもいっしょだ! ランダム召喚でモンスターを呼び出してくれ! もうそれしか手はねえよ!」
「無理だよ!」
ルピナスが叫ぶ。彼女は自信を無くしている。ランダム召喚が成功すると信じられないのだ。
マーガレットはルピナスを一瞥し、1歩前進した。
「やるしかないわよ。今回の件は、あたしにもちょこっとだけ責任があるわ。あたしが時間を稼ぐから、あとは頼んだわよ!」
「お前にしか責任ねえけどな。お前のせいでみんな死にかけてるけどな」
「わかってるわよ!」
アセビとマーガレットのやり取りを、ルピナスは黙って見ていた。彼女は思う。ふたりのためにも、ランダム召喚を成功させたい、と。
マーガレットがさらに1歩前進し、リーダーのスケルトンに声をかけた。
「言いにくいのだけれど、お願いがあるの。あたしたちに5分だけ時間をもらえないかしら」
「この期に及んで頼みだと? 笑わせるわ! まー、無様に頭を地面に擦り付けて、しっかりと頼めば考えてやらんことも……」
「おなしゃーす!」
リーダーのスケルトンが言い終える前に、マーガレットは手をつき、頭を地面に擦りつけ大声で叫んでいた。
土下座である。その姿は無様で、醜く、そして、美しかった。
リーダーのスケルトンはやれやれと肩をすくめる。
「じゃあ5分だけだぞ……」
「ありがとっ!」
リーダーのスケルトンが折れた。
マーガレットが、得意げな顔でアセビとルピナスに向かってブイサインを送る。
「まー、やり方はともかく、時間稼げたならいいか」
「ぼく……やってみる……!」
ルピナスはゆっくり深呼吸をし、自らの両頬を叩いて気合いを入れる。彼女は本を片手に呪文を唱えた。
「生きてるだけで毎日辛い……希望の光が見えずに暗い……何もできない自分がウザい……」
ルピナスの前に煙が立ち上った。周囲の空気が一変する。まるで夏の日の太陽の近くにいるようだった。
「ランダム召喚……フェニックス」
現れたのは、伝説の不死鳥と呼ばれるモンスター、フェニックスだ。
その姿は、まるで燃え盛る鳥のように見えた。首は金色に輝き、頭には鶏冠がある。
アセビとマーガレットは思わず息を飲んだ。
「す、すげぇ! フェニックスってあの!?」
「永遠の命が手に入るのよね!?」
アセビとマーガレットの瞳が輝く。
フェニックスの放つ炎は、全てを灰にするほどの威力があると言われている。スケルトンなど、何体いようが敵ではない。
「ほねほねマンたち! 覚悟するのね! ぷっぷっぷーのぷー!」
マーガレットが勝利を確信し高笑いした。
「やった! 勝てるぞ!」
アセビも勝利を確信した。
「……あの! フェニックス! ぼくのエネルギーをあげるから……契約を……」
ルピナスは胸がはち切れそうになりながらも、勝利を確信する。ランダム召喚が成功したこともだが、アセビとマーガレットを守れることが嬉しかったのだ。
「…………」
フェニックスが鋭い目つきでルピナスを見つめる。視線の先は、エネルギーの集まった手のひらだ。
フェニックスは首を横に振り、そのままどこかへ飛んでいってしまった。
「ぷぷぷぷぷ……ぷ!? えっ!? なんで!? フェニックスくん、どこ行ったの!?」
マーガレットの高笑いが止まる。勝利確定からのフェニックス逃亡。それはマーガレットに精神的大ダメージを与えることとなった。
ルピナスが申し訳なさそうに答える。
「ぼくのちっぽけなエネルギーじゃ、フェニックスは満足できなかったのかも……契約失敗だね……」
「いやぁぁぁぁぁぁ! フェニックスくん、戻ってきてぇぇぇぇ!」
マーガレットが絶望で悲鳴を上げる。
その様子を見て、スケルトンたちがゲラゲラと笑いだした。
「焦らせおって! 待つのはあと3分だからな!」
「ルピナス! お前はすごいモンスターを呼び出せる召喚士なんだ! 気にせずどんどんかませ!」
ルピナスは再び深呼吸をする。
次こそ戦ってくれるモンスターを呼び出さなければならない。
もう時間がないのだから。
「土から這い出た新たな絶望……無惨に消え去るぼくらの希望……闘争持つ者ひたすら熱望……」
ルピナスの目の前に再び煙が立ち上った。
再び周囲の空気が一変する。
「ランダム召喚……グリフォン」
現れたのはグリフォンだった。上半身は鷲。下半身はライオン。獰猛な性格の動物が合わさったような容姿をしているモンスターである。
グリフォンは爪やクチバシで獲物を狙う。凶暴な性格で、戦闘が得意だ。
フェニックスと比べたら格は落ちるが、スケルトン程度では相手にならないだろう。
「強そうじゃない! 鷲? それともライオン?」
「なんでもいい! これで助かるぜ!」
ピンチな状況からの逆転。アセビとマーガレットは興奮していた。
「よっしゃあっ! あたしたちの! 勝ちよ!」
マーガレットが勝利を確信した。
「勝ったな」
アセビも勝利を確信した。
「あ、あの! グリフォン! ぼくのエネルギーをあげるから! スケルトンを……!」
今度こそ大丈夫とルピナスも勝利を確信していた。
グリフォンは欠伸をしている。ルピナスの言葉が終わらない間に飛び上がり、そのまま遠くへ去った。
グリフォンは金を好むと言われている。ルピナスの差し出すエネルギーでは、満足できなかったのだろう。
マーガレットが口をぽかんと開けている。大きなショックを受けたのだ。
「ルピナスちゃん? ルピナスちゃん? どういうことなのルピナスちゃん?」
「う〜ん、残念だが失敗か。さっきから強そうなモンスターは来てくれてるんだけどな……」
ルピナスは、強力なモンスターを呼び出すことには成功している。運自体は悪くない。
しかしいくら強力なモンスターを呼び出せても、契約できなければ無意味だ。
「あと1分だからな……」
リーダーのスケルトンからの最終通告。
時間を考えると、次がラストチャンスだろう。




