夢見る乙女は眠れない 7
先ほどの件があったからか、アセビ一行に絡む住人はいなかった。遠目で見つめている者が数名いるだけである。
立ち並ぶ民家の密集地を抜けると、しっかりと手入れをした小さな木々がアセビ一行を出迎えた。しかしサツキの家はまだ見えない。
マーガレットは肩を押さえて小さくため息をついた。
「サツキのお家ってまだ遠いの? あたしちょっと歩き疲れちゃったわねぇ」
「もう少しだ」
「サツキちゃーん!」
「ん?」
大声に反応して、アセビ一行が正面を見据えると、前髪を綺麗に切り揃えた小柄な女が手を降りながら小走りで近づいてきた。綺羅びやかな着物を上品に着こなしている。アセビには上流階級の人間に見えた。
「多分あの着物でオレの服10着買えると思う」
「着物も素敵だけど、髪型もいいわね! いかにも東の人って感じ!」
「ぼくはああいう髪型できないだろうなぁ。それはそうと、あの人サツキのこと知ってるみたいだね。知り合いなの?」」
「はは……まぁ」
サツキは照れ臭そうに頬をかいている。口元をむずむずとさせていた。
着物の女はサツキに向かってにこりと微笑み、口を開いた。
「おかえり、サツキちゃん!」
「ただいま……お母さん」
「お母さん!?」
「え!? うそでしょ!?」
「わぉ!」
着物の女はサツキの母親だったのだ。アセビたちは思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
サツキにお母さんと呼ばれた女は、ルピナスよりも小柄だ。肌にはシワもなければ染みもない。妹と言ったら信じる者もいるだろう。
アセビは口をあんぐりと開けていた。
「てっきり妹さんなのかと……」
「あらやだ! ちょっとお兄さん嬉しいこと言ってくれるやないの! 実はウチもうすぐ50になるオバハンなんよ! サツキちゃん聞いた? 妹やって! 妹!」
「お母さん、お世辞だから……」
「いや、マジでお母さん若いっスね……」
夢見る少女のようにはしゃぐ母親を見て、サツキは苦笑した。落ち着かせるために両肩をそっと掴む。こうして見ると、本当に姉妹のように見えなくもない。
アセビは仲の良い親子を見て微笑ましい気持ちになりつつ、改めて母親に頭を下げた。
「お母さん、遅れましたがはじめまして! 自分はアセビ・ワビサビーです! サツキさんにお世話になっておりまして、彼女といっしょに冒険者やってます!」
「あたしはマーガレット・デット・ダメットよ! おばさんよろしくね!」
「ぼくはルピナス・ルミエール。よろしくです」
「オバさんはカエデ! サツキちゃんのオカンや! 皆さんよろしゅうな! お兄さんたち、新聞に書かれてた人たちやろ? オバさん知っとるで!」
カエデは意味深な笑みを浮かべて、サツキをじっと見つめた。娘が『男』の仲間を連れて実家に戻ってきたことが嬉しかったのだろう。
「お母さん? なに?」
「なぁんもないわぁ」
「ならいいけど。お母さん、わざわざお出迎えしてくれたってことは、私たちが来るって知ってたわけ?」
「オバハンたちの情報網甘く見たらあかんで? ウチらはなんでも知っとるんや。サツキちゃんが来たって知って急いで来たんよ」
ルピナスは隠し事のできない地域は少し苦手だと思ったが、口にすることはなかった。彼女もまた少しずつ成長しているのである。
「さっきまでお父さんもおったんやけどな。お家に戻ったんやろか」
お父さんという単語を聞き、穏やかだったサツキの表情が強ばる。彼女の気持ちを落ち着かせるために、アセビがそっと腕を握った。
「サツキ、大丈夫か?」
「ああ、心配無用だ」
アセビの手の温もりが、サツキの張りつめた緊張感を和らげていく。数回深呼吸をしたら気持ちが落ち着いたらしい。サツキはカエデに向かって声をかけた。
「お母さん。手紙のこと聞きたいんだけど。詳しく教えてもらえる?」
「サツキちゃん、せっかちさんやなぁ。お母さんお家でゆっくり話したいわぁ。アセビさんたちもそれでええやろ?」
「オレはそれでオッケーっスよ」
「ほな決まりやな! じゃあみんなでいっしょにお家に行こか!」
カエデはアセビたちのことが気になるらしい。歩きながらチラチラと視線を向けている。家を長く離れた娘が連れてきた信頼する仲間たちなのだ。興味を示すなと言うのは無理な話しだろう。
一方サツキは複雑そうな表情を浮かべていた。カエデに対して、あまり仲間たちをじろじろ見ないでと言う精神的なゆとりもなさそうである。
「むぅ……」
「そう嫌そうな顔せんとはよお家戻るで! 宿も借りなくてええよ。みんなウチに泊まり! お部屋さんたくさんあるんよ」
「ありがとうございます! ではお言葉に甘えて!」
「おばさんありがと!」
「嬉しいなぁ」
慣れない土地で宿を借りるよりも、信頼できる仲間の家に泊めてもらった方が良いに決まっている。アセビは素直に甘えることにした。仮に断ったとしても、カエデの性格上絶対に逃がしてくれなかっただろうが。
アセビたちがしばらく進むと石段が見えた。まるで壁のようにそびえ立っている。
カエデが頂上を指差した。
「みんなもうちょいがんばってな! お家はあそこやから!」
「ここからだとよく見えないんだけど……」
「全部で100段とちょっとだったかな? まー、お前たちなら大丈夫だろう」
「ひえっ……」
ルピナスは泣きそうになっていた。体力の少ない彼女にとって、この石段は地獄への入り口に等しいのだ。
アセビがしゃがみ、背中を向けた。
「ルピナス、おんぶしてやろうか?」
「えっと……ううん! ぼくがんばるよ!」
ルピナスはそれだけ言うと、階段をぐんぐん上がって行った。芋虫たちも這いながら進んでいく。
日頃からお世話になっているからこそ、できるだけアセビに頼らず、自分の力だけで解決したいとルピナスは思ったのだ。
「ルピナスも成長してるんだなぁ」
「フフフッ可愛いよ」
「ごほっごほっ」
マーガレットは、咳をしながらアセビの背中にもたれかかった。急に病気になるはずもない。完全な構ってちゃんムーブである。
「アセビ……あたしちょっと体調が悪くて……お姫様抱っこで上まで運んでほしいのだけれど」
「体力には自信があるけどよ。65キロ超える重石をおんぶしながら階段上がるのはちょっと厳しいかも」
「は? あたしが? 65キロ越える重石って? 言いたいわけ?」
「はい」
「はぁぁぁ!? あたしそんなにぃ!? 重たくないんですけどぉ!?」
「茶色がオレよりお前のほうが重たいって言ってたんだよなぁ」
金切り声を上げるマーガレットを無視して、アセビはテンポよく石段を上がっていく。まるでバカの相手をするのは無意味と言わんばかりに。
マーガレットは感情を爆発させた。
「きぃぃぃぃぃぃ! ちょっと聞きなさいよ! あなたこのままずっとあたしのこと無視する気!?」
「借金」
アセビが面倒くさそうな顔で、マーガレットに対する最終奥義を叩きつけた。彼女は一瞬怯むが、怒りの感情が罪の意識を打ち消したらしい。ぐんぐんとアセビに近づき、耳元で泣き喚いた。
「それ言えば黙ると思ったら大間違いよ! もう怒ったんだから! アセビの誹謗中傷であたしは心に大きな傷を負いました! 泣きました! 可哀想なスーパーアルティメット美少女が今ここに誕生しました!」
「お前目カサカサじゃん。乾ききってるじゃん。砂漠じゃん」
「心で泣いたの!! 気持ち的にはめちゃくちゃうるうるしてるの!!」
「その涙がお前を強くすると思うよ。知らんけど」
「きぃぃぃぃぃぃ!」
全く気持ちのこもっていないアセビの言葉。それはマーガレットの感情という名のダイナマイトに対する、火種であった。
「慰謝料! 100万イーサン払いなさい!」
「立て替えた分の借金返せば払ってやってもいいぞ」
「アセビが先に100万イーサン払いなさい! そしたらあたしも立て替えてもらった分のお金払うわよ! 差額は全額あたしの取り分! おやつ代にするわ!」
「錬金術かな」
アセビとマーガレットの独特なコミュニケーションを見て、カエデは手を叩いて笑っている。涙を拭ってサツキに向かって感想を口にした。
「おもろすぎやろあのふたり! あの温度差がクセになるわぁ! 冒険者さんって芸人さんの仕事もできるんやな! お母さん知らんかったで!」
「いや、あのふたりの場合はアレが素っていうか……」
「ほんま!? 素であれだけ笑いを提供できるってもう才能の塊やん! 将来が楽しみやで!」
「う〜ん、どうだろう……」
カエデはサツキに向かって優しく微笑んだ。
「サツキちゃん。ええ仲間見つけたんやね」
「うん。私の自慢の仲間だよ。本当の弟や妹みたいで可愛いんだ」
「お母さんも心の底から嬉しいで。あんた前より良い顔になったわ」
「恥ずかしくなるからさ。あまりそういうこと言わないでほしいんだけど」
「あら〜」
サツキは足早に階段を上がっていく。カエデはもう少し愛する娘をからかいたくなったらしく、背中を急いで追いかけた。
母娘に追い抜かれ、アセビも負けじと足早に石段を上がっていく。
置いていかれると思ったのか。マーガレットは不満を吐き出すのをやめ、アセビの後に続いた。
永遠とも思われた石段も終わりが見え始めている。その証拠に、立派な門がアセビの視線に映った。
「なんかすげえ豪華な門が見えてきたんだけど!?」
「あそこがサツキのお家?」
「フフフッその通り。みんなお疲れ様。もうすぐ……」
「何しに帰ってきた!! 家出娘が!!」
「親父!!」
サツキの言葉を遮るように、男の怒声がアセビたちの頭上から降り注がれた。ルピナスは怯えてしまったらしく、アセビの背中にしがみついて震えている。
アセビが恐る恐る見上げると、黒い髪を結んだ作務衣の男が、仁王立ちで門の前に立っていた。彼はサツキに鋭い視線を向けている。
「敷居は跨がせんぞ! 不良娘が!」




