夢見る乙女は眠れない 6
「ここが……」
「わぁ」
アセビ一行は無事シャクナゲに到着した。周辺は石作りの壁で囲われている。野盗や野生動物が侵入できないようになっていた。入り口はひとつしかなく、そこからしか入ることはできない。安全面に関しては信用できそうな街である。
「フフフッシャクナゲにようこそ! さぁ入り口はあっちだ」
ぐんぐん進むサツキに置いていかれないよう、アセビたちは早足でついていく。
入り口には黄色い道義の男が5人立っていた。皆強面で体格が良く、腰に刀を差している。
「サツキみたいで怖いよぅ」
「あの人たち門番さんでしょ? 何も悪いことしてないんだから平気よ」
マーガレットの言う通り、男たちはシャクナゲを守る門番だ。野盗や野生動物が侵入しないよう、毎日命がけで守っているのである。
アセビは軽く会釈しながら門をくぐった。
「ちわーっス。お邪魔しまーす」
「むっ! 待たれい!」
アセビは呼び止められてしまった。彼に待ったをかけたのは丸刈りの男。5人のなかで1番体格が良く、鋭い眼光で見つめていた。このグループのリーダー格なのだろう。
丸刈りの男の声に反応するように、他の門番たちの視線も鋭くなった。
「怖いよぅ! サツキみたいだよぅ!」
「あたしが可愛いから声をかけたのかしら」
「安心したまえ。絶対ないから」
人相の悪い男たちに睨まれ、ルピナスは泣きそうな顔になっていた。アセビは穏便にすませるため、害はないと主張するように笑みを浮かべた。
「はは、なんか用スか?」
「うむ。見かけぬ顔だと思ってな。その服、旅人か商人か?」
「友人の付き添いで来たんスよ。まー、旅人ってことでいいんじゃないスかね」
「もうっ! 怪しい者じゃないわよ!」
丸刈りの男がアセビの視線の先を見つめると、和服を着崩したサツキが手を振っていた。
門番の男たちは信用したらしい。さっと道を開けた。
「うむ、失礼した。通られよ」
「どうもでーす」
「お邪魔するわよ」
無事シャクナゲに入れそうである。
アセビがほっとしたのもつかの間、門番の男たちが表情を変えた。
「ん!? なんだあのでかい芋虫は!?」
「突然変異したのか!?」
「えぇい! 全員刀を抜けぃ!」
丸刈りの男が叫ぶと同時に、背後に控えた門番たちが刀を抜いた。彼らの視線の先にいるのはきょとんとした表情の芋虫たち。
東の大陸にモンスターは存在しない。そのため門番たちはキャタピラーを始めて見たのだ。彼らには芋虫たちが平和を脅かす存在に見えているのだろう。
アセビが慌てて丸刈りの男の前で両手を広げた。
「大丈夫だって! 芋虫だから! ただの大きい芋虫だから!」
「みんな良い子たちなのぉぉぉ!」
「ぼくのお友だちなの! 何もしないで!」
「ただの芋虫にしては……いささか大きすぎるような気がするのだが……」
門番たちは芋虫たちから一切視線を逸らさず、じりじりと近づく。
アセビは穏便にすませたいとは思ってはいたが、手を出されたら銅の剣を容赦なく抜くつもりでいた。
芋虫たちは自分たちの置かれている状況を理解したらしい。門番たちに向かって目玉をうるうるとさせた。お得意の泣き落とし作戦である。
「ただの芋虫なら……通してもいいか」
「安心したぜ」
「ただし! その芋虫たちがシャクナゲで暴れたらわかっておるな?」
「うっス! みんなおとなしいんで! 絶対そういうことしないんで! 先生方、お疲れさんっした!」
「お疲れさんっした!」
「っした!」
アセビたちと芋虫たちは門番たちに頭を下げ、そのままシャクナゲへと足を踏み入れた。
「やれやれ……誰でもウェルカムなクレマチスとは全然違うな……」
アセビが汗を拭っていると、サツキがニヤニヤとした笑みを浮かべていた。明らかに笑いを堪えている。
「フフフッ……」
「サツキ!! 門番いるならいるって最初に言っててくれよ! びびったじゃねえか!」
「そうよそうよ!」
「怖かったよぅ!」
必死に言い訳するアセビ、泣き落とし作戦をする芋虫たちの姿がサツキのツボに入ったらしい。サツキはとうとうこらえきれず吹き出してしまった。
「フフフッ! アハハッ!! 助け船を出しても良かったのだが、お前たちの反応が面白くて面白くて……もう少し見ていたかったのが本音だよ、フフフッ!!」
「もうっ! サツキのいじわる!」
「怒るな怒るな」
顔を赤くして頬を膨らませるマーガレットを見て、サツキは両手を会わせて頭を軽く下げる。しかしその目は笑いを我慢している者のそれだ。明らかに反省していない。マーガレットはさらに頬を膨らませた。
「ぶーっ! 今度はあたしたちがサツキにいじわるするから! 覚えておきなさい!」
「覚えておくよ。アセビ? その時は頼んだぞ?」
「何を頼まれたんですかね……」
「それはそうと。アセビ、さっきの門番たちだが……」
サツキが声を潜める。
「彼らがイチョウ家だ」
「……オッケー。覚えた」
サツキの母親の手紙を信じるなら、門番の男たちがキサヌキ家に対して良からぬことを企んでいるということになる。彼らは街を守る男たちだ。実力はクレマチスの平均的な冒険者たちと互角か、もしかしたらそれ以上かもしれない。
アセビは力と力のぶつかり合いが起きないことを祈った。
門番の男たちは、アセビ一行が小さくなるまでじっと見つめていた。その表情に余裕はない。緊張感が漂っている。
アセビ一行は今までにいなかったタイプの来訪者だったらしい。わかりやすい悪人には見えなかったが、怪しくないとも断言できず、ある意味緊張感があったのだ。
空気を変えるように、丸刈りの男が首を鳴らした。
「まぁいい。何かアレばワシが動くだけのことじゃ」
「気を取り直していこう……」
「そうだな……」
「そういえばあの黒髪の女……どこかで見たような」
シャクナゲは和服を来た人々が行き交う街である。クレマチスと比較すると人工は乏しく見えるが、それでも活気があふれているとでわかる程度には賑やかだ。
入り口付近には木造の建物が並んでいる。食堂、雑貨屋、菓子屋などが密集していた。
マーガレットが興味津々に覗いている。
「賑やかねぇ。帰りにお土産買いましょ!」
「全てが終わったらな! それでサツキ。お前の家ってどこにあるんだ?」
「シャクナゲの奥にある。こっちだ」
シャクナゲの人間たちの立場で見ると、アセビたちは見慣れぬ服を着た、巨大な芋虫を引き連れた謎の若者たちである。興味を持つなと言うのは難しいだろう。アセビたちは注目を浴びてしまった。
「お兄さんたちどっから来たの!?」
「お姉さんたち可愛いねぇ! どう、ウチで働かないかい!?」
「芋虫! 芋虫! 芋虫!」
「すんませーん! 通してくださーい!」
「ひゃっ……」
人々が次々と集まってくる。このままでは未来永劫サツキの家にはたどり着けないだろう。
人混みが苦手なルピナスは体を震わせ、すっかり怯えてしまっていた。
「あなたたち! 何をしていらっしゃいますの!?」
大きな甲高い声が響き渡る。アセビたちの周囲に集まっていた住人たちは、一斉に口をつぐんだ。
アセビが声の聞こえた方向を向くと、緑色の道着の女が腕を組んで立っていた。背後には付き人の細身の男たちが数人控えている。
女は短く切った黒い髪を揺らしながら、アセビ一行に近づく。眉間にシワを寄せ、周囲に集まった住人たちに向かって手を振り、追い払う仕草をした。
「いい加減になさい! 迷惑になっているのがわかりませんこと!? 無遠慮に絡むのは失礼極まりない、恥ずべきことですわ!」
「カシワ家だ!」
「逃げろ逃げろ!」
「ちぇっ! つまんねえの!」
みるみるうちに住人たちはいなくなり、アセビ一行の周囲には緑色の道義を来た女と付き人たちだけになってしまった。嘘のように静まり返っている。
女は頭を下げ、謝罪した。
「申し訳ありません。シャクナゲの皆さんは、珍しいもの、刺激的なものに目がありませんの」
「助かったっス。どうもでした」
アセビは緑色の道義の女に頭を下げると、サツキの家へに向かってゆっくりと歩みを進めた。
「アセビ」
サツキが再び声を潜める。
「彼女たちがカシワ家だ」
「門番の次は街のパトロール隊かよ。流石御三家って言ったところか」
カシワ家はアセビたちを助けてくれた。しかしそれはそれとして、良からぬことを企んでいる可能性があるのだ。油断はできないと思いながら、アセビはサツキの家を目指した。
緑色の道着の女も、アセビ一向に興味がないわけではないらしい。背中が見えなくなるまで、じっと見つめていた。
お付きの男たちは顔を見合わせ、気まずそうに口を開く。
「お嬢。街の皆さんにあれだけのことを言ったのにそれは少し……」
「流石に……?」
「わかっていますわ! 少し休憩したらすぐ警護に戻りますわ! ただあの黒髪の方……どこかで見たような」




