夢見る乙女は眠れない 2
「ん~! これのために生きてるって感じ!」
マーガレットは次々と酒を飲み干し、目の前のありとあらゆる食べ物を口に入れた。暴飲暴食を繰り返すその姿も、ここまでくれば美しく見えるから不思議なものである。
フジはマーガレットを見てニヤニヤとした笑みを浮かべ、フクシアは目を丸くして固まっていた。
「マーガレットさんすごい量を食べるんですね……」
「ククッ、フクの3倍は食べてるぜ」
「最近マーガレットに結構助けられてるからね。たまにはご褒美がないとね」
「えへへ! これからもあたしに任せなさい!」
「でもたまには食費のことも考えてね」
楽しそうに食事をするマーガレットたちを見て、ルピナスは自然と微笑むが、隣の席に座っているサツキは上の空といった様子である。大好きな酒を目の前にしても1口飲んだきりで、料理には手をつけていない。
「頭なでなでとか? ぎゅ~って抱き締めるとかそういうご褒美がいいわね!」
「え? 頭ぐりぐりとかほっぺたぎゅ~ってつねるのがいいって言った?」
「アセビくん。わたしにもそういうご褒美がほしいかなって」
「フクチャンまともそうに見えて結構アレよね。ちょっと怖いわよね」
「ククッ、苦労するぜ」
頬を朱色に染め、アセビをうっとり見つめるフクシアに呆れながら、マーガレットは目の前の皿に再び手を伸ばす。ご褒美という大義名分があるため、胃袋が限界を超えるまで、暴飲暴食を繰り返すつもりなのだろう。
そんなマーガレットの瞳にサツキが映る。彼女はただ虚空を見つめていた。
「サツキ、食べてる?」
「ああ、食べているよ」
「……サツキ、飲んでる?」
「ああ、飲んでいるよ」
どう見ても適当に言葉を返している。しっかり者の頼れるお姉ちゃんらしからぬ姿だ。
マーガレットだけでなく、他の者たちもサツキに注目した。
「サツキ、何かあったのか?」
「ん? 何もないが?」
再び上の空で適当な返事をするサツキを見て、アセビは席を立った。彼女の両肩を握り、視線を合わせる。
向けられた真剣な眼差し。サツキは思わず目を逸らして、口をモゴモゴと動かした。
「何でもないから……うん」
「サツキ、オレたちの間に遠慮はいらないからな。何でも言ってくれよ。何かあったんだろ?」
「……私個人のことだからな」
「言いたくないなら無理にとは言わない。だけどさ。オレお前のことが心配なんだわ」
サツキが正面を見据えると、優しく微笑むアセビの顔があった。年下の可愛い弟のような青年。彼に優しく支えられていると思うと照れ臭くなり、頬が瞬く間に赤くなる。
アセビの手の温もりが、サツキの作る心の壁を溶かしていく。
マーガレットが身を乗り出し、手にしたナイフとフォークを置いて、握り拳を作った。
「サツキ! なんでも言って! 何かあったの!?」
「ぼくにできることなら、なんでもするからね!」
「俺も手を貸そう」
「サツキさん! 心配事があるならわたしたちに教えてほしいな!」
アセビと同じく真剣な表情を向ける仲間たち。サツキが小さく頷いた。どうやら何があったか語る気になったらしい。
アセビは急いで自身の席に戻った。
「……さっき手紙をフジから受け取ったんだ」
「ああ、冒険者ギルドに送られてきたアレか。それがどうしたんだ?」
「ファンレターってわけじゃなさそうね。何が書いてあったの?」
「引き抜きですか? それなら無視して終わりでいいんじゃないかな」
「いや……その……差出人が……」
サツキは絞り出すように言葉を紡ぐ。
「私の……母親からだった」
「なんだとっ」
サツキが追放されたことを知っているアセビ一行は目を見開き、驚きを隠せないといった様子である。
事情を知らないフジとフクシアは、きょとんとした表情を浮かべていた。
「サツキのお袋さんからか」
「ご家族からのお手紙ですか? いいですね!」
「少し……言いにくいのだが」
「サツキ、言いにくいならオレが言おうか?」
「いや、私のことだ。私が話そう」
サツキにとって追放された事実は、できれば口にしたくない過去である。だがこのままではフジとフクシアは話についていけなくなるだろう。
サツキは自身の過去を語ることにした。
「……ということがあってな。私は追放され、クレマチスに流れるようにたどり着いたんだ」
「なるほどな……」
「ごめんなさい。わたし何も知らないのに、いいですねって言ってしまって……」
フクシアの目から涙がこぼれ落ち、フジがそっと背を叩く。普段飄々とした態度を見せるが、サツキに対して思うところがあったらしい。どこか哀れむような目を向けている。
「いや、泣かなくていいから! 私が未熟だったから追放されただけの話だしな!」
「でも悲しいです。サツキさんは強いな。わたしだったら耐えられない……」
「帰る場所がないのは……な」
まるで自分のことのように悲しんでくれるフジとフクシアに、サツキは心が温かくなるのを感じたが、それと同時に申し訳なく感じていた。食事の場がすっかりお通夜ムードになってしまったからだ。
サツキは目の前の酒を一気に飲み干し、やや大げさな様子で両手を広げた。
「さぁ! 湿っぽい話はここまで! 今日はお酒をガンガン飲むとしよう! フフフッ」
「お母さんからのお手紙。何が書いてあったの?」
空気を読まない。ぶっ壊す。コミュ障。それがルピナスという少女である。しかしこの状況で手紙の内容に踏み込めるのは、彼女しかいないのも事実だ。ルピナスの汚れのない瞳が、サツキの胸に突き刺さる。無視して酒を飲むことなどできるはずもない。
サツキは懐から封筒を取り出し、中身をそっとアセビに渡した。
「サツキ、オレが読むぞ?」
「うむ。読んでほしい」
アセビが手紙を開くと、達筆な文字が目に映った。
『サツキちゃん、お母さんや。あんたが出ていってからずっと心配してたんやけど、元気にしとったんやね。安心したわ。新聞読んだとき驚いたで。よう知らんけどおっかない化物さん倒したんやって? お母さんもご近所さんに自慢の娘ですわって言えて鼻高々や。あっ、そうや! 話は変わるんやけど、最近ちょっと大変なことになっとるんよ!』
ここで一旦アセビは区切り、酒を1口飲んだ。サツキの母親の書く文章は達筆だったが、特徴的な書き方だったため、少々読みにくかったのである。
マーガレットが急かすように机を何度も叩く。
「ちょっとアセビ! 気になることろでやめるんじゃないわよ! 早く続きを言いなさい!」
「大変なこと……? 何かなそれ」
「じゃあ、続きを読むぜ!」
アセビは頷き、再び手紙を読み始めた。
『イチョウさんとカシワさんらが、最近よからぬこと企んでるみたいなんや。お母さんちょっと嫌な予感がするんよ。お父さん今でも虎さんみたいに強いけど、もうおっちゃんやから若い頃みたいには動けんやろ? 何かあったら心配や。どうやろ、助けてくれへん? お父さんサツキちゃんが出て行ってから寂しそうな顔すること増えたし、きっとあんたに会いたがっとるで。サツキちゃん、1度帰ってきいひん? お母さんからの一生のお願いや』
以上が手紙の内容だった。
「手紙はここで終わっている」
アセビは手紙を丁寧に折り畳み、サツキに返した。彼女は複雑そうな表情を浮かべている。頭の中で整理できていないのだろう。
マーガレットが手を挙げ、感想を口にした。
「何が大変なのかよくわからなかったわね。ヤマダさんとタナカさんが、悪さしようとしてるってのはわかったのだけれど」
「イチョウさんとカシワさんですね」
「うん、多分そんな感じ」
マーガレットの適当な物言いが空気を良い意味で壊した。どうしようもないバカが、人を救うこともある。
サツキは僅かに微笑み、視線を全員に向けた。
「キサヌキ家は元々領主様をお守りすることを生業とした一族だ。イチョウ家、カシワ家もな。地元では御三家と呼ばれている」
「それならイチョウ家とカシワ家はお仕事仲間って解釈でいいのかな?」
「私はその認識だ。ただ、それぞれ長い歴史のある一族だからな。あまり大きな声では言えないが、もしかしたらキサヌキ家は、どこかで両家から恨みを買っていたのかもしれない」
「それでサツキ。お前はどうしたい?」
「私は……」
アセビの問いかけにサツキは答えることができなかった。追放されたことに対する怒りと悲しみもあるが、家族を助けたい純粋な思いもある。複雑な感情が、サツキの脳を支配していた。
腕を組んで瞳を閉じていたフジが口を開く。
「何にせよだ。迷いをかかえた状態じゃ、あんたの剣も鈍るだろう。しばらくは俺とフクだけで霧の森の調査をさせてもらうぞ。あんたは実家に戻りな」
「あなたたちに負担をかけるわけには……」
「どうかお気になさらないでください。モヤモヤしたままじゃダメですよ。スッキリしてきてほしいな」
「……うむ」
サツキは答えを出せなかった。




