ぼっちは自分に優しくしてくれた人を逃さない 3
アセビたちはクレマチスを出て、森に来ていた。無論、ルピナスと契約するモンスターを探すためだ。
「モンスターちゃん、どこですかぁっと!」
「いないわねぇ。いつもは森を歩いていると、すぐ見つかるのだけれど」
モンスターを探すため、アセビとマーガレットは首を忙しなく動かしている。そんなふたりを見て、ルピナスは申し訳無さそうにうつむいていた。
「……あ、あの……ぼくのために……ふたりとも……本当は忙しいんじゃ……?」
「いいってことよ! まー、たまには休暇も必要だからさ。気にしないでくれよな!」
「……ごめんなさい」
「それより、君はモンスターと契約することだけを考えるんだ。良さげなのがいるといいね」
「……ごめんなさい」
マーガレットが欠伸をしながら口を挟む。
「う~ん。こういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言ってほしいわね」
「……ごめんなさい……あっ……」
マーガレットは軽くため息をつく。わざとやっていると思ったのかもしれない。
アセビは重苦しい空気を変えるため、大げさに声を張り上げた。
「あれれ〜!! あそこに神殿があるぞぉ!」
アセビの目に、小さな神殿が映る。森に住んでいた住民が、協力して作ったのだろう。しかし遠目で見てもわかるが、すっかり廃墟と化している。作られてから長い年月が経ったと見える。
マーガレットは目を丸くして神殿を見つめていた。
「森には何度も来ているけど、神殿があるなんて気づかなかったわね」
「ちょうどいいぜ! あそこの神殿に行ってみよう!」
アセビたちが神殿に近づくと、目の前に折れた木の槍を握った骸骨が立ちふさがった。スケルトンというモンスターである。動きが遅く、力も強くない。数が多ければ脅威にもなりえるが、幸い1体しかいなかった。
「ガイコツよ!」
「ひっ……」
女子たちは突然の来訪者に驚いていたが、アセビはニヤリと笑っている。待ってましたと言わんばかりの表情だ。
アセビは指を鳴らし、ルピナスの肩を叩く。
「ルピナス、あいつと契約しようぜ!」
「ス、スケルトンと……?」
「えぇ~? あたしもう少し可愛いのがいいわ!」
マーガレットが不満を漏らす。彼女はビジュアル重視の考えだった。契約するモンスターの強さは、どうでもいいと思っているのかもしれない。
ルピナスはマーガレットと目を合わせないようにしながら、恐る恐る口を開く。
「……あの……可愛いモンスターが来てくれるかは……わからないけど……召喚してみようか……?」
「どういうことだ? 君はモンスターとまだ契約していないんだったよね?」
「うん……でも契約していなくても……一応モンスターを呼び出すことはできるの……ランダム召喚っていうんだけど……どんなモンスターが来てくれるかは運次第……」
ルピナスは深呼吸し、契約の本を取り出す。彼女の体内に宿るエネルギーが手のひらに集まり、光り輝き始めた。
アセビとマーガレットは、わくわくしながら期待の眼差しを向ける。
ルピナスは緊張しながら口を開いた。
「……浅ましき汚れたぼくの魂……生き恥晒して募る悲しみ……希望などないずっと虚しい……」
アセビはマイナス思考フルスロットルの召喚呪文にツッコみたくなったが、ぐっと堪える。本人のやりたいように任せたほうがいいと判断したのだ。
ルピナスが呪文を唱え終わると同時に、目の前に煙が立ち上った。
「何が出てくるのかしら?」
「ランダムだからお楽しみってことだろうな」
煙の中から、唸り声が聞こえる。しばらくして、トカゲの頭を持つ人型のモンスターが颯爽と現れた。
「ランダム召喚……リザートマン」
リザートマンとは、トカゲに似た頭をしたモンスターだ。二足歩行で移動し、硬い鱗を持っている。人間よりも力があり、人語を多少理解できる知能を持つ。戦闘が得意なモンスターだ。
リザードマンはルピナスに視線を向けている。彼女が自身を呼び出したと認識したのだ。
「あ、あの……ぼくの……エネルギーあげる……から……戦って……ほしいの……」
ルピナスの手のひらには、エネルギーが集まっていた。リザードマンは頷くと手に触れ、エネルギーを受け取り、口に入れる。あくまで仮契約ではあるが、ルピナスに従い、戦うことを了承したらしい。
「あっ……」
ルピナスは体内のエネルギーが減ったからか、膝を震わせている。アセビは倒れないように急いで背中を支えた。
「おいルピナス大丈夫か!? 気分悪くないか!?」
「……はぁ……はぁ……大丈夫……だよ……」
リザードマンは素早くスケルトンに近づくと、左手に握った鉄の剣を振り下ろす。
勝負は一瞬。瞬きする暇もない。
リザードマンはスケルトンをたった一撃でバラバラにした。周囲に散らばった骨を踏みつけ、勝利の雄叫びを上げる。
「グオォォォォォォ!!!」
「トカゲくん強いじゃない! ちょっと怖いけど!」
マーガレットは頬を赤くして興奮している。初めて見るモンスター同士の戦闘に、テンションが上がったのだろう。
勝利の余韻に浸るリザードマンが、ルピナスに熱い視線を送っている。契約したいのか気になるようだ。
ルピナスはひっと声を漏らし、リザードマンから視線を逸らした。
「あ……あの……ぼく……その……あの……」
ルピナスはしどろもどろになりながら、必死に言葉を紡ぎ出そうとしている。
ぼくと契約してほしい。契約してくれるなら、いっしょに対価を決めよう。
それだけでいい。それだけ言えばいいのだ。
しかし、言えない。なぜならルピナスはコミュ障だからだ。誰よりもひどいコミュ障だからだ。
「ルピナス?」
「ほら、トカゲくんが待ってるわよ!」
「えっと……その……」
リザードマンはしばらくルピナスをじっと見つめていたが、背中を向けてそのまま走り去った。自身の実力に満足しなかったから、契約について切り出さなかったと判断したらしい。
悲しいすれ違いである。
リザードマンの大きな背中は、みるみるうちに小さくなっていき、見えなくなってしまった。
「あっ……」
「あのリザードマン結構強そうだったなぁ……契約できてたらかなり心強い存在になったかも」
「も~! トカゲくん気か早すぎるわよ! もうちょっと待ってあげなさいよ!」
「うぅ……ぼくやっぱり駄目なのかな……」
ルピナスは膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。負のオーラを鬼のように撒き散らしている。
「駄目な人間は何をやっても駄目って言うもんなぁ。ぼくってやっぱり駄目な人間なんだ。コミュ障だからまともに喋ることもできないや。もう終わりだよぼく」
「何言ってるの。まだ始まってもいないじゃない」
「そっか。最初から終わってるってことか」
「やっぱレベル高くないこの子」
アイスエイジ、再び。
ルピナスは薄ら笑いを浮かべながら、指で大地をつついていじけ始めた。マイナス思考を加速させ、自信を失っている。否、最初からそんなもの、なかった。
アセビは急いでルピナスに駆け寄り、背中を撫でながら耳元で大声を出す。
「大丈夫だって! 終わりじゃないって! これから始まるんだって! リザードマン呼び出せたじゃん! 契約したいって言えばオッケーってわけじゃん!」
「そうよ。悲観することないわ。契約してって言えなかったけど」
「はは……」
「そうだ! 次はリザードマンより強いモンスターを召喚しようぜ! きっとやれる! やればできる!」
「そうよ安心しなさい! でもトカゲくん強くて契約にも前向きだったわね。大きなチャンスを逃したわ」
「……はは」
「マーガレットォ! お前はどうしてそんなに上げて落とすのが好きなんだよマーガレットォ!」
アセビのフォローは全て無意味になってしまった。
マーガレットはきょとんとした顔で首を傾げている。
悪魔はありのまま思ったことを、そのまま口にしてしまうタイプなため、ナチュラルに人を傷つけていることに気づいていないのだ。
マイナス思考で傷つきやすいルピナスとの相性は、はっきり言って最低最悪である。
アセビは再び落ち込むルピナスに向かって、元気よく声をかけた。
「大丈夫だからな! 絶対うまくいくからな!」
「どうかな……ぼく……駄目な子だから……」
「ほらぁ! ルピナスがマイナス思考炸裂させちゃってるじゃん! お前のせいでこうなっちゃったじゃん!」
「元々こんな感じじゃなかった?」
「……うん」
バカで無神経なくせに、痛いところはしっかりついてくる女である。
このままではいけない。
アセビはマーガレットを無視することにした。ルピナスの手を取り、ゆっくりと立たせる。
マーガレットは顎に人差し指を当てていた。素朴な疑問が生まれたらしい。
「ランダム召喚だっけ? そもそもアレできるなら、森に来なくてよかったわよね。その辺の原っぱでも呼び出せるんでしょ?」
「……うん」
アセビがマーガレットとルピナスの間に入る。
「どうせ契約するなら、実際に見て触って感じて確かめて決めたいだろ?」
「まぁそうねぇ。お洋服買うときはそうするもの」
「だろだろだろぉ!? だからこれでいいの! ルピナスは間違ってないの!」
アセビは必死に、マーガレットの悪意なき悪意からルピナスを守る。
これ以上メンタルにダメージを与えてはいけない。アイスエイジを到来させてはいけないのだ。
「……ア……セ……ビ」
アセビは必死にフォローしているから、気づいていなかった。
ルピナスが瞳を輝かせながら、熱い眼差しを向けていることに。彼女は再び契約の本を取り出すが、膝が小刻みに揺れている。立っているのも辛そうだ。
アセビが素早く背中を支える。
「おっと危ない! エネルギー渡したから、疲れちゃったのかな? せっかく神殿の近くに来たんだ。ランダム召喚は少し休憩してからにしようぜ」
「そうね。あたしはお腹が空いたわ。フルーツさんが食べたいの。アセビ、持ってきてほしいのだけれど」
「そこに生えてる雑草ヘルシーでおいしそうじゃん。それ食ったらどうスか」
ルピナスはアセビとマーガレットが、交互にテンポよく語っているところを、少し離れたところから観察している。
自分もあんな風に語れたら。そう思わずにはいられないようだ。
「ほら、あなたも早く! いっしょに休憩しましょ」
「う、うん……」
マーガレットがルピナスの手を握って微笑む。ぐいぐいと引っ張り、強制的に合流させた。
多少強引だが、コミュ障なルピナスにはこれぐらいが丁度いいのかもしれない。アセビは砂粒ほどマーガレットを見直すことにした。
3人は神殿の壁にもたれかかり、のんびりと過ごしていた。風が心地よかったが、誰も口を開かない。
気まずい空気を払拭するため、アセビは芝居がかった調子で、両手を大きく広げる。女子たちは目を丸くしながら、その行動を見つめていた。
「腹減っちゃった人〜!」
「はーい!」
「……はい」
「喉乾いちゃった人〜!」
「はーい!」
「……はい」
コミュ障のルピナスが、自らの意思で遠慮がちに手を挙げた。超低確率のレアイベント発生である。
マーガレットは瞳を輝かせながら、じろじろと顔を覗き込んでいた。
「見て見て! ルピナスが返事したわ! ルピナスが手を挙げたわ! すごいわ!」
「恥ずかしいよぅ……怖いよぅ……」
「マーガレット! 気持ちはわかる! 気持ちはわかるが今はステイだ! 大事にいこう、大事に!」
少しずつ、氷が溶けるように、ゆっくりと。アセビはとにかく気を使った。
未来ある少女の心に、傷を負わせてはいけないのだ。
アセビはポケットからジャムパンを取り出し、マーガレットとルピナスに手渡した。空腹だったのか、ふたりは美味しそうに頬張っている。
「あら? このパンさん中に甘いのが入ってるわね」
「お前ジャムパン食ったことないのか?」
「癖になるおいしさね! あたしジャムパンさんのこと大好きよ! アセビ、もっとよこしなさい!」
マーガレットが手のひらを向けるが、アセビは首を横に振った。
「良い子は1日1個までだ。ルピナス、ジャムパンうまいか?」
「……うん」
「なら、良かった! どんどん食べてな! 遠慮しなくていいからな!」
「……あたしとの扱いの差を感じるわね」
「……おいしい」
ほんの僅か、微妙な変化だが、ルピナスの口角が上がったように見えた。大きな1歩である。
しかしルピナスを介護する度に、アセビの精神はすり減っていく。気苦労の耐えない男である。
「なぁルピナス。次もランダム召喚するよな? 何が出るか楽しみだぜ」
ルピナスは契約の本をポケットから取り出し、パラパラとページを捲る。何も書かれていない。
ルピナスは今日ここにモンスターの名前が書かれることを祈った。自分のためにも、こんな駄目な子な自分に付き合ってくれたアセビたちのためにも。
しかし、うまくいくビジョンが浮かばない。ルピナスはため息をつく。
「……どうかな……うまくいくかな……ぼくの勝手な都合で呼び出すわけだから……モンスターによっては……怒るタイプもいると思うの……」
突然名も顔も知らない者に呼び出され、働いてくれと言われたら、どんな人間だって不満に思うだろう。それはモンスターも同じなのかもしれない。
ランダム召喚は危険な行為でもあるのだ。
しかしマーガレットはそう思っていないらしい。腕を組みながら思ったことを口にする。
「でもモンスターくんも、契約したら対価がもらえるわけでしょ? 最高じゃない。あなた、ちょっと心配しすぎじゃないかしら」
「あ……あの……」
「なになに?」
珍しくルピナスがマーガレットに顔を向けている。
アセビは目で訴えた。お前マジで絶対変なことは言うなよ、と。それを受けマーガレットは目で返した。まかせなさい、と。
「もし……マーガレットさんが……だよ?」
「あっ、マーガレットでいいわよ? あたしの名前はマーガレット・デット・ダメット!」
「借金女でもダメ子でもいいぞ」
「よくねえわよ」
「マーガレットさんが……その……」
「……なんか距離を感じるのだけれど」
「実際壁があるからね。越えられない壁がそこにあるからね。しょうがないね」
苦手意識とコミュ障のせいである。しかしこれはマーガレットが上げて落とす行為をしたり、忌憚のない意見を口にするせいでこうなったのだ。責めることはできまい。
ルピナスはマーガレット向かって小声を出した。
「お休みしてるときに……お仕事しないと……いけなくなったら……どうする?」
「あたしならキレるわね」
「……そうだよね……ランダム召喚……やっぱりうまくいかないかもしれないね……」
アセビは思わず天を仰ぐ。やはり悪魔に任せるべきではなかったのだ。
アセビの気持ちを知ってか知らずか、マーガレットは気持ちよさそうに伸びをしている。欠伸をしながら神殿の奥地へと向かおうとしていた。
「あたしちょっと探検してくるわね!」
廃墟は建物が老朽化しており危険な場所である。アセビは団体で行動したいと思っていたが、返事を待たずにマーガレットは駆け出していった。
元気の塊のような少女である。
一方ルピナスは、この世の終わりのような顔をしていた。契約は絶望的と思っているのだろう。
「すまない。あいつも悪気があって君のことをどうこう言ってる訳じゃないんだ。素で頭がちょっとアレな子なだけなんだ」
「……うん」
「そうだ! オレのことをモンスターだと思って、契約する練習してみないか? 召喚士ってコミュニケーションが大事なんだろ?」
「えっ!? それは恥ずかしいよぅ! ぼくには絶対無理だよぅ!」
ルピナスは顔を真っ赤にして大声で強く拒否する。コミュ障の彼女にとって、契約の練習はあまりにもレベルが高い試練だった。
ルピナスの新鮮な反応を見て、アセビが微笑む。
「何だよ大きい声だせるじゃん。契約するときは、今みたいに大きな声でモンスターにお願いするんだぜ。絶対気持ちは通じるから」
「……うん」
「大丈夫だからな」
顔を赤くしたルピナスが、口元を押さえ恥ずかしそうに頷く。
空気が少しずつ変わっていく。アセビの前向きな言葉が届いたのだ。
ルピナスは思う。まるでお母さんのようだ、と。無意識のうちに、アセビに視線を向けていた。彼ともっと話がしたいと思っているのだ。
「あはは! ただいまぁ~!」
マーガレットが戻ってくると、ルピナスは急いでアセビから視線を逸らし、いつものようにうつむいてしまった。
探検は終わったらしい。何かいいことがあったのだろうか、マーガレットは満面の笑みを浮かべ、その場で踊り始めた。
「休憩はもう終わりよ! 日も暮れてきたし、そろそろ戻るかランダム召喚やっちゃわない?」
気づけば周囲は薄暗くなっていた。夜は獣やモンスターと遭遇する確率が高くなる。
アセビも暗くなるまでには、クレマチスに戻りたいと思っていた。
ランダム召喚は帰る道中で行えば問題あるまい。アセビはそう考え、マーガレットの意見に賛成することにした。
ルピナスも異論はないようだ。小さく頷いている。
「帰りも気をつけて帰るわよ!」
「……なぁマーガレット? 後ろの皆さんはお前のお友だちか?」
アセビが指差す先を見て、ルピナスは青ざめる。体は震え、今にも泣き出しそうな表情だ。
「どうしたの? そんな大量のスケルトンを見たような顔しちゃって……」
マーガレットが振り向くと、スケルトンの集団がずらりと横1列に並んでいた。少なくとも30体はいるだろう。
スケルトンたちは石の剣や木の槍を手にしている。明らかに戦闘態勢に入っていた。
絶体絶命のピンチである。




