そのいち 接近
白鳥の湖、ボーイズラブ版です。
(母上、そんないきなり今夜だなんて。
私には決めかねます)
王子は困り顔で母に訴えた。
(ラルフ、何を言うのです。
貴方が妃を迎え子を成し、後継者を作らなくては。この国は他の者に奪われてしまうのですよ)
女王は息子の意思の弱さに嘆息をついた。
しかし王子がこう訴えるのも無理ではない。何故なら、彼が誕生の儀の目的を知らされたのはつい先ほどのことなのだ。
どうして急にこんな事になったのか。父王が狩の事故で他界してから3年。女王は女手でここまで国を支えてきた。王子は当時17歳。王として戴冠式を行うには、まだ時期尚早だった。そして今夜、ラルフは20歳の誕生日を迎える。いつまでも子供ではいられない。彼も自立しなくてはならないのだ。とはいえ、彼が戴冠したとしても、しばらくは女王と臣下の指示の元、業務をこなすことになるだろう。その間に家庭を持ち、人として守る者を作るべきだ、と言うのが女王の考え方だった。これはおそらく私の家庭教師の進言に違いない、と彼は思った。
正直、今の自分にはまだ、一国の主人も、一家の主人も荷が重すぎる。まだ恋さえしたことがないのに。
ラルフは1人、窓から外を眺めつつ、ため息をついた。城の近くには湖があり、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。岸辺には白鳥の群れが見えた。ラルフはこの情景が好きだ。いつか愛する人と、この景色を眺めたい。だから今、伴侶を決めるなんて、まだ早過ぎる。
誕生の儀が始まった。
次々と挨拶をしては流れる沢山の貴族の娘たち。皆、美しく着飾ってはいたが、目的の定まらないラルフ王子には全てが無個性であり、誰1人として関心を持つことが出来なかった。
(はあ)
人気のないバルコニーで、1人ため息をつくラルフに、家庭教師のアイスが声をかけた。
(ラルフ、宴が終わったら、気晴らしに狩でも行ってみてはどうだ?)
宴の後、ラルフは友人数人で連れ立ち、城から近い湖へやってきた。辺りは月明かりに照らされ、木々は黒く浮き上がって見える。友人達は、宴で知り合った娘達の話を楽しそうに語っている。ラルフはそっと彼らの側を離れ、1人湖の畔へと向かった。
満月に照らされた湖上は、時々吹く風にとろりと黒い波が立ってはすうっと消えていく。ひんやりとした空気。沈黙が耳に痛い。
バサバサバサッ
その時直ぐ近くで、鳥の羽音がした。
観ると一羽の白鳥が、まさに湖面へ着水したところだった。
よし、あの白鳥を仕留めよう。ラルフは弓矢を構えた。だがしかし、彼は弓を構えたまま、射ることが出来なかった。
その白鳥はあまりにも美しすぎた。
銀色に輝く細く長い首が、月の光を浴びて仄かに輝いている。つぶらな黒い瞳は、小さな星を灯していた。白鳥は音もなく湖面を横切り、岸へと進んだ。茂みに身を潜めたラルフからは目と鼻の先だった。彼は息を潜め、それを見守った。
白鳥は岸へ上がると、ヨタヨタと数歩歩き立ち止まった。そして………。
ラルフは息を飲んだ。
(つづく)
皆様こんにちは。
斑目潮と申します。
私の拙い文章を読んでくださり
誠にありがとうございます。
このお話は元々私の推し(俳優さん)をモデルに
創作しました。
あらすじはほぼほぼ『白鳥の湖』なので、
バレエ組曲『白鳥の湖』をBGMに
読んで頂くとより一層楽しめます。




