6.順調そうですか?-私は……地獄行きでしょうね-
全44話予定です
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研究所では引き続き四体の被検体に対しての[調律]が施されていた。もちろん、陣頭指揮を執るのは[襟坂]である。
被検体全員ともに一糸まとわぬ姿で暮らしている。それはそのほうが何かと都合がいいからである。注射を打つにしても、組織片を採取するにしても。もっと言えば躰を弄り回すのにしても。両腕は後ろ手に枷をはめられたまま生活をしている。では睡眠は? と言えば、四体ともロクに取れてはいない。それは枷を解かれることがないというのもあるが、頭部に取り付けた電極と、目を覆っているアイマウントディスプレイ、それにイヤホンのせいでもある。極限まで精神を削り、気がふれる少し手前の状態を維持しつつ、こちらが指定した文言を刻み込んでいく。
マスターには絶対に逆らわない事、命令があれば肉親にだって銃口を向けなければならない事。それをひたすら続けるのである。このいわば[刷り込み]は、はじめの頃は純粋に人の手だけで行っていた。いわゆる[しごき]というやつである。
だが、そこで問題が浮上した。厳密に[調律]を行えば行うほどその個体の自立性が失われていくのだ。
人間というのは良く出来ていて、自己防衛が働くのである。
具体的には、何に対しても鈍化という症状が現れる。例えば、ムチをふるえばそのうちに痛みに慣れ、精神的に攻めれば自分を守るために殻に閉じこもる。場合によっては部分的にそれを受け入れて共存していく。
つまり全部がおかしくなる前に意図的に[壊れる]のだ。
もちろん、生理的なものは慣れない事もある。クリスの例がそれにあたる。彼女はいつまで経っても男性に対しては慣れる事はなかった。そう、あの生体コンピューターを頭部に埋設するまでは。
この、鈍化作用はそれらはすべて[自己を守る]という、どの生命体もが持っている自然の節理なのだが、こちらに都合いいように[調律]しようとすればするほど、これが非常に高い壁になるのも事実である。
ではどうするか。
そこで入れ替わるように登場したのが、先ほどの脳科学なのである。脳科学と人の手による合同の[調律]が行われるようになり、軍として都合のいいように成長し、その人格や記憶が定着するのに成功した。
ただ、現在の脳科学だけでは[調律]にどうしても時間がかかるのである。
そこで[襟坂]の考えたやり方。
それは一か月くらいの、長くも短くもない時間を睡眠をロクに取らせずに脳科学を用いて初期段階の刷り込みを行い、それ以降を生体コンピューターを埋設する事でコンピューターを用いて刷り込みの続きを行おうというものだ。
初期段階をある意味[トラウマ]として植え付け、そこからコンピューターによって思考制御させる。そうする事で自由な思考にブレーキがかかるが、最悪の結果である[イエスマン]にさせることは防げる。
もちろん、この手法を提案したのは[襟坂]である。
「順調そうですか?」
[襟坂]は実験を常に見守っている。それは全裸の少年少女であっても変わらない。その内に秘めているものは何だろうか。
「ええ、順調ですよ。このまま行けば予定通り、まずテミラデを使ってテストをします。もちろんその間、他の三体には引き続き[刷り込み]を続けます」
とまで言って言葉が詰まる。
「ん? どうしましたか」
というアイザックの言葉に、
「私は……地獄行きでしょうね」
と漏らす。そんな[襟坂]に、
「多分、ここにいるスタッフたちは皆そうでしょうね。辛いですか?」
と問われる。だが、
「すみません、少し感傷的になりすぎましたね。続きを行います」
――あたしはどうなってもいい。だけどせめてカズだけは。
そんな風に思ってしまう自分がいるのもまた事実である。
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