42.クリス少佐殿、少しお話いいですか?-私は、こんな性格なので-
全44話です
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一方のクリスたちはと言えば船に揺られて一路南下していた。当初の話通り、本当にアフリカ大陸をぐるっと回る予定らしい。
クリスは甲板で風を浴びていた。
「クリス少佐殿、少しお話いいでしょうか?」
そんなクリスに近づいてきたのがフィリスだ。確かにクリスとしても特にやることがある訳ではない。
「私でよければ」
――話くらいなら。
そう思いながら応じる。
「少佐殿にとってマスターというのは、やはりマスターという存在なのでしょうか」
と言われる。クリスは笑顔で、
「私にとってご主人様はマスター、という訳ではないのです。ご主人様は私のすべて。いろんなことがありました。それらすべてご主人様が私を守ってくださったのです」
そう言いながら頭の生体コンピューターを指で指して、
「これがその証です。私は思考までも縛ってもらえる。それがとても嬉しいのです」
そんな話の流れから、家庭環境の話になった。
初めに話をしたのは、クリスだ。クリスは母と弟の話をした。母は少し他者依存が見受けられる人だった。クリスの父親がいないのは、離婚という形で別れた訳ではない。日常的な暴力に耐えかねて母がある力を利用して[いなくなってもらった]為なのだ。
そんな情報ものちに聞かされたのだが。
確かに、父親がいなくなってからパイロット候補になるまでの数年間はとても穏やかであった、と記憶している。
「弟も私によく懐いてくれていたんですよ」
クリスの弟はかなり内向的ではあった。それはそうだろう、日常的に母親が自分の父親から暴力を、時には性暴力を受けているのを目の当たりにすれば、幼い子供はどう思うだろうか。そんな父親に逆らう事も出来ずに日々を姉と一緒に過ごす。互いが互いの傷をなめあうようにして日々を暮らしていたのだ。当然、自発的な性格には育たず、姉への依存が強い子供へと成長していったのである。
クリスもそれを心地よいと感じていたのもまた事実なのだ。互いが互いに依存し、そんな時間を過ごしたある日二人ともクリスの前からいなくなったのだ。
それからの話はパイロットになれと言われ、言われるがままに孤児院に収容されて、そこでのつらい経験を経てパイロットになった、という話をした。
「私は、男性がとても怖かったのです。男性が近づいてきただけで震えが止まらなかった。そんな相手が[恥ずかしい格好をしろ]と言われればそれにあらがう術をもっていなかったんです。だけど、そんな私の前にご主人様が現れた。これは私に対する救済なのだろう、そう思ったんです」
事実、クリスはカズに隷属を誓った最初の人物になったのである。
「私の話はこれくらいでいいのですが、貴方の話を聞かせてもらえますか?」
とクリスは会話の流れを変えた。それは少しだけ恥ずかしい、という気持ちがあったからだ。もちろんカズの前では恥ずかしいなどとは言わないし、言ってはいけないことになっている。カズが与えたものはすべて享受しなければならないのだ。しかし、今はフィリスと二人だけ、なら彼女の話を聞いてもいいのでないか、クリスはそう思ったのだ、この瞬間までは。その思考に今までの経験というものは生かされなかった。フィリスだってまともな道をたどっている訳がない、本来であればそう考えるべきだったのだろう。
だが、クリスに尋ねられれば相手の家庭事情を聞いておいて自分が話さないわけにもいかないのは道理。まして上官ともなれば尚更のことである。
「私は、こんな性格なのでなかなか上手く行かないときもありました」
そんな見出しで始まった。
――――――――
フィリスという人物はご多分に漏れず孤児の出身である。そして三期生、つまりは脳科学の発達したあの施設で育ったのだ。両親の記憶はない。それは消されたのではなく、気が付いた時にはスラムで育っていたからだ。そこのリーダーという人物がフィリスを含めて孤児たちを育てていた。だが、彼女は少し変わっていたのである。それは性格が勝気、というべきか、気分屋というべきなのだろうか、一度自分が[こう]と決めたことは曲げない、気分が乗らなければ動かない、そんな性格をしていた。齢一ケタの子供なら当たり前にあるべき性格と言えなくもないのだろうが、そんな調子だから当然、周りからは浮く羽目になる。まだ齢一ケタの年端もいかない少女がこの時代の、最下層と呼べるこんなな環境下で生きていくには、その性格はあまりにも酷だったのだ。
フィリスは育ったスラムを出ていく羽目になる。出ていかざるを得なかった、というべきだろう。そうやって放浪の旅に出てもその性格は変わらなかったのだ。
次にたどり着いたのは、少々物騒なシマであった。抗争の絶えない、そんなスラム街だ。だが、抗争が絶えないというのは、裏を返せば抗争するだけの体力がある、というのに他ならない。フィリスはそれを肌で感じ取っていた。だからこそ、このスラムでの在籍期間は長かったのだ。抗争の矢面に立って、争いごとに首を突っ込んでいたのだから。こんなところで勝気な性格が幸いしたのだ。
抗争に勝てばリーダーから美味しいものをもらえる、可愛がってもらえる。それだけで年端もいかない少女が生きていく動機には十分だろう。勝つためには手段は選ばなかった。夜襲、奇襲はもちろん、相手が一人になるところを狙っての殺人もこなして見せた。
そんなだから、女性特有の弱みである躰を売るなどという事はなかった。その代わり戦闘員として日夜抗争に明け暮れていたのだ。それが齢一ケタの少女が、である。それでも一年はそこで暮らしていただろうか、そんなある日、
「お前はここから去ってまともな道を行くんだ」
リーダーにそう告げられたのだ。なんでも、知っている孤児院に空きが出来たのだ、というのである。
その頃はフィリスも一人前になっていたのだから[いやだ]と言ってはみたものの、半ば強引に連れていかれたという。
そこは、売春宿だった。そこで手足の自由を奪われて、文字通り慰み者にされ続けたのである。空きが出来た訳ではなく、あまりにも尖りすぎたその性格の為に[売られた]と言うべきなのだろう。舌を噛めないように猿轡を付けた生活が待っていた。そんな生活が半年、続いたのである。その半年間で自分の足で歩いたのなどは両手で数えられるほどであった。
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