26.再調律した甲斐があったってもんだよな-今は貴方が私のマスターなのですね-
全44話予定です
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カズはエルミダス基地で訓練をしている新人のうち、ゼロナインを[別命を与えるから]と言って遠征の準備に就かせた。と同時にトリシャの乗る機体であるツーツーをエルミダス基地へと呼び出していた。
例の、旧イエメンの内戦の鎮圧にレイドライバーを派兵するという話の続きである。
「指揮官としてトリシャ、きみが行くんだ」
とカズが指示すれば、
「わかりました、ご主人様」
と素直に応じる。
トリシャもクリスも、今ではカズの事をご主人様と呼ぶようになった。それは人がいようがいまいが関係なく、である。もしかしたら自分たちへの戒めにしているのかもしれない。人前で[ご主人様]と呼ぶことで自分たちは所有物だ、と再認識しているのだろう。だから新人であるシューフイが傍にいてもその態度は変わらないのであろう。
――再調律した甲斐があったってもんだよな。
カズはふとそんな事を考える。だが、そんな思考も一瞬で別のものへと変わる。
それは、
「トリシャ、彼女がチェン・シューフイ准尉だ」
とシューフイを紹介する。彼女の概略はざっと話してある。殺人向きであるというその性格も。だから、
「私はトリシャ、トリシャ・エカード中尉よ」
と握手を求めた際に見せたちょっとした違和感をカズは感じていた。
――一言言っておくか。
「シューフイ准尉、いいかい。トリシャ中尉は大切な仲間だ。決してきみの標的ではないし、きみに危害を加える人間でもない。それはオレが保証しよう。派兵している間は彼女の言うことを聞くんだ、いいね」
そう言ったあとの握手はとても自然なものに見えた。それほどにシューフイという人間は殺人衝動が強いのか。あるいはあれだけの経験を幼いうちに[してしまった]者というのは、やはりどこかおかしくなるのだろう。
その証拠に、初めて挨拶をしたときにシューフイは笑っていた。それも[あぁ、次に食せるのはこの人かも]というような表情で。予備知識があるからこそ、そのちょっとした表情変化に気が付いたのである。
そこで孤児院と教練施設の見せる[調律]の凄さ、と言ったところか。カズがひとたび[その衝動を抑えろ]と言えば素直に従うのである。これは以前にも話題に上った[刷り込み]のお陰、と言うべきなのだろう。
シューフイは幼い記憶に両親のむごい死と、食人行動と男性から受けた暴行という三つの[刷り込み]をしてしまっている。だが、研究所はそれ以上の[刷り込み]を行うことでマスターの命令は絶対だ、というのを言い聞かせている。そこで以前の記憶を消さなかったのは本人にしてみればこれほどむごい仕打ちもないというものだが、その記憶があることで芽生えた殺人衝動という、言ってみればシューフイの[強み]が残されたのだ。これは残した、と言い換えてもいいだろう。それくらい研究所は[色々な]サンプルを世に解き放っているのである。
「チェン・シューフイと言います、よろしくお願いします。今は貴方が私のマスターなのですね」
と言われた時のトリシャの困惑顔は見ものだ。だが、トリシャもご主人様から与えられた使命を忘れたわけではない。
今のトリシャにしてみれば、ご主人様の為に世界は回るし、ご主人様の為ならなんだってする、いや、してしまうのだから。
「ええ、私が貴方の罪を背負うわ、よろしくね」
――おお、自分で追い込んでおいてなんだけど、トリシャはもう大丈夫そうだな。この様子ならクリスに続いてしっかり手足になってくれるだろう。
カズは純粋な意味での[イエスマン]が欲しい訳ではない。もだえ苦しみながらも、それでもカズの言うことを聞いてしまう、そんな自立した[イエスマン]が欲しいのだ。自分で考えて、カズの為になるように行動する。それはもはや命令などではなく自発行動に他ならない。そういう意味ではやはり単にこれを[イエスマン]と呼ぶのはおかしいのだろう。
「じゃあ、話は済んだところで、いっちょ旧イエメンの残党狩りを頼むよ」
と少しだけあおってみると、
「了解しました。ちなみに肉は食べてもいいのですか?」
と問われる。そこで、
「戦闘が終結しているなら、いいよ。だが、はき違えてはダメだ。今回の主目的は抵抗勢力の排除であって食事じゃあない。分かるね?」
と問い返す。
「はい、分かっております」
案外素直に答えるので、
「そう、素直なのは一番だ。我慢が出来るのも良いところだよ。そしてそんないい子にはちゃんと褒美もある、という事さ」
それは。戦闘が終了したときにはシューフイの胃が満たされるというのを示しているのである。
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