詩音、恋に落ちる
「この花束下さい」
今日、私は例によって人間界に来ていた。目的は妖怪世界の墓地に供える花束を買うためだ。
妖怪の世界にも花屋さんはあるのだが、1番良い花束が売り切れていたので人間界に買いに来た。私に取っては人間界に来る理由になって好都合だ。
突然、店員さんの携帯が鳴った。
「こんな時に誰だろう?もしもし、あぁ、いつもお世話になっております・・ちょっと待って下さいね。銀さん、レジお願い」
「了解」
呼ばれて出てきた店員さんを見て私は思わず見惚れてしまった。
長身の男性で年は20代〜30代前半だろうか。クリーム色の髪と丸メガネがよく似合っている。顔はアイドル系とも取れる、爽やかなイケメン。
銀さんっていうんだー
「あっ、あの、銀さん・・・」
銀さんはこちら見てニコリと笑った
「どうかしましたか?」
「あの、えっと、その・・み、名字は・・」
我ながら何を言っているのだろう。自分を殴りたくなる。銀さんは微かに笑った
「ふふっ、時田ですよ。時田銀蔵っていいます」
「時田さん・・・」
「この花束ーー」
「はっ、はいっ?」
「お墓にお供えするやつですが、誰か亡くなられたのですか?」
「えっ、え〜っと、兄が」
咄嗟に話を作り上げる。お兄ちゃんが天国に行ったからお花を改めてお供えするのは近いうちにやるし、まあ良いだろう
「お兄さんですか。それは大変ですね。つらく無いですか?」
「ええ、まあ、なんとか」
「強く生きていてえらいですね」
「あっ、ありがとうございます」
イケメンな上に優しいとか、最高すぎる。
神様はなんだってこんな人を生み出したのだろう
「花束、出来ましたよ」
「ありがとうございます」
「ええっと、値段はーー」
私は言われた金額を払って花屋さんを後にした。お釣りを受け取るまで時田さんを見つめていたのは言うまでもない。
「ドロロンパ」
妖怪の世界に帰るとくっちゃんが面白いおもちゃを見つけたような声を出した
「いや〜、良いものを見せてもらいました」
「くっちゃん!?」
「詩音も年相応の女の子なんだね」
「何を言ってーー」
「詩音、あの店員さん、好きでしょ?」
「そ、そ、そ、そんなわけ・・・」
「隠さなくていいのに。僕は詩音の一部なんだから」
「隠すとか、そういうのじゃ・・」
「応援するよ」
「もうっ、からかわないでよ」
「からかってないよ。そうだ、後でコンビニに行こうよ」
「コンビニって・・人間界にしかないよ?」
「人間界に行くんだよ。時田さん、カフェラテとか好きそうだからばったり会うかもよ」
「いや、そこまでしなくても」
「僕の力を使えば時田さんがどこに行くかくらい、すぐに分かるからさ」
「でも・・・」
「カラオケで美味しいお団子を食べさせてもらったお礼に、キューピットをやらせてよ」
「キューピットって・・」
「実は、心配していたんだよ」
「心配?」
「うん。詩音が年頃の女の子なのに復讐代行しかしないからさ」
言われてみれば確かに復讐代行の活動しかしていない。
「せっかく好きな人ができたなら、手伝わさせてよ」
「くっちゃん・・・」
「僕なら恋愛成就、させてあげられるよ」
「ーーじゃあ、お願いしようかな」
「うん!任せて!」
そんなわけで私は再び人間界へ。くっちゃんが幽体離脱で集めた情報をもとに、時田さんが行くコンビニを割り出した。
「ここ?」
「うん、間違いなくこのコンビニに来るよ」
しばらく待っていると本当に時田さんがやってきた。私は偶然を装って店内で過ごす
「おや、あなたは」
「あれ?時田さん?偶然ですね、こんなところでお会いするなんて」
時田さんはニコリと笑った
「本当、偶然ですね。実は私はこのコンビニのカフェラテが好きで買いに来るんですよ。ええっと名前はーー」
時田さんにならなぜか、《《今の》》名前を名乗っても良い気がした。
「近藤詩音です。」
「詩音さんですか。詩音さんは、何をしにここへ?」
「実は、私もカフェラテを買いに・・」
「奇遇ですね。そうだ、カフェラテを奢りますよ」
「えっ、良いんですか!?」
「花束を買ってくれたお礼ですよーーすみません、カフェラテ2つ」
会計を済ませると私たちはコンビニの外で乾杯した
「やっぱり、ここのカフェラテは美味しい」
「私も好きです」
「詩音さんとは縁があるのかもしれませんね」
「へへっ」
「またどこかでお会いしましょう」
時田さんが顔を見ずに手を振った
「はい!カフェラテ、ありがとうございました」
私はペコリとお辞儀する。
時田さんと過ごすためにも蠱毒会に勝たなきゃ。
そんな決意をして私は場を後にした。