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わたしと時々妄想ばっちゃんの日々番外編

 教会の鐘が鳴っている。否天主堂の鐘が鳴っている。ここは浦上天主堂の下に作られた小さな可愛い公園.。多分、あれがアンジェラスの鐘。

「12時の鐘よ、ばっちゃんが言ってたの、高校の時ミッション系だったから、12時になるとチャペルから鐘の音が響いて、授業を一時中止してお祈りするのよ。中には大事な所だからそれが終わるまで辞めない先生もいたけど、殆どの先生が大事な所であろうがなかろうが止めて、お祈り優先だったって。ばっちゃんは別にそれを批判してる訳では全然ないのよ、あれも一つの好い思い出と言ってたわ。それにその時居眠りに襲われそうになってた子には、眠気覚ましになったのかも知れないとも言ってたな」

春休みと言おうか、中学を卒業し高校入学までの休みの期間を利用し、今は誰も住んでいない長崎のひいばっちゃんの家へ友人の美香と一緒ににやって来たのだ。ひいばっちゃんの家は(これからは省略してひいばあと言おう)ここから近くの山の中腹にあるのだ。わたしは何回か来て分かっていたけど、初めての美香は目を白黒。

うん?何か足元にいる。猫だ。茶色の子猫がわたしの足に頭や体をこすり付けているのだ。痩せてはいるが可愛い顔をしている。そっと抱き上げた。暖かい。

「あ、子猫。可哀そうに、きっと捨てられたのね」

「そうね、又は母猫とはぐれたかのどちらかね。こんなに痩せて。きっと、お腹空いてるに違いないわ」

わたし達はこの公園で食べようと、近くのスーパーであれこれ即食べられそうなものを買ってきたばかり。わたしはその中から、卵サンドの包みを開け、小さくちぎって手の上に乗せて子猫の前に差し出した。子猫は卵サンドをパクパク食べる。牛乳も買ってはいたが入れ物がない。

「そうだ、イチゴを買っていたんだ。あのイチゴのトレーを使おう」

イチゴはビニール袋の方に移し、トレーに牛乳を少し入れて下に置き子猫も降ろす。ぴちゃぴちゃ猫は美味しそうに飲んでいる。

「さあてこの猫ちゃんどうしたら良いかしら?」

「このままほっておく訳には行かないよねえ」

美香とわたしは暫し途方に暮れる。

「兎も角、あの家に連れて行くしか方法はなさそうね」

「連れて行ってどうするの?わたし達旅行中よ」

「そうなのよ、それが問題なのねえ、ここがまがたま市だったら、そのまま連れて帰れば良いけれど」

「あなたのお母さん、猫好きなの?」

『ええ、多分ね。ばっちゃんは大の猫好きだから、母もそうなんじゃない?」

「わたしの母は如何かしら、家も借りてるから多分ダメねえ」

「兎も角連れて帰ろう、ひいばあの家に!」

家と言ってもひいばあが亡くなった後、大伯父さんが時々法事がある時に来るだけで無人の館だ。で、思い出した、その大伯父さんの事を。

「そうか伯父さんに電話してみようか?伯父さんなら何かいいアイデアが思い浮かぶかもしれない」

大伯父さんは真理が来ている事は知っているが、大伯母さんがお正月のに倒れ緊急入院していらい、彼女は病院生活。彼の家は大伯母さんの妹さん夫婦が来て仕切ってくれているらしい。大伯父は昼間は自分の不動産鑑定士のオフィスで働いているから、あまり煩わしくなないとか。

電話してみた。

「あ、真理ですが」

「真理ちゃんね如何したと、困ったことがあったと?」

「あのう、猫が、子猫がいるんですけど」

「猫ね。居るいる、一杯いるとよ、長崎は」

そう言われて何と言って良いか分からなくなり暫し無言。

「猫が何処におると、坂本の家におると?」

坂本とはひいばあの家がある所だ。

「違うの、教会、ええっと浦上天主堂の下の公園で出会ったの。今卵サンドと牛乳を上げてるけど、これからどうすれば良いのかと思って」

「痩せてる、それとも太っている?」

「痩せてるの、可哀そうだよ、助けてあげたいけど、どうしたら良いのか分からなくて伯父さんに電話したの」

「うーん、何時もなら伯父さんが引き取ってやってもよかばってん、内の奴がおらんけん困ったなあ」

「まがたま市には連れて帰られない?」

「え、まがたま市に・・」

大伯父さん少し考慮中。

「あのさ、おうち達さあ、飛行機で来たとよねえ、長崎に」

「飛行機の方が安いし、早いし、疲れないもん」

「うん、でもさあ、日本の飛行機はさあ、動物は貨物扱いでさ、万が一の場合見捨てられるとよ。もし猫ばまがたま市に連れて帰りたかったら、帰りは列車にしないとねえ・・今日は坂本の内に連れて帰って、明日伯父さんがそっちに行って、手はずを付けるから待っとかんね」

「トイレ何かはどうしたら?」

「トイレねえ?スーパーに空き箱のあるやろ、そいばもろうて来て庭の土を入れとけば大丈夫かよ。それ

ば玄関の土間に置いとけば、猫は利巧かけん自分でちゃんとやりよるばい」

大伯父さんは明日の昼には坂本の家に来ると言って電話は切れた。

子猫を抱いてもう一度スーパーに引き返す。

箱の中にスーパーの人から分けてもらったクッション材を入れ、猫と小さな猫用のペットフードを収める。人間用の夕食と明日の朝の分、おやつ、飲み物なども忘れずに仕入れて、それらを入れた袋は美香持つことに。

本来なら今日は浦上天主堂を皮切りに、永井博士の住まいだった如己堂、あの子らの碑がある山里小学校、記念像が立つ平和公園、そこから下に降りれば原爆投下中心地の松山原爆公園、さらに石段を登れば原爆資料館(昔は文化会館と言っていたそうだ)に辿り着くと言う、原爆中心の視察日にする予定だったのだ。付け足しで申し訳ないが、医大も大学病院も勿論近くだから、大勢の患者、医療関係者、それにまだ若い多くの医学、薬学の学生が犠牲になったのだから、ここも原爆被害の視察に入れなくてはならないがここは如何も視察できそうもない。さらに付け足しでもっともっと申し訳ないが、ばっちゃんがここで日舞を踊り、ラジオ体操にもせっせと通ったよしみで、さらに母がお宮参りしたよしみもあるとか言う事で許しを請い、山王神社と言う視察の最後を締めくくるに相応しい場所もあったのだ。

ただし、山王神社には行きたいと思えばすぐ行ける所に存在する。有名な一本鳥居もだがそれとは別に、ばっちゃんの小さい頃には2本、原爆投下にも負けず、と言うかその大部分を損壊しながらも、蘇った大楠木が今は一本ながらデデーンとそびえるのを見る事が出来るのだ・

あと一つ言わせてもらえれば、その医大が昔ばっちゃんが研究生活を送っていた医学部である。

実にわたしがこの計画した素晴らしき原爆史跡巡りだが、まさか、子猫を抱えて回る訳にもいかず、スーパーの横から真直ぐ伸びる道をわき目も振らず通って、ひいばあの家へと向かう。只ここから見える景色は絶景で鶴の港が、うーん昔はすんなり伸びた浦上川と、長崎港の羽を広げたような形が相まって正しく鶴の港と呼べる姿だったらしいが、今は・・・まあ鶴もアクセサリーを付ける時代なのねえ、兎も角絶景であることに違いはないが賑やかだ.

「素敵、綺麗だわ」と美香も感嘆の声。

その絶景から長い石段を下る。長崎は美しいけれどそれゆえに起伏の多い所でもある。

そこから交通の激しい中を潜り抜け、大学病院の昔はそこが正門だった(今も帝國長崎医科大学の刻まれた石門が立っている)坂の下を通ってひいばあの家に向かう。

しかし、ひいばあの家はそこからが遠いのだ。細くて急な坂道と石段の道を只管歩かねば辿り着けないように出j来ている。殆どが平地か、平地に近い坂道しか歩いたり、走っていない身にはこれは苦行だ。

これから急坂になるぞと言う所にベンチがある。ありがたい、座らせてもらおうと、二人は腰かけた。若い私等なんぞが座っちゃ少し恥ずかしい。でもここは前を通る皆さんよ、目を瞑って下さいませ、慣れない上に段ボール。ええ、勿論大した重さではないですよ、でも持ちにくいったらありゃしない。傍らに控えますのは、日ごろバレー部で鍛えてるはずの女子ではありますが、何しろ慣れない土地、歩きなれない坂道石段には参った参ったでござる。ハハ、こんな寝言だーれも聞いちゃいない。

「お疲れさんねえ」と皆声かけて行く優しい人ばかり。

おお、ひいばあの家が、家が見えたぞ、友よ、チャトラーよ、もう少しの辛抱だ。頑張れー!

息も絶え絶えで辿り着いたひいばあの家。

「ただいまあー」と大きな声で叫ぶ。

誰もいないと分かっていても。ここはただいまを言いたいじゃないか。きっとこの内に住んだひいじっちゃん、ひいばあ、ばっちゃんの可愛がっていた猫達、野良猫達、鶏、みんなの思いが残っていて、それらがわたし達にやあ、お帰りと言ってくれていると思いたい。

「ああ、疲れた」と美香が言った。

「もう、長崎なんてこりごり?」と私が尋ねる。

「ううんこんな経験めったに出来ないわ、いい経験よ」

「そりゃそうだ」わたしは玄関を閉めてから、そっと箱を開けた。

キョトンとした顔で見上げるチャトラー。

「良い子だったね、途中で暴れ出したらどうしようかと思ったけど、そんな心配無用だったわ」

「名前決めたの?」

「うん、ばっちゃんがね、まがたま市のお店で保護した子が」

「ああ、その子がチャトラーと言ったのね」

「違うわよ、保護した猫は奈々と言う美少女だったのよ」

「じゃあ、チャトラーは?」

「うん、その奈々ちゃんを保護して暫くしてお隣の庭に捨てられてたのがチャトラーと言う子、と言ってもみんなばっちゃんが名付けたんだけどさ。そりゃこの2匹仲が良くて、兎も角チャトラーが辛抱強い子で、幾ら奈々に引っかかれようが気にしないんだって」

「優しい子。男の子、女の子?」

「男の子だったの。二人で木によじ登ったり、かくれんぼしたり、それを見つめるばっちゃんは世界一幸せ者だと思えたんだってさ・・」

「それでどうしたの?」

「あ、待って。その前にこちらのチャトラーを何とかしなくちゃあ」

まだ箱の中でちょこんと座ったまま、二人の顔を見上げていた子猫を抱き上げ外に出す。

「これをトイレにするの?」と美香が聞く。

「うん、中のクッション材を出して庭の土を入れるんだって」

「でも。これこの子には高すぎはしない、入れないよ」

「そうだねえ、半分くらいに切らなくちゃあいけないなあ」

ハサミかカッターを探しに奥の部屋へ向かう。猫も後についてくる。

「ねえ、その前に買って来た物を冷蔵庫にしまわない?」玄関にいる美香に声をかける。

「分かった、そうするね」美香が買いもの袋をもって台所へ向かう。

カッターは年代物の鏡台(昔ばっちゃんが使っていたものだ)の置いてある部屋の棚にあった。ハサミは多分廊下を挟んだひいばあが寝起きしていた、今は置いてないがテレビの置いてあった部屋だろう。

あった。

「良ーし。これであんたのトイレを作ろう」

『ねえ、何かお水を入れる器とご飯を入れるお皿が欲しいわね」美香が声をかける。

「ああそうねえ、食器棚から適当なものを出して使って」

そう返事をして玄関に向かう。

「そうだ、このまま真直ぐ切るよりも、横の入りやすい所に穴を開けてやったら、喜んで出入りするかも知れない。万が一気に入らなかったら予定通り低く切れば良いんだし」

結構これが思った以上に難事業だ。最後には美香も手伝って完成した。

「チャトラーもこれなら喜ぶよ」と美香も太鼓判を押す。

庭に出てシャベルで土を入れて完成だ

「ああ、喉乾いた」

二人して買って来たジュースを飲み、お菓子もぱくつく。

子猫は如何したか?子猫も疲れたのか元テレビの置いてあった部屋の南側のガラス戸を背にして丸くなって寝ていた。少し長めのカーテンを引いてその上に掛けてやった。

「子猫なのに随分大人しいのね」

「うん、猫被ってるのかな」

二人で笑った。

「でさあ、昔のチャトラーはどうなったの?」美香が今度はイチゴを食べつつ尋ねた。

「辛い話だけど聞きたい?」

「ばっちゃんは世界一幸せ者だと思っていたんでしょう?」

「だからさあ、その落差が大き過ぎてより悲しいのよねえ。ばっちゃんは思い出す度、後悔の念に暮れてるもん」

「ふーん、どんな悲劇なの?病気になったとか怪我をしたとか?」

「その夜台風が来ると言うので奈々はさっさと家に入れたのよ。今考えれば当然チャトラーもその時家に入れるべきだったの、でもばっちゃんとしてはその時猫を、しかもペアで飼うと言う概念がなかったの、だから中に入りたがってたチャトラーを無視したの」

「で、大きな台風が来て、吹き飛ばされたとか何か飛んで来て会ったて死んじゃったとか?」

「ううん、台風は大した事はなかったの…でも何時もなら吹っ飛んでくるはずのチャトラーがその朝やって来ないの。そこでばっちゃんはチャトラーを探しに出かけたの」

「見つかったの?」

「すぐ見つかったわ、直ぐね。今は下が赤ちゃん支援施設で、その上が自転車の駐輪者になってる所、

当時は空き地になってたとこに、市役所の支所が、まだまがたま市になる前の話よ、その支所が作られていて,もうほとんど出来上がっていたのだけど、出入りの車は多かったの。その一台の車の前にあの愛しいチャトラーが横たわっていたの、冷たくなってね」

美香も黙り、わたしも黙したままほんの少し時が流れた。

「でも、悲劇はここで終わりでなかったのよ」

「何、如何したの、これ以上何が起こったの?」

「チャトラーが亡くなった事を知らない奈々は、その日から朝から晩まで彼を待ち、探し歩いたの。色んなおもちゃをやっても駄目、ばっちゃんが若い時にしてたキツネの襟巻が、チャトラーの色にそっくりなので上げた所、彼女も一瞬勘違いして飛びついていたけど、直ぐそれが偽物だと分かっって又彼を探し求めた。彼が亡くなって1月ちょっと、もう11月になっていたいた朝の事だったって、お店の前の空き地に小さなビルが完成したのだけど、その頃ばっちゃんの周りは建築ラッシュだったのねえ、寒い朝そこに出入りする車にぶつかって亡くなっていたのを、又ばっちゃんが見つけたんだ。両方とも、引いた人からは何の連絡もなし、後始末さえもする気はなかったらしいわ」

「酷い話ねえ」

「せめて前のビルの人達はその犯人も含めてその猫が何処の猫か知ってるはずだから、声かけ位して欲しかったとばっちゃんは言ってたよ」

「で、この子をチャトラーと命名したんだ」

自分を呼ばれたのかと思ったのか、子猫は目を覚まし、首を上げた。

「トイレの場所教えて上げなくちゃあね」

子猫を抱え、又みんなで玄関へ。

「はいチャトラーちゃん、ここがあなたの仮のトイレットルームですよ。わたし達の汗と涙の結晶で出来てるんだよ」

子猫は箱の入り口の前で少しためらい、勇気を振り絞ったのかは知らないが、首を突っ込み次に体ごと入って行った。蓋だった所は切り取らないで中途半端な状態のままにして置いた。

チャトラーはそこが気に入ったらしく出てこない。

「今何時なのかしら?」

「まだ4時にはなってないわ」

「少し外に出てみようか?」わたしは美香に尋ねる。

テレビもないしラジオもない。勿論スマホは持ってるが、折角の見知らぬ土地への旅行中だ家の中でスマホをいじってるなんてバカバカしい。

「そうね又元気が出た所で、この周りでも案内してもらいましょうか」美香も賛成する。

「チャトラー、ちょっと出かけて来るからね、いい子でお留守番しててね」とまだ段ボールのトイレットルームの中にいる子猫に声をかけ、二人は又外へと向かう。

「長崎は日が沈むのが向こうに比べて、すっごく遅いんだって」

「そうか、まがたまは東、長崎は西にあるからねえ」

「ばっちゃんねえ、ここから昭和製薬に勤めを代わって向こうに行ったでしょう?会社の窓が真っ暗になっても、まだ5時前だったから、この時計おかしいんじゃないかって思ったんだって」

「え、そうなの?おばあちゃんは初めから昭和製薬でなかったなんて、全然知らなかったなあ。始めから昭和製薬に勤めていたと思っていたけど」

「ここの薬学部出て、この下の大学病院の先に医学部があって、そこの研究室にいたんだけど、色々あって、と言うか、教授と折り合いが悪くてさ、助教授今で言う准教授始め、研究者がドンドン出て行ったのよ。でもさあ、ばっちゃんは最後まで残ったんだけど、最後にどうしても我慢ならない事が出来て止めちゃったの。研究半ばだったので未練はあったらしいよ、今でも夢を見るんだってさ。研究室に入って行って実験しようとすると、椅子が無いんだって。見かねた隣の研究室の人から、ウチで研究したら良いよって声がかかって・・・」

「それでおばあちゃん、如何したの?」

「夢だもの、そこで何時も終わるのよ」

「ふーん、だから真理ちゃん、おばあちゃんの夢の続きを受け継ぐ決心をした訳か」

「それとこれとはまた別の話なの」

「えー、そうじゃないのー」

「そう、ばっちゃんは今、漢方をやってるでしょう。それはそれで素晴らしい事で、この世ではこの漢方をん極めようと思ってるんだけど、漢方で治せないものがある。それが問題なんだなあ」

登る時は時間がかかったけど、下りはあっという間だ。もう山王神社の横まで来ている。

「あ、ここから、この細い道を登れば神社の境内に出るとばっちゃんが言ってた」

細い道からより細い道へ。家が2,3軒両側に並ぶ。勿論長崎だ、又石段がある、と思ったら境内に着いていた。

「わアー凄い。大きな・・」

「楠木よ、元々は2本焼けな残っていたらしいけど、多分いろんな事情で今は一本だけになったらしいわ」

「凄い幹回りよねえ、この木、冬でも葉っぱ付けたままなのねえ」

「うん、常緑樹だからねえ、紅葉はしないんだ。それにね、昔はこれから製油を取って着物の防虫剤に使っていたらしいよ」

「えー、防虫剤?」

「今だって高級な着物や洋服には使ってるとか聞いた事あるよ。とっても爽やかな匂いがするんだ」

下に落ちた青い葉を拾い上げ、手でもむと微かに香りが漂う。

「どれどれ」と美香も真似して匂いを嗅ぐ、

「この匂いで虫さんが居なくなるのか」

「原爆もこの木の命にとどめを刺すことは出来なかったんだ」

「そうだね、生命力強いんだ」

「多分生き証人として歯を食いしばって命を長らえ、新芽を噴出させたんだよ。人間の愚かしさには絶対に負けないぞとね」

「ホントに人間って愚かだよねえ、戦争はどこかでまだ起こってるもの」

「これは戦争じゃないって言ってる政治家がいるけど、あれが戦争じゃないなら、殺し合い?犯罪そのものじゃないの。わたしが神様ならこいつら即地獄行きだねえ」

「多分、あの人達って地獄なんて怖くないのよ」

美香とわたしは深い溜息を付いた。

「この下にこの辺りで亡くなった人達の慰霊碑があるの、お線香もお花もないけど、お参りだけはして行こうか?あ、その前に神社にもお参りしなくちゃあいけないわね」

私と美香は笑いながら神社の本堂に向かった。

「この右側の広くなってる所にさあ舞台を作って、ばっちゃんが・・」

「え、まさかお芝居やったとか?」

「違う違う、踊り。昔、踊った事があったって、日本舞踊だけど」

「おばあちゃんが日本舞踊を踊ったの?」

「一つは女白虎隊で、あともう一つは何だっけ、確か京都に関係するものだった」

「女白虎隊?」

「ええ、それが大受けでねえ、おかしいわよねえ、ばっちゃんは元々鹿児島の生まれ、薩摩の人間なの、そう言う人間が、白虎隊を踊って大受けするなんてねえ」

「ここいらの人それ知らないから」

「でも、元々の薩摩人間のひいじっちゃんもあの踊りは良かった、真に迫っていたって褒めたそうよ」

「わたし達まだ日本の歴史って詳しく習っていないから、はっきり分からないけど、会津若松の悲劇、もしかしたら薩摩はアンマリ関わっていないのかも。会津の人達は今も山口名物のフグは食べないって聞いた事があるけど、サツマイモは食べないって聞かないもん」

「フグとサツマイモ、これって比較できる?まあ日本史習う時、ここんとこよーく聞いておかなくちゃいけないわね」

二人はお賽銭を入れお参りを済ませて、楠の下を通って賛同の階段を下りる。

神社に向かって右側に慰霊碑が立っている。静かに首を垂れる。

「ねえ、長崎は今が桜の満開の時よ。今日、予定道理回っていれば満開に桜も堪能出来たんだけど、生憎チャトラーのお陰で見損なったけど、ここから原爆資料館までは近いのよ、行ってみない、一本鳥居の所から下に降りて」

「うん、好いわよ、ついでに資料館も見れたら良いわね」

「そうだね、まだ時間はあると思うから多分見学出来ると思うよ」

参道の鳥居のある方へ行くと右側の建物がなくなってパッと視界が開ける。テレビ等が立つ稲佐山が目の前に現れ、その下に浦上の町が広がり、左手の奥にはさっき目にした港も見える。

「ワアー凄い」美香が声を上げる。景色に驚いた訳ではない、一本足で踏ん張る白く大きな鳥居を見て驚いたのだ。片割れの倒れされた鳥居も橋の方に横たわって残されていた。

「大丈夫なんだよねえ、この鳥居。壊れて落ちたりはしないのかなあ?」

鳥居の下は長くて急な石段。もしこの鳥居が崩れるようなことがあれば、きっと悲惨な事が起こるだろうと心配になるが、それは大人たちが考える事、原爆の威力に負けず半分になりながら残った鳥居、何時までも残して行きたいと考えるのは、誰もが願う事だろうが。

「まあ、長崎は殆ど地震が来ない所ではあるけれど、こうして見ると何だか怖いよねえ」

「うん、でも原子爆弾でも倒すことが出来なかったんだよ、きっと、きっと大丈夫だよ」

二人は石段を下りて行く。

「さて原爆資料館の方向は?」

横断歩道を渡り、右に少し行ってからまた横断道路を渡り、左の方へ行けば資料館へ続く大きな侵入道路になっている。そこにはさすがに石段はないが坂道になっているのだ。

「疲れない?」わたしは美香が慣れない石段や坂道で体力的に参っているのではないかと心配になった。

「大丈夫だよ、バレーボールで鍛えた、と言うほど熱心にはやっていなかったけど、でもそれなりに鍛え上げたこの体、演劇部のリーダーに心配されるほどやわではありません」

わたしは笑った。

「地獄の体力増強演劇部のね」

「ああ、そうだったわ、懐かしいわ、その呼び名。一体誰が付けたのそれ」

「知らないわ、運動場走ったり体育館使ったりするのが面白くなくて、運動部の誰かが言い出したんじゃないの?」

「お陰であなた必死で入部取り下げようとアレコレ手を打ったけど、山岡先生の打った網から逃れる事出来なかったのね」

出来る所か、台本迄書かねばならないはめになってしまった。

「そう、隣の武志君にどうして教えてくれなかったのて文句言ったら、自分の代わりに敦君を送り込んだのよ、クラブ最初の日、敦君、顔真っ青で、わたしが反対に彼を守らなくっちゃと考えたわよ」

「ハハハ、その敦君が演劇部でメキメキ頭角を現して、演劇で身を立てたいなんて言い出すとはもう吃驚よねえ」

「でもさあ、地獄の体力増強部ではなかったけど、ある程度は体力ついて感謝してるのよ、山岡先生には。何をするにもやっぱり体力は必要だもん」

「あ、その山岡先生、今度他の学校に移動になるとか聞いたけど、本当かな?」

「うんそうらしいわね、まだ発表されていないから分からないけど、大体決まっているらしいわ」

「ふーん、寂しくなるねえ、演劇部」

「大丈夫よ、だってそれ以上に賑やかで知恵物を置いて来たから」

『ああ、あの1年生ね、スターが消えればまた新しいスターが生まれるのね」

「スターって誰よ。敦君、それとも」

「何とぼけてるのよ、あなたに決まってるでしょう。あなたが入部する前には永沢さんがいて、燦然と輝いていたわ。彼女がいなくなったらどうなるかと山岡先生心配したでしょうね、そしたらあなたが入部して来た、先生、きっと見る目があるのよ、彼女こそ自分が探している子だと思ったから、必死であなたが辞めようとするのを妨害したのよ。他の人達は、悪いけど多分付けたし」

「酷いわねえ、付け足しの方がこれから役者になろうと頑張っているのに」

「あなた本当にこれから演劇にはかかわらないの?」

「約束だから演劇部には所属するの、でも、もう台本は書かないわ、だってわたしの書きたいものじゃ、全然ないんですもの」

「じゃ、演劇そのものは続けて行くのね」

「まあそう言う事になるわね」

「わあ綺麗、桜が満開、上も下も」美香が歓声を上げた。

「昔はこの下の松山原爆記念公園は市民の好い花見スポットだったのよ。平地の少ない長崎では、平地でしかも市電で行ける花見スポットは殆どなくて、おせやおせやの賑わいだったんだって」

「それがどうしてこうなったの?もう、コロナでの規制は無くなったんでしょう?」

「市長さんが代わって、原爆で亡くなった人の霊を慰める為の原爆公園で、生き残った者たちが桜が咲いた、見に行く事ぐらいは許されるだろうが、飲めや歌えの宴会を開いちゃ、亡くなった人に申し訳ない、今後ここでの宴会は中止する、となった訳」

「まあ一理はあるわねえ」

「一理はあるから心の中では不平はあっただろうけど、皆それに従っているわけよ」

「代わりの場所はできたのかしら?」

「さあ、分からないわ」

「でもこの資料館の前の坂道もとても綺麗だわ」

「ほら、あれが長崎名物アイスクリーム、まあジェラードの方が近いけど、アイスクリーム売りのおばさんよ」

「え、アイスクリームじゃなくておばさんが名物なの?」

「え?あ、そうね、どちらも名物なのかも、食べたい?」

「もちよ、喉も乾いたわ、一つ貰いましょうよ」

「さんせーい」二人は駈け寄って行きアイスを二つ頼む。

「おうち達どこから来たと?」クリーム色したアイスを盛り付けながら伯母さんが尋ねた。

「まがたま市から来たの」

「ほう、随分遠かとこから来たとねえ。はいどうぞ」

二人は受け取り食べ始める。

「ワアー冷たかー」わたしは余り長崎弁は知らないがこの位なら使えるのだ、まあこの位ならだれでも話せると思うけど。

「長崎弁知っとと?」おばさんが尋ねる。

「知ってると言える程知らないわ。まあ、ひいばあちゃんとばあちゃんは長崎の人間だから」

「そうね、今もばあちゃんたちは住んどらすと?」

「ううん、おばあちゃんは何十年も前に長崎を出たの、色々あってね。ひいばあちゃんは2,3年前に亡くなったの。だからひいばあちゃんの家には誰も住んでいないのよ」

「で、わたし達が春休みを利用して、その家を拠点に長崎見物しようとやって来たの」と美香が続ける。

次のお客さんが来たので話はそこまで。わたし達は原爆資料館へ向かった。

「今日、夢でうなされないでね」資料館から出てわたしは美香に言った。

「うん大丈夫だよ、でもあの壊れた教会、いや、天主堂は今日わたし達がお昼ご飯を食べ、猫を拾った公園の直ぐ上にあるあの教、じゃない天主堂よねえ」

「そう、昔は本物のレンガが使われて、それは立派な姿だったって聞いた事があるわ。それに暫くは壊れたままになってて、そのままの姿で残すべきだと言う声が多かったんだけど、信者のみんながあの場所で天主堂を再建したいと言う要望があったので、撤去されたとか・・」

「でもそのままの姿で残っていた方が、ずっと原爆の怖さや平和をアピール出来たのに」

「そう思うよね、特に原爆を投下したアメリカにはキリスト教徒が多いじゃない?アメリカは今でも原爆投下を良しとする意見が多いと言うわ、その人達に見学させてやれば、少しは反省の心に傾く切っ掛けになったかも知れない。でも撤去されて、本の一部だけが原爆公園の隅っこに展示されたのよ。そして今また一部が資料館に展示されたのね」

「でもあれでは何となく物足りないわ」

「そうよ、やはり現場の方がスケールもアピール度全然違うわ」

「残念よねえ、広島の原爆ドームは残っているのに」

「うん、実は、これは表に向けての話なの。もう一つの隠された話が今取りざたされてんだって」

「どんな話なの」

「破壊された天主堂を一番撤去したかったのは・・・」

「撤去したかったのは・・信者じゃなくて?」

「無残な亡骸を闇に放り込みたかったのは、犯人よ。ない事にしちゃえ、せめてこの地に観光に来る同胞の目に触れさせたくない、こんな罰当たりな事を我が国は、アメリカ合衆国はやってしまったんだと思われたくない、と多分アメリカのここを担当する人は思ったのね」

「フンフン、それで?」

「でねえ、市長か誰かに掛け合ったのよ。多額なお金が市にあてがわれたらしい。当然撤去反対の声が上がるわ。信者を除く殆どの人が反対の署名をしたらしい。信者の人達は如何だったかは分からない、ただ新しい天主堂は欲しい、出来たら昔立っていた場所にとは思っていたでしょうね、だから信者の人達がそれを望んでいるんだ、信者でないものは口を挟むななんて事で、天主堂は綺麗さっぱり撤去されたって訳。原爆の熱戦を受けて壊れた天使像を残してね」

「ふうん、そうだったの・・」

「でも今話したことが真実かどうか、わたしは担当者じゃないから全く分からない。でもさ、この撤去されるずっと前に、北海道の修道院に入る事になっていた修道士の人が戦地から戻り、北海道の修道院に入る前に、今一度浦上天主堂をこの目に焼き付けたいと、ここに立ち寄ったのよ。彼は破壊尽くされた天主堂を見て愕然とした、当たり前よねえ。あそこにはあれがあったとか思いめぐらしていたら、足元に何か当たる。何だろうかとよく見ると、何だか人の頭の様だ」

「きゃ、やだ、まだ残っていたの?」

「本人もそう思ったでしょうね。でもよく見るとそうじゃない、思い起こせば、この天主堂の入り口にはかってイタリアから贈られたか、もしくは頼んで作ってもらったかは不明だけど、木造のマリア像が立っていて教会に訪れる信者達を優しく見守っていたんだって。それはよく見かける聖母子像でなく話によるとまだキリストが生まれる前のマリア像だったらしいわ。彼ははっとしてそこを掘り起こしてみた。でも残念ながら胴体部分は焼けてしまっていたんだって」

「木造なのに頭部は焼け残ったの」

「信者の人達も当然全部焼けてしまったものと思っていたんだと言ってたと、ばっちゃんは直接聞いたそうよ」

「え、おばあちゃん、そういう話を信者の人と話したの?」

「うん、その修道士の人がそのマリア像の頭部を北海道に持ち帰り、毎日お祈りを捧げていたんだけど、多分自分も年だし、マリア像もあるべき所に返そうと思い立って、この浦上天主堂にマリア像は返されたの。それが新聞に載ってて、ばっちゃんは是非見たい、いや見なくちゃならないと思って珍しい雪の降る3月に長崎に帰って来たそうよ」

「雪の降り積もった中、天主堂に辿り着いた、と言う程の距離ではないけどさ、さてどうしたら良いのやら、暫し教会の前で考えていると、向こうから、泣きながら、一目散にかけて来るキジ猫一匹」

「えええ?何、マリア像から猫になるの?」

「ハハハ、でもそうなんだって、猫が走って来てばっちゃんの膝に飛び乗ったんだって」

「ふーん、何だか不思議、知った猫でもない猫が見知らぬ旅人の膝めがけて走って来て飛び乗るなんて」

「ばっちゃん、猫好きだからさ、嬉しくて暫く抱いてあげてたけど、この猫はお腹が減っているに違いないと思ったけど何にも食べ物を持ってなかったの」

「そりゃ残念だったね」

「そこでばっちゃん直ぐこの下のお店で猫が食べれるものを買って来ようと考えた」

「そう言えばあったような」

「うん、あるのよ。その店に行く間この猫どうしようと思ったら、猫が花壇のの所に行ってくれたので、その間に買いに行ったの。でも、帰って来ていくら探しても呼んでみても、もう2度と姿を現さなかったんだって」

「え?それとマリア像はどんな関係があるの?」

「多分関係ないんじゃない。でもそれで気持ちが落ち着いたばっちゃんは、恐る恐る、昔小学生か中学生の頃は入った事のある天主堂の中へ」

「飾ってあったの、そのマリア像」

「ううん、見回しても何処にもそれらしきものはないの。一応お参りだけして外へ出る。目に付いたのが売店になってる集会所。兎も角あそこに行けば何か情報が得られるかも、とばっちゃんは考え、集会所の方へ降りて行ったんだ」

「そうね、そこで聞くのが早いかもね」

「中にはストーブがたかれ、冷え切ったばっちゃんの体を温めてくれる。その周りには男の人が3人ばかりと、売店にはシスターが一人。ばっちゃんは絵ハガキとロザリオを買い求めた。男の人がばっちゃんに声をかけてくれた。こんな雪の降った日に、たった一人で来る物珍しい観光客と思ったんでしょうね、そこでばっちゃん、やっとここに来た用を切り出すことが出来たと云う訳」

「話せたの、マリア像を見に来たんだと?」

「うん、そうしたらその男の人がそんな遠い所からマリア像を見に来てくれるなんて、と感動して、少し待ってて下さい、聞いてみて上げましょうと言って外へ出て行ったんだって」

「マリア像は簡単には見られなかったんだ」

「そう、そうだったんだねえ。今は原爆記念日に神輿みたいに担がれて練り歩くようになってるけど、その頃は返されたばかりで、これからどう扱って行くか考慮中で秘仏状態だったのよ」

「で、見れたの、おばあちゃん?」

「男の人が返って来て、ではこちらへどうぞと言って案内してもらったの。マリア像のある部屋へ通すとばっちゃんだけを残して帰って行ったんだって」

「おばあちゃんはマリア像と二人きりになった訳?」

「そう、ばっちゃんはマリア像を見ながら泣いたんだ、どうしても涙が出て来る、止めようがない程、後から後から。恥ずかしかったけど、泣きはらした顔のまま、集会所に戻り、お礼を述べる。そのの時にこのマリア像が木造だったと言う事を知ったのよ。当時、誰も思わんかったもんねえ、木造だもん、当然みんな燃えてしまったと思とったけん、探しもせんやったとか、とその男の人はばっちゃんに教えてくれたんだって。ばっちゃんは驚いて木造だったんですかと、聞き直したそうよ。そしたらもう一人の男の人がよう燃え残ったもんばいねえと、感心してたそうよ」

話してる内にもうひいばあの家はもう直ぐだ。

「チャトラー、待ってるよね?」と美香が問う。

「分からないわよ、家じゅうひっかき回したり、あの箱の中で寝てるかも知れない」

「兎も角早く帰りましょう」

私と美香は家までの階段を駆けのぼった。息を切らしながら玄関のかぎを開ける。

「ドア開けるけどチャトラーが逃げないように見張ってて頂だい」

「もち、任せなさい」

玄関が開く。心配は無用、チャトラーは飛び出してこなかった。

「あ、ヤッパリ箱の中で寝ていたわ」

「ホント、猫って良く寝るのねえ」

「だから猫って言うんでしょう?」

「えーそうなの?知らなかった」

「そうらしいわよ、寝る子供って言う所から猫になったんだって、何かで読んだことがあるわ。ちなみに漢字の猫はその鳴き声から来てるとも書いてあった」

「ふーん、面白いわねえ、で犬は?」

「犬?犬ねえ、その本には犬の事には触れてなかったわ。何で犬と言われるのかって誰か書いてないかなあ、今度分かったら教える、もしくは美香ちゃんが調べて分かったら教える」

「えー、わたしが調べるの?」

『ねえ、美香ちゃん、高校に行ってもバレーボールやるの?」

「わたし、バレーボール、千鶴ちゃんや睦美ちゃんみたいにそんなに好きでもないし、熱心でもなかったから・・高校の部活は厳しいとか聞くと、二の足を踏んじゃうわよねえ。何か新しいクラブにはいろうかな?」

「そうか何か新しいクラブねえ・・美香は運動好きなんだから当然運動の方が好いんでしょ?」

「そうね、わたしが化学クラブとか研究クラブに入ったら、皆腰を抜かすだろうな」

「え、美香ちゃん、何時から理系女子になったの?わたし、絶対応援する!」

「じょ、冗談よ、本気にしたの?そんな事かすった事もない。あなたがいたから、思いついて言っただけよ。そうだなあ、もし、文科系だったら料理クラブ何かは良いと思うわ」

「うん、将来的には栄養士を目指すのもありね」

「でもわたしの事だから太りそうな気配がしないでもない」

「あ、それは言える、そこが地獄の体力増強料理クラブでない限りね」

「え、何、トレーニングしながら料理するの?」

「モチよ、どの料理が体力の回復に効くかとか、筋肉の増強につながるかと自分の身を挺して、考えるのよ。面白いと思わない?」

「それはあなたが今までそんなクラブにいたから、そんな発想が生まれるのよ。もっと真面目な考えはないの」

美香、少し、お冠。

「習字クラブも良いんじゃない?あなた、字は旨い方でしょう?」

「旨いと言う程上手くはないのよ、あなた、自分の字と比較して言ってない?あなたの字と比較したら、誰だって旨い、上手って事になるわよ」

「うぬぬぬ、そりゃ酷い言い方、でも、真実だから仕方がない。でも私が言うのもおかしいけど、字はさあ、上手な方が好いよ、絶対に。字が汚くて泣いた事幾度かのわたしが言うから間違いなし、習字クラブにしたら」

「あまり入りたいって気持ちにはならないなあ、それに私余り習字って好きじゃないの」

その時チャトラーが目を覚まし、段ボール箱から伸びをしながら出て来た。

「あ、目を覚ました様ね、わたし達も居間の方へ移動しましょうか」

少し泥の付いた猫の体を軽くはたきながら三人そろって大移動。

「チャトラー、わたし達が居なくても、ここで寝て良いんだよ、あんな箱の土の上で」

「もしかしたら今まで外で寝ていたから、土の上が気分的に落ち着くのかも」

「そうか、そうかもね。それとも猫は狭いとこを好むと聞いてるから、段ボールが気に入ったのかも知れないわ」

チャトラーは部屋をトコトコ抜けて台所に行き水を嘗め出した。

「喉乾いたんだ」

「わたし達も夕食の支度しましょうか?」

「そうしようそうしよう、と言っても買って来た物をレンジで温めるだけだけどね」

「飲み物も冷蔵庫から出すだけだし、簡単」

「あら、チャトラーがわたしの顔を見ているわ、何か食べたいのかしら?」

「ドライフードをも少し上げて見ましょうか?」

美香がドライフードを袋から一掴み取り出し皿に載せる。

「食べてる食べてる、お腹空いてたんだ」

「そうよね、今まで満足に食べていなかったから」

「ガリガリだもんね、わたしのお肉、分けて上げたい位」

「さあ、レンジで温めて、腹ペコ人間のお腹も満たして上げましょう」

わたし達は今の炬燵台の上にお弁当や飲み物、デザートに昼間のイチゴの残りを並べ、いただきますと、食べ始める。チャトラーも横に着て座る。

「まだ食べたいのかしら?」

「あなたがさっき、お肉を分けて上げたいなんて言ったから、貰えるものと思って待ってるんじゃない?」

「えー、本当?じゃあ仕方がない、鶏肉分けて上げよう」

「あんまり人間の食べる物って塩分濃いから、猫には良くないって言うけどさ、外側ではなく中の方を上げれば、少しだけなら大丈夫だと思うけど」

「必死に食べてるわよ、今までこんなの食べた事ないって感じ」

「そうね、じゃあ私も少し」

わたしのはエビやお魚のフライ物が中心だ。側を外して中のお魚の身をほぐしてやってみた。

勿論これも大喜びで飛びつくように食べる。ついでにエビのしっぽの所も与える。これも大好評!

満足したのかエビのしっぽを食べ終わると、少し離れた所で顔や体を嘗め始めた。

「球とるかな?」美香がお菓子の入っていた袋を丸めて投げてみた。さすが猫だ、もう袋を丸める時から目を輝かせ、それが放たれるのを待っていて、投げられるや否や飛びつき、跳ね回る。

「凄い凄い、これに紐を付けたら、もっと遊んであげられるのにね」

「紐?ないだろうなあ」二人してバッグや袋を探す。それらしきものは見つからなかった。

「あ、ちょっと待ってて」わたしは隣の棚の上に荷造り用のビニール紐が置いてあったのを思い出した。

「あったあった、ほらこれなら文句ないでしょう?」

「わーそれそれ、それがあれば千人力ね」

「ハハハ、千人力も要らないけど、猫に球を取らせるのにさ」

紐を切って先程の丸めた袋に結び付けた。それをかざす。チャトラーが飛びつく。紐を動かす。チャトラーが走る。部屋の中をドスンバタン、跳ねたり飛び回ったり、もうチャトラーは夢中だ。

「へえ、こんなんで喜ぶなんて、お前、安上がりな猫だねえ」私たちは大笑い。

チャトラーが疲れてと言うか、わたし達の方が疲れはてお風呂に入る。ガスは来てないが、水道水を太陽の熱を利用してお湯にすると云う代物が、ここの内の屋根に取り付けてあるので、雨の日以外はそれで充分暖かいお風呂に入れるのだ。

「随分便利だね?」と美香が感心して呟く。

「そうだねえ、当時は随分高かったんだろうけど、ここいらの家、殆どが取り付けたと聞いてるわ。何しろここいらは山の中腹でしょう?その当時は都市ガスも来てなかったから、ガス代がかからないこの装置はありがたいものだったの」

「それがいまだに活躍してひい孫迄が使ってるなんて、先見の目が合ったんだね、ひいじっちゃんもひいばっちゃんも」

「今頃あの世でくしゃみしてたりして」

少し狭く感じられたけれど、西の仏壇がある緑のカーテンが張り巡らされた部屋より、ここの方が落ち着く感じがしたので押し入れから布団を出して二つ並べて敷いた。

「ちょっと狭いかなあ?」

「でも良いんじゃない。わたしは構わないよ」

「そうだね、修学旅行みたいだね」

「チャトラーもいるし、狭い方が何となく幸せって感じ」

二人の間にチャトラーが割りこんできた。

二人でそっと手を伸ばし、なでる。ゴロゴロ喜びの音が聞こえる。

「あー幸せ」と二人で顔を見合わせる。

「わたし達なんか忘れてない?」わたしは飛び起きた。

「戸締りはちゃんと確認したし、水道もきちんと止めたよ」

「違う違う、わたし達チャトラーに夢中になって、家に電話するの忘れているわ。夜はちゃんと電話する約束だったのに」

「ああそうだったわ、いけない、これから電話しよう」

「そうしましょう、そうしましょう。未だ遅い時間でもないから大丈夫!」

わたし達はスマホを取り出し、互いに少し離れて我が家に電話を入れる。

当然わたしはチャトラーを飼う許可を取らなくてはならない、それもあって電話するのを思い出したのだ。

電話には母が出た。父の方が組みやすしだが、どうせすべては母の許しが無くては、幾ら父の許可が下りようと、駄目なのだから、母が出て正解と言うべきだろう。

「あ、お母さん、今日も無事寝床に潜り込みました。今日は天主堂を皮切りに原爆投下遺跡巡りよしようと思ったの」

「ふうん、中々関心ね。色んなとこ回ったの?」

「ねえお母さん、猫好き?」

「ええっ話が飛んじゃうの?」

「うん、話を続けるにはここが重要なの、わたしはお母さんに猫好きよと言って欲しい訳よ、ばっちゃんが猫大好き人間だから、花にもやきもち焼いてたみたいに、猫に焼きもち焼いて嫌いって事ないよね」

「まあそんな事、誰に聞いたの?隣の藤井おばさんに聞いたんでしょう?」

「当たりー。大人げないよ、そんなのって」

「ええ、心を改めましたよ、本の数年前から」

「で猫には焼きもち焼いていない?」

「猫がどうして出て来るか分からないけど、わたしがあの家にいた時、飼い猫はいなかったわ。猫を飼いだしたのは、わたしが家から独立してからよ」

「はあ、そうなの。どうして飼わなかったのかしら」

「家に猫嫌いがいたからなの」

「ガーン、お母さん猫焼きもちじゃなくて、元々嫌いだったんだ。これは美香の袖にすがるしかないかなあ」

「何をブツブツ言ってるの?猫が嫌いだったのはおじいちゃんよ、おじいちゃん。何か昔ね映画か雑誌かで、猫が主人の仇を打つので、悪者を狙って喉に嚙みつくの見てから猫が怖くて怖くて仕様がなかったんだって」

「それでどうなったの?」

「ある日、車を洗ってたらちいちゃなキジの子猫が傍にやってきたの」

「ああそれが奈々と言う訳か。それでじっちゃん、奈々に魅せられて飼うようになった訳?」

「まさかー。そこで、おじいちゃんはおばあちゃんに助けを求めに、子猫じゃなくて自分の助けの為にね」

「えー、弱いじっちゃん、まだちっちゃな子猫でしょう?」

「ええホントにちっちゃくて、計ってみたら300グラムしかなかったそうよ」

「それでばっちゃんどうしたの?」

「まあかわいいと抱いて家に連れ帰ったわよ」

「それでじっちゃんは?」

「おたおたして、お前、本当にその猫飼うの?と聞いたそうよ。勿論おばあちゃんは勿論よ、今夜冷えるみたいだから、昼間見つかって良かったと、後はルンルン気分で子猫の世話に精出すばかり」

「まあそうなるよね、特に奈々ちゃんは美猫だったらしいから」

「父の猫嫌いはそれから良くなってしまったの。犬嫌いは死ぬまでアンマリ改善されなかったけど・・」

「犬についても聞きたいけど今は猫猫、お母さんは猫‥うーん、如何好き?好きでいてくれるよねえ。飼えばきっと好きになるよ」

「何言ってるの?そう言うのを奥歯に物が挟まったような言い方って表現するのよ」

「もしお母さんが、猫が嫌いだったらどうしようかと思って」

「それでこんな長電話になったのね。うーんじゃあ宣言します、わたし、島田多恵、もしくは河原崎多恵はどちらかと言うと、いやどちらかと言うより、元々猫派の人間なんです。猫大好き人間なのよ、友達が猫と暮らしていると聞くと羨ましいなと思っていたの」

「じゃあ、今まで何故猫飼わなっかったの?ままさか、お父さんが。お父さんが猫が怖いなんてことある?」

思わずでっかい声を出してしまった。

「え、真理ちゃんのお父さん、猫怖いの?」

もうとっくに電話をし終わってた美香が吃驚してわたしの横ににじりよる。

「あらその声は美香ちゃんなの?二人共テレビもない部屋で退屈しない?」

「全然、スマホもあるし・・可愛い子猫もいるし」

「えっ、可愛い子猫?ああ、縫いぐるみ買ったのか」

「違う違う、その為にこの電話してるのにー。お父さん、本当に猫怖いの?猫こちらから仕掛け無い限り何にもしないのに・・私が昔好きだった作家の人が猫を飼ったこともないのに、全然知らない女の人に気に入らないからと言って引っ搔き、足に深い瑕を付けたような描写があるけど、猫は知らない人で乱暴そうな人が来たら、先ず逃げる。優しそうな人なら甘える、感心のない人だったら互いに無視する。傷つける時は相手が自分の自由を奪おうとしてる時か、夢中で遊んでいる時なのよ」

「へえ、良く調べたわねえ」

「だって私、ばっちゃんに負けないくらい猫大好きなんだもん。せめて猫の事調べてさ、欲求不満を解消してたのよ、今まで。それ読んでからその作家の小説、あまり読まなくなったわ」

「でさ、お父さんの名誉のために言うけどさ、お父さん、別に猫嫌いじゃないよ、あ、お父さん、あんまり長電話するから心配して、そばに来たわよ、代わるね」

「あ、真理、一人暮らしの気分はどうだい?」

「一人暮らしじゃないわよ、美香ちゃんがいるし‥お父さん猫好き?」

ここは単刀直入に聞こう。

「え、猫?うんあまり考えた事なかったなあ。猫ってさあ何となく神秘的だろう、お母さんの絵に似てる所がある」

「じゃあ決まり、お父さんはお母さんの絵が好き、そのお母さんの絵に猫は似ている。だからお父さんは猫を飼うべきである。どうこの結論?」

「ええっ、猫を飼う?猫を飼うの、本当に?お母さんは了解したの?」

電話は又お母さんに代わった。

「ねえ真理ちゃん、始めっから話して頂だい、何故猫を飼うという結論に至ったかと言うのを、包み隠さず話して頂だい」

「ヘヘヘ、今日さ、教会の下でさ、あこっちでは天主堂ね、下に公園があるのよ、小さなね。その公園でこれから原爆投下の遺跡を回る為、腹ごしらえしようとしたら、教会の鐘が鳴ったの」

「教会の鐘?それがどうかしたの」

「えーと、教会の鐘とは全然関係ないんだ。でもさ教会の鐘が鳴ってさっき買ったサンドを食べようとしたら、何か足元に障るじゃない?それで下を見たらいたんのよ、チャトラーが」

「チャトラーって?」

「はいそうです、正解です、茶色の小さなチャトラー、ばっちゃんが泣いて悔やんだあのチャトラーに良く似た茶虎の子猫」

「まだ何も言ってないけど、兎も角茶色の子猫がいたのね」

「そうでーす。居たなんてもんじゃないわ、すりすりして来たのよ、痩せててさきっと飲まず食わずの生活をして来たのよ」

「まあそうでしょうね」

「卵やハムサンド,牛乳なんかをやってたらさ、とてもこのまま立ち去れない、でしょう、お母さんも?そこで大伯父さんに電話したの」

「そしたら?」

「大伯父さんは大伯母さんが入院中で今は引き取れない、わたし達がまがたま市に連れ帰ると言ったら、万が一飛行機事故にあうと、猫は荷物と同じ扱いで、見殺しなんだって。それは可哀そうだから列車で帰った方が良い、明日伯父さんが来て手筈を整えて上げようと言う事になったの」

「まあまあ、何時もながら伯父さんは親切よねえ。後からお礼の電話をしとかなくちゃあ」

「それでふと思ったの、お母さんんが嫌だと言ったらどうしようと」

「長電話の原因はそれだったのかあ」

「だってお母さん、一度も猫を飼いたいと言った事なかったから」

「まあそうね、旅行行ってこれ以上、お父さんに迷惑かけたくなかったから」

「今度からわたしも手伝うよ」

「まあ、猫はそれほど手がかからないし、何とかなるわ、連れて帰ってらしゃい。チャトラーちゃんの為に準備しとくわ」

「良かったー。もしダメだったら美香を拝み倒して飼ってもらう積りだったの」

「え、そうなの?」美香が吃驚して声を上げた。

「そりゃそうよ、ここにはあなたと私しかいないんだから」

「うんチャトラーって可愛いから頼まれても良かったんだよ、本とはさ」

「では楽しみに待ってるわよ、おやすみなさい」と母の電話は切れた。

 翌日、その日も晴れていた。朝ご飯のお弁当を冷蔵庫から出し、電子レンジで温め朝食にする。お茶は冷蔵庫から出したまま飲む。

その後は二人の洗濯物を洗濯機に掛ける。しかし、何とこの洗濯機二層式と言って洗う所と脱水が別々になっている。これには参った参っただ。でも何とか二人でやり遂げる、その傍らでチャトラーを遊ばせながら。

 用意万端整った、後は大伯父さんが来るのを待つだけ。少し庭に出てみる。ひいばあちゃんが植えたのだろう紫色のヒヤシンスが咲いているし、何だか名前の分からない少し背の高い草花も貧相ながらも頑張っている。一番元気が良いのが・・そう、多分あれは雪柳と言う名前の花だ。南側はコンクリートで塗り固められているが、小ねぎを植えてある長いプラスチックのプランターもあり、枯れた葉っぱと芽吹いた青い葉っぱが入り混じっている。でも概ね雑草が幅を利かせていて、いずれはそれに乗っ取られてしまうであろうことは。一目両全だ。

「人が住んでいないってことは、それ迄可愛がられた花達にとっては、何れは消えて行く運命を意味するのねえ」私はしみじみと呟く。

「人が住んでても消えて行く事もあるわ」と美香が言う。

「え、どんな?」私が尋ねる。

うちの近所に五月って花をそりゃ綺麗に、コンクリートの台まで作って、大事に大事に育てていたおじいちゃんがいたのよ」

「フンフン、それで?」

「だから5月の終わり頃から6月の中ごろまで、その家の前を通るのがとても楽しみだったのよ。そりゃそりゃ綺麗で、色んな違った花が咲いてたんだ」

「五月って聞いた、あ、知ってるばっちゃんもひと頃夢中になってたけど、手伝ってくれてたじっちゃんも亡くなったし、自分も病気がちになって・・」

「処分しちゃったの?」

「うううん、でも大物は段々無くなりつつあるわ」

「そう、五月って維持していくのって大変なんだ」

「そうらしいわ、植え替えたり、剪定するのって時間もかかるし、時間は限られてるしってばっちゃん言ってたな。実際ばっちゃん,外の事とも重なって体を壊したって言ってたよ」

「ふーんだからなんだ。多分おじいちゃんが亡くなってしまったから、後を継いだ誰かが、五月は面倒だからと全部処分して、あのさつき棚も取り壊し芝生だけの庭になっちゃった」

「愛されるものはその愛してくれるものと共にあるのねえ、特に植物は自分で歩いて自分を次に愛してくれる人を探す訳には行かないもの」

「その花達が五月愛好家に譲られたと思いたいわねえ、例えもう見る事は出来なくなっても」

抱いていたチャトラーを下ろしてみた。待っていましたとばかり、チャトラーは野イチゴと雑草の絡み合った中を目指して潜り込む暫くするとモンシロチョウがひらひら舞い降りて来て、チャトラーの相手をしていたが、直ぐ飛び去った。今度はアブだが蜂だか定かではないが、ブーンと飛んで来る。もうチャトラーは夢中だ。

「こんな所で飼われる猫達は幸せ者だねえ」

「そうよねえ、マンション暮らしの猫ってそれに比べて可哀そうだな」

「でも飢えたり、色んな危険な目に遭うよりは幸せだよねえ」

「チャトラーには奈々か。もう一匹必要かな?チャトラーの遊び相手に」

「ええっ、もう一匹飼う積りなの?」

「言ってみただけよ、ただお母さん忙しいでしょう?私もいない、お父さんもいない、そんな時チャトラー、可哀そうだなと思ってさ、ふと心に浮かんだのよ」

「あ、大伯父さんが来た」門の前、上と下に伸びる細い坂と石段の混じる道を大伯父さんがやって来るのが見える。

「ここに居ったの?」

「うん、猫を遊ばせていたの」

「そう、どれどれ」大伯父さんはしゃがみ込んで猫を観察。チャトラーも大伯父さんをじっと見ている。大伯父さん、ポッケットからリボンの様な紐を取り出した。当然チャトラーは飛びついた。

暫く遊んだ後、大伯父さんはチャトラーを抱いて家に入り、わたし達も後に続いた。

わたしは買い置きのお茶を大伯父さんに出して進めた。

「ああ、気が利くやかね、ありがとう。あがって来れば喉が渇くもんね」

そう言っておお伯父さんは美味しそうに飲んだ。チャトラーも喉が渇いたらしく、大伯父さんの膝から離れ、水が置いてある台所へ向かった。

「子猫にしてはエライ大人しかかねえ」大伯父さん感心する。

「夜も暴れも泣きもしないで良く寝てたわ」

「朝目が覚めたらしいけど、ぴちゃぴちゃ毛づくろいしてただけ」美香も頷く。

「もう少しして、伯父さんが一息入れたら、下に降りて昼ご飯を食べて、それから駅に行って手続きばしようかねえ」

美香が冷蔵庫から苺を出して3個の器に入れて持ってくる。美香の方がわたしよりずっと気が利いているようだ。

「この頃のイチゴはミルクも砂糖もかけんでも、うまかもんね」

「かけない方が健康にも良いし」

「わたしもかけない方が好き」

イチゴを食べ終わりお皿を流しで洗っていると、チャトラーが来て、足に体をこすり付ける。お腹が空いたらしい。ドライフードを袋から掴んで猫皿にいれる。

「わたし達が戻って来るまで、何にもないからね、今の内に一生懸命食べておきなさい」

「その代わりお水はたっぷり入れて上げとくからね」美香がそう言って笑った。

「さあ出かけようか?帰りの飛行機の切符はちゃんと持った?それから連れて帰るのに猫用のキャリーバックとそれに敷くシートも必要だな」

「チュールとか言ってるのも必要かも。長旅の間飲まず食わずじゃ可哀そうだもん」

「ハハハ、そうだな、持っている方が安心出来るかもしれん」

チャトラーを一人残し3人は家を後にした。

「何時もはここいらで食べよったばってん、どうせ駅まで行くんなら、駅の辺りで食べようか?」

「うん」と返事はしたけれど右も左も分からない長崎の町。ここは大伯父さんに任せるしかないのだ。

「バスで行く、電車で行く?」大伯父さんがわたし達に尋ねた。バスの方が降りた下の所にあって近い。電車、市電だ、その電車はいわゆる電車通り迄少し歩かなければならない。しかも物珍しさもあって、常に観光客で満員、しかもバスより安いと来ている。

「うん、市電に乗ってみたい」

「わたしも一度乗りたいなあ」

大伯父さんが笑う。

「市電は昔はちょっとした所なら、どこでもあったばってん今はどんどん無くなってしまって、えらい珍しか、安か言うて大人気やもんね。一度は乗ってみんば話のネタにはならんけん、乗って行こうか?そいばってん、少し混んどるよ、よかね?」

「混んでてもよかよか」とわたし達は同時に返事をして笑った。

大学病院前と表示してある停留場で待つ事暫し。

「駅前だから何処行きでも大丈夫、どれでも行くばい」

本当に込んではいたが、バスよりゆっくり目に走るから少々揺れても全然平気だった。

「駅ばい」伯父さんが言うまでもなく大勢の観光客もどどっと降りて行く、

「ここは西坂の教会があって、二十六聖人の像があるんで、そいばみんな見に行きよるとばい」と、大伯父さんが教えてくれた。何も皆が駅に用があっての事ではなかったのだ。

駅の方に入って行くと、大叔父さんはわたし達から飛行機の切符を預かると、わたし達を待合室で待たせ姿を消した。

「手続き完了」と言いながら大伯父さんがニコニコしながら帰って来た。

「はい帰りの長崎から福岡までと、福岡から東京までの新幹線の切符。乗り継ぎがあって面倒臭いけど、子猫の為、仕方がないねえ」

「あのう、差額代教えて下さい払いますから」

「なんば言いよっとね、そんげん事は心配せんでよかと。さあ次はお昼ご飯、なんばたべたか?」

駅ビルに移動。

「折角長崎に来たんだから、長崎の名物を食べたいなあ」

「わたしもちゃんぽんとか皿うどんとか」

「他所から来たもんはまあ、そうだろうな。よかよか、それなら、中華に入ればよか」

大伯父さんは如何にも中国と言った感じのお店に入って行く。

「さあて、先ずは皿うどんば二人分貰って、それを分けて食べる。それから八宝菜何かの料理も大皿で持って来てもらい、小分けして食べれば色々味わえてよかやろう?」

3,4種類の料理が目の前に並ぶ。

「若かけんどんどん食べんばいかんよ。遠慮せんではよ食べんね、中華料理は長崎の名物やっけんね、ちゃんぽんは有名かばってん、元々は中国から来た留学生が栄養不足にならないようにと、新地の、あ、ここは昔から中国人が住み着いている所で、今も昔も中華料理店ばやってる所さ、そこの新地の人達が考え出したのがちゃんぽんよ。野菜もたっぷり、豚肉,海の物、色んな物を入れてさ栄養バランスを考えた料理。今は段々贅沢なものを使って豪華なちゃんぽんもあるけど、まあ、普通はお客さんにご馳走するのは長崎人としては躊躇せざるを得ない訳ですよ。わかった?」

成程ここにちゃんぽんがないのが良く判った。

「でも自分たちで食べるのは大いに結構。ちゃんぽんはお店によって千差万別。食べ歩かなくてはちゃんぽんは語れないねえ、本当に」

「ちゃんぽんって留学生への愛が籠った料理だったんだ」

「そうだよね、ちゃんぽんて色んなものを一緒に混ぜこぜにする時に使うけど、本当は留学生への愛がもたらした物だったなんて全然知らなかった」

「きっとみんな感激したよねえ。異国でさ、自分の体の事を心配してくれる同胞の人達の温かい心遣い。わたしがもし留学したら、そこに住んでいる日本人も心配してくれるかな」

「留学か・・」

「真理ちゃんも留学したかと?」伯父さんが尋ねた。

「ううん、別にそんな事考えていないけど‥ばっちゃんは語学が苦手で、アメリカの研究室に行けなかったと聞いたわ」

「へー、由美がアメリカに行くなんて話、全然聞いておらんばい。丁度その頃九大に居ったけん、よう知らん事が多かもんね」

「伯父さんはその頃から九大にいたの?」

「いや三菱の造船所の研究所にいたんだけど、ちょとばっか、勉強しにいっとったとさ」

「三菱の造船所?」

「長崎はさ、鎖国が亡くなった後、貿易の恩恵が無くなってしもうたけど、それからその恩恵に代わってズーとこの町を支えて来たのが三菱さ。造船所と電気、この二つが活発にしとったら長崎も元気、と云う訳。でもこの二つがあったから米国に狙われて原爆ば落とされたとさ、狙いは少し外れたけどね。オイは造船所で暫く研究しとったけど、工学部の教授が是非うちに来て、生ぬるい学内に新風を吹き込んでくれと言われてさ、それから九大に行ったと」

「真理ちゃんの内ってみんな研究家体質なのね」美香が呟く。

そう言われればそうかも知れないし、違うかも知れない。確かに父は大学で哲学の研究をしてるけど、福井山家とは血筋的には何のつながりもない。単に母に一目惚れして結婚に漕ぎつけただけの話。

ばっちゃんは漢方命と、儲けそっちのけで研究しているが、人から見たら、今にもつぶれそうな貧乏薬店の女主人だ、大伯父は大学をリタイアした後は、これも研究とは無関係の不動産鑑定士。それ以外は研究生活しているものはいない。

「美香ちゃん、それは普通の家より、研究て言葉が飛び交っているけど、実際に研究してるのは、

わたしのお父さんだけ、それも、単に本が好きと言うだけの。だから本物の研究生活してるのは誰もいないんじゃない?」

「あらそうなの?よーく考えてみたらホント研究者らしき人はいないんだ」三人とも声をそろえて笑う。

大伯父さんは「食べんね、食べんね」と言うけれど、もうお腹いっぱい、もう食べれません。

「若かとに、もっと食べんば」と大伯父さん少し不満そうだったが、係の女の人を呼んで残ったものをパックに詰めてもらって、わたし達に手渡し、「こいは夜でも食べんね、チャトラーもたぶっやろう」とわたし達に手渡した。

「さあて次は浜ン街に出て、ペットショップに行こうか?」

また電車に乗ってその所謂浜ン街に行く。浜ン街の外れの所に大きなペットショップがあった。

「ここいら辺りはさあ、昔、あんたのひいじいちゃんの大きかうちがあったんだ。その弟、おいの大叔父さんが俳句も大したもんやったが、芸者遊びが好きで・・それ以外にも妄想癖があってさ、長崎の港に大昔嵐で沈んだオランダ舟を引き上げるという話に乗って、早い話、家をつぶしてしまったんだ。でも、それはそれで良いんだけど、この家と言うのが、長崎の歴史になるんだけど、聞きたか?」

「うん、聞きたか」私たちは答えた。

「昔はさ長崎は鎖国で唯一開かれた外国との貿易港だったよねえ。その貿易で儲けたお金をさ、幕府に払う、でも余剰金と言うかお金が余る訳よ。それをみんなで分ける。それを執り行う大店があったんだ。当然その店の者は羽振りが良くて、多分威張り散らしていたんだろね。そんなあるお正月の事、長崎は諏訪神社にまず参って、後二ヶ所神社にお参りするのが習わしになっていると」

「えー、三つも神社にお参りするの?」

「今のわっかもんはもうせんやろうけど、ひいばあちゃんの頃は煩かったよ、何しろ長崎のど真ん中で生まれて、ど真ん中で育ったからねえ、そいが普通やった。そこでさそこのわっか衆が多分、知らんけど想像するに、芸者さんば引き連れて賑やかにお諏訪さんに出かけて行ったと。そこまでは何も珍しか事ではなか、普通の事ばい。ところがさ、そこに深堀藩と言う小さな藩が長崎の近くにあって、今はもう長崎に統合されてるけどね、この深堀藩は政府が厳しく禁止していたキリスト教に結構甘くて、キリシタンが密かに隠れ住んでいたとかでさ、今も、深堀さんと言えば、ああこの人はキリスト教の信者だなと分かるほどさ。その深堀藩の家来衆も諏訪神社にやって来たんだ。どう見ても貧乏侍、方や、お屠蘇気分と言うか、酒も飲んで芸者は引き連れている大店の連中、よせばよかとに、その貧乏侍をからかったんだ。で、結論はこの大店はお取り潰しになってしまったんだ。どんな大店も結局、身分制度にはかなわないと言う事さ。でその後に商売を始めたのがどうもひいばちゃんの生家らしい」

「ええっ、そんな名家だったの、ひいばっちゃんの生家って」

「まあさ、その俳諧師の大叔父さんが、芸者遊びやオランダ船を引き上げるのに、大金をはたかなかったらね」

「その大、大叔父さんてきっと夢見る人、夢追い人だったんだねえ」

「でさ、その大店のその後、気にならん?」

「気になる、気になる」

「ヘヘヘ、オイも気になってさ、その話ばひいばっちゃんの法事の時にしよったら、何と由美が、あんたのばっちゃんが、その心配は無用よ、今は私の長年のライバルが、結婚した人がその大店の子孫だって言うとさ、しかもそのライバルと二人でど田舎に大きか病院ば立てて、大成功、なんだってさ。ヤッパリ大店になる気質は失われていなかったんだねえ」

「ふーん、何か因縁を感じる話だなあ、ばっちゃんとそのライバルの夫君がねえ」

「わたしもー」美香も同調。

「まあ話はこれまで、中に入って買い物しよう」大伯父さんが店に入りわたし達も後に従う。

今までペットと言うものに関係なかった島田家、初めて入るペットショップが、少なからずひいばっちゃんの若かりし頃と縁のある所とは。

「えーとさ、先ずはキャリーバックを買わんといかんばい」

ここは大伯父さんの出る幕はなし、女子二人にお任せあれい。と、美香ちゃんとわたし、二人で選ぶ。

「中に敷くマットとペットシートもいるばってん、シートは嵩張るけん、出来るだけ少量の物があったら、そいが欲しかねえ」と大伯父さんは店の人と交渉中。

わたし達はグリーンとクリーム色のキャリーボックスに決めた。

「そいが好かと?」

「うん、これが目立たずチャトラーにも馴染む色だから」

「じゃあこれに敷くマット、どれが好か?」

「マット?」

「中で猫が滑らんごとさ」

「あ、成程ねえ、じゃあそれもグリーンにする」

「そいからさ、トイレ等のシートもその上に敷かんばいかんもんね。ばってんかさ、帰る時だけ必要やろう?そんげん要らんもんね。で、ここのお姉さんと話して、お姉さんが特別にサンプル用にあったのをサービスしてくれる事になった訳よ」

「わー、ありがとうございます」わたしはお店の人に頭を下げる。

それ以外にチャトラーの好きそうなものを買い、テレビで有名なチュールも買い求めた。

支払いは皆大伯父さんが済ませてくれた。

「じゃ、長崎で一番古か喫茶店、まあ、喫茶店発生と言えば当たらずと言えど遠からずのお店に行こうか?電車通りを超えて、少し行った所」

長崎人は余り歩くのを苦にしない。それはそうだろう、坂道と石段が多く、平地が少ないから道幅が狭い。特に繁華街では車は迷惑も好い所。よって歩け、歩けである。歩くのは当たり前なのだ。

でもやはり車は通る。真ん中のメイン通りが車の通行が禁止されてるから、当然そのしわ寄せでその横の車道には車が結構通って行く。勿論そんなにスピードは出していないが、危険なのに変わりはない。

「ここ、ここ」大伯父さんが立ち止まる。

成程、普通の喫茶店の様な入り口とはちと違う、ステンドグラスの入った立派な入り口だ。

中に入る。中もちと違う。古めかしい物があちらこちらに飾ってあるし、照明も一般的な喫茶店より薄暗い。二階に続く階段があってそのピカピカ光る手すりも美しい。

「二階に上がってみたか?」

「上がってみたか」とわたしは答える。

「じゃあ2階に行こう」

2階から一階が良く見える作りだ。

「ここはコーヒーが昔から名物やけどさ、あんたたちはまだコーヒーは良く味が分からんやろ?好きなもんば頼まんね」

「じゃあ私紅茶」

「わたしも」

「ケーキは何にすっと?」

「チーズケーキ、レアが好いなあ」

「わたしは焼いてある普通のが好き」

大伯父さんは水を運んで来たウエイトレスさんに注文する。彼はコーヒーにするらしい。

「明日は如何すっと」

「明日は市内を見学して、あさってはハウステンボスに行く予定」

「ハウステンボスにも連れて行ってやりたかばってん、もう年で付き合い切らんもんね」と伯父さんはポケットから2つの封筒を取り出した。

「こいはさ、そのハウステンボスに行く旅費と小遣いの足しにせんね。二人共しっかりしてるから、もう付き添いは要らんやろうから、十分楽しんで来んね」

「わ、私までもらう訳には行きません」美香が驚いて声を上げる。

「なんば言いよっとね、長崎まで真理のお供をしてくれて、本当にうれしかとよ、お礼にはちょっと足りかも知れんけど、気軽か気持ちで受け取ってくれんばいけんよ」大伯父さん笑いながらそう言った。

「ありがとうございます」美香も嬉しそうに受け取った。

「伯父さん、本当にありがとう」わたしも勿論喜んで受け取った。

紅茶もケーキも美味しかったし、雰囲気もしっとり穏やかで満足した。でも大伯父さんのしてくれたひい、ひい、ひいばっちゃんの話が驚き桃の木山椒の木だった。あの取り潰された大店の話も驚いたが、こちらは血がつながってるから、へーそんな事があったのかとは、聞き捨てには出来ないよ。

「これからアーケードを取って行くばってん、そこに昔は大きか電気店があったとさ、今どうしよらすか知らんばってん、この間まであったとさ。それがどうしたと思うやろ」

大伯父さんは窓の方を見た。そこもステンドグラスになっていてさやかには外の景色は見えなかった。

「ひいばっちゃんのばっちゃんがね、その大店の跡取りと言うか一人娘でね、多分甘やかされて育ったのかも知れんし、昔の女性にしたら偉い情熱的だったのかも知れん。当然婿取りをしたとさ。きっと商才に優れたもんを親は選んだに違いなかと。まあ初めの頃は旨く行きよった、と思うばってんか、心の内は如何だったか分からんもんねえ。只昔の女性だったら家の為、少々不細工な男でもぐっと我慢しただろうけどさ。ある時お店の何かが悪うなって大工を入れたとさ。その中に若うてよか男がおったとばい。勿論ひいひいひいばちゃんは一目惚れ、親に今の亭主を離婚してくれ、わたしはあの若か大工見習の男が好きになってしまったと申し出たそうだ、と言葉にすれば簡単だけど、実際は中々すったもんだがあって大変だったろうね。追い出された格好のその元旦那、商売上手だから直ぐ他の所からようしの話が決まってめでたく丸く収まったと云う訳さ。そして行った先がさっきの電気店。皮肉なもんさ、方や潰れて無くなり、方や繁盛する店になったと云う訳」

「でもひい、ひい、ひい、ばっちゃんって我儘もあったろうけど、勇気もあったと思う」

「わたしもそう思うは、時代は江戸から明治に代わった頃の話でしょう?その背景を考えると、どんなに好きでも言い出せないと思う」

「そう家長の言う事には逆らえない時代に良く言えたと思うわ」

「まあ、今で言えば・・」

「まさか、出来ちゃた婚?」

「そうじゃないとか、色々あるけど、ひい、ひいじいさんが長男なのに、次男の方が幅を利かせていたのを考えると、納得いくよねえ」

「可哀そうなひい、ひい、ひいじっちゃん。でもひいひいひいじちゃんはその後どうしたの?」

「あー、あん人は結構腕利きの鼈甲の職人になったのさ、皇室に献上する宝船を作ってさ、この先のアーケードの、その電気屋よりもっと手前の大きか鼈甲店に、暫く展示されててさ、伯父さんも見に行ったとよ」

「人に歴史ありって言うけど、家に歴史ありだねえ」

「そうだねえ」大伯父さんは又外の方へ眼をやった。

「それはひいひいばっちゃんの姑さんにまつわる話、ひいひいばちゃんのお母さんにもその時代が見え隠れする話があるんだ、ひいひいばっちゃんの出生に関する話があるばってん、ま、今回はそこまでにしとこうかな。結構昔の女性も恋に関しては積極的だったと言う事さ、ハハハ」

「さあ、帰ろうか?猫が待ってるよ」大伯父さんは立ち上がった。わたし達も急いで立ち上がる。勿論心の中ではもっと聞きたいという気持ちはあったけど、もうお伯父さんの中では話は終わっていたのだ。

電車の停留場やバス停のある所までのアーケードを歩いて行く。

「ここが浜屋デパート、昔から長崎にあって、唯一生き残ったデパート、もう一つ大きか岡政と言うデパートもあったけど、潰れてしまったと。色々名前が変わって生き残りを図ったけど、なーんか場所が悪かとやろか、みんなパッとせんやった。どうしてやろか、一等地と思うばってんが、何かは入りずらか訳があるとやろうね」

アケードの交差している所を通過。

「ここ、ここ、ここに爺さんの宝船が飾ってあったと」大伯父さんが右手の大きな店を指し示す。

「今は鼈甲は輸入も輸出も出けん様になって、今となっては夢物語みたいなもんさね。早うそれに代わるもんば見つけんと、鼈甲細工の技術も廃れてしまうばい」

わたし達も頷く。

「そしてここがその電気屋のあったとこ」すぐそばにはお馴染みの大銀行が立っている。

もし、大伯父さんの話を聞いていなかったら、あ、ここが長崎の繁華街とだけ思って通り過ぎてしまう所だろう、すぐそばに素敵な衣服の店でもあれば別の話だが。

「うーんでもさ、なーんか、寂れた感じがするねえ。昔はもっと賑やかだったもんねえ、その先には家具屋があってよか嫁入り道具が並んでてさ、どんげん金持ちさんが嫁に行きよらすとやろかと、みんなで噂しとったもんだけど、そこもとっくに無くなってしもうた。今は皆、車で行けるとこで済ましてしまうけん、段々こんな繁華街も廃れて行くばい」

電車通りに出た。

「今度も電車で帰るね?」

「夕飯の事もありますから、電車で帰った方が便利だと思います」

「そうね、その方が便利かねえ、降りた所に直ぐ弁当屋さんもあるし、小さかスーパーもある」

電車が来る。

「あ、これはちゃんと大学病院前に行くよ、これに乗ろう。伯父さんは途中の長崎駅前で降りるばってか、あんたたちは降りるとこ判るやろう?」

「はい、分かります、大丈夫です」

「もう少し土産も何か買ってやりたかったばってん、猫の土産で一杯だから、今日あげたもんで、何か買って帰ってくれんね、ハハハ」

「ええ、もう十分ご馳走にもなりましたし、これ以上お世話になったら両親に叱られます。本当に今日はありがとうございました」

大伯父さんは長崎駅前で降りて行った。ここから市電でない電車に乗って大伯父さんの家がある諫早に向かうのだ。

残った二人は大学病院前で降りる。電車道を渡る。お弁当屋さんで今日と明日の朝のお弁当を仕入れる。

少し先の右側の方にスーパーの様なマーケットの様な所に入る。お菓子や飲み物、ポンカンやイチゴも買った。

「これで良いかな?」

「よかよか、買い忘れた物があったら又買いにくればよか」

「あ、途中の休憩ポストで食べるアイス買って行かない?」

「ああ、それはいい思い付き、そうしましょう」

アイスも選んで籠に入れる。

「さあ、チャトラーが待ってるわ、家路をたどろう」

二人は又例の細い坂道を上る。お休み処のベンチまでたどり着くとさっきのアイスを出して食べる。

「さあ、元気出たぞ、チャトラー待ってろよ」とは言ったものの、わたしってなんて冷たい飼い主なんだろうと思う。さっきからチャトラーと言いながら、実際は寄り道ばかり、これで立派な飼い主になれるのだろうか?

玄関のかぎを開けガラスの引き戸を開けた。

ニャーと声がする。見ればやっぱりトイレに作った段ボールの中からの声だった。でも二人の声にそこから出て来て、二人の足に頭を交互にこすり付ける。

「良くお留守番出来たねえ、いい子いい子」

わたしは持っていた荷物を投げ出し、チャトラーを抱きあげ頬擦りした。何とも言えない心地よさと愛おしさ、幸福感に満たされた・

「さあさ、早く上がってお茶でも飲みましょうよ」

美香がわたしの放り出した荷物も持って居間の方へ移動する。わたしもチャトラーと共に移動する。

「あら、ご飯全部食べてるわ」台所に立った美香の報告。

「本当だわ、子猫だからお腹空くんだわねえ」

「もう夕方だから、チャトラー夕ご飯にしちゃおうか?」

「うん、今日買って来たのも、トッピングして上げよう」

ドライフードの上から、中華店から貰ってきた猫に良さそうなのとウェットフードを乗っけてやった。

「うわー、食べる食べる、余程お腹が空いてたか、物凄く美味しいかの何方かね」

「何方もかもね」

「あ、綺麗に食べちゃった。今度はお水飲んでる」

「わたし達も早く何か飲もう?」

一応冷蔵庫に明日の朝の弁当や飲み物とイチゴは入れた。

ポンカンは直ぐ食べたかったので居間へお茶と一緒に持って行った。

「何となく疲れたねえ」

「明日はもっと歩くよ」

「うん、覚悟は出来てる」

「さすがわが友、死なば諸共だねえ」

「ええっ、死ぬのやだー」

笑ってる二人の間にチャトラーが座って盛んに体を嘗めている。

「夕ご飯が済んだら、買って来たおもちゃで遊んでやるからね、チャトラー」

分かってるのか分からないのか、それこそ分からないがチャトラーはキョトンとした顔で二人の方を見ていたが、又体を嘗めまわし、毛づくろいに余念がない。

だが流石猫だ、ゴム紐の付いた猫じゃらしを持ち出すと、目をパッと輝かせ所狭しと駆けまわるわ、飛び跳ねるわ、天井に今にも届きそうだ。

「忍者、顔負けね。凄い凄い」

「あー、わたしも猫買いたくなちゃった」

「わたしの家で駄目となったら、美香ちゃんに頼もうと思っていたのよ」

「そう思っていたわ」

「さすがわが友よ、以心伝心だねえ」

「まあ、さっきの死なば諸共よりずっと良いよ」

寝る前に一応大伯父さんから貰った小遣い銭がいくらぐらいなのか調べてみた。丁度5万円ずつあった。しばし二人とも感動し余韻に浸った。そのあと二人は両親へ電話し報告することにした。

明日の事もあるので、お風呂に入りチャトラーを挟んで川の字になって寝る事にする。。

  翌日も良い天気だった。

「長崎はー今日も晴れだったー」美香が口ずさむ。

「古い歌、良く知ってるわねえ、長崎人でもないのに」

「わたしのおばあちゃんが前川清のファンだったのよ」

「そうだったのか・・それで思い出した、ばっちゃんが長崎に居た頃、研究者仲間がさ、アメリカに行く事になってさ、仲間達と大きなバーで飲んでると、まだ早かったのでお客は研究仲間ご一行だけ、後2,3人はいたかなぐらいだったんだって。その時歌のグループがステージに立って歌い出したのよ。真ん中のメインの歌手が偉く背が高くて」

「あなたのお父さんみたいに?」

「うちの父は馬鹿でかいの。父程ではない背の高い歌手が歌がすっごく上手くて、あーこの人達、もう直ぐ、東京の方から声がかかるなって思ったんだって.。それから一月もしないうちに、その歌が日本中に溢れ出したの。それが長崎は今日も雨だったのねえ」

「凄いおばあちゃんって先見の目があるのねえ」

「もしかしたら彼はもう既に有名になりつつあったのかも知れないわ、何しろ研究室にズーといて世の中の事、全然知らないで過ごしていたから。彼をそれから見る事なんてもうなかったけど、同郷でもあり、又研究仲間が去って行く寂しい心に、その歌が染みた事もあって、彼の事が気になる存在になった事は間違いないの」

「そうよねえ、小さい頃から20代の半ば近くまでおばあちゃん、長崎ですごして来たんだもんね、思い出がない方がおかしいよ。他に何か聞いてる?」

「ううん余り喋らないわ、必要のある事以外はね」

「夢の中で今も研究し続けるばっちゃんだもんね」

「でもその夢の中で桜が何時も咲いていたり、野ばらが一杯咲いているんだって。はっと目が覚めて、あら、そんなにきれいなら見に行かなくちゃと思うんですって」

「花好きも変わらないのね」

「そして猫好きも」

「研究と花と猫か」

「今は漢方と花と猫よ」

わたしはそっとチャトラーを撫でる。ゴロゴロと言う音がチャトラーから聞こえていた。

 洗濯を済ませて、チャトラーのお水とご飯をチェックして出かける事にした。

「チャトラー、御免、今日もお出かけするから、いい子でお留守番しててね」

「えーと、今日も電車で行くわ、初めの予定が出島だから」

「先ず出島ありきよねえ、今の長崎の、いえ日本の鎖国を支えた所だもんねえ」

「まだ発掘の途中とか書いてあるけど、往時の状況を知るのには十分と、ばっちゃんが言ってた」

「この電車で良いのかしら?」

「どこに行くとね?」傍にいた日傘をさした婦人が尋ねた。

「出島に行きたいんです」

「じゃあこの電車で良かよ、早よう乗らんね」

その婦人もその電車に乗る。

「うちは買いもんに浜ん町に行きよっと、出島はその手前やっけん、教えてあぐっよ」

電車は駅前を通過し、大波止と言う所を通過する。

「もう直ぐよ。でも急がんでも良か、降りる人が一杯おるみたいよ」

婦人の言う通り観光客らしき人が次々降りて行く。二人は婦人に礼を言って電車を後にする。

出島の門を通る。

「昔はそう簡単には入れなかったでしょうね」

「あ、お役人姿の人達がいる」

「雰囲気を盛り上げるのと、案内係も兼ねているのね」

見学順路に従ってみて回る。洋間が多いと思いきや殆どが

和式で作られていた。

当時の船で使われた物も展示されていて、おじいちゃんが生きていたら喜ぶだろうなと頭をかすめる。一緒に船に乗り、はるばる日本にやっては来たものの、上陸することが許されず、船で待つ間に病気になり無くなってしまった女性もいたと言う。でも当時の船のベッドと言うのは実に小さくて、大男、大女ぞろいのオランダ人には辛い長旅だったろうと、同情を禁じ得ないし、ここ出島の屋敷で寝泊まりするのは、そんな彼らにはきっと手足を伸ばせて寝れる、別天地と思えたに違いない。

当時の植物や昆虫、魚の図鑑もある。みんな細かい所まで描かれていて、写真のなかった時代、とてもありがたく、珍しかったに違いない。

可成り歩き回った。最後の休憩所で、紅茶とサンドイッチを頂く。

「又電車に乗るわよ。ほんの少しだけど、その後ズーと歩くから、ここからは頑張って歩いて行きましょうね」

ほんとに短い間電車に乗って、石橋で降りる。ここも観光客が前よりかなり沢山一緒に降りた。所謂旧長崎の江戸から明治にかけての西洋文化が残した遺産が数多く見られる所だ。

「先ずは大浦天主堂。ここの天主堂は日本の大工さんが、パリからやって来た神父さんか誰かに、絵葉書か絵だかを見せられ、この通りに作ってくれと言われて作ったものなの。まあ間に合わせ程度にと思っていただろうね。」

「でも出来上がってみてびっくり。余りの荘厳さに、日本の大工さんの腕に驚いたのね」

「でもそれが浦上崩れの悲劇を引き起こすのよ」

「何、浦上崩れって?」

「天主堂が立った。神父さんもいる。鎖国もどうやら解かれたみたいだ。と隠れていた信者たちは思ったとしても不思議はないよね。事実そうだったのだから、でもキリシタンが赦された訳ではなかったのよ。でも信者達は禁教が無くなったと思ったのよ」

「それで」

「そこで浦上で潜伏していた隠れキリシタンの代表がここの司祭様の下へやって来て、サンタマリアの像は何処?と聞いたの。それを聞いた司祭さんか日本には厳しい取り締まりによって、信者はもういないと思っていたのに十何人もの信者がやって来た、他にもいるらしいと、驚いた。これは他の国では考えられない事だ、正しく奇跡だと言う事でフランスのみならず世界中に知らされたの」

「良かったじゃないの、世界中に広まったんでしょう?」

「うーん、そこで信者達はもう、お寺には頼らない、葬儀何かもみんな自分たちで執り行うと言う事になったらしいわ」

「まあそうでしょうね、今までがおかしかったのよ」

「まあ、それが役人の知る所になって、けしからん、キリシタンは直ぐ出て来るようにと言った所自分達からぞろぞろ出て来たと言うのよ」

「ええっ、逃げたり、隠れたりしないで」

「結局3千人位の人が色んな地方へ流され、酷い環境の下で激しい拷問を受けて664人の人が殉教したのよ、世界中からの非難を受けて、明治7年にキリスト教の禁止が解かれるまで続いたんだけど、もっとそれが無かったら、きっと犠牲は増えたっでしょうね。遠藤周作先生の女の一生にも描かれているわ、興味があったら読んでみて」

「ふーん、この綺麗で荘厳な教会の裏でそんな悲劇が起こっていたなんて、ショックだわ」

「さあて、ここからグラバー邸、今はグラバー園と言う一大テーマパークみたいになってるから、色んな江戸の終わりから明治時代の洋館が見られるわ」

「わあ楽しみ」

「そうね、楽しみよね」

「あら楽しみでないの?」

「ううん、楽しみよ、珍しいし、綺麗だし。それに景色が素晴らしいわ。ばっちゃんがね、ほらそのオランダ船を引き上げそこなってしまったばっちゃんにとっても大叔父さんの住まいが、この近くの所にあって、子供の頃遊びに行く度に、大きくなったらこんな美しい景色が見える所に住みたいなと思ったんだって」

ばっちゃんの頃は勿論歩いて登る所だったが、今は何と歩く歩道になっていて、観光客にとても優しい。それにモチ屋根付きだ。

何と動く歩道に沿って行き着くいた先は、グラバー邸ではなかった。

三菱旧第2ドッグハウス、所謂昔はお船を作っていた所ね。バッちゃんは昔、本当に昔、小っちゃい頃一度だけ進水式を見た事があり、向こうの造船時からこちらの大浦(今いる所が大浦だ)へ目掛けて、テープが切られたピッカピカの船が嬉し気に(?)進んで来るのだが、それは余りにもでか過ぎた。勢いもある。デーンとぶつかって、みんな大騒ぎ。それからどうなったかはばっちゃんは小さくて記憶は定かでない。うーん、多分それからきっと他の場所か、違う方式が取られたんだろうね。

じっちゃんみたいに、船に関心があれば、そこはとても魅力的な所だろうが、生憎、わたし達は船にトンと興味がない、それに海なし県に住んでいて、船そのものを見る機会もない、増して乗るなんて想像した事もない。

次にお会いしたのが修理中の旧長崎地方裁判所、昔の裁判所だが洋風の建物だからここにあっても何の違和感も感じられない。

次がウォーカー邸。彼はここに暫く住んだ後、その後を次男に譲って日本を去ったけど,その息子の時、戦争中だったので、一人で大きな防空壕を彫り上げたそうだ。勿論原爆投下の時家族はみんなこの中に逃げ込んだけど、彼は逃げ遅れてしまい、外に居て酷い目に遭ったそうだ。白くて綺麗な建物だ。

いよいよリンガー邸だ。

「ほら、建物ばかりに気を取られないで庭や、ここからの眺望をご覧あれ」

「さっきから気になってるよ、すんばらしい景色だもん、あなたのおばあちゃんじゃなくても、ここに家を建てて住みたいと思うわよ」

「全然知らなかったけど、ここのリンガーさんとこの先にあるオルト邸のオルトさんは兄弟なんだって」

「へええ、みんなして押し掛けたんだねえ、こんな東洋の端の小さな国に」

「うんまあ、貿易で大儲けしようと言う考えでやって来たんだろうけど、みんな日本の為に凄く働いてくれたんだ、ありがたいね」

「でもこのリンガー邸、グラバー邸みたいに凝った作りではないけど、如何にも外国の建物と言う感じがするわねえ」

「うん、そうだねえ、この長いテラスに立ち並ぶ柱。そして緑の芝生」

「みんな椅子に腰かけて休んでいるわ」

「わたし達もここの見学が終わったら休みましょう」

内部を見て回る

「ああ素敵ねえ、明るくてテーブルも椅子も食器なんかもみんな素晴らしいわ」

「でも戦争中はここに住んでた夫婦は日本国籍持っていなかったから、直ぐ上海ににげたの」

「良かったわねえ」

「良くないのよ」

「え、どうして」

「向こうで日本の軍につかまって捕虜生活。.飢えを凌いで何とか終戦になり、やっと日本に帰ってみると家の中には、知らない日本人が何人も暮らしていたのよ」

「えー、どうして?」

「敵国の住まいだったから没収と言う事になって、売ったり、貸したりと言う事になっていたんだ」

「わあ、酷いよねえ。でももし手ごろなお値段だったら、お金のある人だったら絶対買うわよねえ」

「そうよねえ、建物はしゃれているし、ロケーションは抜群だもん。何とか取り戻せたけど、夫婦はここへの愛着を失くして、長崎市へ売り渡し、故国へ帰ってしまったの」

一階のテラスから下の芝生に置かれた椅子に腰かける。

持って来たお菓子や飲み物を出して、ちょっと疲れた胃袋を宥めてやる事に。

「次のオルト邸は修理中なんだけど・・・」

「パスしても良いんじゃない?」

「今あなたが飲んでる清涼飲料水さあ、どこの?」

「え、何よ急に。えーっと確かキリン何とかって書いてあったわ」

「ふふん、そうだと思った」

「何よ、その思わせぶりな言い方」

「実はオルトさんは岩崎弥太郎と言う明治の大実業家とお友達でね、組んで色んな事業を始めたんだって。その中に日本で最初の清涼飲料水の会社があるの。それが段々大きくなって、今のキリンビールになって行ったのよ」

「オエ、じゃ、パスする訳には行かないじゃないの、キリンビールの前身を作った人じゃあね」

「うんそれに、ここのリンガーさんとそのオルトさんは兄弟だったのよ」

「あらそうなの、でもどうして名字が違っているのかしら」

「わたしも他の事で気になる事があるから知りたかったけど、不明のまま、御免なさい」

「なあに気になる事って?」

「リンガーさんに娘さんがいて、可愛がって育てたのに、親の反対を押し切って、新聞記者、アジアの事を伝える記者だったみたい、その人と結婚したのよ。子供も出来て、めでたしめでたしだったら良かったんだけど、インドネシアかどこか、彼が記者として働いていた時、二人の中に亀裂が走って離婚。養育費や慰謝料も無くなっって、彼女が仕方なく余生を送ったのが、何とオルト邸だったの。所が書いてる所を見ると彼女は実家のオルト邸に戻ったとしてあるんだ。そこでリンガーさんとオルトさんが兄弟だと言う事が分かって、少しはすっきりはしたんだけれど・・これ以上は書いてないのよ」

「まあ、女の歴史はサブだからねえ、仕方ないんじゃない」

美香はその紅茶を美味しそうに飲み干した。

「鎖国が無くなった事でもう長崎の役目は終わりじゃなかったのねえ、色んなことがここから始まって行ったんだ、この長崎から」

「うんそうだねえ、ここに住み着いた外国人によって、色んな事が持たされ、発展して行ったんだねえ」

「ねえ、おばあちゃんの親戚の人が住んでいた家って何処にあったの?まさか、このリンガー邸?」

「ううんトンでも八分よ、でもこの近くである事は確からしい、ばっちゃんも小さい頃だから、それだけしか覚えてないらしいわ」

二人は改装中のオルト邸の鬱蒼とした外観だけを見て、プッチーニや三浦環の銅像が立っている、所謂蝶々夫人ロードを行く。

「オペラ好き?」

「ううん、全然。でも蝶々夫人の名前は知ってるわ」

「そうよねえ。あのオペラ、歌は素晴らしいだろうけど内容は大嫌い。あれ見てると腹立ってくるの」

「うんうん、ミーツー、わたしも特に出て来る人達の着物の着付け見て吃驚、まるで寝間着みたいにだらしなくて、、見てるこちらが恥ずかしくなるわ」

「あれじゃ、ピンカートンさんじゃなくても逃げ出したくなるわよ」

「モデルはいたのかしら?」

「色々あるらしいけど、グラバーさんの男の子を生んだますさんと言う人が何時もアゲハチョウの紋付を着ていたからお蝶夫人と言う名が付けらたとも言われているけど、別にグラバー氏がイギリスに帰った訳でもないし、その後つるさんと結婚しその男の子を引き取って育てているわ」

「そこの所を原作者が自分たちに都合よく、面白おかしく曲解して書いたのかも知れない。日本の女はそんなに柔ではではないわ、シーボルトの奥さんになった小滝さんの場合を見てごらんなさいよ、女の子が生まれたけど、他の日本人と結婚して、確か子供も出来たような記憶があるわ」

「あー聞いた事あるわ、その女の子オランダお稲って呼ばれていたのよねえ」

「そうよねえ良く判んないけど、医者、産婦人科の医者になったと言われているわねえ」

地面を見る。

「あここが日本で最初のアスファルト道路なんですって、そう書いてあるわ」

「へえ、そうなんだ。思わぬところで日本で最初と言うのにぶつかるのが長崎なんだ」

「あ、美香ちゃん、良い事言うわねえ、うちのばっちゃんが聞いたら喜びそう」

大きな建物にぶつかる。

「ええっと、ここが自由邸と言う休憩所よ、何か食べる?」

「うん、伯父さんから貰ったお小遣い、にしては余りにも大金だけど、なるべく手を付けないで帰りたいけど、ちょっと贅沢しても良いかなあ」

「ここで食べるくらい贅沢なんてもんじゃないわ、食べましょ食べましょ」

ここにはちゃんぽんがメニューに書いてある。見渡せばそのちゃんぽんなるものを口に運ぶ姿が見受けられる。私たちも迷わずちゃんぽんに決めた。お飲み物はお茶。それに歩いた所為で熱くなっていたから、ばっちゃん推奨のミルクセーキなるものも頼んだ。

本当だ、東京で出て来るミルクセーキとは全然違うもので、とてもリッチな味がして美味しかった。美香も同様に感じたらしい。

「ミルクセーキってこんなに美味しかったの?一度向こうで頼んだ事あったけど、全然美味しくなかったので、それ以来頼んだ事なかったわ」

「さていよいよグラバー邸ね。この間行った一本足の鳥居をも少し先に行くとね、坂本国際墓地があって、船が沈没して亡くなった人とか、故国に帰れないまま病没した人とか色んな人達のお墓があって・・」

「うんうん、そこと今度行くグラバーさんとどんな関係があるの?」

「そこの端の一番高い所に・・」

「一番高い所に何か秘密が隠されているんだ」

わたしは少し笑った。

「そうね、謎だったのよねえ、ここに来る前、グラバー邸に行こうとして、あれやこれや調べている内に謎が解けたのよ」

「へえ、どんな謎?」

「この間、ばっちゃんがひいばあちゃんの納骨式に行った帰り、この国際墓地を見学しようと言う事になったそうよ」

「フンフン、それで謎めいたものを見つけたんだ」

「あ、この人は病気で亡くなったのね、とかこの人たちは船で亡くなったので集団でお墓がある、綺麗にデコレートされたお墓が結構多いんだって」

「へええ、何だか行ってみたくなったわ」

「こんどの旅ではそこには行かなかったけど浦上天主堂の近くにある如己堂で、自分も原爆の影響で病気になり亡くなった永井博士の一族の墓もあるのでお参りして来たとか言ってたわ」

「この子らを残して何か書いた医者で、原爆の落ちた後、被爆した人たちの治療ん奔走した人でしょう」

「うん、良く出来ました。奥さんも被ばくで亡くなって幼い子供たちを気に掛けながら亡くなったの。でもそのお子さん達も原爆後遺症で若くして亡くなってしまわれたの」

「そうなの、そこまでは知らなかったわ」

「で、そこまでは良かったのよ。上の方も見学しようと言う事になって・・」

「いよいよ謎の物を発見したんだ」

「うーん、まーそう言う所かなあ」

「早くその発見した物を言っちゃいなさいよ」

「上の方へ登って行くとね、あったのよ、こんな所に倉場さん一族のお墓が」

「えー、倉場さんてグラバーさんの事?」

「そう、ここのグラバー邸のグラバーさん、日本名倉場さんのお墓」

「謎ってどうしてこんな所に倉場さんのお墓があるかと言う事?」

「あ、そう言われればそれも謎だわね、うんこれは調べてないわ、御免なさい」

「じゃあってなに?」

「うん、綺麗に手入れされてて、立派なお墓だったらしい、らしいと言うのは他の事はうろ覚えだからなの、倉場さんには子供が二人、一人が男の子でますさんの子でつるさんに育てられた倉場富三郎と言う人よ、もう一人はつるさんの子で女の子。この女性は米国に行って、子供が生まれ、子孫が今も4人ばかりおられるそうよ。問題はその倉場さん、和香さんとか言う女性と結婚したけど、子供はいないの。和香さんは私が調べた所同じ墓地に眠っているらしい。彼女の方が早く亡くなっているのよ。富三郎さんは大戦が始まるまでリンガーさんが起こしたリンガー商会で働いて、ここに来る日本の若者を可愛がって日々過ごしていたとか書いてあったわ」

「一応、それまでは幸せだったのね」

「そうよね、そう思いたいわ。でもそのお墓に刻まれていたのは・・」

「え?なあに、病名がかいてあったんでしょう?」

「死亡した日にちが書いてあったらしいけど、良く覚えていないの。兎も角戦後すぐの事だったと言う事で、自死したと書いてあった」 

「えー、自死って、自殺したって事なの」

「それからと言うもの何故彼が自殺をしなければならなかったのか、ばっちゃん、それを思い出す度気になって気になって、仕方がなかったそうよ」

「で、原因をあなたは当然調べたのよねえ?」

「モチ、調べたわよ、今回長崎に来るに際してねえ。長崎の恩人の一人だもん」

「うんうん、でその自殺した原因は?」

「一先ずグラバー邸に行きましょう、その方が良く判るわ」

わたし達は立ち上がってグラバー邸へ歩を進めた。

「うわー、リンガー邸の庭も素敵な眺望だったけど、このグラバー邸の眺望は又格別に凄いわ」

「高い木もないし、庭も花壇はあるけど殆ど芝生だから、こっちの方が未透視が良いわ」

「そうね、港は迫っているし、向こうの山も海だって遠くまで見える。左手には長崎の町、こちら側の山も良く見えて、桜が綺麗・・あの鉄鋼や船が見えてるのは、あれが伯父さんが昔勤めていた造船所ね」

「三菱造船所よ、本当に良く見、見え過ぎるくらいにね。倉場富三郎さんは、日本で同じハーフの女性と結婚したのね、わかさんと言う名前の。二人共ハーフだったけど、日本が大好きで着物を好んで着てたそうよ」

屋内には椅子やテーブルが並べられている。ここで親子4人で暮らしていた時は、さぞ楽しかったろうと想像してみた。

「彼は大きくなってリンガー商会で働いていたのはさっき話したわよね」

「この同じ園内にある?」

「ふーん、商会はこの下あたりにあったんじゃないの、レンガ倉庫のあるあたりに。日本語も英語も得意な彼は重宝がられて殆どを取り仕切っていたんじゃないのかしら」

「まあそうよねえ」

「でも不幸の足音が忍び寄って来る。そう戦争が、第2次世界戦争が忍び寄って来る。彼は心から日本を愛していたのよ、だから日本男子として徴兵されたいと思っていたんだけど、されなかった。されない所か時にスパイと疑われる事もあったの」

「まあ、酷い」

「ほら、庭から造船所、丸見えでしょう?戦艦武蔵が作られたとこなのよ。その武蔵が丸見えなの」

「うーんそれは少し拙い」

「スパイ容疑は一応晴れたけど、何時も監視されていたみたいとか」

「それを苦にして自殺?」

「まさか。1945年8月9日、この長崎に原爆が投下されたのは知ってるわよね」

「うん、チャトラーを保護した日に資料館や一本鳥居も見学したからね」

「彼はショックを受けたの、愛する長崎の町を、愛する長崎の人達を破壊し、殺戮しつくした人間が、自分の体の半分流れている者達なんだと。彼は悩みに悩んで、莫大な遺産を長崎の復興の為尽くしてくれるよう、そのほかにも魚か何か生存中に画家に書かせたものはその関係に寄付してから自殺したの」

暫く二人に声はなかった。二人の周りを長崎の、この南山手の柔らかな風がふいて行った。

もう一度建物を振り返る。瀟洒な建物、グラバーさんがつるさんと二人の子供たちと過ごした家、その後富三郎さんと同じハーフのわかさんと過ごした家、わかさんが亡くなった後、一人で過ごし、自殺してしまった家。

そう言ったものを噛みしめながら、わたし達はこの有名な、お蝶夫人の舞台にもされたこの屋敷を見学した。

「さあ、この下に日本庭園があるからそこで少し休んで、孔子廟、崇福寺、興福寺、眼鏡橋と回るわよ」

「うん、ご馳走が多すぎて消化するのが大変だわ」

「西洋だけじゃ東洋に申し訳ないと思わない」

「でも中華料理も食べたし、ほらさっきだってちゃんぽん食べたわ」

「まあそうだけど、そのバックボーンなるものを知らなきゃいけないって思わない?」

「ヘヘヘ、少し疲れたのかな?」

「予備日にしても良いのよ、猫がいるから伊王島には行けないし、土産物等、荷造りして下の郵便局から送れば良いだけ、後はフリーになってるんだから」

「良いよ良いよ、今日の予定は今日の内に片付けましょう」

「うん、そう来なくっちゃあわが友よ」

「じゃあ、早く日本庭園を見て次のステップに参りましょう、わが友よ」

「そうしましょうそうしましょう」

鯉が遊泳している日本庭園は洋風の建物を見て来た目には一種の眼福だ。勿論グラバーさんやリンガーさん達にとっては目の前の様式庭園にも心が覚められただろうが、もし当時からここが整備されていれば、より、心落ち着く場所であったろう。

レンガ倉庫通りも見たいと言う美香の希望も入れて下へ降り、そこから少し歩くことになるが、孔子廟へと向かう。

如何にも中華好みの孔子廟に着いた。ずらりと両脇にに並ぶ賢人像の間を通って本堂へ向かう。

「ここには悲劇は隠されていないわよね」美香が問う。

「うん、ここは詳しく調べてこなかったから、全然悲劇の匂いはしてないわよ」

「ちゃんぽんの心温まる話みたいのだったら嬉しいけど、さっきの場所は景色は明るくて美しいのに、浦上崩れとかグラバー園に暮らした人の悲劇とか、あのロケーションとは全く裏腹の結末が隠されているんだもん」

「そうねえ、日本の政治にもてあそばれた悲劇と言えばいいのかしら。ここもと言うか、中国の人達にも戦争中は色々あったんでしょうが、彼らは彼らなりに生き延びたと思うわ。実はここは別の所に元々建てられていたの。ここに建て直されたのが1967年なの。ここらあたりが何となく匂うわね。前の孔子廟にあった門か何かが1959に興福寺に移されたとも書いてあったわ」

「でもそれは戦後の事よ」

「うんそうだね、ま好いじゃないの、もっと賢くなれるように、早くお参りしよう」

その後、北京故宮博物展示場もしっかり見学する。

「昔、ばっちゃんが来た時は兵馬俑が展示されていて、圧倒されたと言ってたわよ」

「へー、兵馬俑ねえ」美香が真面目腐って冗談を言ってると思って、わたしは吹き出した。

「え?何がおかしいの?」

「あら、美香ちゃん、冗談言ってるんじゃないの?」

「何も言ってないわよ」

「それならいいのよ、次行こう」

そこからまたかなり歩いて、赤寺として有名な崇福寺へ向かう。

ここは入口の所で写真を同じ観光客の人と取り合う事にする。

「独特の門よねえ、こんなのまがたま市では見る事はないわ」

「でもさ、近くの西川口には中国人街が出来てるって話だから、そのうち出来るかも知れないわ」

「そうか、ここ中国人のお寺なんだ」

「そうよ、旧の、本当の旧のお盆には大勢いの中国人がやって来るんだって。女性たちは着飾って、それは綺麗だったって、ばっちゃんが言ってた」

「そう。ここにお墓のある中国人が集まって来るんだ」

「ご馳走がねわんさか乗せられている台が幾つも並べられ、見ているだけでお腹いっぱい」

「へええ、ご馳走がねえ、食べられるの?」

「ご馳走は本物よ、豚の丸焼きとかもあって、ばっちゃんはそれは頂けないと思ったらしいわ」

「うん。日本人にはそれが丸ごと乗ってたらビビるわよ」

「それと・・これは本物じゃない金紙銀紙で作った金山銀山が作られていて、最後の三日目の夜には燃やされるの」

「お祭りの最後を飾るショー、最大の見せ場ってとこね、あ、長崎は8月15日の盆祭りも有名よね、精霊船の行列、あれって最後に燃やすんだよね」

「あれは新盆の家が舟を作って、西方丸って船の舳先かなんかに書いてあって、死んだ人が無事に西にあると言う極楽浄土に行けるよう願って、昔は海に流したらしいけど、その後の海の清掃が大変なので、海の近くのお炊き上げ場で燃やすようになったの」

「どんなに豪勢な作りでも燃やしちゃうわけ」

「うーん、提灯何かは持って帰るらしいけど、船そのものはどんな大きなものでも、豪華な物であっても燃やすらしわ、一夜の夢、花火みたいなものよ、多分これもそしてお宮日も、こんなに派手にやるのは、キリシタンへの向こうを張る意味と、我々はキリシタンではないですよと言うパフォーマンスが含まれていたのよ。諏訪神社の宮日の前には、今はどうだか知らないけど、踊り町になった所は、庭見せと言って住居やお店にその年の出し物や奉納の品物を飾って、みんなに見せる風習があったらしいけど、これも我が家はキリシタンではありませんよと、みんなに公開するものだったらしいわ」

「それだけ長崎には隠れキリシタンが多かったって事なのね」

お寺にお参りし見学を済ませて出口に向かう。

「あら、ここには普通の家みたいのが何軒かあるわ、ご住職さん達が住んげらしゃるのよね」

美香が何気なく呟く。

「あ、それで思い出した」

「え、何を思い出したの?住職さんと知り合いだったとか?」

「ううん、どういう訳かは謎だけど、わたし達の今いるうちの川のある方の隣に家があるでしょう?」

「うんあるわね」

「ばっちゃんが小5の夏にあの家に引っ越ししたの」

「あそこに?」

「そう、今では車所かバイクも自転車もいけない所に引越ししたの。まあ、その頃は歩くのは何でもない事だったんでしょう、先見の目がなかったと言えばその通りだけどさ」

「で、それとこことどういう関係があるの?」

「それでね、秋になったの。その隣の家の庭にオレンジ色のコスモスが咲いたの」

「うん、オレンジコスモスとは言わないで、き花コスモスって言って、珍しがる人が多いわ」

「ええ、子供だったばっちゃんは珍しいとも思わないで、あ、これ、オレンジ色のコスモスねと言ったら

隣のおばさんがこれは普通のコスモスとは別の種類なのと言ってその名前を教えてくれたのか今となっては不明なの。それからうん十年,ばっちゃんおったまげた、新聞見たらそこの人達はもういないけど今も多分、こぼれ種で細々と咲いてるであろうあのオレンジ色のコスモスが、大々的に取り上げられているじゃないの。新聞によれば、中国の奥地で見つかった新種のコスモスとか、嘘だあ、もう何十年も前から、日本に存在してるのに、誰も声を上げないままここに至ってるんじゃないの?って。で、ここを通りかかって思い出したの、お隣さんは何故か、お隣さんだけでなくその親戚もこの目の前の建物に住んでいたと言うのをばっちゃんは聞いていたの。まあ戦後、住む所だって住めれば良いって感じだったから、その訳は聞かなかったらしい。でそのキバナコスモス、もっと薄い本当に黄色い色をした物も出回ってるけど、戦後の日本人にはオレンジの色の方が鮮やかで華やかだから、もしかしたら両方がここに植えられていたのを、おばさんはオレンジの方の種だけを持って行って植えたのよ」

「どっちみち、今持てはやされているキバナコスモスは新種じゃなくて、ずーと前からこの長崎には存在してたのね」

「そう言う事。さあ次行こう」

「次、次って何処?」

「大分ばてた見たいね、うーん、明日のことも考えると、興福寺は止めて眼鏡橋を見て帰りましょうか?」

「賛成ー、そうしましょうそうしましょう」

「どっちみち、歩くけどね」

「帰ったら競歩のクラブに入ったりして」

「あ、あれは辛い競技よねえ。選手のみんなには頭下がるけど、わたしは絶対にやりたくないわ」

「ミーツー。バレー部の方が数倍いいわ」

昨日、大伯父さんと歩いたアーケードの途中まで引き返し、真ん中の観光通りと言う方のアーケードを通り、仲通り商店街悪く。女の子には魅力的なお店も所々に点在する。

「少し見て行く?」

「もちもちよ」

小さなお店は二人が入れば、もう、満員御礼と言う所。

「わたしこれ欲しい」

「あ、猫のキャンドル立とキャンドル。可愛いわねえ、わたしも」

「駄目!あなたにはチャトラーがいるでしょ、わたしだって、猫欲しいのよ。だから今回はわたしがこれをもらうの」

「そうか、そうだね。じゃあ私はこっちのちび七福神にする」

「あ、それも可愛いわね、玄関に飾るのにピッタリ」

そのほか武志君沢口君敦君に船や飛行機、列車などの木のミニモデルを買う。

「ボーイフレンドが多いのも大変ね」美香が呟く。

「あーらあなただって武志君に買って行ってやったら、彼、泣いて喜ぶわよ」

「うーん、如何しようかな?真理には負けるかも知れないけど、少しは投資しとくか・・じゃあ私はこの青いミニカーにしよう、木製のね」

支払いを済ませ喫茶店に入る。

「あー、何だか疲れた。真理は疲れないの?あれだけ喋り通して、こんなに歩いたのに平気な顔してる。さすが地獄の体力増強演劇部の部長だけある」

「元部長ね、うん、本当に体力ついたわ、山岡先生には感謝してる、ありがたいありがたい。こんなこと言うなんて3年前には考えもしなかったわ」

クリームソーダーを二人とも頼む。

「わたしだけだ・・」香奈が突如として声を上げた。

「何がわたしだけなのよ」

わたしは驚いてクリームソーダーをこぼしそうになった。

「仲間の中で将来の事、なーんにも考えていないのは私だけだと思ったのよ。武志君は医学の道を志す。敦君は役者として生きて行く。千鶴ちゃんは卓球に青春をかける。モチあなたも医学か薬学に入って研究者の道を進む。健太君と睦美ちゃんはテニスに汗を流す。あ、それから沢口さんはバスケットの選手、篠原さんは女優になる積り。でわたしは?なーんもないの、何にも目指すものが何にもないの」

「でもわたし達の仲間が偶々、夢追い人が多くてそうなってるのよ、普通は美香ちゃんみたいに、何にもないのが普通なんじゃない。それをこれから見つければ良いんじゃないの?」

「そ、そうかな、これから何か見つかるかな?」

「見つかるに決まってるじゃないの、美香ちゃんならきっと素敵な夢、見つけられるわよ」

「うーん、そうだと好いけど・・わたし、これ迄ボーっと生きて来たから、もしかしたらこれからもボーっと生きていくかもしれないわ、そしたら真理ちゃん、発破かけてね」

「ボーっと生きて行くのも一つの人生よ、あくせく生きるだけが人生じゃないもの」

「わたしはちゃんと生きたいの、目標を立てて、それに向かって一生懸命努力をする、みんなみたいに。

だから時々わたしに声かけてよ、美香何か目標見つけた?とか、頑張ってる、目標に近付いた?とか言って欲しいの」

「ええ良いわよ、ちゃんと声かけるわよ。でももう嫌だと思ったら、その時はもう止してと言って頂戴」

わたし達は店を後にして眼鏡橋の見える所までやって来た。

中通りは狭く小さなお店がぎっしりでまるで倒れ掛かる感じだったが、ここは川を挟んで広々感じる。

思いは美香も同じらしく、大きく伸びをしてる。

「今の通り、如何、昔から続く通りで道幅も全然変わっていないんだって」

「あれはあれで何か心温まる感じがするわ、昔の商店街ってあんな感じだったのね」

「そうでしょうね、その頃のことは知らないから何とも言えないけど」

「でもここは清々するわねえ、川もだけど柳の感じが素敵だわ」

「ここから写真撮りましょうよ、眼鏡橋の上からじゃ眼鏡橋自身の写真取れないわ」

「うん、ここの端からの方がはっきり眼鏡橋って判るわ」

「じゃあ、ここからの写真は一人ずつ取る事にしましょうか、眼鏡橋が眼鏡になっている所を入れて」

写真を撮り終えるとみんなと同じように川へ降りて行く。グラバー邸にもあったハート石を探す人が多い。二人は余りハートには興味を惹かれない方だから、それを見つけてキャーキャー言ってる人の気が知れない。

「ここが作られた当初からハート石ってあったの?」

「江戸時代に?まさかね、ここね今から40数年前、大水害があって、この中島川がその悲劇の舞台ともなったのよ。一晩に約300人の死者と行方不明者を出す大洪水だったの。その時、この川に架かってる石橋も大部分壊れてしまったの。それで護岸工事が行われ、その時遊び心でハート石も入れられたのよ。元々この石橋は、行かなかったけど、興福寺の黙子何とか言う禅宗のお坊さんが中心になって描けたものだから、元々そんな物とは縁がないの」

一しきり見学した後、ここにも売っていた屋台のアイスを買い、嘗めながら電車通りに向かう。

電車を降りて、今晩と明日の朝の入用な物を買って帰る。

 ハウステンボスは佐世保にあるので、結構面倒なのだ。バスで行ければ良いのだが、飛行場からしか出ていないようなので、乗り継ぎで行くしかない。

「乗り継ぎで行くのってホントに面倒よね」

「うんしかも新幹線を使うと、すっごい割高感あるわよね」なんてぶつくさ言いながら翌日ハウステンボス駅に降り立った二人。

しかし流石パスポートなるものを受け取り中に入るとそう言った不満はぶっ飛んだ。

先ずは二人の心を捉えたのは風車を背景にしたチューリップ畑だ。

「わたし、チューリップの花大好きなの、可愛くって明るくって、如何にも春が来たよって言ってるみたいだもん」

「ミーツー。わたしも大好き。絵が画けるならこの景色描きたい位よ」

「あら、そうなんだ。じゃあ写真何枚か取って、気に入ったのわたしで良ければ今度の旅行に付き合ってくれたお礼に描いてあげるわ」

「ええっ、本当。真理ちゃんはお母さんの血を引いてるから、絵、凄く上手いのよね」

「ハハ、その代わり、字は物凄く下手だけどね」

写真タイムが終わるとアトラクションゾーンに行く。春休みなので結構にぎわているので中々お目当ての所に入場するのに時間がかかる。やっと二つ体験した所でもうお昼になってしまった。

「でも街並みが綺麗だわ、これを見ているだけでも来たかいがあったと言うべきなのね」

「でも、あの大観覧車と3階建てのメリーゴーランド、遊覧船は絶対乗りたいわ」

先ずは腹ごしらえ。たっぷりのチーズを使ったスパゲッティーと紅茶を頂く。

「メリーゴーランドは3階には中々乗れないいじゃないの」

「うーんそれは言える、誰もが高い所が好いもんね」

「でも乗る?」

「並んでる人が多かったら2階にする。そこも多いようだったら諦めて、観覧車にしよう。でも遊覧船は絶対乗るわ、どんなに行列作っていようと」

「うん、そうしよう」

先ずはメリーゴーランドだが3階絵の規模者が圧倒的に多くてとても無理な状態。でも2階への希望者はちょっと待てば乗れるようだ。

一つクリア、と言えるかは疑問だが、まあ良しとしよう。だってわたし達、もう直ぐ高校生なんだもん

次は大観覧車だ。どちらかと言うと高所恐怖症である真理としては、少しひるむ気持ちもあるが、「太陽には高所恐怖症は存在しない」と言われ、少しは治ったような気もした。が,中々どうして、そんなに簡単に治るものではないのだ。でも相棒の香奈棒の為にここは意を決して乗らざるを得ない。

うん、でもハウステンボスの全容がここからははっきり眺められる。ま、高所恐怖症が無ければもっと余裕をもって楽しめただろうにと、残念な気持ち交じりに眺めやった。

第二ミッションこれは完全クリア。

さてさて次が一番難関クリアだ。うわー並んでる。二人だもん交互に休み休み並ぼうか。

待つ事1時間少々。美香曰「ディーズニーランドの人気館なんてこんなもんじゃないわ」ライフジャケット着て船に乗り込む。

成程西の人気ランドの呼び物だけあって、ふと他所の国を旅行してる気分に襲われる。でもその夢の時間はたちまち終わってしまった。

「うーん、待つ事長く、乗ってる時間は短し」また美香が名言を吐く。

「まあ、後はこの足で歩いて補うしかないのである」私が補った。

もう一回乗りたいとぐずる美香のお尻をひっぱたいて歩いて街並みや、豪華なホテルを見て回る。

「別に船上からの景色だけが外国旅行の気分になる訳じゃないわ、こうして歩いてこそ外国旅行気分になれるのよ」

「それはそうだけど、船上から見る町と、こうして歩いてみる町の眺めでは随分印象が違うのよどうしてかしら」

「それは言える。でもこんなホテル、一度で良いから止まりたいなあ、ため息が出るわ」

「ミーツー、ミーツー。わたしも止まりたい。そしたら花火やこの町の夜景を楽しむことが出来るのよ」

「まあ、それはわたしとではなく、リッチな彼を捕まえるか、あなた自身がリッチマンになってかなえる事ね」

「もう一つあるわ、真理がリッチマンになってわたしを招待してくれる、如何そんなプラン?」

「わたしは地味ーな科学者になるのよ、その夢はもう既に消えている。そんな事よりこの奥に作られたハウステンボス城に行って見学してから帰途に就きましょう。決して張りぼてじゃなくどこかのお城とそっくりに作られているんで、重厚な感じの建物と言う噂よ」

ホントだった、それはおとぎ話に良く出て来るよなものではなく、がっちりと、堂々としてわたしの心を打つような建物であった。

「わたしはこう言ったお城の方が好きよ、見た目だけより人がちゃんと生活できる城じゃなくちゃあね」

「うんまあそうだねえ。それにしてもお金かかったろうね」

「ハハ、美香ちゃん随分現実的な事言うのねえ」

「うん、昨日の今日だからねえ。わたし、大人になったのかな?」

わたし達は周りの人達が吃驚する程、ゲラゲラ笑いあった。

「さあ、チャトラーが首を長くして待ってるぞ、早く帰ろう」

『ええっ、もう少し居たいなあ」

「お土産買って帰るのよ、帰りも同じかも少し時間かかるかも知れないわ。大人になったんなら分かるでしょう?」

「あ、こんな所でそれを言われるとは思わなかった」

 その翌日は予備日、本来なら硫黄島へ行く予定を取りやめ、土産物の買い出しや、不要な物をなるべく宅急便として送るべく奮闘すべき日に当てた。それにずっと構ってやらなかったチャトラーへの侘びの日でもある。それにもう一つ、長崎の夜景を見る予定もある。

そのおかげで慌てる事もなくゆったりとした気持ちで帰り支度が出来、下の電車道理にある郵便局で荷物も送れた。

「これでチャトラーが居ても帰りは大丈夫だよね」

「うん友よ、いざとなれば私がいるよ」

「おお、頼れるわたしの友よ、いや、冗談ではなく美香ちゃん、頼りにしてるわ」

「任せなさい!多分大伯父さんはその為に、大盤振る舞いをして呉れたんだろうから、美香、張り切って手伝うわ」

「いや、伯父さんにはそんな事で大盤振る舞いをしたんじゃないわ、本当にあなたがわたしと一緒に来てくれたのが嬉しかったのよ」

「ヘヘ、うん判ってるよ、ほんとにすんばらしい大伯父さんだよね。その為にも美香、張り切らざるを得ないじゃない?」

「わたしは良き大伯父と良き友を持って幸せ者だ、と心から思い感謝するよ」

夕方近くになった。

「海に沈む夕日と夜景を見なくちゃあ、長崎に来たかいがないわよ。チャトラーまたしばらくお留守番、御免ね」と言い残し稲佐山の麓からロープウエイに乗ると、稲佐山の山頂へ一飛び。未だ日没には時間があるようで、ほっとした。

段々染まって行く空と海。

「綺麗ねえ」

「綺麗だね」と言う言葉しか今はない。

真っ赤な太陽がその海を赤く染めながら沈んでいく。

「ほら後ろを見てごらんよ」わたしは美香に囁いた。

「え?あ、こ、これが長崎の、長崎の夜景なのね」

「ばっちゃんはね、あの山の上に立つホテルからこの夕焼けを見たんだって。未だ夕焼けが残るこちら側の空と海、稲佐山を挟んで浮かび上がる夜景、今もその美しさが忘れられないと言ってたわ」

「うん、綺麗だったでしょうねえ」

わたし達はその後、夜景をたっぷり堪能した後、又ロープウエイで下山し、愛しのチャトラーが待つ、坂本の家へ戻って行った。

勿論帰宅後はチャトラーと遊び、家の点検をし、スマホで明日の大体の東京到着時間を伝える。父か母の何方かが迎えに来ると言う。普通なら「そんなの要らないよう」と拒否する所だが今回はチャトラーがいる。喜んで迎えを受け入れよう。

「チャトラー、明日は長旅になるんだ。その間、ずっとキャリーバックの中で過ごさなくちゃならないんだ。チャトラーは良い子だから我慢できるよね、解る?」

するとそれ迄球とって遊んでいたチャトラーは球を取るのをやめ、わたしの顔をじっと見つめていたが、最後にニャーと鳴いた。

わたしと美香はそれを聞いて「おお!」と声を上げた。

「猫は結構人間の言葉を理解してるもんだ、一般に考えられているより、ずっとずっとね」 とばっちゃんが言ってた通りかも知れない。 

 翌日朝早くの出発。教えてもらった通りにマットの上にシートを2枚重ねてその中にチャトラーを入れる。電車の中ではスカーフをかけた方が良いらしいが、今はその必要はないだろうとそのまま持ち上げる。美香がカギをかける。出発だ。お世話になった家と、その家で過ごし死んで行ったもの達にさよならの挨拶をした。

長崎新河川が出来て便利になったのか、反って不便になったのか、人によってまちまちだろうが、小荷物の多い人間にはとても不便だ。せめて博多まで乗り換えなしで行って欲しい!

キャリーバックと猫用を入れたキャリーボックスを抱え、もし美香がいなかったらもっと大変だったろうと思う。

兎も角博多で東京行の新幹線に乗り込む。人間もほっとしきっとチャトラーもほっとしてるに違いない。

「あーこれで暫く乗り換えなくて大丈夫だよチャトラー,暫くお休み」

やっとその時気が付いてスカーフをかぶせてやった。

「すっかり忘れていたけど、チャトラー、暴れもせず泣きもしなかったわ」

「うん、チャトラーって本当に利巧なんだね」と美香も感心する。

「わたし駅弁買ってくるわ、同じもので良い?」

「うん、お願い。長旅だからお弁当必要よね」

チャトラーはわたしの足元へ置いた。

「はいお弁当。これで良いかしら?」「ええ、美香が美味しいと思うものはわたしも美味しいのよ」

「フフ、そうね、真理は好き嫌いないのよね?」

「うん何でも食べられると言って、ゲテモノは駄目だけど」

「ねえ、わたし達はこれで良いけれど、チャトラーはお腹空かないかなあ。少し、心配よねえ」

「うん、喉が渇いて熱射病にならないか、その方が心配」

「ふーん、この間みたいに深い器が有ったら、お水入れて上げようか」

「小さくて少し深い皿ねえ」わたしは考える。それらしき物を持ち合わせていない。

目の前を紙コップを持った人が通る

「あれだー」二人は同時に叫んだ。

そうそう荷造り用に買ったガムテープが残って、バックの中にそのまま入れて来たんだった。

美香が水飲み場から持って来た紙コップの外側を良く吹いて、キャリーボックスの中にカップをガムテープで固定する。ついでにドライフードもほんの少し入れてやった。

「チャトラー、辛いけど頑張ってね。喉が渇いたら我慢せずに飲んで頂だい、熱中症になったら大変だから」

彼に通じたのか通じなかったのかは不明だが、彼は何時もの様に大人しく入れられた水を少し飲み、又眠りの姿勢に入った。

「ホントに良い子を拾ったわねえ」

「うん、何しろ天主堂の下、しかもアンジェラスの鐘が鳴っている時に現れたんだもの、ばっちゃんに言わせれば神様からのプレゼントだよね」

「神様からのプレゼントか、言えてる」

列車は東京を、目指して突っ走る。勿論その前に大阪があるが、ここを過ぎれば、あと一押し、頑張れ、わたし達、チャトラー。

その東京にやっと着いた。若い身空でこのくそ長道中座りっぱなしは身の毒だった。まあ途中、富士山が見えたのが、大いなる心の慰めになったのは言うまでもない。

新幹線の出口を出ると、何と真理の両親と美香のお母さん、三人がニコニコお出迎えだ。

「えー、二人とも来たの」

「あら、わたしのお母さんまで?電話の時迎えに来るとは言わなかったのに」

「まあ、たまには脅かしてみたいと思ってさあ」と父が言い訳を述べた。

「まあいいや、ほらこれが一番の土産、チャトラーよ、でも大きい声は厳禁よ、猫は大きい声には弱いんだから」

「まあまあ、何時から猫博士になったのかしら、大丈夫よ家まで静かに大事に大事に運ぶわよ」

と、母がチャトラーのキャリーボックスを受け取った。

「じゃあ我々がキャリーバックを引き受けるか」と父と美香のお母さんがバックの係。赤羽まで東京上野ラインに乗り赤羽で我々の住む六色沼まで運んでくれる、愛しい電車に乗り換える。

「もうここまで来れば一安心ね。スカーフ、そっと外してみたら?」

皆交互に覗き込む。

「可愛い!」

「大人しいのね」

「ねえ、お母さんわたしも猫、飼いたくなちゃた」

「こんなに大人しいんなら飼っても好いかも。まあ善処しましょう」

「えー、政治家みたいな事言って。ホントにほんとによ」

和やかな笑いに包まれる。

六色沼に着く。

「ああ、これでチャトラーに遭えないと思うと、わたし駄目、これがペットロスと言う症状なんだわ」

嘆き悲しむ美香を、美香のお母さんが宥めすかして、家に連れ帰ろうとするが、中々美香、諦め切れない。

「美香ちゃん、何時でも着て良いのよ、我が家に。少し、いやあ、随分散らかっているのを我慢してくれれば、何時でも着て良いのよ。全然お構いしないけど、その方が美香ちゃんだって、気兼ねなく来れるでしょう」

美香もこの母の申し出に納得して、チャトラーに別れを告げ去って行った。

「うん、もしかしたら俺も明日から、チャトラーとの別れがつらくて、大学行けないかもなー」

「ええっ、お父さん、そんなに猫好きだったの」

「モチだよ。本当は猫の運び人の役、一人でやりたかったんだ、ハハハ」

わたしと母は顔を見合わせ、それから大きな声で3人で笑った。

チャトラーだけがまだ狭いボックスの中でその声に驚いていた。

      わたしと時々妄想ばっちゃんの日々 番外編1 終わり












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