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サンタがやってきた

作者: はやはや

 サンタさんって絶対いるよ。


 高校生になった今でも私はそう信じている。白色の艶々した長い髭。赤い帽子に服。大きな白い袋を持って、トナカイの引くソリに乗ってやってくる。

 これだけ具体的に思い描けるのだから、サンタさんは絶対いるのだ。

 さすがにプレゼントはもらえなくなってしまったけれど。



 友達のようちゃんは「サンタクロースはいる」と主張する私を笑ったりしなかった。


早春さはるがいるって信じているなら、きっといるよ」


 と言ってくれた。

 葉ちゃんはとても大人っぽい。背中の半分くらいまである長さのロングヘアは、カラーリングをしていないから光沢のある黒色。

 メイクも必要最低限もしくは、ノーメイクの日もあるのに、肌はゆで卵のようにつるりとしていて、目鼻立ちもすっきりしている。美人っていう言葉は、葉ちゃんのためにあるんだなと思う。

 

 そんな葉ちゃんとは、この春、高校に入学して出会った。頼りなくて空想の世界に入り浸りがちな私を、側で見守り支えてくれる。葉ちゃんのことが私は大好きだ。



 *・゜゜・*:.。..。.:*・'(*゜▽゜*)'・*:.。. .。.:*・゜゜・*



 高校の最寄り駅前に新しく雑貨店ができたのは、十一月の初めだった。まだ、開店していない時から、私はその店が気になって仕方なくて、窓越しに店内を覗いていた。


 パステルカラーの店内にちらちら見えるのは、文房具とか、ランチボックスとかアクセサリーとか、靴、ワンピースといったものだった。


 早くオープンしないかなぁ。オープンしたら葉ちゃんと一緒にこようと私は心に決める。扉の前の張り紙で、来週オープンするとわかったときは、誕生日プレゼントをもらった子どものように、胸がわくわくした。


 そして、オープンの日。葉ちゃんに「一緒に行きたいお店があるんだ。雑貨屋なんだけど」と話すと、葉ちゃんは「いいよ。行こう」と言ってくれた。

 早速、下校途中に寄る。温かみのある木の扉を開けると、優しい色合いのライトで照らされた店内が目に入った。棚や壁にいろんな商品が陳列されているのに、雑多な感じはしない。


「いらっしゃいませ」


 女の人の声がした。私は手前の棚から順番に商品を見ていく。ワンポイントの動物の刺繍が可愛いマフラー。ざっくり編まれた温かい赤色のニット。棚の下にはボアブーツが並んでいた。

 次の棚はランチボックスや水筒。スープを入れる容器もある。小ぶりのものから、一般的なサイズまで揃っていた。その向かいの棚にはアクセサリーやキーホルダーがあった。

 手のひらに収まるくらいの大きさの、テディベアのキーホルダーが目に止まる。ブラウンとホワイトの二色が仲良く並んでいる。


「お疲れー。悪いね」


 と先程の女の人の声がして、振り返ると入り口から男の子が入ってきた。深緑色のブレザーにグレーのズボン。背中にはぱんぱんになった重たそうなリュックサックを背負っていた。おそらく高校生。


 男の子は店内を一瞥し、葉ちゃんと私を確認すると、レジカウンターの奥の部屋へと引っ込んだ。



     (๑•ૅㅁ•๑)



 離れたところで鞄を見ていた葉ちゃんが、小走りに私の元へ駆け寄ってくる。そして慌てたように「早春、出よう」と言った。

 え? もう? どうしたの? どれも言葉にならないまま、私は葉ちゃんに腕を掴まれるようにして店を出た。葉ちゃんは俯いたまま駅に向かう。


「急にごめん、用事思い出しちゃって」


 改札口まできたところで、ようやく顔を上げ、申し訳なさそうに葉ちゃんが言った。「ううん」と首を振ったものの、葉ちゃんはあの雑貨店が気に入らなかったのかもと思った。



 あの日以来、私は一人で帰りにちょくちょく雑貨店に寄るようになった。葉ちゃんには「ちょっと雑貨を見ていくから」と正直に話し、駅で別れる。

 店に入って一番に向かうのは、ペアのテディベアのところ。二人がちょんと座っているのを見ると、「まだ、いてくれた」と安心する。

 買ってもいいのだけれど、一度買うことを許すと、歯止めが効かなくなりそうで怖かった。


 そのうち店長の高野さんとも顔見知りになった。高野さんは三十代。会社員をしていたけれど、雑貨店経営の夢を諦めきれずに、会社を辞めて店を始めたのだと教えてくれた。


「早春ちゃんも、細々したもの好きだよね」


 そう言って笑顔を見せる高野さんは丸顔で、えくぼができる。何も買わなくても嫌な顔をされない。そのことが私にとって何よりも嬉しかった。


 ある日、店に行くと高野さんはおらず、レジカウンターの中に男の子がいた。葉ちゃんと初めて店にきた日、リュックサックを下げて店に入ってきた男の子だ。

 制服のブレザーは脱いでいるのか、白いシャツに黒いエプロンをつけている。

 男の子をそこまで観察すると、私は店内に目をやった。この間来た時にはなかったマグカップを見つけ、うきっとする。


「前にもきてくれてましたよね」


 マグカップを手に取りそれぞれに描かれた模様を見ていると、背後から声をかけられた。ちょっとびっくりして振り返ると背後で男の子が、照れたように笑っていた。



    (*⁰▿⁰*)



 その男の子は清水君と言った。高野さんは伯母さんで、店を始めるにあたって、軌道が乗るまでバイトとして雇われたという。


 毎日、放課後、店に顔を出しているらしかった。週に三回は私も店に顔を出していたので、そのうち高野さんだけでなく、清水君とも仲良くなった。

 ある日、高野さんが「明日は仕入れに行くから、龍斗りゅうと、バイト休みね」と言った。清水君と私が親しくなるのを楽しんでいるのか、高野さんは「これで二人でカフェでも寄って帰りなよ」と、意味深な笑みを浮かべ千円札をニ枚、清水君に差し出した。


 結局、その日は仕入れ準備のため、早めに閉店し、清水君と私は一緒に店を出た。清水君も私もカフェに入る勇気はなくて、自販機でジュースを買い、駅前にある小さな公園に寄った。清水くんは微炭酸飲料。私はココア。ブランコに並んで座る。


 店では品物をクッションにして、いろんな話題が出るけれど、二人になった途端、会話が途切れがちになる。ジュースなんて飲まずに帰ればよかった――と思ったところで、帰るべきだったのだと気づいた。

 高野さんの言葉を鵜呑みにしちゃいけなかったのかもしれない。自分が嫌になる。


「あのさ」


 私があれこれ考えていると、清水君が切り出した。清水君の顔に目を向けると、言いにくいことを切り出そうとしているような表情をしている。


「初めて店にきてくれた時、友達一緒だったでしょ?」


 そう言われて、ぽんっと葉ちゃんの顔が浮かんだ。「うん」と頷く。


「あの子さ……」


 清水君がそこまで言った時、公園の入り口の方から「どういうつもり?」という声がした。その声には聞き覚えがあった。そう、葉ちゃんの声。

 今日、放課後、職員室に用事があると言っていた葉ちゃんとは学校で別れていた。今、帰りだったのだろう。


「葉ちゃん」


 私がそう言うと葉ちゃんは急ぎ足で私達の方へ向かってくる。頬が蒸気しているのは、怒っているからだと声色でわかった。

 葉ちゃんは清水君の前に立ちはだかると、きっぱりと言った。


「早春を利用しないで! 私の大切な友達なんだから」


 しばらく沈黙が流れ、公園の前を通った自転車の荷台から子どもの笑い声が聞こえた。


「利用とか人聞き悪いな」


 清水君は苦笑いを浮かべる。清水君に対して挑むような視線を向けている葉ちゃんに負けることなく言葉を続けた。


「葉とはもう一度、ちゃんと話をしたい」


 清水君がブランコから立ち上がる。すると葉ちゃんはくるりと背を向け、公園から出ていこうとした。清水君はその背中を追い、葉ちゃんの前に回り込むとその体を抱きしめた。


 葉ちゃんが現れてものの数秒で事態が目まぐるしく動いた。私の頭は目の前で起こっている出来事を処理できないが故に、逆に冷静になっていた。


「やめてよ!」


 と言う葉ちゃんの声が清水君の腕の中から、くぐもって聞こえる。葉ちゃんは力一杯腕を突き出して、清水君を体から離した。


「早春が見てたのよ」


 その声は涙声になっていた。

 そこで、清水君のスマホが着信を告げた。


「ごめん。何かあったみたい。店、戻らなきゃ」


 そう言葉を残し、清水君は公園から出て行った。



     (● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾


 公園に残ったまま葉ちゃんから話を聞いた。

 二人は中学時代に付き合っていたのだという。同じ高校に行こうと約束していたけれど、葉ちゃんは中三になってから成績が落ち、その高校に行けなかった。


「特別、勉強さぼったりしてなかったんだよ。周りが本気出したら私なんて、あっという間に差をつけられちゃった」


 葉ちゃんが自虐的に言う。

 清水君が進んだのは進学校だった。高校名を聞いて、一年の時から大学受験を想定した授業をする学校だとわかった。


 清水君の高校生活の邪魔になってはならないと思い、葉ちゃんから別れを切り出したのだった。


「葉ちゃん。もう一度、清水君と話をして」


 私は葉ちゃんの制服の袖を掴みながら言っていた。私が切実な表情をしていたのか、葉ちゃんは小さな子をあやすように「うん、うん」と二回声に出して頷いた。


 しばらくすると、清水君が走って公園に戻ってきた。息が上がっている。


「葉は気を遣って別れを言ってくれたのかもしれないけど、俺はずっと嫌だった!」


 公園に入るや否や清水君は青年の主張のように叫んだ。店から戻ってくる道中で考えていたのかもしれない。ブランコの隣に座る葉ちゃんに目を向けると「馬鹿」と呟きながら涙ぐんでいた。


「龍斗の高校、勉強忙しいでしょ! 恋愛とかしてる暇あれば勉強しなよ!」


「俺、文武両道だから」


 清水君がそう言ったのを聞いて、葉ちゃんは、ぷっと吹き出した。「文武両道って自分で言う?」と泣き笑いするような声で言って公園の入り口にいる清水君に目を向ける。

 私は退散した方がいい。ここまで話せれば、きっと後は二人きりになるのがいい。



     ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


 今年のクリスマスはホワイトクリスマスになるかもしれないと天気予報が言っていた。その通りになりそうな程、今日の空気は冷たい。


 終業式。高校一年の半分以上があっという間に過ぎ去っていった。


 あの後、葉ちゃんは清水君ともう一度付き合い始めた。葉ちゃんは前よりも大人っぽさに磨きがかかり、綺麗になった。


「早春! おはよ! メリークリスマス」


 正門をくぐろうとした時、背中の方から葉ちゃんの声がした。


「おはよ。葉ちゃん」


 私の挨拶に葉ちゃんが微笑む。寒さで鼻先がうっすらピンク色になっている葉ちゃんも可愛らしい。清水君が見たら、もっと好きになるんじゃないだろうか。

「早春。ちょっと待って」葉ちゃんはそう言うと歩みを止め、鞄の中から小さな紙袋を出した。


「サンタクロースからプレゼント」


 柔らかい笑顔で言って紙袋を私に差し出す。


「ありがと」


 思わぬ展開に私はおずおずとそれを受け取り「開けてもいい?」と訊いた。葉ちゃんが頷く。

 紙袋に入っていたのは、小さな白色のテディベアのキーホルダーだった。初めて雑貨店に行った日、かわいいなと見ていたものだった。


「早春はこれが欲しいんじゃないかって龍人が。アイツ、そういうのだけは、よく見ているんだよね」


 鼻にくしゃりと皺を寄せて葉ちゃんが笑う。


「ありがとう」


 幾度となく通った雑貨店で龍人君は、私が欲しがっているものを見ていたのだ。まるで、サンタクロースみたい。


「今年は葉ちゃんにも、私にもサンタクロースがきたね」


 葉ちゃんの元には龍人君が。私の元にはテディベアがきた。


「うん。早春が言ってたように、サンタクロースはいるんだよ」


 朝日に負けないくらい眩しい笑顔を浮かべた葉ちゃんの言葉に、私は大きく頷いた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

少し早いですが、メリークリスマス⭐︎

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