出発
~研星立ホテル前~
「す、すまん!!」
息を切らせてホテルから駆け出てくる涙流華。彼女は鍛えられた侍。その彼女が息を切らしているということは余程走ったのだろう。
いつもは髪を後ろで結んでいるが、今の彼女は長い髪を下ろしたままで、ところどころハネている。
ガシャガシャと左腰に携えた2本の刀を揺らしながら彼女は駆け寄ってくる。
「何やってんだよルルカ!! 集合まであと30分しかないんだぞ!!」
ラルトは怒りの声を上げた。
作戦の集合時間は午前9時に宇宙港の受付だった。ホテルから宇宙港まで30分強。
そのためプラズマ一行は余裕をもって午前7時45分にホテル前に集合することにしていたのだ。
しかし今は午前8時32分。恐らく間に合わない。
待機させていた小型飛行艇に乗り込むプラズマ達。
「できるだけ早く宇宙港に飛んでくれ!」
プラズマは飛行艇の二列目に乗り込むと、運転手にそう告げた。
バリスとレモンはプラズマの隣に、ラルトと涙流華は三列目に座った。
飛行艇は法定速度を超えて宇宙港に向けて飛んだ。
「ったく! なんで起きねぇんだよ! 何度もノックしたし声もかけたし電話もしたろ!!」
ラルトは怒り心頭だ。一方の涙流華はいつもの不遜な態度からは考えられないほど肩を竦めて小さくなっている。
「すまん……」
「まぁまぁ。そこまで怒らなくてもいいじゃないか」
前の席から振り返ったレモンが仲裁に入る。
「ルルカ、身支度は?」
普段は鬼侍と形容される涙流華だったが、申し訳なさそうに小声で答えた。
「顔を洗って…歯磨きした……」
「とにかく深星にいったら少し身支度をするといい。いいだろう? プラズマ」
レモンはプラズマに確認を取ると、プラズマも大きく頷き、ラルトをたしなめた。
「っていうかラルトギリギリに来たくせに! いつも締めてるネクタイもせずによ」
「確かに」
レモンが頷くと、バリスも続いた。
「集合時間に関しちゃ、俺達はプラズマとレモンに文句言えないからな」
今日の集合で一番早かったのはプラズマだった。彼がホテル前に着いたのは午前7時10分。誰もいなかった。いつもそうだ。
二番目に来たのはレモン。午前7時15分だった。彼は芸能界にいたこともあって自然と集合時間よりも30分早く着くよう癖がついていた。
三番目はバリスで午前7時40分。5分前行動だ。
四番目はラルト。彼は“間に合った”と息を切らせて来たが、着いたのは午前7時46分。
4人が揃ってから5分待ったが、涙流華が一向に現れなかった。
それでバリスとラルトが彼女の部屋に行って声を掛けたり手荒にノックしたが、一切反応はなかった。
ホログラムで連絡しても応答なし。受付から室内電話に連絡してもらっても応答なし。
そして午前8時24分、受付からの電話でやっと涙流華に繋がり、今に至るというわけだ。
「っていうか、ラルトも1分遅れてたけどな」
プラズマの言葉にラルトは反論した。
「いやいや! ちょうどだっただろ!」
「いや1分過ぎてたな」
バリスがプラズマを援護する。
すると涙流華がプルプルと震えながら呟いた。
「貴様……」
「プラズマやレモンに言われるならまだしも!! 貴様も遅れとるだろうが!!」
涙流華は座りながらラルトの腹を蹴っている。
「やめろルルカ! もういいだろ! お前が大幅に遅れたのには変わりないだろうが!」
バリスの言葉に涙流華は足蹴をゆっくりとやめた。そしてしおらしくなって前を向いた。
「プラズマ、レモン、バリス……遅れて…寝過ごしてすまなかった…」
「でも珍しいな。ルルカが寝過ごすなんて。どうしたんだ?」
プラズマも後ろを向いて涙流華に尋ねた。
「いや……昨日レストランで洋酒を頼んだところまでは覚えているんだが……」
涙流華は頭を抱えて昨晩のことを懸命に思い出している。
「洋酒ってなんだ。俺達帰ってからだろ、それ」
プラズマとバリスは顔を見合わせると、レモンへと視線を向けた。
「レモンはまだ残ってたよな?」
「洋酒は私も知らないよ。確かラルトと政府軍の中将さんがお酒どっちが強いか勝負を始めて、その後ラルトがルルカに勝負をふっかけて…」
レモンは昨日のレストランでのことを思い起こしている。
確か酒を飲んで酔っ払ったアイリスがラルトに絡み、政府軍の上下関係もあってラルトも酒を飲み、その後アイリスとラルトが酒の強さで勝負を始めたのだ。
そしてアイリスが勝ち、敗北したラルトを涙流華が笑ったのだが、それをきっかけにラルトが涙流華にも勝負をふっかけた。
そしてそれから3人で勝負をした後、意気投合して3人で肩を組んでいるところでレモンとマイヤードは扱いきれなくなり帰ったのだ。
レモンが帰るときにラルトが頼んでいたのが“ジパン酒”。度数が高く、一気飲みするような代物ではないのだが、確か3人ともラッパ飲みをしていた。
「ラルト! お前のせいじゃねぇか!!!」
プラズマは怒りの声を上げた。
「いや待て! 俺はちゃんとあの後涙流華を部屋まで送って、それから…」
ラルトの語気は弱まっていく。
「まさかお前ら一緒に寝てたとか言うんじゃねえだろうな」
バリスはラルトに疑いの目を向けている。
「いやいやいや! 俺はちゃんと自分の部屋で起きたぞ!?」
「というよりルルカも酒弱いんだから飲むなよ!」
プラズマはリーダーらしく彼女を叱りつけた。
「す、すまん…つい…」
~研星宇宙港政府軍専用搭乗口~
午前9時02分。
プラズマ達は目が血走るほど全力疾走していた。
そして集合場所に辿り着くと、十闘士の巨漢アドルフ・グスタフが怒りの声を上げる。
「遅い!! お前らふざけてるのか!?」
「すません!!」
プラズマは急ブレーキをかけると、その勢いで深々と頭を下げた。
「俺寝坊しました!! ほんとすません!!」
「とにかく宇宙船に乗れ!」
宇宙船に座ると、プラズマ達の元にアイリスが近寄ってきた。
「一番早く帰ったアンタが寝坊する? ローズやルルカちゃんなら分かるけどさ」
アイリスの言葉に涙流華は目を丸くした。
「涙流華ちゃん…?」
「昨日はありがとね、ルルカちゃん。楽しかった。最後はムカツイたけど」
「昨日何時くらいまで飲んでたんだ?」
プラズマはアイリスに尋ねた。
「1時くらいかな? ルルカちゃんが潰れちゃったからお開きにしようってなったのよ」
そう言うとアイリスはラルトをおちょくるように睨んだ。
「そしたらこいつ、私がルルカちゃん部屋まで送るって言ってんのに、“ルルカは俺が送りますから”とか言っちゃってさ?」
「ルルカちゃんもローズに“おんぶして”とか言ってるから、私ムカついちゃって」
「私の前でイチャつくなって話よね!?」
プラズマ達に同意を求めるアイリス。ラルトと涙流華は顔を真っ赤にしている。
すると、プラズマの右側に座っていた若い女性が話に入ってきた。
「イチャついてるんですか!?」
十闘士の魏月華だ。
マンダリネ族の旗袍を着た彼女は楽しそうにぴょこぴょこと跳ねている。
「確かローズ家の方と、水王家の方ですよね!? 火と水で惹かれ合うのは運命なんですかねぇ!?」
彼女は抑揚のある口調で無邪気に尋ねる。
「魏、気を緩めるな」
彼女の奥に座る巨漢、アドルフ・グスタフは怒った様子でそう言った。
「すみません…同年代と会うの久々ではしゃいじゃって…」
月華はアドルフに謝ると、すぐさまプラズマ達の方に振り返る。
「あっ! 私、魏月華といいます!」
彼女は改めて自己紹介すると、開いた左の手のひらに右拳を胸の前で合わせるマンダリネ武術の挨拶、抱拳礼してみせた。
「私も一応十闘士です!」
To be continued.....




