お茶とメイド
僕は少し不安になった。ネムを怒らせてしまったのではないかと。しばらくしてコンコンとノックが聞こえた。
「失礼します。」
ガチャっとドアを開けてネムがお茶と菓子をカートに乗せて入ってきた。
「お茶に合う菓子を探していたら遅くなりました。」
静かな声でポットからカップに茶を注ぐ。トポポポと花の香るような湯気が鼻腔をくすぐる。少々不機嫌…だろうか。僕が無理に休憩を進めたからだろうか。それとも…と考えているうちに失礼しますとカップを差し出された。そして主人の手を取りカップのつまみに手を添えた。
「ありがとう。バラのような香りだね。」
「はい。今日はローズティーとマドレーヌをご用意させていただきました。いかがでしょう。」
「ネムはお茶と菓子の組み合わせが上手だね。」
少し沈黙ができた。あれ、褒めたつもりだったんだが。どうしよう。思い切って聞いてみることにした。そして掃除を中断させてしまったことを謝ろう。
「その、掃除の邪魔してごめん。ただ、理由をつけないとネムは休憩もしてくれなさそうだったから。」
「そ、そんな謝らないでください。私はうれ、し…ごにょごにょ。」
だんだんと声が小さくなっていき聞き取れなかった。うれ…なんちゃらとは。
「嫌…じゃないです。この時間。」
ネムはか細い声でときおり裏返った声で答えた。緊張…しているのか?僕はネムの表情を読み取れないから声音で判断するしかないのだ
「えっと…、緊張してる?」
そういうと、はい。緊張してます。という慌てた声が返ってきた。
「ひゃ?はい。あっ、いいえそんなことは…。」
「ここのメイドはネム一人だけだけど使用人とかなんて思ってないよ。むしろ家族同然だと思ってる。だから固くなる必要もないし、畏まらないでよ。」
すかさずネムが言う。
「わ、私はメイドです。それにお仕えするのはご主人様、あなた様です。ご両親やお姉さまに雇われた身、ましてやあなた様専属なのです。私は敬意を払わねばなりません。」
そんなふうにまで思われていたのか。ネムがこの屋敷に来てから数か月、僕はネムの詳細を知らない。どこの出身なのか、どんな顔立ちをしているのか、何が好きで何が嫌いか、ネムのご両親はいらっしゃるのか、どんな経緯でこの屋敷に来たのか。そして貴族だというのにネム以外のメイドがいないのか。一度父さんに尋ねたことがある。あのときは…。
「少し訳ありな子なんだ。何も聞くなとは言わないが今はそっとしておいてくれ。私も詳しくは知らない。ただ知りあいから紹介されてね。最初は断ったんだが、お前の手助けになればと思って引き取ったんだ。仲良くやってくれると私もうれしいよ。」
とあやふやな濁すような、言い方だった。