↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第二部【クローディアの章】  作者: 枕崎 純之助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/100

第119話 『疑念』

「ううう……頭いてえ」


 ジリアンはリビーとともに川の水に腰まで浸《つ》かりながら、手ですくった水で顔をバシャバシャと洗った。

 水底が見えるほどの清らかな流れだ。


 2人とも今日は食料調達の当番であり、川に仕掛けておいた罠《わな》にかかった川魚を水揚げしているところだった。

 昨晩の深酒のせいでひどい頭痛に苛《さいな》まれているジリアンには、これは幸運だった。

 今、石切り場で城壁用の岩を切るけたたましい音を聞こうものなら、頭蓋骨《ずがいこつ》が割れるのではないかと彼女は思う。


「酔《よ》い潰《つぶ》れるまで飲むなんて珍《めずら》しいな。ボールドウィンと一緒だったんだろ?」


 川底の網《あみ》を引き上げて川原に向かいながら、リビーは少々面白くなさそうにジリアンにそう尋《たず》ねた。


「ああ。飲み過ぎて途中から記憶がなくなって朝まで眠り込んじまった。あいつは先に帰ったみたいだ」


 朝になって目覚めたジリアンは、体にかけられていた麻布の織物とボールドウィンの書き置きを見て、嬉しいような寂《さび》しいような何とも言えない気分になった。

 冴えない表情のジリアンを見てリビーは訝《いぶか》しむように尋《たず》ねる。


「で? 昨夜は燃えたのか? 朝までガッツリか?」

「……燃えてねえよ。調子に乗って飲み過ぎちまって、それどころじゃなかった。途中から何を話したのかも思い出せねえ」


 亡き恋人クリフの思い出語りをボールドウィンに聞かせたことは覚えているが、それが良くなかった。

 クリフとの思い出を話すうちに情念が頭の中を渦巻《うずま》き、杯が進んで酔《よ》いが深まってしまったのだ。 

 頭痛を堪《こら》えて顔をしかめるジリアンに、リビーは呆《あき》れて肩をすくめる。


「何やってんだよ。おまえらしくもねえ」


 2人は川から上がると、濡《ぬ》れた衣服を脱ぎ捨てた。

 人里離れた場所のため、人目を気にすることもない。

 水の滴《したた》る体を布で拭《ふ》き、用意しておいた新たな衣に着替えながらリビーは言う。


「なあ。ボールドウィンのことだけどよ。何か妙だと思うんだが……」


 リビーの言葉にジリアンは思わずギクリとする。

 彼を自分の男と公言しながら、実はまったくそうではないことがバレているのではないかと思った。

 たがリビーの口から出たのは、ジリアンの懸念《けねん》とはまったく別の疑念だった。


「あいつ、黒髪じゃねえか。何でクロ……いや、レジーナ様はあいつをこんなところに連れてきたんだと思う?」


 リビーとジリアンがかつて所属していたダニア分家。

 その女王クローディアは幼名だったレジーナを名乗り、修道女として秘密裏《ひみつり》に活動している。

 ジリアンやリビーたちは各々(おのおの)時期こそ異なるが、分家で問題を起こして追放された。

 ダニアの街から遠く離れた見知らぬ土地まで馬車で運ばれ、そこで放り出されて絶望していた彼女たちに声をかけてくれたのは、その場に現れた修道女姿のレジーナだった。


 彼女が差し伸べた救いの手を取り、リビーたち5人はこの場所に集められたのだ。

 こんな辺鄙《へんぴ》な場所に都を作ろうとしている彼女の本当の目的はいまだ分からないが、それでも行くアテのなかった自分たちを救ってくれたのはレジーナだと彼女たちも分かっている。


「相変わらず名前に慣れてないのかよ。ここではレジーナ様だろ。ワタシらはもう追放された身だ。クローディアの名を呼ぶことは許されねえ」


 ジリアンはそうリビーを諌《いさ》めるが、彼女の話には同調した。

 

「まあ……確かにな。黒髪なら貴重な人材として分家で重宝されるだろ」

「だろ? もしかしてボールドウィンは致命的《ちめいてき》な何かをやらかしたんじゃねえのか?」

「やめろ。人の男をアレコレ詮索《せんさく》するんじゃねえよ」


 この大陸では珍《めずら》しい黒髪を持つ者たちは、男女問わず顔立ちや体つきの美しい者が多い。

 外見の美しさはそれだけで一つの武器だ。

 分家はそこに目をつけ、黒髪の者たちを集めて育てた。

 そしてその者たちを王国の有力貴族たちに愛妾《あいしょう》や情夫として献上しているのだ。

 王国内で政治的に優位な立場を得るために。

 

「けどよ。気になるだろ。ボールドウィンは何でここにいる? 今あいつのやってる仕事は他の奴にも出来る。ク……いや、レジーナ様は何が目的なんだ?」


 リビーは眉《まゆ》を潜めてそう言う。

 それはジリアンにも分からなかった。

 黒髪の美しい男なら農作業などさせて顔を土で汚すよりも、もっと有用な使い道があるはずだ。

 それをしてきたのが分家のやり方だった。

 そこでリビーはわずかに顔を曇《くも》らせる。


「なぁ……もしかしてレジーナ様は個人的にあいつのことを気に入ってここに囲おうとしていたんじゃねえか?」

「なっ……」

  

 その可能性に同時に気付いたジリアンは絶句した。

 ここならば分家の十血会からも目は届かない。

 こっそりと情夫を匿《かくま》うには適した場所だ。

 

 まだ16歳のクローディアは掟《おきて》によって情夫を持つことが出来ない。 

 ダニアの街にいたのでは十血会の面々、特に十血長オーレリアがそれを許さないだろう。

 だが16歳にもなれば男に興味が湧《わ》くのは自然なことだ。

 ダニアの女ならば尚更《なおさら》のこと。

 リビーはわずかに顔を引きつらせてジリアンを見た。


「ジリアン。おまえ……手を出しちゃいけない男に手を出したんじゃないのか?」

「う……うるせえな。まだそうと決まったわけじゃねえだろ。そもそもワタシらみたいな女が5人もいるのに、何も言い含《ふく》めずにここにあいつを置いていくってことは、そうなっても構わねえってことだろうが」


 必死にそう言い張るジリアンだが、内心で焦《あせ》りもあった。

 自分たちに新たに生きる場所を与えてくれたレジーナには大恩がある。

 リビーの言葉通り、レジーナがボールドウィンを個人的に気に入っているとしたら、ジリアンは彼女の気持ちを裏切ることになってしまう。

 もちろん実際にはジリアンは彼とは通じていないのだが、レジーナには本当のことを打ち明けてきちんと説明をする必要があると思った。

 

「つ、次にレジーナ様がここを訪れた時に話をしてみる」

「……せいぜい追い出されないように気をつけな。ここがワタシらの終《つい》の棲家《すみか》なんだからな」


 ふいに川原に秋の風が吹いた。

 2人が顔を見合わせて体をわずかに震わせたのは、水に濡《ぬ》れた体が冷えたから、というばかりとは限らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。