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7.子竜

 ラウルはビクッと肩を揺らして足を止める。成竜ほどではないにしても成長期の子竜もラウルからすれば迫力満点で、その竜の子が歓迎していないような目を自分に向けているのだから当然の反応だった。


「イムちゃん、久しぶり~」


 硬直するラウルを尻目に、ファムが明るい声でドラゴンに歩み寄る。“イム”と呼ばれたドラゴンは「グルゥ……」と面白くなさそうな鳴き声を上げたが、首や顔を撫でるファムを拒絶するようなことはしなかった。


『ファムちゃんに触れられるのは嫌じゃないけど、イムはミルちゃんに撫でられたいの……』


 ラウルとファムの頭の中に、感情を乗せた言葉が届く。ラウルの頭に響くその可愛らしい声は、目の前にいるドラゴンの子供のものだ。“念話(ねんわ)”と呼ばれる技能で、人語を解する一部の魔物などが使用することが知られている。尚、ドラゴンは厳密には魔物の範疇には入らず、魔物扱いをされると気分を害すので注意が必要だ。


「イムちゃん、また大きくなったもんね」


 ファムがイムの全身を眺め、ラウルも釣られるように視線を動かす。二人に注目されたイムが不満げに体を揺らした。ラウルはぶしつけな視線を送ってしまったことを後悔するが、次なる念話が届くとホッと胸を撫で下ろす。


『イムは大きくなんてなりたくなかったの……』


 念話は使う側の意志によってある程度伝わる範囲を制限できる。ラウルにもイムの声が聞こえているのは、ラウルもファムの、即ちミルの親しくしている人の仲間だと見られているということだった。


「イムちゃん……」


 ファムが気づかわし気に、イムの首に添えた手をゆっくりと動かす。


 ラウルとファムが初めてイムと出会ったとき、まだイムは人の子供が胸に抱けるくらいの大きさだった。そんなイムは大好きなミルと常に行動を共にし、英雄のパーティ“戦乙女のヴァルキリーウイング”の一員としてダンジョンに潜り、ミルと一緒にこの街の危機を救うために戦った。


 そういった経緯もあって、過去にいくつもの街を滅ぼしたとして恐れられているドラゴンという種族の子供でありながらも、イムは街の人々に受け入れられているのだが、英雄がこの地を去った辺りから急成長した結果、体のサイズ的にミルと一緒にダンジョンに潜ることができなくなってしまったのだ。


 ダンジョンの階層によっては広々としているところもあるが、体の大きさ故に総じて満足に動き回ることができなくなった上に、これでもまだまだ成長途上なのだから仕方がないことでもあった。


 そんなこんなで最近ではミルがダンジョンに潜ると、こうしてイムが入り口前で帰りを待つ姿が度々目撃されるようになったのだった。


『ファムちゃんが羨ましいの。きっとファムちゃんはミルちゃんとダンジョンで一緒になったの』


 イムがファムに顔を寄せると、ファムは少々苦笑いの成分を含んだ笑みを浮かべた。イムとミルが一緒にここまで来ただろうと考えれば、ミルがダンジョンに入ってからそれほど時間が経っていないことはイムもわかっているはずなのだ。それでもファムに嫉妬の念を向けるのは、それだけイムがミルと離れたくないということの証左だった。


「残念だけど、今日は私もイムちゃんと変わらないよ~。ミルミルとすれ違ってもいないから。遠目に見つけはしたけどね」

『そうなの?』


 イムが首を捻る。ファムが頭を上下に振って肯定すると、イムは、今度はラウルに目を向けた。その視線はファムに向けられていたときよりも明らかに険しさを増していた。


「ぼ、僕も同じだよ!」


 ラウルが上擦った声で答えると、イムは納得したのか、どこか安堵したような、そして確かな寂しさを孕んだ瞳でダンジョンの入り口を見つめた。


「ファムちゃん。大きくなってミルミルを背に乗せて飛ぶんだよね? ミルミル、楽しみにしてたよ」


 ファムはミルがイムの成長を喜んでいることを知っていた。もちろん、その一方でミルも目標としているダンジョン攻略を大好きなイムと一緒にできなくなったことを寂しく思っていることも知っているが、それは何よりイムが一番よく感じているはずだ。


「だから、イムちゃんはもっと大きくなっていいんだよ」

『ファムちゃん、ありがとうなの』


 イムはミルたちの次くらいにファムも乗せていいと続けてから、おもむろにラウルに顔を向けた。


『でも、ラウルくんはダメなの』

「え……」


 ラウルは地味にショックを受ける。ドラゴンに対する畏怖の感情はあるものの、だからこそドラゴンに乗れるのなら乗ってみたいという思いはあった。


 それに、とても自分から乗せてほしいとは言えないが、そう口にする前に拒否されてしまったことは、あたかもミルに想いを告げられないうちに振られてしまったかのような気持ちを想起させた。


 これはイムの話し方がミルの口調に影響を受けていることも一因だった。元々イムは人の言葉を理解できても話すことはできなかったのだが、やがて、いつも一緒にいた大好きなミルから話し方を学んだのだ。


「ラウルは何でダメなの~?」

『ラウルくんはミルちゃんを見る目が嫌らしいの』


 はっきり断言したイムに、ラウルが絶句する。ラウルは大口を開けて呆然としていた。そんなラウルを見て、ファムがケラケラと笑う。


「ラウル、嫌らしいって……!」

「そ、そんなことないよ! 僕はもっと純粋な気持ちで……!」


 ファムが腹を抱える中、顔を紅潮させたラウルの震える声が、夕暮れの街の一角に木霊した。


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