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6.憧れ

「あのさ、ファム。ちょっとこれからダンジョンに行きたいんだけど」


 ラウルは鍛冶屋を出て宿屋に向かおうとするファムを引き止めた。ファムが足を止め、ラウルの肩の上を見遣る。そこには背負った2本の剣の柄が覗いていた。


「ちょっとならいいけど……。ねえ、ラウル。何で1本買ったの?」


 先ほど訪れた新人向けの鍛冶屋ではそれほど強力な武器は扱っていなかったのだが、ラウルは剣を1本購入していた。


「それの試し切りがしたいんでしょ?」

「それはそうなんだけど。えっとー……」


 ラウルは言葉を濁す。今使っている武器とそれほど変わらない、どちらかといえば多少質の劣るくらいの剣を買う意味がわからないのは当然だとラウルは思った。ダンジョン内で剣が破損したときに備えて短剣を別に持ち歩いているし、身軽さを重視して予備の剣を常時持ち歩いていないのはファムとも話し合って決めたことだった。


 しかし、ラウルとて理由なく買ったわけではない。


「ちょっと試してみたいことがあって……」

「ふーん……」


 ラウルはファムの見透かすような目から視線を逸らす。


「まぁ、いろいろ試してみるのは別にいいけど。じゃあ、行こっか」


 ファムが再び歩き出し、ラウルも小走りで追いかけてその隣に並ぶ。ラウルは前方を見据え、脳裏にかつての英雄の姿を思い浮かべた。






「ダメかー……」


 ラウルがダンジョンの床に溶けるように吸収されていく魔物の死骸を眺めながら、がっくりと肩を落とした。その両手にはそれぞれ剣が握られている。


「っていうか、ダンジョンで試す以前の問題なんじゃない?」

「前からイメージはしてたんだよ、イメージは……」

「イメージトレーニングも大事って言うけど、そもそも片手でまともに振れないレベルじゃ、実戦は無理じゃん」


 せめて冒険者ギルドの鍛錬場などである程度練習してくるべきではないかと指摘するファムに、ラウルは何も言い返すことができなかった。ダンジョン1層での戦闘だったので事なきを得たが、もし普段潜っている階層辺りで試していたとしたら致命傷を負っていた恐れがあった。


 それほどまでに、ラウルの動きは悪かった。


「ミルミルのお兄さんの真似をしたんだろうけど、どう考えても戦力ダウンしてるからね?」


 ミルの兄的存在だった英雄は、度々、二刀流で戦っていた。ラウルは彼の戦いぶりをそう何度も間近で見てきたわけではないが、2本の剣を巧みに操って敵を圧倒していく様は端的に言ってかっこよく、密かに憧れていたのだ。


 攻撃力の底上げという課題の克服のために思い切って試したものの、片手で剣を振るうという点だけでもいつもより力と速度で劣っているのに加えて、バランスを取るのが非常に難しく、とても一朝一夕で形になるようなものではなかった。


 そして、ラウルも薄々気付いてはいたが、よほどのことがない限り、片手で剣を振るうよりも両手で振るった方が威力は増すのだ。多頭蛇竜(ヒュドラー)の首を一刀のもとに切り落とすという目的に際してどちらが向いているか、言うまでもない。


 もちろん、かつての英雄のように二刀でバサバサと切り落とせるのであれば効率は上がるだろうが、どう転んでも今のラウルにできる芸当ではなかった。


「とりあえずさ、今日のところは帰ろうよ」


 おおよそ結果を予想していたのか、ファムは殊更馬鹿にするようなことはなく、諭すように言った。ラウルは小さく頷きを返し、とぼとぼと帰路につく。


「あっ」


 ファムの(こぼ)した声でラウルが顔を上げると、くすんだ白い石壁の続くダンジョン第一層の通路の前方から、人影が近付いてくるのが見えた。


 入り口から程近いところを進む、体に合わない長さの剣を両手で握った小柄な少女。彼女から少し遅れて、女性にしては長身で、身の丈を超えるほどの槍を手にしたもう一人。


 そのどちらも獣のような耳を頭に生やした二人組を視界に捉えた瞬間、ラウルは慌てて片方の剣を背中の鞘に納める。形だけの二刀流を彼女たちに、特に小柄な少女に見せるのが恥ずかしかった。


「あ、曲がっちゃった」


 ラウルが俯いていると、ファムの残念そうな声が聞こえた。恐る恐る顔を上げたラウルの視線の先に獣人族女性の二人組の姿はなく、どうやらメルニールへ続く転移罠へ向かったのだと推測する。


「ラウル、どうする? 挨拶してく?」

「いや、僕はいいや」


 想い人の笑顔に励まされたいという気持ちはあったが、それ以上にラウルは今の情けない姿をミルに見せたくないと思った。


 次に会う時には多頭蛇竜(ヒュドラー)を倒したと報告したい。ラウルはそう強く願う。


「ファムが話したいなら、ここで解散でもいいけど」


 出口はもう目と鼻の先だ。二刀流に(こだわ)らなければ一人でも全く問題ないくらいの実力は、ラウルも、そしてファムも持っている。ファムが片手を顎に当て、先ほどまで二人がいた場所を見つめた。


「うん。私も今日はいいや。これからのことを話し合わないといけないし。あと、お腹も()いたしね!」


 ファムが屈託なく笑い、ラウルも釣られて笑みを見せる。二人は歩みを再開し、出口を目指した。その途中、曲がり角でラウルは顔を横に向ける。真っ直ぐ転移罠へと伸びている通路の先に、憧れの背中が見えた。


「ちょっと通してもらえるかな?」

「あ、すみません!」


 道の真ん中で立ち止まっていたラウルは角を曲がる商人に声を掛けられ、慌てて脇へ退いた。「しっかりしろよ」と肩を叩く顔見知りの冒険者に続き、ガラガラと荷台付きの馬車が進んでいく。既に二人組の背中は見えなくなっていた。


「ラウル~。行くよ~」


 少し先にいたファムが手招きし、ラウルは小走りで駆け出す。


「明日さ、私たちもメルニールに行ってみない?」


 そんなことを話しながらダンジョンを出た二人を出迎えたのは、寂しそうにダンジョンの入り口を見つめる真紅の瞳だった。


「グルゥ……」


 それは人の大人を超えるほどの体長まで成長した、2足のドラゴンの子供。翼を丸めて座り込み、首を垂れ提げた赤い竜の子が、二人を見据えて恨めしそうに鳴いた。


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