3.話し合い
その後、ラウルとファムはしばらく話し合いを続けた。多頭蛇竜に挑むと決めた上は、考えなければならないことが山積みだった。
かつて英雄が蛇蜥蜴と揶揄するように呼んだと言われる多頭蛇竜は、既に倒し方が確立されている。英雄が実行し、妹分のミルに伝え、ラウルとファムが聞いた方法とは、切り落とした首が再生しないように切り口を火魔法で焼くというものだ。
それでも中央の首だけは不死身とも言われるほどの驚異の生命力を誇り、しばらくすれば再生してしまうのだという。けれど、生き物である以上、完全なる不死はあり得ない。
故に、英雄とミルは、魔力を吸い上げる効果を持つ魔剣を用いた。魔力を枯渇させてしまえば、回復、復活、再生、そのどれをも封じることができるのだ。
「ミルミルから短剣借りる?」
「う、うーん……」
ラウルは頭を捻る。ファムの言う短剣というのが、件の魔力を吸い上げる魔剣だ。それを借りることができればミルらと同様の方法で止めを刺すことはできるかもしれないが、ミルに認められるための戦いにミルの手を借りたくはなかった。
ファムはラウルの気持ちを察してか、小さく溜息を吐いてから再び口を開いた。
「とりあえずそれは置いておくにしても、火魔法はどうするつもり?」
「た、松明の火で燃やすとか……?」
「さすがに無理でしょ……」
ファムが呆れたように言うが、元々異世界からやってきた英雄が参考にした彼の世界の神話におけるヒュドラー退治には松明が用いられている。とはいえ、見上げんばかりの巨体によじ登って時間をかけて松明で焼くというのは現実的ではないのは確かだった。
「それと、私たちの力と武器で多頭蛇竜の首を切り落とせると思う?」
「そ、それは……」
ラウルは一昨日の迷宮王牛との戦いを思い出し、眉根を寄せる。あのとき迷宮王牛の首を切り落とせなかったのに、それよりも遥かに太い多頭蛇竜の蛇の首を根元から切断できるとは、とても思えなかった。
「というわけで、足りないのは力と武器、火魔法、それと最後に止めを刺す方法かなー」
そうファムがまとめ、ラウルは視線を木製のテーブルに落とす。簡単な目標ではないことはわかっていたが、途方もなく高い壁だと思い知らされた気分だった。
「まっ、やると決めたからにはどうにかしないとねー」
あくまで前向きなファムにラウルは驚き、顔を上げた。二人の視線が交差する。ファムは考え込んでいる風ではあるが、それでも絶望した様子は全くなく、黄色い瞳はむしろ輝いて見えた。
「ファム、もしかして楽しんでる?」
「え。どうかなー……」
ファムが顎に人差し指を当てて首を傾げる。
「危険だし、大変なことだとは思うけど……。でもさ、もし本当に倒せてそのことをミルミルに話したら、ミルミルがどんな顔するかなって考えると、ちょっと楽しくない?」
ラウルは脳裏にその場面を思い浮かべる。小麦色の髪をした犬耳を持つ小柄な少女は、驚くのか、満面の笑みで祝福してくれるのか、それとも。
「それは、そうかも」
いろいろと想像していると、ラウルは少しだけ前向きになれるような気がした。
「ファムが相棒で、よかった」
無意識に零れ落ちた言葉だった。直後、ラウルは今の台詞が恥ずかしいものなのではないかと思えてくるが、ファムはキョトンとした表情をしていた。
二人はもっと幼い頃から知り合ってはいるものの、コンビを組んでいることに特に理由はなかった。敢えて挙げるのであれば、“流れ”だった。
元々メルニールの孤児だった二人は、一時、故郷を失ってラインヴェルトで暮らすことになった。その際に、ファムは既に非凡な才能と活躍を見せていたミルの影響もあって冒険者を志し、既に冒険者見習いとなっていたラウルも一人前の冒険者になるために、共に先輩から指導を受けていた。他にも何人か同じ境遇の子供たちがいたが、その中で素質と成長を認められて同時期に冒険者としてデビューすることになったのがラウルとファムの二人だったのだ。
元々知らない仲ではなかったこともあって、なし崩し的に二人でパーティを結成して今に至る。
「そ、そのさ、ファムじゃなかったら、一緒に多頭蛇竜を倒そうなんて言ってくれないだろうなって……」
ラウルが言い訳のようにボソボソと告げると、ファムは何度か瞬きを繰り返してから、まるで気持ちを入れ替えるかのように深呼吸をした。ファムが一転して意地悪そうな笑みを浮かべる。
「本当はミルミルと二人がいいんじゃないのー? ラウルがみんなの前でダンジョンデートを申し込んでバッサリ断られたの、私も見てたんだけど」
ミルの兄と姉のような存在だった英雄二人が異世界に帰る日に催された送別会でのことだ。ラウルは模擬戦に勝ったら願いを叶えてくれるというミルに挑んだ際に、二人でダンジョン探索がしたいと願ったのだが、ミルの答えはファムを仲間外れにするのはダメだというものだった。
「み、見てたもなにも、意地悪なラウルくんは嫌いって言われた僕を散々揶揄ってきたよね!?」
「いやー、慰めてたんだけどなー。それに、あれから何度かミルミル誘って一緒に潜ったじゃん。むしろ感謝してほしいなー。ラウルにしてみれば私はお邪魔虫だったかもしれないけど」
照れながら怒るラウルと、揶揄いと楽しさの笑みを絶やさないファム。わいわいと言い合う二人は、もう店を閉めると宿屋の女将に追い立てられるまで、話し合いとおしゃべりを続けたのだった。