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12.新技

 新たな武器を入手したラウルは日夜、鍛錬に励んでいた。ファムと共に日々ダンジョンに潜って新武器を手に馴染ませ、ダンジョンから帰ってからはセシルに師事し、予定が合えば臨時パーティの皆で連携を深めていく。


 そんな充実した日々が続いたある日。ラウルたちはしばらく地上に戻らないだけの準備をしてメルニールのダンジョンに潜ることになった。


「こういうのを合宿って言うんだっけ~?」

戦乙女の翼(ヴァルキリーウイング)の皆さんはそう言ってるみたいだけど……」


 楽しそうなファムの問いに答えながら、ラウルはいつかのミルを思い出す。英雄の一人が言い出したという“合宿”という単語を、ミルが嬉しそうに連呼していたのをラウルは見かけたことがあった。


 要は、攻略や稼ぎではなく各々の強化を目的としてダンジョンに潜ることをそう表現したということのようだ。尚、1日で帰還する場合は特に日帰り合宿と呼んでいたらしい。


「というか、ファム、嬉しそうだね」


 ラウルは周囲への警戒しつつ、先頭を行くファムに話しかける。ファムの後ろ姿からは、うきうきとした気分が滲み出ているようだった。


「そうかな? でも、あんまり長期間潜ることってなかったし、セシルさんやミレイナちゃんも一緒っていうのは嬉しいかも」

「あー、それはそうかも」


 基本的に二人だけでやってきたラウルとファムは、実力と照らし合わせ、常に安全圏で稼いでいることが多かった。臨時パーティを組んでからも10階層まででの活動に終始していたため、ラウルもファムの気持ちはわかる気がした。


「私はまだ慣れていないので怖さが先に立ちます」


 岩肌の剥き出しになった薄暗い通路を進んでいると、ラウルの後ろから幼さの残る声が聞こえた。


「ミレイナさん。随分体力もついてきましたし、連携も上手くなっているので大丈夫ですよ」


 最後尾からセシルが聞く者を安心させるような声音で告げる。ミレイナは魔力の調整こそまだまだ苦手だが、その火力は上層では向かところ敵なしだった。経験の少なさが先ほどの本人の談に繋がっているのは想像に難くないが、ラウルにしてみればその幼さでミルにスカウトされるだけのことはあるというのが率直な思いだった。


 ラウルもファムも、今のミレイナくらいの歳の頃は上層で活動する冒険者の荷物持ちが関の山だったのだから、当然の感想ではある。


「あ、この(かど)の先にいるかも」


 一行は小声で会話を続けながらも、魔物の気配を察知すると即座に動き出す。とはいえ、上層では全員で向かっていくほどの相手はおらず、油断はしないまでも順番に対処していた。


「ではここは任せてもらいます」


 最後尾からセシルが先頭へと移動し、ラウルは交代に後ろへ向かう。セシルが角を曲がり、他の皆も続いた。通路の向こうにいたのは蜘蛛(くも)型の魔物だった。同種の魔物にもいろいろな種類がいて強さもそれぞれだが、目の前に現れたのは口から吐き出す糸と毒に注意するくらいの相手だ。


 セシルは普段使いの杖剣ではなく、ラウルが譲られたのと同じ火竜鱗の剣を構えた。


 蜘蛛の魔物が一人前に出たセシル目掛けて白い糸を吐き出す。ラウルが戦うのなら即座に回避する攻撃だが、セシルは敢えて剣で受けた。火竜鱗の剣の切れ味であれば強引に糸を切り裂くことも可能だろうが、セシルはそうはせず、むしろ自ら糸を絡めとっているようだった。


 直後、セシルの剣が赤く燃え上がった。剣の柄から剣先にむかって炎が立ち上り、赤い刃を覆い尽くす。


「あれが……」


 セシルの背後で、ラウルが目を見開く。話に聞くのと直接目の当たりにするのとでは大違いだった。セシルの剣を覆った赤い炎が、白い糸を瞬く間に焼き切りながら蜘蛛の口に向かって伝っていく。


 蜘蛛型の魔物が慌てた様子を見せるが時すでに遅く、糸の根元まで焼き尽くした炎が蜘蛛の体を燃え上がらせた。


「はっ!」


 すかさず距離を詰めたセシルが炎を(まと)った剣を一息に振り下ろす。炎が揺らめき、赤い軌跡を描いた。蜘蛛の魔物から断末魔の叫びが上がる。


「すごい……」


 ラウルの口から感嘆の声が零れ落ち、ファムもミレイナも、驚愕と尊敬の念を込めた視線をセシルに送っていた。


「ミルさんが見ていたら嘆かれてしまいますね」


 魔物の残骸が燃え尽き、セシルが振り返る。その顔には満足そうな、それでいて満足しきってはいないような微笑みが浮かんでいた。


「セシルさん、すごいです!」


 ミレイナが高揚した声を上げてセシルに駆け寄る。年相応に無邪気な声だった。


「ミルミルのお兄さんみたい!」


 まだファムが戦う力を持っていなかったとき、先輩冒険者と一緒にダンジョンの異変に巻き込まれたことがある。そのときファムたちを救出したのが、ミルやその兄たちだった。ラウルは話に聞いただけだが、その際に英雄は漆黒の燃え上がる炎を纏った剣で強大な魔物を打倒したらしい。


「あの方に比べるとまだまだですが、そう言ってもらえるのは嬉しいです」


 セシルがそう言って、はにかむ。かの英雄の技から着想を得た剣と魔法の併せ技。これこそが、彼女が多頭蛇竜(ヒュドラー)相手に通用するか試したいと考えた技に他ならない。


“魔法剣”


 後に“魔法剣士”の二つ名と共にセシルの代名詞となる新技だった。


 ラウルは呆然と立ち尽くし、ファムとミレイナの称賛を浴びているセシルを見つめ続けた。英雄に憧れる気持ちは同じでも、セシルはラウルの遥か先にいた。


 いつか、自分も。ラウルは英雄に近付こうと努力するセシルに、自らの理想を重ねたのだった。


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