第一話
「金さえあれば世界征服できそうだ。」
これは僕がこの世で最も敬愛する父の口癖である。
父は辺境の生まれで、年齢が二桁にも満たない頃、口減らしのため、半ば売られたも同然に商人の従僕となった。
そこから成り上がり、今や大商人である。高位貴族しか住めないはずの都の一等地に平民でありながら店と居を構えるまでに至った。
高級品を扱わせたら父は世界一だろう。父は目利きの天才であった。父の仕入れた食品や下着の高級品、いや特級品は、王侯貴族の舌を肥えさせ、肌を甘やかし、他の商人から仕入れたものでは満足できないどころか不快感さえ覚えると言わしめるほど彼らを堕落させた。
父の商品を欲するあまり、愚かな王侯貴族は父を優遇した。圧倒的な地位や権力に支配されることなく、平民にも拘らず特権階級と同等かそれ以上の権力を得た父は交渉の達人でもあった。
僕は父に強く憧れた。父の真似をした。
そして、父に似ず愚鈍である自分を呪った。
「女は見た目がすべてなのだわ。」
これは僕がこの世で最も忌み嫌う母の教えである。
母はたしかに絶世の美女である。
とくに凡庸どころか冴えない中肉中背の父と並ぶと彼女ばかりに目が行ってしまう人は多いだろう。
肌理が細かく真珠のように輝く肌。
美しくまとめられた艷やかな長い髪。
印象的に残る潤んだ瞳と長いまつ毛。
常に引き上がった口角。たまに口を開けば教養の高さを仄めかす言葉のみ出てくる。
無駄のない引き締まった、それでいて女性らしい体躯。
それを飾り立てるのは、流行を取り入れつつも、飾りすぎない上品な装い。
美しい姿勢、優雅な仕草、優しげな微笑み。
母の美しさは、持って生まれたものだけから成り立つではない。むしろ、彼女の努力と、それを可能にする父の財力の賜物であった。
装飾品の類は、母に身に着けさせれば、どんな品物でもとにかくよく売れた。丁寧に作られてはいるが、クズ石などの廃材を加工したアクセサリーも高値で売れた。
母の美しさなしでは父もここまで成り上がることは不可能であっただろう。
父は商人として特上の女を目利きした。
母は己をさらに美しく磨きあげるための財力を持つ男を手に入れた。
二人は最高のパートナーであった。
僕が生まれるまでは。
18年前、僕は生まれた。
母は嘆いた。そして狂った。
「私の子なのに美しくないわ。美しくないなんて何と罪深く、哀れな子なのでしょう。」
母は若くて美しい男を望んだ。表向きは美しく淑やかな妻を演じてはいるが、実際は色狂いの淫乱女である。
父と肌や髪の色だけが似ている美しい男を何人も囲い込み、毎晩男を替える。
随分と昔、僕がまだまだ小さかった頃、夜中に目が覚めて、物音がする母の寝室に入り立ち尽くした僕に、母は狂いながら言った。
「お前は美しくないから私のようにたくさん愛されることはないのだわ。」
母は何人孕んだだろうか。
僕の弟と妹たちは、皆美しかった。
いつの間にか全員いなくなってしまったが。
僕は母に似ず美しくない自分に喜んだ。
「成金2世」
自分の名前より、この名で呼ばれることに慣れてしまった。
母は僕を毛嫌いしているし、父は子どもに興味がない。唯一、血が繋がっている子どもが僕しかいないから追い出されていないだけだ。
周囲は勘違いしていて、父の機嫌を損ねないために、僕を表立って蔑ろにすることはないが、父が僕を愛していないことを、僕は痛いほど理解している。
実際、お互いに毛嫌いしている母とはもちろん、父とだってもう何年も顔を合わせていない。
自ら話しかけることを許されない使用人も僕の名を呼ぶことはない。
弟妹は、物好きな引取手が見つかり次第、追い出されていったし、高位貴族しかいない一等地に住んでいるのだから、平民の僕には同世代の友人もいない。
そもそも、僕はいつからか必要最低限しか他者と関わらなくなった。自室から出なくなった。
わざわざ僕に呼びかける者はいない。陰で叩かれる蔑みと嘲笑にはもう慣れた。
事実、僕は「成金2世」なのだから。
繰り返すが、父は偉大だ。金を稼ぐことに関して父の右に出るものはいない。
能のない僕は、商人としては、父からとっくに見限られている。
父から与えられた職は名ばかりの不動産支配人。
優秀な父が手配した管理人と修繕業者との契約更新さえしていれば良いだけのお仕事。
お陰で、僕はとくに何をしなくてもお金を稼ぐことができる。父には感謝しかない。
男女問わず同世代は、平民ならば汗水垂らしながら労働に勤しみ、貴族なら勉学と事実上婚活の社交に勤しむなか、僕は実家の豪邸で使用人に世話をされながら悠々自適な成金2世ライフを送っている。
自堕落な僕の欲望は果てしない。
労働なんてしたくない。義務も責任も負いたくない。
世界中から贅を尽くした品々を集めて、これみよがしに見せびらかしてやりたい。
心の内で僕を蔑んでいても、僕の機嫌を損ねるわけにはいかない愚者共の蔑みや悔しさが噛み殺しても滲み出ている表情が堪らなく好きだ。
だから、これは何かの間違いだ。
この僕が勇者に選ばれてしまうなんて。




