vsお菓子使いの魔女
ドサドサドサッ!
「あいたたっ!?」
空中に放り出され、あたしは地面にしりもちをついた衝撃で目を覚ます。
ん? 夜なのに、まぶしい……?
「ここは……?」
隣には、倒れている黒い犬と2人の子供の姿が。
「トト!? ヘンゼルくん!? グレーテルちゃん!?」
「クーン……?」
「ううーん……?」
「ここ、どこ……?」
良かった、みんな生きてた。
あたしはホッと胸を撫で下ろし、周りを見渡す。
パンでできた壁で四方を囲まれた、台所のような感じの部屋の中。
そして。
『ヒッヒッヒッ、どうやら獲物がかかったようだねえ』
「!!」
黒いローブを身にまとい、大釜の中の謎の液体をぐるぐると棒でかき混ぜている、ねるねるね◯ねのCMに出てきそうな老婆がそこにいた。
ひええーっ! 出たーっ!
――――――――――――――――
BOSS:お菓子魔法使い『ホレ』
種族:人間族・小魔女
耐久値:2
攻撃力:12
魔法属性:無・火・氷
――――――――――――――――
「な、な……」
「ヒッヒッヒッ、恐ろしくて声も出ないようだねえ」
「なんで、魔女はいつも釜をぐるぐるしてるの!? テンプレ!?」
「第一声がそれかい」
「あ、あなたが『ヘンゼルとグレーテル』の人喰い魔女?」
あたしが震えながら問うと、耳障りな哄笑を上げながら紫髪の魔女は応える。
「人喰いとは人聞きが悪いねえ。私は、お菓子使いの魔女『ホレ』。東の魔女様の側近だよ」
えっ、東の魔女?
あの、ぺちゃんこになったドジっ子魔女に側近なんていたの?
「ヒッヒッヒッ。女の子は召し使いにしてこき使うとして、男の子の方はじっくり肥らせてから美味しくいただくとするかねえ」
「「ひっ!?」」
「ちいっ! わざわざ肥らせてまで自分の性癖を満たそうだなんて、このぽっちゃりマニアのショタコン魔女め!」
この『美味しくいただく』は、まぎれもなく性的な意味だよね!
さすがは、『ヘンゼルとグレーテル』の悪役魔女だっ!
「違うわ!」
「じゃあ、やっぱり子どものおどり食い? それはそれで絵面がちょっと……」
「なにか勘違いしているようだが、私がいただくのは子どもの『生命エネルギー』さ」
「生命エネルギー?」
「ヒッヒッヒッ、魔女や魔人が手っ取り早く強くなるには人間の、特に子どもの生気を吸収するのが一番なのさ」
そう言って、魔女はニタリと笑う。
なるほどー。どうりでおとぎ話に出てくる悪い魔女は、やたらと子どもをさらおうとする訳ね。
「悪に堕とされた東の魔女様をお救いするため、どんな手を使ってでも私は強くならねばならない……。東の地方の平和を取り戻すため、お前たちにはその礎になってもらうよ!」
狂気に満ちた顔で高笑いをする、お菓子の魔女。
東の魔女をお救いする? 平和を取り戻す?
悪い魔女らしくない言葉に、あたしは違和感を覚える。
だけど。
「やややっ!? お前が履いているその靴は、まさか東の魔女様の『銀のくつ』!?」
お菓子の魔女は、あたしの足元を見とがめる。
あっ、やべっ。バレちゃった!?
「お前、まさか東の魔女様を……」
「えーっと、これはその……」
「問答無用! お菓子魔法『スイーツ・モンスター』ッ!」
「言い訳する時間くらい、ちょうだいよっ!」
魔女が両手を広げると、何もない空間にバカでかいイチゴのショートケーキとチョコレートケーキが出てくる。
やーん、何これ? 大きくて美味しそう!
すると次の瞬間、ケーキからギョロッとした目と牙が生えた口が現れる。
ぎいやーっ! 前言撤回ーっ!!
『ケケケケケ、ケェーキッ!』
さらに顔からマッチョな腕を生やし、ケーキたちが奇声を上げながら襲って来る。
「くっ、支獣召喚! 出でよ、カカシくん!」
あたしは、とっさにバケモンボールを構えたけど、ウンともスンとも言わない。
ああっ! そういや、カカシくんをボールから出しっぱなしだった!
『ガガガガガ、ガトォーッ!』
ケーキのお化けが、もう目前まで迫る!
うわあー、もうだめだー! と思った瞬間。
『ワラの矢でござる!』
ビシュシュシュッ!
ガスガスガスッ!!
「ショォォォト……ッ!」
「ショコラァァァ……ッ!」
突然、背後から鋭いワラの針が飛んできて、ケーキの化け物を蜂の巣のようにボコボコにする。
これはっ?
「ふうっ、間に合ったでござる」
後ろを見ると、必殺技を放った後のポージングを決めるカカシくんの姿が!
「カカシくん!」
「あぶないところでござったが、召喚の声が聞こえたのでなんとか馳せ参じることができたでござる」
ありがとおおおお! 助かったよおおお!
離れたところにいても、召喚すれば近くに呼び寄せる事ができるんだね!
「よーし、形勢逆転! やっちゃえカカシくん!」
「御意!」
あたしの号令で、カカシくんが魔女に立ち向かう。
今のあたしって、なんか女主人公ぽくってカッコいい!
「ぬう、小娘の分際で! ならば、これはどうだ!」
お菓子の魔女が呪文を唱えると、両手が炎に包まれる。
これは、火属性の魔法?
「お菓子づくりは火が命! 食らえ炎魔法、『ファイヤーボール』ッ!」
「鉄拳制裁でござる!!」
カカシくんが炎の弾に向かって果敢に突っ込んで行くけど、ちょっと待って?
「カカシくん、よけて!」
「!?」
カカシくんが横っ飛びでかわすと、火の玉がこっちに飛んできたのであたしたちも避ける。
わわっ!
「カカシくん! あなた火が弱点じゃなくって? 燃えちゃうよ?」
「あ、そうでござった。ひえーっ、火はこわいでござるーっ!」
「極端すぎるよ」
そういえば、カカシくんってすっごい忘れっぽかったんだったね。気を付けないと。
「もうしわけござらぬ、オロシーどの」
「ドロシーよ」
オロナ◯ンCみたいに言わないで。
誰が、元気ハツラツよ。
「ヒッヒッヒッ、どうやら属性相性じゃこっちのほうが有利のようだねえ!」
一気に攻勢をかけようと、お菓子の魔女は空中に6つもの火の玉を展開する。
これは、まともに食らったら火傷ぐらいじゃすまない!
後ろを見れば、抱き合いながらガタガタ震えるヘンゼルくんとグレーテルちゃんとカカシくん。
もう! 年下の子たちや仲間を見捨てて、逃げるわけにはいかないじゃない!
あたしは3人を守るように前に立ち、天地魔闘の構えを取る。
「通信教育で鍛えた、あたしの空手を見せてあげる!」
「こしゃくな! 炎魔法『ファイヤーボール・六連』!」
しかし、魔女が放った炎弾が容赦なくあたしに向かって来る。
あー、これはさすがにしぬかな?
うーん、思えばあたしの人生、あんまり良いことなかったかも。理想の王子様にも出会えなかったし。
そういや、キンタローにリョナ野郎呼ばわりしたことを謝れなかったなあ。
荒れ狂う魔女の豪火が、あたしを飲み込もうとした、その時。
『うまいっ!』
ドンガラドシャーッ!
天井から瓦礫が降って来て、炎弾がまとめて押しつぶされる。
あれ、あたし助かった?
「なにーっ!?」
魔女も見るからに慌ててるみたいだけど、いったい何が起こったの?
『うまいっ! うまいっ!』
さらに、グラグラグラッ! と天変地異が起きたかのように地面が揺れると、壁がガラガラと崩れ、上から天井がドボクシャーと落ちてくる。
えーっ、やっぱり大ピンチ!?
「うわーっ!?」
『うまいっ!!!』
あれっ? もしかして、これってキンタローの声?
そう思った瞬間、意識が真っ白い光に包まれる。
…………。
気がつけば、あたしは真夜中の草原の中にいた。