ドロシーとヘンゼルとグレーテル
『ヘンゼルとグレーテル』
昔々、あるところに幼い2人の兄妹がおりました。
兄の名は『ヘンゼル』、妹は『グレーテル』。
ある日2人は両親に捨てられ、森の奥深くへ迷いこんでしまいました。
お腹をすかせた兄妹がたどり着いたのは、見るからに美味しそうなお菓子でできた『お菓子の家』。
ですがそれは、悪い魔女の住み家だったのです……。
*
「ぼくたちは親に捨てられたんです……」
草むらの中にしゃがみ込み、そう語るのはお兄さんの方の『ヘンゼル』くん。見た感じ10歳くらいかな?
話を聞けば、2人の家は明日食べるものないくらいとても貧乏で、兄妹ともども口減らしのために家から追い出されてしまったんだって。
それを聞いて、当然あたしは怒りに震えたわ。
子供を見捨てるなんて、なんて親なの! 許せない!
物語で読んで知ってるけど、ひどい話だよ。
「おにいちゃん、おなか空いたよぅ……」
と、お腹を押さえて力なく言うのは、妹の『グレーテル』ちゃん。
ズキュウウウン! と、腹の音があたしにも聞こえるくらい大きく鳴る。
「あ、あの、お願いします! どうか、ぼくたちに……」
「みなまで言うな!」
「「!?」」
あたしは2人のセリフを押しとどめ、力強く言う。
「あなたたちの望みはちゃーんと分かっているわ。安心してちょうだい」
「あ……、ありがとうございます!」
ふっふーん。あたしは第六感を持つ、察しの良い女。
全て、まるっとお見通しよ!
「あなたたちの望みはただ一つ、『ざまぁ』ね!」
「「!?」」
「さっそく、あなたたちの両親に『ざまぁ』をお見舞いしてあげるわ!」
「「!??」」
キターッ!!
異世界もののお約束、追放からの『ざまぁ』っ!
パーティー追放や婚約破棄。その形はさまざまあれど、Web小説で覇権を誇る一大ジャンル。
得られるカタルシスがハンパないから、あたしも一度やってみたかったのよねー。
ざまぁぁぁあ、チャーンス!
「あ、いえ、別にざまぁは必要ないです」
「え」
「復讐だとか全然考えてないですし、そもそもぼくたちはまだ働ける歳でもないですから、お父さんやお母さんも苦渋の決断だったと思います」
えー、なにいい子ちゃんぶってんのよー。つまんないの。
せっかく毒親の尻を一列に並べて、ケツバットを食らわせてやろうと思ってたのに。
いいじゃん、ざまぁ。やろうよ、ざまぁ。
原作で見せてた、小石やパンくずをばらまいてでも家に帰り着こうとした、あのド根性はどこへいったの?
「それより、ぼくたちはお腹が空いてしにそうなんです。何か食べるものをいただけませんか?」
ズキュウウウン! ウリイイイイィ! と、ヘンゼルくんも腹の音を鳴らす。兄妹そろって、効果音でボケるタイプ?
「なあんだ、そんなことなら早く言ってくれればいいのに」
「いや、さっき言おうとしてたんですけど」
「ちょうど今、ホーンラビット肉を山ほど焼いてたところだから、ごちそうしてあげるよ」
やったーっ! と、大いに喜ぶヘンゼルくんとグレーテルちゃん。よっぽどお腹が空いてたんだね。
あ、キンタローが全部食べちゃったりしてないかな? あたしの分もあるから大丈夫よね。
ヒア、ウィーゴー!
「あれ? 道に迷っちゃったわ」
「「ええ……?」」
あたしよりも背丈が高い草むらが、そそりたつ壁のように行く手を阻む。
おかしいな。あたしってば方向感覚には自信がある方なのに、草原をかき分けかき分け進んでみるけど、もと居たところに戻れそうな感じがしない。
闇夜で暗いし、また魔獣が出るかもしれないし、この状況ってけっこうヤバくない?
と、あたしがだんだん不安になっていると。
「ワンワン!」
クンクンと何かを嗅ぎ付けたトトが、草むらの中をダッシュする。
「あっ、トト!?」
あたしたちはトトとはぐれないように、すぐ後を追いかける。
すると、少し拓けたところに出て来たの。そして、甘い香りがあたしの鼻腔をくすぐる。
これは……?
「「わあぁーーっ!!」」
とつぜん目の前に現れたのは、一軒の家。
それもただの家じゃなく、屋根はクッキーで出来た瓦、パン生地にチョコレートで塗られた壁、窓はカラフルな飴で出来ている。
これはまさに、あのおとぎ話に出てくる……。
「「わーい、『お菓子の家』だー!」」
ヘンゼルとグレーテルは、夢のような建物に向かって突撃する。
「2人とも待って! これは『子供ホイホイ』よ!」
あたしが鋭く制止すると、2人はギョッとした顔で立ち止まる。
「これはきっと、魔女の罠。誘惑に負けて食べてしまったら、逆に魔女の餌食にされてしまうわ」
「「そ、そんな……?」」
美味しそうなお菓子を食べられず、逆におあずけを食うヘンゼルとグレーテル。
かわいそうだけど、こればかりは仕方がないの。あたしもお腹減ってるけど、おとぎ話の二の舞にはさせないわ。
「でも……、あのワンちゃんは食べてるよ?」
「えっ?」
グレーテルちゃんの言葉で玄関口を見ると、チョコレートでできたドアを、トトがモシャモシャと食べちゃってる。
げげげっ!?
「「もう、がまんできなーい!」」
ヘンゼルくんとグレーテルちゃんは、まるでケロ◯グコンボのCMのように、お菓子の家に飛びついて行く。
「ああっ、ヘンゼルくん!? グレーテルちゃん!?」
「「おおおおお、おいしーい!!」」
2人は柱にかじりつき、壁をえぐり取って、ガツガツと取り憑かれたようにお菓子を食べ始める。
ま、まずいわ! このままじゃ魔女の思うツボ、何とかしなきゃ……。
すると、コロコロコロッとあたしのお腹も鳴り始める。やばい!
食べちゃダメだ、食べちゃダメだ! と、エヴァの主人公のように葛藤するけど、あたしはフラフラとクッキーでできた家の屋根瓦を一枚はがして、パクリと口に入れてしまう。
「おおおおお、おいしーい!!」
えっ、何このクッキー!? サクッとした軽い食感で、口の中でホロホロッと溶けるの。
そして、この味! 甘さ控えめなのにバターの塩味が利いているおかげで、後を引く味わい! いくらでも食べられちゃう!
そう思った瞬間、あたしはもう何も考えられなくなって、夢中でお菓子の家にむさぼりつく。
こんな、美味しいお菓子を食べたのはじめてよ!
美味しすぎて、目が回り始めたわ!
あああー、視界がグニャグニャと歪んで、意識が真っ暗闇に落ちていくー。
くぁwせdrftgyふじこlpーっ……!