婚約してないけど婚約破棄
『オズ』の世界にも夜は来る。
とっぷりと日が暮れて、真っ暗な夜の帳が空に下りる。
カカシくんを仲間にしたあと、どこかで宿を取れないものかと歩いてたんだけど、ぜんぜん村どころか家すらみつからず。
『今日はここをキャンプ地とする!』てなもんで、あたしたちは野宿をすることになったの。
まあ覚悟はしてたけど、まさか初日からこうなるとは先が思いやられるねー。
東の地方は春くらいの気候だから、朝晩は肌寒そうだし、お風呂に入れないのもつらいなあ。
真っ暗な野原の真ん中で、あたしたちは焚き火をとりかこむ。
「カカシくんはこっちに来ないの?」
「カカシもいっしょに、メシ食おうぜー」
あたしとキンタローが呼び掛けるけど、カカシくんは一本足打法みたいに立ったまま、遠巻きに離れて近寄ろうとしない。
「もうしわけござらぬ。せっしゃワラで出来ているゆえ、火が苦手なのでござる。ついでに言えば、せっしゃは食べる必要がないのでおかまいなくでござる」
そういやステータスに『弱点:火』って、おもくそ書いてあったね。
カカシくんがご飯を食べずにすむのなら、おサイフ的には助かるかな?
「おー! これ、めちゃくちゃうまいな! ドロシー、お前メシ作るのうめえんだな!」
うまい! うまい! とキンタローは、どこかの炎柱さんみたいに連呼しながら、串に刺してこんがり焼けたホーンラビット肉をバクバク食べる。
別に大したことしてないんだけどね、下味をつけて焼いただけだし。
まあ、カンザスにいた頃は家事一切やってたから、料理には自信ある方だけど、えっへん。
「よしっ! ドロシー、おいらのお嫁さんになってくれよ!」
「いや、プロポーズが早すぎる」
勝手に胃袋つかまれないでよ。
「ねえ、さっきからお嫁さんお嫁さんって言ってるけど、あたしはまだそんな歳じゃない……ていうか、キンタローは歳いくつなの?」
「おいら、十四だ!」
「同い年じゃないの」
体格がいいから、歳上かと思ってたよ。
「おいらの国じゃあ、十五には元服して結婚してるぞ?」
「そりゃ、カンザスでも法律上じゃ15で結婚できるけど……。その歳で結婚なんて早くない? なんでそんなにがっついてんの?」
すると、キンタローは食べる手を止めて語り始める。
「しんだ母ちゃんとの約束なんだ」
「えっ?」
「おいらは母ちゃんがしぬ前に2つの約束をした。1つは『世界最強の男』になること、もう1つは『世界一のお嫁さん』をもらうことだ」
「え……」
「だからおいらは、武者修行と花嫁探しをしてるんだけど、いきなりお前みたいな別嬪さんに出会えるとは、おいらはツイてるな!」
おいらが世界最強になるのはまだまだだけどな、とキンタローはニカッと笑う。
パチパチと薪の音が鳴り、炎の明かりが彼の顔を照らす。
ほっぺたはぽちゃっとしてるけど、まあまあ凛々しい顔してるのよね。
ていうか。
「あたしがべっぴん? ウソでしょ?」
こんな、鼻ぺちゃモブ顔をつかまえて?
「ウソじゃねえよ、おいらドロシーみたいに可愛い女の子は初めて見た」
ドキッ!
「え、えーっと……、お、おせじを言っても何も出ないわよ?」
「おせじじゃねえさ。なあ、カカシもそう思うよな?」
「せっしゃも、ドロシーどのはすごい美人さんだと思うでござるよ」
いやーん、モテ期到来!?
『竜巻に乗って異世界転移したら、恋愛チートで逆ハーレムな件』みたいなタイトルで1本書けちゃうかもー!
……って、変態と案山子にモテてもなあ。
「それに、おいら北の魔女から言われたんだ。ドロシーはおいらの『運命の人』だって」
「ええっ?」
ドキドキッ?
「おいらもそう思う。お前の作ったメシはうんめーもんな!」
ガクッ。
もー、しょうもないこと言わないでよ。北の魔女も適当な事言っちゃってー。
「というわけで、おいらのお嫁さんになってくれないか?」
「この流れで、あたしが『はい』と言うと思う?」
「えっ、ダメなのか?」
「ダメっていうか、その……、結婚っていうのは『恋』をしてからするものなのよ?」
「『恋』ってなんだ? 池とか沼にいる鯉なら山で食ってたけど」
「そこから説明しなくちゃいけないの?」
キンタローは照れくさそうに頭をポリポリかきながら。
「わりいな、おいら山育ちであんま物を知らねえんだ。良かったら、ドロシーがおいらに『恋』ってやつを教えてくれないか?」
うわあ。ちょっと意味が違うけど、少女マンガのイケメンが言うようなセリフを言ってるよ。うわあ。
あんたは好みじゃないから無理だよっ! ってハッキリ言いたいけど、逆ギレされたら怖いしなあ。
なんて、あたしが言いよどんでいると、トトがキンタローに向かってワンワンと吠えてる。
おっ、あたしの代わりに文句を言ってくれてるのかな?
いいぞ、もっと言ってやれ!
「食わないなら、その肉よこせって? まだ食ってる途中だぞ?」
ガクッ。
抗議してたんじゃなかったの?
それにしても『世界一のお嫁さん』とは、大きく出たもんだね。
うーん……。
どっちにしても、あたしには無理だなあ。
「……ごめんね。あたしみたいなモブキャラじゃ、キンタローが言うような『世界一のお嫁さん』にはなれないよ」
「そうなのか? お前、そんなに可愛いのに?」
「ぐっ……、世界にはあたしより美人で可愛い人はたくさんいるよ。キンタローにはもっとふさわしい人がいると思うの。例えばそうね、『お姫さま』とか?」
「お姫さま?」
「あなたの元いた世界にもいるでしょ? そうだわ! キンタローが世界一を目指すなら、美人で可愛くてとっても品が良い、ヒロイン級の『お姫さま』を狙うべきよ!」
うーん、そうかー、とキンタローは腕を組んで考え込む。
「お姫さまって、おっぱい大きいか?」
「えっ? お、大きいんじゃないの? お姫さまなんだし」
「おしりは安産型か?」
「安産型だと思うわ」
女の子になに言わせんのよ。
「よし、分かった! おいらは『お姫さま』をお嫁さんにすることにする!」
「うん、それがいいと思うわ」
やったー、相手を持ち上げといて傷つけないようにフる。名付けて『あなたに、あたしじゃもったいないわ』作戦、大成功!
そして、あたしは素敵な王子様と大恋愛をするのよ。うっへへー。
横を見ると、キンタローがお姫さまをお嫁さんにするぞー! と気勢を上げている。
いやー、キンタローが単純で助かったわ。
……。
キンタローって、ずいぶん人の話を素直に聞いてくれるんだね。
見ず知らずのあたしを北の魔女から頼まれたからってだけで助けてくれたし、服装のセンスはアレだけど、思ったより悪いやつじゃないのかも。
服装のセンスはアレだけど。
これなら、これからの旅でもうまくやっていけるかな?
あたしが、ぼんやりとそんなことを考えていた、その瞬間。
ヒュッ!
いきなりあたしの目の前に金属のかたまりが突き付けられる。
あたしに向かって、キンタローがマサカリを構えていた。
ええっ!?
「ドロシー、振り向かずにゆっくりとこっちに来い……」
えーっ! いくらフラれたからって、刃物で脅してくるなんて、やっぱりキンタローって悪いやつ!?
このままあたしは裸にひんむかれて、◯されちゃうっていうの!?
「くっ! この、キンタローの変態リョナ野郎っ!」
「何をわけの分からん事言ってんだ?」
「ドロシーどの、静かに……。後ろを向いちゃダメでござるよ……」
カカシくんも小声でそんな事を言ってくる。
ていうか、後ろに何が……?
あたしは、思わず背後を振り向く。
「あっ! こらっ、見んな!」
ババーンッ!!
目の前に現れたのは、鱗に覆われた巨大な顔!
焚き火の光を受けて爛々と輝く、爬虫類系の2つの眼。チロチロと見える先が割れた舌。
その口がガパッと開いて、あたしを丸飲みしようとする。
これは、RPGでよく見る『巨大蛇』だっ!!
「どっぴえええええーーーっ!!」
パニックになったあたしは、ダッシュでその場から逃げだした。
「あーあ、やっぱりこうなっちまったかー。カカシ、おいらはこいつを仕留めとくから、お前はドロシーの方をたのむ」
「承知したでござる!」
*
「はーっ、はーっ、……あー、びっくりしたー」
わき目もふらずに走り続けたあたしは、岩の上に腰かける。
そして一息ついたら、ずーんと自己嫌悪におちいる。
冷静に考えたら、バケモンボールで捕獲するって手もあったし、そんなに逃げなくても良かったね。
それに、さっきのキンタローはあたしを助けようとしてくれてたんだよね。
◯されちゃうーとか『変態リョナ野郎!』だなんて、うたぐって悪かったなあ。
「ワンワン!」
「あっ、トト? ついてきてたの?」
落ち込んだあたしを元気づけるようにトトは、あたしの足元にすり寄ってくる。
すると安心したせいか、あたしのおなかがグーっと鳴ったの。
そういや、まだホーンラビット肉を食べてなかったっけ。
「よし、2人のところへ戻ろっか」
「ワン!」
あたしたちは、キャンプ地へ戻ろうと立ち上がる。
すると。
シクシクシクシク……。
どこからともなく、子供の泣き声が聞こえてくる。
えっ、なにっなにっ? やだ、こわい!
シク、サンジュウロク……。
泣き声が、なぜボケる?
「なんか、こっちの方から聞こえて来たけど……」
「ワン!」
あたしたちは背丈よりも高い草むらをかき分けながら、声の方へと近付いて行く。
すると、そこにうずくまる2人の子供がいたの。
暗くて分かりにくいけど、男の子と女の子?
「あなたたちは誰? なんで、こんなところで泣いてるの?」
「「……」」
2人は警戒しているのか、返事をしてくれない。
すると、トトが子供たちに近寄って、クーンと甘えた声を出したの。
それを見た2人がフッと気をゆるめたのが分かったわ。
さすが、『ラーメンと動物は視聴率を取れる』っていうだけあるね。
「あなたたち、お名前は?」
「ヘンゼルです」
「グレーテルです」
「「2人合わせて『ヘンゼルとグレーテル』です」」
ええっ?
もしかして2人は、あの有名な『ヘンゼルとグレーテル』?