マサカリかついだ快男児
爽やかな風が吹き抜ける、異世界の田園地帯のど真ん中。
青空の下で、いきなりのプロポーズ。
ぽっちゃり少年は丸いお腹をポンと叩いて、ニカッとあたしに微笑みかける。
お、お嫁さん? あたしが? こいつの?
「えええーっ? あたしが、なんで? ムリムリムリムリーっ!」
と、あたしは思わず全力で断っちゃったけれども、考えたら刃物を持った男相手に拒否権なんて無かったんじゃ……。
だけど、少年は特に機嫌を損ねた様子もなく。
「えー、ダメなのか? おいらはお前を見た瞬間、ドドンと来たんだけどな」
そこは、ビビッと来るものでは?
「で、でも、そもそもあたしは、あなたの名前も知らないし……」
「あ、そうか。まだ名乗ってもなかったな」
少年は何かの儀式のように、高らかに右足を上げたあと、ドスンと大地を踏み締める。
「生まれも育ちも霊山、足柄。豪放磊落、怪力無双、不撓不屈の快男児! マサカリかついだ金太郎とはおいらのことだい!」
どどんっ!
「それ、ぜんぶ名前?」
長すぎて、とても覚えきれないわ。
「いや、名前の部分は『金太郎』だけだ」
「そ、そうなのね」
キンタロー……。
珍しい名前だけど、なんだかエッチな響きね♡
「あ、あたしは……」
「ドロシーだろ? 白い服のおばさんから聞いてるぜ。平たい顔をしてるっていってたから、すぐに分かったぞ」
雑な説明してくれんじゃないのよ、あの魔女。
えっ? ということは、こいつが北の魔女が召喚した異世界の勇者ってこと?
「よく分からんけど、白いおばさんから『ドロシーって娘を助けてやってくれ』って頼まれたから、これからよろしくな!」
えーっ、やっぱりこの裸エプロン男が、異世界勇者……。
あたしのイメージのカッコいい勇者様がガラガラと音を立てて崩れていった、その時。
「あっしの事を忘れてもらっちゃあ、困るでがんすよ!」
「「!」」
あたしとキンタローがハッと振り向くと、さっきの黒い狼の姿が。
「余計な邪魔が入ったでがんすが、その女の命はいただくでがんす!」
すかさず、オオカミは地を這うような動きで迫ると、あたしの喉に爪を突き立てようとする。
が。
バチコーン!
「ぐべっ!?」
一瞬早く、キンタローの掌底がオオカミの顔面をとらえ、オオカミは変な声を上げながらゴロゴロと転がっていったの。
よく分からないけど、もしかしてあたしを助けてくれた?
「あぶねえなあ、ケガでもしたらどうすんだ?」
「うぐっ……」
七匹の子やぎの狼は、口の端から滴る血をぬぐいながら立ち上がる。
「なるほど……。けったいな格好をしてると思ったら、どうやらあんたも『異世界勇者』のようでがんすね。だったら、2人まとめて始末するでがんす!」
やにわに、オオカミは何やら文字が書かれた宝石を取り出し、手首ごとごぽっと大地に埋め込む。
「出でよ、ゴーレムでがんす!」
すると地面がモリモリッと盛り上がって、RPGとかによく出る、土でできた巨大な人型が立ち上がったの。
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BOSS:クレイゴーレム
種族:魔動人形
耐久値:16
攻撃力:16
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「さすが、『西の魔女』が作った呪符。強そうな奴が出て来たでがんす!」
「えっ……、西の魔女!?」
「ゲーッヘッヘッ、そのとおーり! あっしはあんたをころすために西の魔女から放たれた、刺客でがんす!」
5~6mはありそうなクレイゴーレムの肩の上に立ち、黒い狼は大いに勝ち誇る。
「あんたを始末すれば、あっしは報酬として『ジンギスカン食べ放題』を約束されてるでがんすっ!」
「西の魔女の報酬、しょぼっ!」
そんなんで、あたしはころされちゃうっていうの?
「行け、ゴーレム! まとめてペチャンコにしてやるでがんすっ!」
オオカミの命令に応え、ズシンズシンと迫りくる土の巨人。
そびえ立つその迫力に、あたしはもうどうする事もできずにヘナヘナと座り込む。
ううううう……、こんなデカいのに襲われたら、ただのモブキャラのあたしなんてひとたまりもないよー。
孤児だったあたしを引き取って育ててくれた、おじさん、おばさん、ごめんなさい。あたしはもうカンザスへは帰れません……。
あたしが悲しみにくれながらガクプルしていると、目の前にスッと影が立つ。
キンタロー……?
「心配すんな、お前はおいらが守ってやるから」
ドキッ。
「えっ?」
瞬間、周囲の空気がピンと張りつめる。
キンタローはマサカリをバックスイングすると、力を溜めるかのようにグッと腰を落とす。
「その勇猛きこと『熊』の如く……!」
ドンッッ!!
土煙が上がり、踏み込む力で大地がえぐれ飛ぶ。弾丸のように一直線に、キンタローはゴーレムに肉薄する!
「『大・木・斬』っ!!」
ズバァンッッ!!
キンタローがマサカリを振り抜くと、土の巨人が横一文字に斬り裂かれ、上半身がロケットのように飛んで行く!
「えええええーーーっ!?」
「どえええええーーっ!?」
ドッゴオオオオオォォォーンッ!!
真っ二つになったゴーレムは、粉々になって爆散した。
「くっそー! 覚えてろでがんすー!」
そして爆風に飛ばされて、七匹の子やぎの狼は空の彼方へ消えて行ったの。
空から土の破片がぱらぱらと降る中。
「うん? 図体の割には大したことなかったな」
キンタローはブンとマサカリを振って、ホコリを払いながら事も無げに言う。
たったの一撃。これが、本物の異世界勇者……。
腰が抜けたあたしに、キンタローは手を差し伸べて、太陽のような笑顔をニカッと見せる。
「ドロシー、ケガは無かったか?」
ドキドキッ?
「え? う、うん。ありがとう……」
あたしはキンタローの手を取って、身体を起こす。
ゴツゴツしてるけど、包み込むような大っきな手。
あれ? 危機はとっくに去ったのに、さっきからずっとあたしの胸がドキドキしてる。
もしかして、この感情って……?
その時、ぴゅーっと風が吹く。
すると、キンタローの前掛けがピラッとめくれて、見るからに凶悪な異世界の怪物が現れたの。
「い……、いやあああああーっ!! 『魔獣』よーっ!!」
「なにっ、魔獣? どこだ!?」
あたしはとっさに『バケモンボール』をトルネード投法で振りかぶり。
「バケモンGOーッ!」
シュルルルルッ、ドゴオッ!
「うおわっ!?」
バケモンボールはうなりをあげて、キンタローの股間に取り憑いた化け物に直撃したけど、反応も無くポトッと落ちる。
えっ!? バケモンボールでゲットできないの!?
「きやあああーっ! 助けてえーっ!」
とてもあたしの手には負えない怪物の出現に、トトを抱えて一目散に逃げる。
「どうした、ドロシー!? 魔獣なんてどこにもいないぞー?」
だけど、キンタローもズドドドと砂塵を撒いて追いかけて来る。
「ぎいいいやぁあーーっ! ついて来ないでーっ!」
デブなのに、なんでそんなに足が速いのー!?
「おいらの側を離れんなよー、守ってやれないじゃないかー」
「ひぎゃあああああーーーっ!!」
こうして、あたしとキンタローの出会いは、最悪な第一印象から始まったのでした。
「カッコいい勇者様、キボーンヌッ!!」