オズの世界と銀のくつ
いっぺんに色んな事が起こりすぎて混乱しているあたしに、北の魔女は異世界のことを丁寧に教えてくれたわ。
まず、あたしがやって来たのは、『オズ』という名前の世界。
オズには100を超えるたくさんの国があって、『魔女王』と呼ばれる4人の魔女が大まかに東西南北の4つの地方に分けて守護ってたらしい。
そのおかげで、元々はとっても平和な世界だったんだって。
だけど、とつぜん東と西の魔女が『悪い魔女』になって、魔法を使って人々を苦しめ始めたらしいの。
それを知った北の魔女は、あわてて東の地方の人たちを助けに来たんだけど、東の魔女に返り討ちにあって、捕まってたみたい。
さらに、強大な力を求めた東の魔女は、異世界からの『勇者』を呼び出して自分の手先にするつもりだったらしいんだけど、ご存じのとおり残念な結果になっちゃったみたい。
物語的には東の魔女がラスボスでもおかしくなかったのにね。開幕と同時にしんじゃうなんて。
それに、呼び出したのは勇者どころか『あたし』だなんて、よりにもよって。
東の魔女って、意外とざぁこ?
北の魔女は他にもいろいろ説明してくれたんだけど、話が長くてほとんど聞き流しちゃった。てへへ。
ところが。
「……というわけで、異世界勇者であるあなたに、次は『西の魔女』を成敗してもらいたいのです」
急に北の魔女がぶっこんで来たよ!
「えええっ? あたしが、なんで? ムリムリムリムリ!」
「あなたのステータスには、すでに『魔女殺し』の称号が付いています。これはあなたの運命なのです!」
「勝手に変な二つ名を付けないでよ!」
東の魔女を倒したのは偶の然で、あたしがやったんじゃないってのに。
現実世界でもモブ中のモブだったあたしが、そんな事できるはずが無いのに!
「あたしはすぐにでもカンザスの町に帰りたいの。家族が心配してるはずだから」
「それこそ無理な相談ですよ。あなたを元の世界に還すのは、召喚んだ東の魔女でなければ難しいと思います」
「えっ!? 北の魔女さんは4人の魔女王の1人なんでしょ? あたしの事をビューンって、帰してくれないの?」
すると、北の魔女は邪悪な笑みを浮かべながら。
「クックック……、わたくしは四天王の中でも最弱。魔女王の面汚しよ」
「それは、自分で言うセリフじゃないわ」
東の魔女よりも弱いってんだから、北の魔女もたいがいだね。
「わかりました。それでは、『エメラルドの都』に行ってみてはどうでしょう。そこに住む『オズの魔法使い』と呼ばれる最強の魔法使いなら、もしかしたらあなたを元の世界へ還す事ができるかもですよ」
「そこへは、どうやって行けばいいの?」
北の魔女は肉付きの良い手で、西の方角の黄色のレンガを敷き詰めた道を指し示し。
「エメラルドの都は世界の中心にあります。この道をたどって行けば良いですよ」
「じゃあ、さっそく行こうっと」
あたしはトトを連れて、意気揚々と出発しようとしたけど。
「待ってください。東の地方は東の魔女のせいで荒廃しきっています。悪い魔人や魔女がウヨウヨしてますから、今のあなたじゃイチコロですよ」
「そんなあ」
あたしは巻き込まれただけなのに、もう故郷には帰れないっていうの?
ネット小説を書きかけの状態で予約投稿してるのに、このままじゃ暴発しちゃうよ!?
そんなのって、あんまりだよーっ!
あたしがへたりこんで、悲劇のヒロインのようにシクシク泣き出すと北の魔女が優しい声で。
「それでは、あなたに良いものをあげましょう」
良いもの? プレステ5かな?
すると、北の魔女は家につぶされてる東の魔女の足から銀色の靴を脱がしたの。
「この『銀のくつ』には、素晴らしい魔法の力が込められているのです。これは、東の魔女を倒したあなたのものです」
そういって、北の魔女は銀のくつをずずずいと差し出してきたわ。
「えー、人が履いてた靴なんて履きたくないよ?」
「では、あなたにチートな能力を授けましょう」
キターッ!
異世界もののお約束、チート能力っ!
北の魔女はあたしのおでこに、チュッとキスをして。
「これであなたは、あらゆる『病気』にかからないようになりました」
えー、デコピン一発で敵を粉砕したり、流し目だけで逆ハーレムを作れたりとかじゃないのー?
異世界にはどんな病気があるか分からないから、ありがたいっちゃありがたいけど、チートっていうには地味すぎない?
「これで、あなたは水虫になることはありません。安心して銀のくつを履いてください」
「いや、普通に汚いから履きたくないです」
結局、北の魔女が『除菌消臭魔法ファブリーズ』をかけてくれたから、あたしは銀のくつを履くことができました。
お下がりだけど、履き心地はとっても良い感じ。
さすが魔法の靴だね、どこまででも歩いて行けそうだよ。
「それから、これも差し上げましょう」
「これは?」
北の魔女が手に持っているのは、赤と白のツートンカラーのどこかで見たような丸いボール。
「これは『バケモンボール』です。これがあれば、魔獣を使役する事ができるので、きっとあなたの手助けになるはずですよ」
「著作権とか大丈夫?」
大手企業ともめるのはやだなあ。
とか言いつつ、あたしはバケモンボールを3個もらったわ。
それでも、やっぱり1人旅は心細いので。
「あのー、良かったら北の魔女さんも一緒に来てくれませんか?」
「それはできません。わたくしは、急いで北の地方に戻らなければなりませんから」
うーん、そうだよね。東の魔女に囚われていたっていうから、留守にしてたみたいだし。
でも、北の魔女はもう親友だと思ってたから、一緒にいられないのは寂しいな……。
そんなあたしの不安を感じとったのか、北の魔女はふうとため息をついて。
「しょうがないですね。では、あなたの旅の仲間として、勇者を召喚いたしましょう。あなたと同じ年頃のとっても強くてカッコいい男の子なんていかがですか?」
「ぜひ、イケメンでお願いします」
*
とまあ、こうしてあたしの冒険の旅が始まったの。
マンチキンの人たちの宴会にお呼ばれして、お腹もいっぱいになったことだし。
お供にトトを連れて、お気に入りの緑色のワンピースに身を包み、家から必要なものをリュックにつめて、準備万端!
あたしとトトは、赤土の地面に敷かれた黄色のレンガ道をウキウキとスキップしながら歩いて行く。
北の魔女が召喚した勇者が、後から来てくれるんでしょ? もう、すっごい楽しみ。
カッコいいっていうから、王子様みたいな人かな? 騎士様みたいな感じかなー?
そして、一緒に旅する中でラブロマンスが生まれて、あんなコトやこんなコトを、うへへっ♡
じゅるり。
おっと、妄想にふけりすぎてヨダレが出ちゃったわ。
その時、不意に後ろから声をかけられたの。
「あんたが、ドロシーって女か?」
「えっ!? あ、はいっ!」
来た来た! あたしの勇者様!
なんか、ちょっとワイルドな感じ?
あたしは慌てて口元をぬぐって、後ろを向いたわ。
「あいえええええーっ!?」
だけど、そこにいたのは野性的を超えて野獣的な、二足で歩行する黒い毛皮の狼だったのです。