マンチキンのお姫さま
『くせものだーっ! 出会え、出会えーっ!!』
『姫様をお守りしろー!』
『刃物を持っているぞー!』
『御用だ、御用だっ!』
長い棒を持った衛兵たちに、あっという間に取り囲まれるキンタロー。
ああん! もう、言わんこっちゃない!
「すいません、通してくださいっ! 通してくださーい!」
「ワンワンワンッ!」
ザワザワしている市民や冒険者たちをかき分けて、あわててあたしとトトも壇上にかけ上がり、キンタローを取っつかまえる。
「こらーっ! あんた、何やってんのっ!」
「うん? おいらお前の言ったとおり、お姫さまをお嫁さんにしようとしてるんだ」
「ちょっと待ってよ! 結婚はちゃんと『恋』をしてからって言ったでしょ!」
何いきなり、プロポーズぶっこいてんのよ!
「おおっと、そいつを忘れてた。なあお姫さま、おいらと『恋』ってやつをしてくんねえか?」
「そういう事じゃない!」
「ひっ!?」
ほらー、ロリ姫さまもビビっちゃってんじゃん。
『賊の仲間が現れたぞっ!』
『まとめて捕らえろーっ!』
えーっ!? 賊の仲間って、あたしのこと?
「違うっ! いや、違わないけど、違うーっ!」
わんさか増える衛兵たちを前に、うわーん! もうだめだーっ! とアワアワしていたその時。
『道を開けよ』
荘厳な中年紳士のバリトンボイスが響き、衛兵たちがザザッと左右に分かれて整列する。
海を割るモーゼのように現れたのは、青い宝石がしつらえられた王冠をかぶった、マンチキン王国の王様だったの。
「ふむ……」
王様はゆっくりとこっちに近づくと、いきなりキンタローの身体をペタペタさわりだしたわ。
え? なになになになに? もしかして王様ってBのL?
「うむ! 強靭な筋肉を脂肪の鎧でまとった、実に見事な体躯の持ち主。お主、名はなんと?」
キンタローは高らかに右足を上げると、ドスンと舞台を踏み締めて。
「生まれも育ちも霊山、足柄。豪放磊落、怪力無双、不撓不屈の快男児! マサカリかついだ金太郎とはおいらのことだい!」
どどん!
「もう一回?」
「『ぱーどん』ってなんだ? うどんか?」
「あー、彼の名前は『キンタロー』です」
「おいら、世界一のお嫁さんを探して旅してるんだ、お姫さまをお嫁さんにもらっていいか?」
そう言って、キンタローはニカッと笑う。
王様相手に、そんなお菓子でももらうみたいに気安く言わないでよ。『処刑!』とか言われたらどうすんの?
「はっはっは、姫が世界一の嫁と来たか。よかろう!」
「ほんとか!?」
「えっ? いいの?」
「ただし、化け物カエルを退治すればの話だがな」
ああ、そういうことね。
「わかった! おいらがその化け物カエルをぶっ飛ばせばいいんだな?」
「うむうむ、豪気な男は嫌いではないぞ。さあさあ、これからその説明をするから、お主らもその辺で聞くがよい」
王様がそう言うと、あたしたちは壇上から下ろされる。
なんかうまく言いくるめられたような気もするけど、王様がおおらかな人で助かったよ。
「おっ、一番前で話が聞けるようになったぞ。やったな、ドロシー」
いや、そりゃ結果的にポールポジションだけどさー。ちょっとは反省しなさいよ、もう!
『我はマンチキンの王『ボク』である。皆の者、我の呼び掛けによくぞ集まってくれた』
よけいな邪魔が入ったけど(邪魔をしたのはあたしたちだけど)、ようやく王様の話が始まったわ。
『知ってのとおり、先日から王都ファミチキンは化け物カエルから毎晩のように襲撃を受け、王都の民は眠れぬ夜を過ごしておる』
王様の声が、拡声器を使ったように広場中に響く。
周りの人の話では、これは『風の魔法』を使った空気の振動で広場全体に声が届くようにしているらしい。便利だねー。
『そして、ついに昨日に至っては防衛に当たった近衛兵団が壊滅してしまった』
えっ? それってヤバくない?
周りの冒険者たちもザワザワしてるわ。
『そのため、今夜は冒険者たちに王都の防備に当たってもらいたく、ギルドに依頼を出した次第である。もちろん依頼を受けた者には日当を支払う予定だが、もし化け物カエルを討伐せしめたあかつきには、第一功を上げた者に王女『ルリ』との結婚を約束しよう!』
王様の隣にいるお姫さまが、青いドレスの裾を優雅に広げてペコリとおじぎをすると、うおおーっ!! とテンション高く、冒険者たちから雄叫びが上がる。
わっ、ルリ姫さまってすっごい人気なんだねー。
確かにかわいいし、おっぱい大きいし。
あたしもイケメン王子様がごほうびにもらえるならやる気出まくりなんだけどなあ。
『細かい作戦などは、別の者から説明をさせる。我の話は以上である。皆の者、武運を祈る!』
おおおおおーっ!! と、冒険者たちのボルテージが最高潮に上がる中、王様とルリ姫さまは後の仕事を部下に丸投げして壇上を後にした。
うんまあ、ざっくり言うと、自国の軍隊が機能しなくなったから、冒険者を使ってでも急いで事件の解決を図りたいってわけね。
でも、だからってお姫様をダシに使うのはやりすぎな気もするけど……。
「うーん? なんか、あのお姫さま元気無くねーか?」
キンタローの方を見ると、王様の後をしずしずと歩くルリ姫さまを眺めながら、首をひねってる。
「あれは、おしとやかっていうのよ。あ、もしかして、キンタローって元気印な女の子がお好み?」
「そういうんじゃねえけど、お姫さまがエラくしょんぼりしてるっていうかな」
そう言われてみると、ルリ姫さまがロリッ娘チビッ子なのを差し引いても、なんとなく彼女の背中が小さく見えた。
「ふーん……?」
*
アオーン、オンオン……と、狼の遠吠えが遠くから聞こえる。
すでに時刻は20時を回り、空は墨を塗ったように闇に包まれる。
固く閉じられた城壁の正門、その内側の広場に松明が焚かれ、あたしたちは化け物カエルの襲撃を待っているところ。
説明会の後の作戦会議で、防衛拠点は王都の正門側と裏門側の2ヵ所に設置される事になり、あたしたちは王都の正門の方に配備されたわ。
周りを見ると、歴戦の猛者感ある人たちばっかり。
よくよく考えたら、今から怪物と戦わなくちゃいけないのよね。
あたしは、ただのモブキャラなのに。
今さらながら恐ろしくって、今にもおしっこ漏れそうなんだけど……。
「ドロシー、知ってるか? カエルって鶏肉みたいな味がするんだぜー?」
「あなた、化け物カエルを食べる気なの!?」
これだから、脳筋キャラってやつは。何も考えて無さそうでうらやましいよ。
すると、いきなりキンタローはあたしの頭をぽんぽんと叩く。
ドキッ!
こ、これはラブコメのイケメンがやる、伝説の『頭ポン』!?
「そんなに緊張すんなよ。お前はおいらが守ってやるから」
ドキドキッ!
しかも、耳元でサラッとそんな事を言ってのける。
キンタローのくせに、キンタローのくせに!
「き、気安くレディの頭を触んないでよっ!?」
「そうか? 足柄山のクマは、頭を撫でてやったら喜んでたけど」
「クマと一緒にしないでよ!」
ドキッとして損しちゃったじゃない!
「まあ、お前は1人でも全然戦れると思うんだけどな」
「えっ?」
(ドロシーどの……、拙者もついてるから心配ご無用でござるよ)
ボールの中から、カカシくんの『念話』も聞こえてくる。
そういや、化け物カエルと戦う時は市中で魔獣を使役しても良いって話だったっけ。
そうだよね、あたしも全く何も出来ない訳じゃないから頑張らなくっちゃ。
エメラルドの都までの旅費を稼ぐために!
『ブルルルルンッ! なんで、こいつらが正門側にいるメーンッ!!』
げっ、聞き覚えがあるこのヤな声は?
あたしがギギギギと顔を向けると、そこには昼間にカラんできた、『ブレーメンの音楽隊』がオラつきながら近づいて来たよ!