東の地方の災難
『ホレのおばさん』
昔々あるところに、美しく心優しい少女がいました。
ある日、少女は意地悪な継母に命じられ、井戸に落とした糸巻き器を探すために井戸の中へ飛び込みます。
ふと気がつくと、そこは花が咲きみだれる美しい草原。
そこで『ホレおばさん』と名乗る魔女に出会った少女は魔女の家でパンを焼いたり、リンゴの収穫をしたり、しばらくのあいだ家事のお手伝いをします。
ホレおばさんは、少女が真面目に奉公したごほうびとして、少女の身体を輝くばかりの黄金で包ませてあげたのでした……。
*
「ここは……?」
あたしは目をパチクリしばたかせる。
草原の中の拓けた一角。たぶん、ここはお菓子の家が立っていた場所。
「あれ……? 家が無くなってる?」
あたしの後ろで、ヘンゼルくんたちがキョロキョロしてる。
みんな無事に出てこれたんだね、よかった!
「ま……、まさか、私の結界を破壊する者が現れるとは……」
「いやー、うまかった。もう腹いっぱいだあ」
そして、怒りでプルプルしている魔女の視線の先に、小山のように寝っ転がってる赤い前掛けの少年がいた。
えっ!? もしかして、お菓子の家をキンタローが全部食べちゃったの?
「おのれ、よくも私の2階建て4LDKの豪邸をっ! 炎魔法『ファイヤーボール・六連』ッ!」
魔女が放った6つの火炎弾が、地面の草を焼き焦がしながらキンタローを襲う。
キンタローは、ヘッドスプリングでばびょんと身体を起こすと。
「ふんっ!」
ゴオウッ!
たったのマサカリ一振りで、全ての火の玉を斬り飛ばす。
なにそれ、強っよ!
「くっ、やりおるわ!」
すかさず魔女は、空中に炎に包まれた円盤状の物体を出現させる。
「これでどうだっ! 炎のお菓子魔法、『灼熱アップルパイ』!」
「あらよっと!」
ズバババンッ!
燃えながら飛んで来たバカでかいアップルパイを、キンタローはこれも一息で8等分し、手のひらの上に積み上げる。
「あちち! こいつは、焼きたてでうんめーな!」
そして魔女の攻撃をものともせずに、あっという間にアップルパイを食べ尽くした。
さっき、「腹いっぱいだあ」って言ってなかったっけ?
「わ、私の最強技が……」
お菓子の魔女はヘナヘナとその場に崩れ落ちる。
チャンスよ!
「キンタロー! とっとと、そいつをやっちゃって!」
「だめだ」
「えっ?」
あろうことか、キンタローはマサカリを下ろしてこっちを向く。
「男が女に手を上げる訳にはいかねえ」
「いや、女っていっても悪い魔女だよ?」
女っていうより、婆さんよ!?
だけど、キンタローは首を振って。
「男が女よりも強いのは、女を守るためだ。女を傷つけるためじゃない」
「えーっ!? 急にフェミニストぶらないでよ!」
「ヒーッヒッヒッ、スキを見せたな小僧ッ!」
いつの間にか、お菓子の魔女が素早い動きでキンタローの背後に迫っていた。
その指先に装着されているのは、とんがりコ◯ン!?
「お菓子魔法、『魔女みたいな爪』ッ!!」
禍々しい形状の爪刃で、油断しているキンタローを魔女が襲う。危ないっ!
あたしはとっさに割って入ろうと足を踏み出す。とても届くような距離じゃないはずなのに、足が軽い? 身体が動く!
「スラッシュ、キーック!」
ドゴォッ!
あたしは風のように大地を駆けて、格闘ゲームみたいな飛び蹴りを魔女に食らわせる!
「うごおーっ!?」
みごと横腹にクリーンヒットし、くの字に折れ曲がる魔女!
すると魔女の目や鼻や口、穴という穴からボシューッと黒い煙が吹き上がり、悪魔のような姿を形作った。
これはっ?
「キンタロー、あれを!」
ドヒュンッ!
あたしが言うよりも早くキンタローは、マサカリを担いで魔女の頭上に躍りかかる。
「どおおお、りゃあっ!!」
シュパーンッ!
キンタローがマサカリを閃かせると黒い影は斬り裂かれ、夜風に撒かれて霧散していった。
これは、いったい……?
一瞬、疑問がよぎったけど、とりあえずそれはまあ置いといて。
「ねえねえキンタロー、見た見た!? あたしのキック!」
「うん?」
「あなたを助けようと思ったら、急に身体が軽くなって……。さっきのあたし、すっごくヒロインぽくなかった?」
「ああ、腰が入った鋭い蹴りだった。助けてくれてありがとうな!」
なんて、屈託なく笑いかけてくるキンタロー。
なんかいい感じに仲直りできそうだったので、あたしは意を決して。
「あの……。さっきは『変態リョナ野郎』なんて言っちゃって、ゴメンね」
「ドロシー、『りょな』って何だ?」
「あ、うん。やっぱいいや」
あんまりキンタローがキョトンとしてるから、思わずあたしは笑っちゃった。
うん! これにて一件落着だね!
「おっ? おいら、ドロシーが笑ってるのをはじめて見た」
「えっ、そうかな?」
そういや、ずっとキンタローにキツい事言ってたから、笑った顔なんか見せてなかったかも。
「お前、泣いた顔も怒った顔も可愛いけど、笑うとめちゃくちゃかわいいな!」
ドキッ!
「えっ……?」
「おいら、断然そっちの方が好きだなあ」
「ええっ!?」
今、あたしの事『好き』って言った!!?
ちょっと待ってよ! ラブコメ展開だったら早すぎるわ、フライングよ!!
ラブか? ラブじゃないよね? 今のはどっちかっていうとライクの方よね!?
「お取り込み中、しつれいするでござる」
うわあ!?
「ど、ど、どっ、どうしたの、カカシくん!?」
「お菓子の魔女が、目を覚ましたようでござる」
『ほれっ?』
見ると、お菓子の魔女がキョロキョロと辺りを見回してる。
「も、もしかして、お前さんたちが私を元に戻してくれたのか……?」
*
「ほれほれほれ……、東の魔女様がそんな事に……。おいたわしや……」
お菓子の魔女こと『ホレ』さんは、しみじみとつぶやきながら、ほれほれと涙を流す。
引き続き、野原の中の拓けた一角。
あたしたちは正気を取り戻した彼女に、東の魔女がペチャンコになってしんだ事と、銀のくつを手に入れたいきさつを話したの。
もっと取り乱すかなと思ったけど、ホレさんは意外と冷静に話を聞いてくれたわ。
「東の魔女様は、『毒舌』『人の心が無い』『目が笑ってない』『サイコパス』などと、とにかく悪く言われる事が多かったのだが、実はとても情に厚いお方だったのだ……」
ふーん。『東の』さんって、部下からはけっこう慕われてたんだねー。
北の魔女から、東の魔女はすっごい悪い魔女って聞いてたけど、ちょっと思ってたのと違うみたい。
「東の魔女様が悪い魔女に変わられたのは、1年前。とつぜん襲撃してきた西の魔女の闇魔法で『悪意の波動』に飲まれてしまわれた……」
「悪意の波動!?」
ストリートファイターの豪◯みたいな?
その時、東の魔女にパティシエとして仕えていたホレさんは、たまたま買い出しに出かけてたおかげで、西の魔女の襲撃から逃れる事ができたんだって。
そして、西の魔女を倒して東の魔女を救うべく、修行を積んでいたらしいんだけど。
「ある日、『ウルフ団』と名乗る人狼たちに拉致られた私は、改造手術を受けて悪い魔女にされてしまったのだ……」
「改造手術?」
今度は、仮面ラ◯ダー?
「『ウルフ団』とは人狼族を中心に、悪党やならず者を束ねるヒャッハーな盗賊団。東の地方で暴威を振るい、今や半分の国を傘下に収めているそうだ」
人狼と聞いて真っ先に思い出すのが、あたしを襲って来た『七匹の子やぎ』の黒いオオカミ。
たしか、あいつは自分のことを『西の魔女の刺客』って言ってたけど、『ウルフ団』と関係あるのかな?
まあ、ネーミング的には『ロケット団』っぽくて、非常にアレだけど。
「私は、あやうく子どもたちを手にかけてしまう所であったが、正気に戻してもらって本当に助かった。お前さんたちには何とお礼を言ったらいいか……」
「いやあ、そんなそんな、てへへへへ……」
ぶっちゃけ蹴っただけなんだけどね。あらたまって言われると照れるね。
「お礼と言ってはなんだが、もう夜も遅い。今夜はウチに泊まっていくが良い」
ホレさんは平らな地面に手のひらを向けて。
「お菓子魔法、『お菓子の家』!」
ほれっと気合いを付けると、ボウンッ! と甘い匂いのする煙とともに、お菓子の家が建ち上がる。
今度は屋根がホイップクリームのケーキで、壁がビスケット、柱がキャンディーで出来てて、すっごいカラフル。
やっぱ、魔女王のパティシエだけあって、お菓子の腕前はすごいんだねー。
「あの、お菓子の魔法使い様! 僕たちにお菓子魔法を教えてください!」
「む? お前さんたち、名はなんと」
「ヘンゼルです」
「グレーテルです」
「「2人合わせて、『ヘンゼルとグレーテル』です」」
「グレてるのはいかんな。親が悲しむぞ?」
ホレさんのありがちなボケに、ヘンゼルくんとグレーテルちゃんは哀しい表情で答える。
「……僕たちには、グレても悲しむような親はいません」
「親に捨てられたわたしたちは、もうどこにも行くところがないんです」
「なんだと?」
「お願いします! 家事でも何でも一生懸命やりますので、どうか弟子にしてもらえませんか?」
ホレさんは、ヘンゼルとグレーテルの顔を値踏みするように見比べる。
「私の修行は厳しいぞ?」
「「!」」
「ほれほれ。客人をもてなすのだ、さっそくお菓子作りを手伝ってもらおうかね」
「「ありがとうございます!」」
どうやら、ヘンゼルくんとグレーテルちゃんは、お菓子の魔女の弟子になるみたい。
本来の物語とは違うけど、ハッピーエンドで良かったね。
キンタローも、そんな2人を見てニコニコしてる。
「お菓子の魔女と一緒にいたら、お菓子食べほうだいだな!」
色々あったけど、こうしてあたしたちは今日のお宿をゲットして、快適な一夜を過ごすことが出来たのでした。
「お手伝いをしてくれた子には、ごほうびに全身を金粉まみれにしてあげるよ」
「「やったー!」」
ご褒美っていうより、罰ゲームよね、それ。