5 紅い女子高生
深夜にコンビニで買物を済ませていたハルが、目玉焼きとトーストを用意したので、マイはテーブルについた。
しかしメルクロフは用意された朝食をとらずに、管理会社でマンションを正式に契約してくるらしい。
「せっかく、メル先輩の分も作ったんだから、食べていけば良いのに」
「メルちゃんは慎重なんだよ」
「ボクに毒なんか作る暇ありませんよ」
「だよね〜」
ハルが時間跳躍したのが昨日と限らなければ、彼女の用意した朝食をとらないメルクロフの判断は、けして間違いではなかった。
それはマイだって気付いているのだが、仲間を殺すにせよ、仲間に殺されるにせよ、三人が疑心暗鬼になっている今の段階で動くのが、得策ではないと考えている。
仲間殺しは全てを把握して嘘をつくが、下手に動けば、返り討ちにされる可能性があるからだ。
つまり部屋に残ったハルやマイが、もしも仲間殺しでも、殺し屋稼業の相手に仲間殺しだと気付かれたら、殺される可能性がある。
「マイ先輩は、誰が仲間殺しだと思います?」
「その質問は答えづらいよ」
「なぜですか」
「だって私が仲間殺しなら、メルちゃんを疑ったせいで、ハルちゃんがメルちゃんを殺しちゃうかもしれないでしょう」
「マイ先輩が仲間殺しなら、任務を失敗する方を疑えば、殺す手間が省けて良いじゃありませんか」
「あのね、それだと追加されたハルちゃんも、任務遂行できないから、私的にアウトなわけよ」
「マイ先輩が仲間殺しなら、私に任務遂行させなきゃ駄目なんですね……。ところでマイ先輩は、仲間殺しなんですか?」
マイは食べ終えた食器をキッチンに運ぶと、シンクにもたれて肩を竦めた。
「それこそ愚問でしょう。私が仲間殺しだと答えれば、ハルちゃんに殺されちゃうかもしれないし、違うと答えたところで、ハルちゃんが仲間殺しじゃないなら、メルちゃんが仲間殺しだと考えて、メルちゃんを殺るかもしれない」
「なんでボクが、仲間殺しを返り討ちにする前提なんですか?」
「私失敗しないので」
「ボクは失敗する前提なんですね」
もっともハルが仲間殺しなら、マイかメルクロフがターゲットである。
しかし三人が殺し屋ならば、仲間殺しも確実にターゲットを殺せる状況でなければ動けない。
三竦みである。
「さて私は殺し道具を仕入れつつ、獲物を確認して来ようかな。ハルちゃんも、つまらないこと気にしないで、色々と準備があるんじゃない?」
「つまらないですか」
「任務を成功させれば、仲間殺しに殺られないし、まずは与えられた任務を優先すべきでしょう」
「それはそうですね。って、それじゃあマイ先輩の任務は、仲間殺しじゃないのですね!」
ハルは嬉々としているが、マイが仲間殺しならハルを油断させるために、嘘をついているかもしれない。
もちろん、ハルがマイを油断させるために、演技しているかもしれない。
「ハルちゃんは、ターゲットの追跡方法は解る?」
「それくらいは解りますよ」
「それじゃあ今夜も、お互い生きて会えると期待しているね」
「不吉だな〜」
マイが部屋を出ていくと、ハルは手首のインコムでターゲットのいる方向を確認した。
インコムは、ターゲットの生体反応を追跡して位置を矢印で指し示している。
「マイ先輩は、本当に可愛いなぁ。女の子は可愛いまま、死んだ方が良いんだよね」
紅い女子高生と恐れられたハルは、学生寮で同居していた十人の同級生を刺殺した殺人鬼だった。
犯行動機は、同級生が談話室でボーイフレンドの話で盛り上がっていたことに、嫉妬しただけの衝動殺人である。