2 値札
「あのお巡りさん、なんで追い掛けて来たんだろう」
「値札が、服に付いたままだからですわ」
「なるほど、なるほど」
二人は持ち物に付いていた値札を取ると、自動販売機の横にあるゴミ箱に捨てた。
マイとメルクロフは、夜明しのために24時間営業のファミレスを探しているのだが、どこにも見つからず彷徨っていた。
駅前の繁華街に戻れば、ビジネスホテルやサウナもあるのだが、身分を証明するものがなければ、見た目が明らかに未成年なので、深夜の入店を断られるだろう。。
「コンビニのイートインも深夜は利用できないし、朝までどーしろって言うのよ」
マイがガードレールに腰を下ろすと、メルクロフは正面に立った。
メルクロフは落ち着ける場所を探してから、マイの素性を確かめようと思っていたものの、青い髪の少女は、重いキャリーケースを抱えて走り、自分と一緒に警官を振り切ったのだから、同じ未来人だと確信している。
「マイは、どうして公園で裸でしたの?」
「メルちゃんこそ」
「私は……、ランニングウェアに着替えていただけですわ」
メルクロフには、自分から素性を明かせない理由があった。
時間跳躍するタイムトラベラーには3つの禁則事項があり、①過去の人間に素性を明かさないこと、②目的以外で人間の生死に関わらないこと、③恋愛禁止である。
現代人が未来人の存在や歴史を知れば、予定外の歴史改変に繋がるし、死ぬべき人が生きても、死ぬべきじゃない人が死んでも、また予定外の歴史改変に繋がるからだ。
メルクロフが任務中に違反すれば、手首に埋め込まれた情報端末に記録されて、未来へ帰還後に処罰される。
処罰には何段階があるものの、最も重い罰は、予定外の歴史改変したタイムトラベラーに繋がる過去に遡り、存在を消去して任務をなかったことにするだった。
まだ違反してない処罰対象者を殺して、予定外の歴史改変を防ぐのだから、理不尽極まりない処罰である。
「メルちゃんは、私と同じ未来人だよね?」
「マイは、自分から素性を話しましたわね。もしも私が未来人でなければ、存在を消されるのに怖くないのですか」
「やっぱり、メルちゃんは未来人なんだ」
「あなたは、おバカさんですわ」
カードレールから立ち上がったマイは、向かいにあった自動販売機の商品を眺めている。
「メルちゃんは、何か飲む?」
「紅茶をいただきますわ」
「私はコーンスープにしよ」
マイは、手首を電子マネーの受信機に押し当てて、自動販売機から飲み物を購入すると、一つをメルクロフに投げて渡した。
彼女たちに埋め込まれた生体融合式の情報端末『インコム』は、現代のネットワークにアクセスして、表に出させない現金を自らにチャージ出来れば、フェリカ機能を利用したICタグにアクセスしたり、電子ロックの解除もできる。
「マイは、何処に向かっているの?」
「朝まで過ごせるところ探さないと、寒くて死んじゃうよ。さっき急いで洋服を着たから、ワンピースの下はパンツ一枚なわけ。だから鳥肌どころか、もう寒くて色んなところが勃っちゃって、色々と困るわけよ」
マイは白い息を吐きながら、胸の前で手を擦り合わせた。
「お互いに未来人と解れば、探し方が違いますわ。手のインコムを使えば、周辺にある電子キータイプの家具付き物件の空部屋を探せますわ」
「その手がありましたね」
「ついていらっしゃい」
肩を竦めたメルクロフが、手の甲に浮かぶ矢印の指示に従って道を歩けば、数分もしないで高層のウィークリーマンションに辿り着いた。
「おーッ、なかなかの眺めですね」
「そうでしょう。検索条件に『眺望の良い部屋』を追加したわ。これくらいの役得がなければ、人殺しなんて続けられないわ」
「そうだよね。この部屋が気に入ったし、明日ちゃんと契約しよう」
メルクロフは脚を投げ出してソファに座ると、高層マンションの部屋に嬉々としているマイを見て、呑気なものだと思う。
「それに私とマイのターゲットが同じ人物なら、どちらかが任務を失敗したってことですわ。だって同じ任務には一人しか派遣されないのに、ここに二人いるんですもの」
メルクロフが任務の話を切り出したので、マイはリビングから夜景を見下ろしてはしゃぐのを止めた。
「ええ、どちらかが暗殺に失敗したから、尻拭いに新しい殺し屋が追加されたんでしょうね。メルクロフ、失敗したのは私じゃないよ」
「マイだと思いますわ」
「私はベテランなの。6回も任務を成功させているし、歴史改変予測の誤差範囲も99.999999999%に収めているんですからね」
「その話が本当なら凄いですわ」
「インコムのポリグラフを使いなさいよ」
ガチャ。
向かい合ってソファに座ったマイとメルクロフは、部屋の玄関ドアの開く音に、表情を硬くした。
「ここは空部屋なんだよね?」
「ええ、管理記録を確認しましたわ」
「警察沙汰は御免だよ」
部屋に入ってきた者は女の声で『あれ、電気消し忘れたかな』と、コンビニの袋を抱えたまま、マイとメルクロフがいるリビングに向かっている。
マイとメルクロフは気が気じゃない。
部屋の主に素性を明かせなければ、怪我させたり、まして殺したりできない。
「え? えーッ! あ、ああ、そ、そうかボク、どうやら部屋を間違えたみたいだな〜、いやいやどーも申し訳ない」
赤いショートヘアの少女は、部屋を間違えたと言いながら、クローゼットから大きなキャリーバッグを取り出すのだから、ここは彼女で部屋なのだろう。
「いやーっ、ボクはどーかしてたんだな〜、どうも失礼しました」
「ちょっと待ってボクっ娘、あんたもインコムで空部屋を探してきた未来人なんだろう?」
「え?」
「だから、あんたも未来人−−」
「ボクが未来人だとバレちゃったらッ、存在が消されちゃうんですよ! マジ勘弁してくださいよ!」
「うちらも同業者だし、処罰されないから安心しなよ」
「そうでしたかっ、いやあ初任務で過去にきたので、ボク一人で心細かったんですよ。皆さんが同業者で本当に助かります」
ショートヘアのボクっ娘は、状況をあっさり受け入れたようだ。
ソファに座る二人に自己紹介した田中花子は、顎に指を当てて首を傾げる。
「しかし先輩たちは、どうしてボクが未来人だと解ったのですか?」
マイとメルクロフは、ハナの襟元を指差した。
ハナの襟には、値札が付いていたのである。