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1 膝パンのシリアルキラー

 桜岡舞(16)は政府公認の殺し屋である。


 しかしマイの政府は、今から100年後に誕生する世界政府であり、現代において彼女の殺しを容認する政府は存在しない。


「とりあえず着る物を探さないと、警察に通報されちゃうわね」


 全裸のまま現代に送り込まれたマイは、アッシュカラーの長い髪を後ろに梳くと、手首にうっすら浮かび上がる数字を確認して、目的の時間軸にタイムリープしていることを確かめた。

 彼女が全裸の理由は露出趣味ではなく、殺し道具はおろか衣類など身に着けたまま、時間跳躍ができないからだ。

 未来から現代に持ち込めるのは、強化された自分自身の肉体、生体部品で作られた情報端末と帰還用ビーコンだけである。


 マイが送り込まれたのは都内某所、深夜の総合デパートだった。

 彼女は、まずキャリーバッグを見つけてから、下着コーナーを吟味した後、レースで装飾されたイエローのブラとショーツなど数点選び、10代ファッションブランドのテナントで、マネキンに着せられていた服を拝借した。

 貴金属コーナーでは、現代での活動資金を確保するために金目の物を物色する。


「この時代では現金がデータ化されているし、欲張らなくても良いかな」


 独り言ちるマイはショーケースを割ると、換金用に高級ブランドの腕時計を数点と、自分用に可愛らしい腕時計を取り出した。

 それらをバックに詰め込んだマイは、裸のままで従業員通用口からデパートを後にする。

 彼女はデパートを去るとき、出入り口に立っていた警備員に裸で挨拶していれば、駅前でダンスの練習をしていた若者の目の前を歩いている。


 しかしデパートの商品を持ち出された警備員も、ダンスしていた若者も、彼らは裸の少女を気にすることなかった。

 なぜならタイムスリップ直後のマイは、まだ時間が緩やかに逆行しており、完全には現代の時間軸と同期していないからだ。

 つまり彼女が警備員に挨拶した時間軸のデパートでは、下着も洋服も盗まれていなければ、裸のままですれ違った人々の時間軸では、そんな事実が存在しないので、認識できないのである。


 マイは後ろ向きに歩く人混みを抜けると、人気のない公園で手首に埋め込まれた情報端末で時間を確認した。

 手首の数字は3、2、1とカウントダウンしており、数字が0を指した瞬間、マイの身体が青い光を放って、1、2、3とカウントを始める。

 マイは間軸が現代と同期すると、キャリーバックを開けて下着や洋服を取り出した。

 彼女が時間逆行中、衣類を身に着けても着衣した事実が消し飛ぶからだ。


「いやあ~、全裸の街歩きは癖になりますな~」

「まったくですわ」

「うん?」

「え?」


 ショーツを穿いているマイは自分の隣で、ブラジャーのホックを止めている金髪碧眼の少女と目が合った。

 マイは時間逆行中、公園の林に人影のないことを念入りに確認している。

 だとすれば下着姿の少女は、深夜に人目を忍んで服を脱ぐ露出狂なのだろうか。


「あんた……どちら様」

「あなたこそ、夜の公園で全裸のまま何をやっていらっしゃるの?」

「いやいやいやっ、あんただって全裸じゃない!」

「ふふふ、私はパンツを穿いていますし、全裸ではないですわ」

「うちだって膝までパンツ穿いてますぅ、だから全裸じゃありませんぅ」

「語るに落ちましたわね。あなたの場合、隠すところを()()()()()()()から全裸ですわ」

「ぐっ……言い返せない」


 両手を腰に当てた金髪少女が勝ち誇ると、マイは膝パンツのまま跪いた。


「おい、誰かいるのか?」


挿絵(By みてみん)

 公園を警邏中の警官が、懐中電灯で林を照らすので二人は声を殺した。

 警官には見つかっていない様子だが、このまま言い争いを続ければ、林の中に踏み込んでくるだろう。


「どなたか存じませんが、ここは一時休戦ですわ」

「そうしましょう」


 マイは立ち上がってショーツを引き上げると、素早く着替えられるワンピースを被った。

 着替え終わった彼女は、同じくワンピースをチョイスしていた金髪少女に目配せすると、警官を追い払うために『みゃーお、みゃーお』と、猫の鳴き真似をする。

 金髪少女は、マイのとった古典的な手法に笑いを堪えていた。


「なぁんだ、猫か……って、いきどきッ、そんな手が通用するか! 出てこないならッ、こちらから行くからな!」


 警官が懐中電灯を暗がりに向けながら林に入ってきたので、二人は両手を上げて投降する。


「あんたが露出狂じゃないなら、私と口裏合わせなさいよ」

「なぜ私が、あなたに合わせなければなりませんの?」

「露出狂でなければ、あんなところで裸だった理由は同じでしょう」


 時間跳躍して現代で活動するマイには守秘義務があり、金髪少女が同じ立場の人間なのか確認しようがないものの、状況を考えれば、彼女も同じ時間軸にタイムリープしてきた未来人と考えるのが妥当だった。


「あなたの理由が解らなければ、お答えできませんわ。でも休戦中なので、あなたの提案を受け入れましょう」

「私は桜岡舞、マイって呼んでね」

「メルクロフ・アリサ・ユーリー、アリサと呼んでください」

「わかったわ、メルちゃん」


 警官は、キャリーバックを引いて出てきた二人を訝しい顔で見ている。


「こんな夜中に、隠れてドラッグでもやっていたのか?」

「やだなぁ、クスリなんてやっていませんよぉ。ねぇ、メルちゃん」

「ええ、やっていませんわ」

「じゃあ林の中で、女が二人で何やっていたんだよ」

「えーっ、言わなきゃ駄目ですか? もう恥ずかしいなぁ」


 マイは上気した頬に手を当てると、モジモジと腰をくねらせた。


「メルちゃんと、ちゅうしていました」

「いッ!」

「だからぁ、メルちゃんと林の中でぇ、ちゅうしていました♡」


 ウインクしたマイが腕に絡みつくので、メルクロフは『は、はげしいやつですわ』と、目を泳がせながら口裏を合わせた。


「あぁ……、二人は、そういう関係なのか」


 同性愛を疑うような発言で問い詰めれば、その手の団体から抗議されるかもしれないと思った警官は、夜道に気を付けるように注意すると、二人を解放して背中を見送った。


「マイ、もう腕から離れてくれませんかしら」

「お巡りさんが見ているうちは、まだ演技を続けなくちゃあいけないよ」

「暑苦しいから離れてくださいませ」

「メルちゃんのいけずぅ」


 マイは咥えたゴムで髪を二つに結ぶと、彼女の背中に警官が目を凝らしている。

 ツインテールにした彼女の襟元で揺れていたのは値札であり、隣を歩くメルのキャリーバックにも同じように値札が揺れていた。


「貴様らちょっとまてぇいッ、さては窃盗団だな!」

「メルちゃんッ、逃げるわよ!」


 マイとメルクロフがキャリーバッグを抱えて走り出すと、自転車に跨った警官が全速力で追いかけても、どんどんと引き離されていく。

 追走を諦めた警官が二人の脚力に見惚れていると、彼女たちは公園の柵を軽々と飛び越えて夜の街に消えた。

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