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9,村へ

 8歳になり、待ちに待った、俺の生まれた村に行く日が来た。

 馬車に揺られながら、ウキウキする気持ちを抑えられない。


 目の前にはラルフが難しい顔で座っている。

 困っているとか、悩んでいるとか、怒っているわけではなく、いつもこの表情。


「まだ、つかないのかしら」

 故郷に帰るのに、胸が躍らないわけない。

「もう少しです」

 待ちなさいとたしなむように言うのだ。同い年とは思えない。


「外を見てはいけないのかしら」

 馬車の窓はぴたりと閉められている。

「不用意に、外を見てはいけません。飛び石が飛び込んでくるかもしれません」


 つまらない。

 外ぐらい見てもいいではないか。

 小さいことまで気にしていては何もできないぞ。


 俺は少し壁際に寄った。

 ラルフは目をつむっている。

 必要最低限の言葉しか使わないから、誤解もされるし、無駄に女の子に嫌われるんだと心の中で悪態をつく。

 窓にこっそり手を添える。指で撫でるようにして、音を立てず動かそうと試みた。。


 ほんの小さな隙間が開いた。

 ラルフには壁を見ているようにして、その隙間から覗き込む。


 人の顔のような物が見えた気がした。

 それなりの速さで進む馬車なので、狭い視界からは速さでかすんでしまう。


「お嬢様!」


 背後で、ラルフの声が響いた。


 やばい。

「ごめん」

 やってはいけないことをして、怒られると振り向きながら謝る。

 窓に添えていた手に力がこもり、そのまま窓をあけてしまった。


 硬直することになったのは俺だった。


 人の首が、いくつも長い棒に刺さり、掲げられていた。

 それがいくつも並ぶ。

 風化したものは、肉がそがれ頭蓋骨と化していた。風に吹かれカラカラと鳴っていた。


 俺は腰を抜かした。もっと山とか原っぱとか。昔、羊たちと歩いた風景を想像していただけに、真逆の光景に、声も出なかった。


 割り込んできたラルフが、窓を勢いよく閉めた。

 素早い動きに、馬車もがたんと傾いた。


「ねえ。あれは、なに」

 俺は恐る恐るラルフを見る。

 声はうわずって震えていた。


 ラルフは口元を硬く結んでいる。

 もしかして、怒っている。

「ここは、処刑場です」

 声は冷静だった。


「しょ、け、い……」

 俺の声は震えていた。


「罪人で死罪になった者は、首を刈られ、さらされます。

 村へはこの処刑場を通っていくことになるのです。

 このような貴族が立ち寄らない辺ぴな村に、なぜ旦那様は別荘を建てられたのか……」

 そう言って、ため息を吐く。


「それで、窓を開けるなと」

「伝えていいものか迷いました。お嬢様のような方が見聞きする世界の話ではありません」

 

 あの目をつむった難しい顔は、ラルフなりに困っていたということだろうか。

 完璧な執事でも困ることってあるんだな。

 妙に親近感。


 フィーは最後に首を刈られている。もしかしたら、そこにも意味があるというのか。


「ねえ、ラルフ。なぜ罪人の首を刈るの」


「宗教上の理由です。胴と頭を切り離なし、二度とこの世に帰ってくるなという意味ですよ」


               ☆


 フェリシアが、村へ一度しか来なかった理由が分かった。

 街から村にかけて、あんな処刑場があるとは。


 そういえば、父さんも「街へ行く道には、お化けがいるぞ」と、さんざん小さいころの俺を脅かしていた。

 子どもをからかっていたのか思っていたが、まんざら嘘でもなかったわけだ。


 あんな処刑場の光景を見ては、臆病な女の子の足が遠のいたとしても不思議はない。


 今、俺は殺された庭に立っている。

 裏庭も、フィーが好んで登っていた木も変わらない。

 植物にとって10年と、俺たちの10年の違いがよくわかる。


 俺もこの時は、8歳だ。

 家の手伝いをして、よくあの山に入っていった。

 木の実やキノコを採ることもある。主は、薪拾い。日々の生活用と余れば冬の暖房用だ。


 晴れていれば、山へ行くような日々だった。

 半分は薪拾い、半分は山遊び。

 川で魚を捕まえ、焼いて食べることもした。

 

「あの魚うまかったよなあ」


 仲間とワイワイやって、どっちが大きいなんて言いあって、笑って食べて。


「平民の暮らしの方が俺には合ってそうだよ、フィー」


 レオンは産まれているだろうか。

 フィーはレオンになっているのだろうか。


 俺は空を見る。太陽は高い。決行は昼過ぎと決めている。

 お昼ご飯を腹いっぱい食べて、気づかれないよう山へ行く。

 夕食までに、戻ればいい。


 何日か繰り返していたら、薪拾い中のレオンとばったり出会えるかもしれないと勝手に期待している。


               ☆


 いつも以上に食べた。

 長旅で疲れたのかい、と兄とお父様が笑う。お母様は来ていない。

 

 持っている靴の中で一番ヒールが低い、歩きやすそうな靴を選んだ。

 山に入ったら一日で汚れるだろう。

 部屋に隠し持って、山へ行ったってばれないようにしないと。

 ここにいる間だけでいい。靴底よ、はがれないでもってくれよ。


 1変わりない、草が生えただけの裏庭。

 フィーが好んで登っていた木も10年後と変わらない。


 懐かしい木だ。幹に手を添える。

 足をかけやすいカサカサしたでこぼこ。

 風が吹き、髪がなびく。

 遠い屋敷が視界の端に映る。

 近づいてくる人影が見えた。

 

 やばい、見つかった。

 山へ入ればこっちのもんだ。

 20年前はいつも歩いていたんだから。

 俺は山深くへ足を踏み入れる。


「お嬢様」

 ラルフの声が背後で響く。

 

 絶対につかまらないんだ。

 行かないと、これだけ晴れた昼間なら、レオンもきっと山にいる。


「フェリシア」


 ラルフの怒声に足がすくむ。こんな荒げた声で、名前を初めて呼ばれた。

 腕をつかまれた。


「失礼しました。お嬢様。

 山はダメです。帰りますよ」


 肩で息をきらすラルフが腕を引いた。

 強い力で、何が何でも連れて帰ろうとする力に引っ張られそうになる。


 俺は踏ん張った。

 こんなところでは戻れない。


「ダメ。山に行かないといけないの」


「どうして」


 ラルフは力を緩めた。


「どうしても」


 女の子の力は弱い。

 フェリシアに生まれ変わり、痛感する。


 今、ラルフに思い切り、引っ張られたら、絶対にかなわない。


 ここまで来たのに。

 レオンが今、山にいるかもしれない。

 レオンの中には、フィーがいるかもしれない。

 確かめるために、山に行きたい。行かなくてはいけないのに。


 ラルフがぎょっとした顔をする。

 掴んでいた腕の力が弱まる。


 「うっ、ひっ」

 声が漏れた。

 説明できなくて、言ったって信じてくれない。

 俺が、フェリシアじゃない。ただの村の子供だって。


 今はただの女の子でしかなくて。生まれは貴族で。平民の知り合いなんて作る暇ない暮らしをしているのに。


 涙がとめどなく流れていた。

 フェリシアはこの村に一回しか来ていないと言った。

 今後、ここに来れる保証はない。

 ここでどうしても、レオンに会わないといけないのに。


「ラルフ。お願い、見逃して。

 お願いだから」

 泣きながら、それだけを言った。嗚咽も止まらず、何度も、お願いを繰り返す。


 ラルフはため息をついた。

「お昼、あんなに食されておかしいと思ったんです。

 様子を見ていたら、案の定これです。

 お嬢様一人で山へなんて、行かせるわけにいかないじゃないか」


「ラルフ?」


 もう一度、深くため息をつく。

「僕も一緒に行きます。これ以上は譲れません。

 日が沈む前には必ず帰りましょう」


 ありがとうと言いたかった。倍の涙があふれて、言葉は出なかった。


 ラルフがハンカチを取り出す。

 俺の頬を優しくぬぐってくれた。

 フェリシアが怖がっていたのがもったいないくらい、いい奴だ。



最後まで、お読みいただきありがとうございます。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、


ブックマークや評価をぜひお願いいたします。

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