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8,男友達なら最高なのに②

 こっそりと借りた本は、部屋に置いてきた。

 ばれないように、ベッドの下に隠す。

 母さんと同じことしているのが少し可笑しかった。


 俺はそれから庭に出た。

 わからないことだらけで、俺のつたない頭では、常に現状についていくのがやっとだ。

 今までの平民の暮らしで学んだことは一つも役にたたない。

 彼女が平民になろうと気持ちも行動も変えようとする努力の痛々しさに胸がきしむ。


 幼少期から順番に失敗しながら、令嬢としての振る舞いを学ぶ時間があった俺と、一瞬で世界が代わりそこで生きようともがく彼女の背景は比べられるものではないかもしれない。

 それでも、今の俺より、唐突に投げ捨てられた環境に絶望する彼女の方がよほど大変なように感じるのだ。


 聖女の力を備えている俺。

 それを隠そうとする父たち。

 実の親は違うという事実。赤子のフィーは知らなかっただろう。実の父だと思っていた彼が義理の父だったなんて。

 今日発覚した聖女に関する本が俺の家にあったのはなぜだろう。


 10年前に重大な事件があったのも初めて知った。殺された時から見たら、20年前くらいか。

 政治のこと。王様とお父様の事情。

 フィーはきっと知らなかっただろうなあ。

 あの様子だと前のめりに知ろうとしなければ、何もわからないままになってしまう。


 フィーは自分が聖女の力を存在も知っていたとは思えない。

 そもそも、あれ以来俺も願ったことがないから、聖女の力を使っていない。

 二人の様子から、表にしない方が良さそうだったし。


 知られてはいけないから、彼女には聖女の力があることを秘密にしていたとか。聖女の魔法の本を読むことで、魔法が使えるようになっては困るとか。


 あり得るか。聖女の力は隠さないといけないようだったし。

  

「ああ、分かんねー」


 こういう時は、レオンの言葉に戻る。


「こんなんで、回避できるのか。

 発端は、17歳の婚約破棄なら、そもそも婚約しなければいいんだし。婚約話が出たら、断る。それだけですまないのかよ」


 そうはいかない。

 フェリシアの立場は、宰相の令嬢。

 起きてから寝るまで、一日の予定が日々決まっている。何から何まで学ぶことばかり。令嬢として恥ずかしくないように。将来どこへ嫁いでもいいように。そんな風に、侍女たちも言う。


 自由のない生活だったんだな。


 俺には、母さんと父さんの記憶がある。なんだかんだ十八年は生きた後に、今がある。

 立派な兄。忙しい父。実母は分からず、義理の母にはいい子でありたいと願う。表向きは、養女ではなく娘だが、本来は血がつながらないことは互いに微妙な距離感を作っていたのかもしれない。俺もお母様にはとても気をつかう。


「婚約破棄の前に、婚約しない。狙うのは、そこなんだけどなあ」

 話が出たとき、どうやって逃げたらいいか。

 逃げれなくて、婚約破棄になった場合、飛ばされないようにできたらいいのに。

 そうすれば、一人狙われることもなかっただろう。ここなら強盗や暴漢、暗殺なども難しそうだ。

 ぐるぐるそんな風に考えるだけで、いつも答えは出ない。


 庭を散策してまっすぐ歩いてきたら、はじっこまで来てしまった。

 振り向くと、屋敷が遠い。

 戻らないと。

 

 雨粒が落ちてきた。

 近くの木の下に潜り込む。

 木々の葉が雨粒を受け止める。乾いていた地面が濡れて、黒光りする。


 この木はよく登る。

 フィーがなぜ木登りを好んでいたのか、少し分かった。

 気が晴れるのだ。

 高いところまで足を踏み外さないように登り、小高い枝に腰を掛ける。

 遠くを見つめて、じっとしていると心が落ち着く。

 自分だけの自分を見つめる時間が、どんな慰めの言葉より効くのだ。


 雨は少しづつ強くなってくる。

 

 お屋敷は少し小高い所にある。

 お城に近いところに建てたらしい。父の仕事がら、すぐに王城へ飛んでいけるようにしているのかもしれない。

 父が夜中に馬車を走らせて出ていくこともしばしばある。


 木に登ると、街が見える。人が暮らす家々が並んでいる。きっと店もあるんだろうなあ。

 正直、行ってみたい。

 村から出たことがない俺には、ちょっとした憧れだ。

 婚約なんて難しいことを経験する前に、なんとか遊びに行く機会ぐらい作れないものだろうか。


 家々の煙突から煙が立ち上る。台所で夕食の準備でもしているのだろうか。

 黒くくすんだ雲がゆっくりと彼方へ流れていく。

 ヒツジもヤギもいない。犬を飼うこともない。鳥もいない。


 俺自身が籠の鳥なんだ。

 外に出たい。もっと自由に歩いて、自由に笑って、生きられたらいいのに。


「お嬢様」


 木の下から声がかかった。


 落ち着いたこげ茶の髪に、同色の瞳。小さいくせに、執事の恰好が似合う。筆頭執事の父親に似て優秀な執事になるであろう子ども。無表情で、女の子が怖がるのも少しわかる。何を考えているかわかりにくのだろう。


「そろそろ来てくれると思ってたわ」

 令嬢らしく答える。


「降りてきてください。他の者に見られたら、困りますよ」

 やはり無表情。堅物という印象。


「お嬢様のすることじゃないって怒られるわね」

 俺は答えながら、地面に降りていく。


 着地し、子どもの執事こと、ラルフ・オースの方を向く。


「いつも、一番最初に見つけてくれてありがとう」


 無表情で、事務的で、堅物で、何考えているかわからない。

 でも、秘密は守ってくれる。彼が俺の木登りを誰にも言わないでいてくれているから、注意受けないでいられるんだ。

 約束は破らない。口だって堅い。

 仕事も丁寧。

 優秀で有能で、信頼もできる。


 同い年で、身長はまだフェリシアの方が高い。いずれは抜かされていくだろう。


 どうぞと、差し出された傘を受け取る。

 二人並んで、傘をさして、屋敷まで歩いて戻った。


 宰相の跡取り息子セイジ・ボールドウィン。先を見据え学び行動することができる優秀な兄。

 筆頭執事の長男ラルフ・オース。冷静で寡黙で。仏頂面だからフィーは恐れたのだろう。男から見たら、口が堅くて気が回る、信頼できる男。


 男友達だったら最高なんだけどなあ。

 すべてを明かして、二人の頭脳を借りれたら、どんなにいいだろうか。


最後まで、お読みいただきありがとうございます。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、


ブックマークや評価をぜひお願いいたします。

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