7,男友達なら最高なのに ①
時間が許せば図書室に通った。
首を刈られて死ぬとわかっている以上、何でもいいから、フェリシアの生きていた世界を知りたかった。
今日も図書室にいる。蔵書の多さにはいつも驚く。
平民の家には珍しい本が、多種多様にそろっている。
平民だった俺の家には、母さんの二冊か三冊くらいの本があるだけだった。字は教えてもらったが、読もうとは思わなかった。
壁一面に並べられている本は、難しく読みにくい。子供が積極的に読んで喜ぶ本は皆無。
死ぬという未来がなければ、図書館に足しげく通うこともなかっただろう。
背景だけでなく、回避する方法も含めて、人生のヒントが欲しかった。
読めば眠気が襲う。背表紙のタイトルを読むだけだったり、開いても図や表を見て閉じたりするだけのこともある。
今日も本棚を眺めて、何を開こうかと背表紙を手でなぞっていた。
「フェリシア」
後ろから兄の声。
「お兄様、どうされたのですか」
最初は面映ゆかった、令嬢としての振る舞いも慣れた。
何年もフェリシアとして生きてきて思い知った。レオンのような平民の言葉は違和感を持たれる。
体験を通して学んだ結果、言葉遣いも身についた。
「本を返しにきたんだ」
「もう読み終わったのですか」
昨日借りた本を持つ兄。本を読むのが本当に早い。父に似て、優秀なんだろう。
「フェリシアも毎日図書室に来ているじゃないか」
「そうですけど。お兄様のように、早く読んだり、理解することは難しいです」
「ここに毎日来ているだけで、十分に優秀な妹だよ」
兄は持っていた本を、少し預かってと俺に渡す。
本を受け取ると、本棚にかける階段を移動してきた。
「この本は高いところにあったんだよ」
俺は背表紙を見た。見覚えのある装丁。
「『教会と聖女』。これは何の本なんですか」
「教会の大切な本だよ」
「教会?」
背表紙、表紙、裏表紙、まじまじと見る。本をめくろうとすると、兄が言った。
「それを読むのは、父が良い顔しないよ」
はっと顔をあげる。
「どうしてですか?」
問うと、兄は静かに話し始めた。
「十年ほど前に王様と父が対立し戦った側の経典だよ。
今の王様が王様になられたのも、教会との争いに勝ったからだ。
背後には、大臣家や中流の貴族の不正もあった。
これで没落した貴族もいたらしいよ。
詳しいことは、子供の僕らには教えたがらないだろうけど」
「なら、なぜこの本を読まれるんですか。お父様にとっては、政敵みたいなところでしょうに」
「もっともだ。
しかし、教会は市井にも広がっている信仰だ。
僕らも、大きくくくれば信者だ。
父や王様のように一時は排斥はできても、最後は調和を目指すことになるんじゃないかって思うんだよ。
そうしないと遺恨ばかり残る。
父の時代にはそうしなくてはいけない事情があった。
僕らの時は違うかもしれないじゃないか。
だから、知ることは決して無駄にはならないと思うんだ」
兄はすごい。いつもこうやって少し遠くを見ている。先を考える人だからこそ、こんなにも熱心に学ぶのだろう。感心するし、尊敬する。
しかし、父の出世にかかわることが、フィーが殺された事情とかかわりがあるのだろうか。
気になるのは、聖女、という存在だ。俺にもその力があるようだし。
これを読めば、理由やこの力の意味を知ることができるかもしれない。
「じゃあ、その本をくれないか。父にばれる前に片付けたいんだ」
「私もこの本を読みたいです。お兄様と同じように少し先のことを考えてみたい」
俺は本を渡すまいと、抱きかかえた。
「難しい本だよ」
「それでも、読んでみたいです」
「明日には持ってこれるかい」
「持ってきます」
読み切れるか分からないけど、頑張ってみよう。
兄は、仕方ないなとつぶやいて、目当ての本を持って梯子をおりた。
「僕はね、これを読むんだ。
『聖女の魔法 光と時の加護』
これも、教会の本だよ」
この表紙、見たことある。この二冊は、セットだ。
「明日までには読み終えれると思うから。これも読むかい」
俺は、大きく頷いた。
二冊の表紙を見て、思い出した。これは母さんの本だ。この二冊を母さんは持っていた。
母さんがベッドの下に隠していた。
大事な本だから、触ってはいけませんと小さいころに怒られた。本なんて興味ないから、すっかり忘れていた。
読んで、さわりだけでも知っていたら、今頃楽だったのかな。
「お兄様、この本は、平民おうちにもあるような本なんですか」
「まさか」
兄は驚き、目を丸くする。
「こんな上等な装丁の本はないよ。あるとしても、商家の子みたいな、お金持ちの平民の家だ」
「農村地帯の家の子が持っていたら?」
兄はうーんと考える。
「例えば、10年前に落ちぶれた中流貴族がどこかでひっそりと暮らしているとか」
「元、貴族ってことですか」
まさかうちが!
「貴族とか。あとは、10年前に粛清された教会の司祭とか、要職についていたとか。それ相応の身分でないと、この本は持っていないよ」
「10年前に何があったのですか」
「フェリシアは女の子だし、お父様もあまり話したくはないんだろう。
女の子が政治のきな臭さを知るより、花や蝶を愛でるような慈愛ある人に育ってほしいのだと思うよ」
「お兄様は知っているのですか」
「父から少しは聞くし、筆頭執事も多少は事情を知っているからね。聞けば教えてくれるんだ」
ずるい、俺はカヤの外か。
「私にも、教えてくださいませ」
「うーん。僕から聞いたとは、言わないでくれよ。後、知っても知らないふりができるかい」
俺は、頭を上下に何度も振って、答えた。
兄は、仕方のない子だね、と笑った。
「この国の実権は長らく大臣家が握っていた。
前王は、そんな大臣家の傀儡だった。
大臣家のバックには教会があった。
教会は信仰を伴い、人々に教えをとく。
その中心が、聖女だった。
聖女は癒しを与え、寄付が多い者、貧しい者なら選ばれた者、これは協会が選ぶんだけどね、こういった病を患う者やけがをした者へ癒しを与えた。
それが信仰の維持にも役立つし、寄付も潤沢に集まる。長年、教会は蓄財し、時には金貸しもやっていた。それを取り締まらないことを取引に、大臣家はつながっていた。
寄付金は莫大になり、教会の運営だけでなく、大臣家の資金源にもなった。
巨大な資金を握った大臣家に、一部の貴族はすり寄った。
平民や下級貴族は苦々しい思いをしただろう。お金があるものが癒され、ない者は死んでいく。中堅貴族は増税し、癒しを得るために教会へのお金を寄付する。大臣にすり寄り、回ってきたお金が返っていく。癒着の均衡がとれていた」
「それが、10年前の時代背景なのですね」
知らなかった。生まれる前の世界がどうなっていたかなんて、考えたこともなかった。過去も未来も、今の続きだと思っていた。
「癒着の要は、聖女だった。
聖女の、癒しは、どんな小さな望みも叶える。
失ったものは戻せなくても。もげた腕をつなげるくらいはできたらしい。
事故で失明した者に光を与え、不治の病も治す」
俺に備わっている、聖女の力ってそんなにすごいのか。
教会にわたってはいけないから、隠そうとしているのか。
「10年前がターニングポイントになったのは偶然だ。
聖女の交代が行われる時だった。
その時、新たな聖女が行方不明になった。
聖女不在となった教会は弱体化し、同時に大臣家と中堅の貴族の不正も発覚し、倒された。
その背景に、現王と父が絡んでいることは言わずもがなだね。
とはいえ、大臣家は中堅の貴族へ不正を押し付け、トカゲのしっぽ切りをした。
それ以上は追えず、10年前は終わった。
今も権力の中枢にいるため、王様と父は色々頭を抱えているようだよ。
王太子様の外戚にもなるから、しばらくは政治から離れることはないだろうね」
「外戚?」
「王太子様の母君、つまり現王のお妃様は大臣家の出なんだよ」
結局、政治的な落としどころがあっての結果だろうね。大人の思惑までは僕には分からないよ。
と、兄は、話を閉めた。
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