6,フェリシアの秘密
俺は、フェリシアの知らない過去を見た。
赤子として生まれ変わった時、そこは平民の家だった。
母親に抱かれながら、平民に生まれ変わったのだと疑わなかった。
時折、身なりの整った男性が訪ねてくるので、その人が父親かと思っていた。
「不便はないか」「困ったことはないか」と色々世話をやいていた。
ある時、きれいな黄金色の髪の男性がやってきた。
母がすごく嬉しそうに迎える。
抱き合う二人を見て、ああ父親はこの人かと理解した。
彼が言った最初の言葉はよく覚えている。
「この子の名前は、フェリシアだ」
驚いた。一瞬、息が止まるかと思った。
まさかと思った。同じ名前の子どもなんてたくさんいるだろうと思った。
なにより、フェリシアはすでに死んでいる。生まれ変わるなら未来のはずだろう、と当初思った。
母一人、子一人で慎ましやかに生きていければいいの、とフェリシアの母は言った。
フェリシアの父は、生きるには困らない支援はしたい、いやさせてほしい、と言った。
訳ありの事情があるのは分かっても、フェリシアと名付けられた赤子の俺は手を動かすぐらいしかできなかった。
様子を見にくる赤い髪の男は、フェリシアの父と親しげだった。父より頼まれて、支援している人なのかもしれない。
母と一緒に過ごす時間は長くなかった。
生まれて一年後には頻繁に寝込むようになった。
よちよち歩きの俺が手を握ると、嬉しそうにする。
「フェリシアの手は暖かいわ」
そう言って、力なく笑った。
母は程なくして亡くなった。
父は死の際に間に合わなかった。
母の遺体を前に崩れ落ちる。肩が震え、泣いていた。
幼児の身長から、それはよく見えた。
俺は、この人の元にいくのだろうか。
亡くなった母の手を握る。
さよなら、二人目の母さん。
家に帰れなくて、ごめんね。母さん。
今回もこんな別れになるなんて。
握った手がほんのりと光った。
まだ何もしゃべれないけど。
母さんの言葉は覚えている。
『どうか、光と時の加護があらんことを』
暖かい光が、亡くなった母の体をつつんだ。
それを見た、父が愕然とした表情でつぶやいた。
「聖女の力」
母の手を握ったまま、振り向いた。
「あー、うー」
聖女ってなに? 聞きたくても思うようにしゃべれない。
その後は、バタバタした。
母の遺体を弔う。
父と男は、眉をひそめて話し合う。
1歳の幼児には何もわからないだろうと目の前で話すものだから、俺にも少し事情が見えた。
フェリシアを父は預かれない。立場があるようだ。
代わりに、世話を焼いてくれた男が養女にすることになった。妻も了解している。息子には、腹違いの妹だと告げる。極力、本当の親が誰か、本人にも隠す約束もしていた。
最初から、何かあれば養女にすると決めていたらしい。
何より、驚いたのが、俺に聖女の力が備わっている可能性があるという。
よくわからなかったが、聖女を探している者たちもいるらしい。彼らに聖女の力をもつフェリシアを渡すわけにはいかない。目の届くところに置く必要がある。
聖女の力を持つ可能性があることで、なおさら手の届くところに置くしかない、という結論だった。
そうやってフェリシアは、一年だけの本当の母と過ごした生家を後にした。
やってきた男の家は、豪華だった。何もかもが見たこともないものであふれていた。
そこでやっと支援者であった男の名が分かった。
ヴィクター・ボールドウィン。宰相を務め、王の補佐役と言える優秀な男だった。
彼の妻は、俺にとっては三人目の母になる。名はナタリヤ・マルコス・ボールドウィン。ここではお母様と呼んでいる。
兄の名は、セイジ・ボールドウィン。俺が1歳。兄が3歳の出会いだった。血のつながりのない兄妹であることに気付かず過ごしていたが、大きくなるにつれて家の事情を知り、俺のことは異母妹と認識するようになった。妹は妹だよ、と言う。優しい兄だと思う。
フェリシアの日常は、ほとんどがお屋敷の中だった。
あの箱入り娘はこんな風に育ったのか、と驚いた。
起きれば、侍女が数人すぐにやってくる。
着替えから、一日の予定まで、すべて用意されている。
お父様、お母様、お兄様。言いにくかったが、もう慣れた。
お父様は忙しい。政務のためほとんど外にいる。
お母様もいるが、社交に勤しむ。お父様があまり身分の高い貴族ではなく、王様が優秀なご学友だったため、抜擢した背景があるのだそうだ。そのため、それ相応の身分であった母が、後方からフォローしているらしい。
兄は賢い人だ。たぶん、父に似ているのだろう。
大人には大人の事情があることをわかり、よく分からない妹へも説明してくれる。
「フェリシアも寂しいかもしれないけど、お父様もお母様もお忙しい。僕たちも僕たちで、頑張ろうね」
そう言ってほほ笑む兄はよく覚えている。
本当に寂しいのはこの子どもなのかもしれない、と思った。
兄も、俺も、侍女たち囲まれて育っている。
人はたくさんいるのに、どこか寂しかった。
親の手前、侍女の手前。彼女らの手がなくては何もできない。
いい子でいなくてはいけなかった。
俺には、いたずらばかりして過ごしている記憶がある。
平民の男の子なんて馬鹿みたいなことを日がな一日中仲間と競って遊ぶんだ。
フェリシアの育ちはそんな日常とは真反対。彼女が、おとなしく、臆病な娘に育ったのは、こういう環境があったからかもしれない。
自分であることより、誰かから見られる自分の方が優先され、そんな他者から求められる姿を保つので精一杯だったのかもしれない。
来年は八歳になる。
そしたら、あの村に行く。
その時は、レオンの中にフィーがいるか確かめたい。
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