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5,俺が私になっていた

 稲光が走り、雷鳴が轟いた。

 驚いたフィーがうずくまる。


「大丈夫、フィー」

「驚いただけよ」

 腰が抜け、座り込んだままのフィー。

「立てる?」

「たぶん」

 フィーに肩をかす。

「もう少しだから」

 走りだそうとした時だった。


 背後から、雨音に紛れて草木を薙ぎ払う音がした。


 振り向く。


 黒いマントにフードを被った人間が、剣を抜きつつこちらに向かって走ってくる。

 走りながら剣を抜く。


 走ってくる何者かと正面に、向き合った。


「フィー、逃げて」


 背後に向かって叫ぶ。

 懐にしまっていた短剣を抜く。


「屋敷まで走って!」


 長剣に短剣で迎えうつなんて無謀だ。

 フィーだけでも屋敷に戻る時間を稼げればいい。


 一瞬でも相手がひるんでくれれば、なんて思うのは甘かった。


 振り下ろされた長剣を受け止めようと当てた短剣は、はじけ飛ぶ。


 勢いに押され、俺自身後ろへ飛ばされる。


 手を離れた短剣は回転しながら背後に飛び去った。


「レオン」


 長剣を振るう者とこちらを見返すフィーが視界に入る。


 雷さえ怖がる女の子に、逃げるなんて無理か。


 態勢を立て直す。


 フィーが手を伸ばしてくる。


 長剣が天に向かって掲げられる。


 せめて、男とフィーの間に入りこめたら。

 伸ばされた彼女の手首をつかんで、思いっきり引いた。


 振り下ろされた長剣が空を切る。


 掴んだ手首をはなし、踏み込んだ。


 背後でフィーが小さな悲鳴を上げながら、泥の中に転んだ。


「立って。屋敷まで走って!」


 フードを被った男の動きが止まる。

 剣を構え、じりじりと近づいてくる。


 大柄な男。顔はフードを深くかぶり見えない。


 襲ってくる相手からフィーをかばうように立つ。

 自分が壁になるくらいしか、できなかった。


 相手の長剣を動かす腕をとりたい。

 剣を奪えれば。

 腕だけでも押さえられたら。

 

 雨に濡れた衣類が重い。

 ぬかるみに足をとられ、転ぶかもしれない。


 相手が剣を振り上げたところを体当たりできるか。

 濡れてなければ、踏み込めただろうに。

 転んで、横をすり抜けられ、フィーに長剣が届いてしまうかもしれない。


 俺の逃げ道はない。


 ごめん、母さん。帰るって約束したのに。

 フィーを殺されて、自分だけが生き残るわけにはいかないんだ。


 相手の腕をめがけて走った。


 男は剣を片手で持ち直す。片足を大きく上げた。


 やばい、とおもった時には、腹に鈍痛が走った。


「がっ、ごほっ」

 蹴られた腹を抱え込むようにうずくまる。


 どんっと背に叩かれたような痛みが走る。


 胸の方から押し寄せてくる吐き気。


 ガッと吐いた液体は、真っ赤だった。


 何が起こったかわからなかった。


 見上げると、男は遠く、屋敷の方を見ていた。


 転げる俺に見向きもせず、懐から短剣を抜き出し投げつける。


 フィーの悲鳴が響いた。


 声さえあげられないまま、俺は目をむく。

 倒れたまま、彼女の方に手を伸ばす。


 立て、逃げろと叫ぼうとしても、声さえ出ない。

 

 男がゆっくりと動き出す。

 

 背骨がギリっと鳴った。

 雷に打たれたような痛みが走り、体の奥からこみ上げたものにむせたとき、俺は見たこともないほどの量の血を吐いた。


 何があった。

 動けない。俺の足はどこだ。腕は。

 片腕を動かそうとしても、鉛のように重い。


 視界の端に長剣の切先が見えた。

  

 赤く染まっていた。

 雨に打たれ、鮮血が流れ落ちる。


 あれは誰の血だ。


 再び、こみ上げるものを吐く。真っ赤なそれは泥水とまざり、黒く変色した。 

 

 顔を傾けるようにあげた。


 男は倒れこんだフィーに近づいていく。

 

 短剣が背に刺さったままうずくまる。

 その背中めがけて、男の長剣が振り下ろされた。


 雨音が強すぎる。

 無音のまま、フィーは倒れこんだ。


 男は倒れこんだフィーの傍らに座る。

 懐から、短剣を出す。

 

 何をしているのか、手元の様子が見えない。

 彼女が死んだことを確かめているのか。


 動けない。

 

 なんか、もう、眠い。寒い。

 雲の上に寝そべっているように、ふわふわする。


 フィーの長い髪を男は握り、立ち上がった。

 

 彼女の胴体から、首が浮かび上がる。


 立ち上がった男の手には、フィーの生首がぶら下がっていた。


 狙われた。

 雨の時を。

 証拠を拭い去る大雨の日を狙ったんだ。


 男はゆっくりと引き返す。


 畜生。畜生。


 もう、指一本動かない。


 男は森に向かって歩く。

 あの森を伝い、隠れ逃げるのか。


 俺の横を去っていく。


 フィーの生気を失った顔。首の根元から滴る雫が赤い。


 フィー、ごめん。

 ごめん。

 守ってあげれなくて……。


               ☆


「ごめんよ、フィー」


 鏡を見ると哀しくなる。

 守ってあげれなくてごめん。

 ごめんよ、フィー。 


 あの夜の記憶は鮮明に残しながら、俺は転生していた。

 

 新たな赤ん坊として生まれ、今ではもう8年もこの姿で生きている。


 白金の髪色を結い上げて。

 豪奢な水色のドレスをまとう。

 深緑色の瞳を持つ少女。


 俺こと、レオン・エルファーは、フィーこと、フェリシア・ボールドウィン令嬢に生まれ変わっていた。 

最後まで、お読みいただきありがとうございます。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、


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― 新着の感想 ―
[良い点] レオンの健気さに思わず涙 [気になる点] 誰だこの襲撃者……! 相当の手練れですね! 雨降ってくる時狙ってたことと言い。 [一言] (;゜Д゜)…… マジですか…… 思わず目ゴシゴシ…
2021/07/09 07:58 退会済み
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