41,呪文と約束
セイジの腕の中にいる。
「なんで」
おかしい。
なんか、おかしい。
俺がなぜセイジを殺す必要がある。
「変です」
セイジの体から離れる。
「水かがみがあれば、誰でも殺せそうじゃないですか」
見つめると、セイジは目を丸くする。
「影から人を殺せる人が、どうして、わざわざ、もう一人の司祭を殺すために、自身の体を差し出すんですか」
「女の子のかんは怖いね」
困った子だとさらに笑い飛ばす。
「確かに、僕の力は暗殺向きだ。
この16年、そういう方面に能力を伸ばしてきた。
でもね、僕の力では、二コラには手を出せない事情がある。
水かがみの魔法の弱点は、相手の魔力もこちらに流すことだ。
彼の魔力は大きくてね。
おそらく、よほどうまく画策しないと返り討ちにあってしまうんだよ」
そう言いながら、セイジは懐から短剣を出し、俺に差し出す。
「君が完全に僕の命まで絶つ必要はない。
ただ、瀕死の状態にしてくれればいい。
そして、完全に命が絶たれる直前に、魂を戻してほしい。
二コラの魂をこちらに呼び込み、そのうえで弱ったこの体ごと滅する。
この部屋に描かれている模様は聖女の力を増幅させる。
僕はここで唱える最適な呪文を君へ伝える。
呪文もまた、増幅装置だ。
魔法陣と呪文があるとね。
望む望まないにかかわらず、力を十二分に発揮できるんだよ」
「望まなくても……」
望まなくても、魂の入れ替えができる。
「別次元で、二コラが聖女を利用できたのも、この魔法陣と呪文があったからだ。
君の母がこの次元に、司祭を飛ばしたいなんて思うわけがないだろう。
本気で願えば、呪文なんかいらないんだけどね。
魔法陣の中で、心から戻りたいと願えば、それだけでもどれてしまう」
セイジが後ろを向く。
椅子にもたれかかる老人の遺体。
その後ろに見える、窓の向こうを指さす。
「あの窓の下が塔の入口だ。
今、そこで、二コラとフェリシアが戦っているよ。
そこにこの老人の遺骸を落とす」
セイジが手を小さくはらうと、風が一陣舞った。
髪が後ろになびく。
老人の肉体が椅子ごと浮いた。
持ち上げられたそれらは、枝から離れ落ちた葉のように窓の外へと押し出される。
風が止むと、老人と椅子は勢いよく下へ消えていった。
ドンと小さな音がなった。
「今頃、下では大変なことになっているな。
二コラが血相変えて、上ってくるだろうね」
「まともに戦ってもね。
司祭である二コラには勝つことはかなわないよ」
「僕の肉体が弱った時に、
呪文を唱えてほしい。
最低限の一節でかまわない。
今の君ならそれで十分だろう。
『猛き精霊に願う。
いまここにある御霊を入替え。
新たな肉体を与えたまえ。
神々が与えし尊き魂をあるべきところで返せよ』
本来はもっと長いんだが、即興ならこんなものだね。
強く願うなら、
『御霊を入れ替えよ』という一言。
または、それに準ずる言葉をつぶやくだけでも、この魔法陣の中では効果があるだろう」
セイジは晴れやかに笑う。
復讐を果たせると喜んでいるのか。
なんか、違う。
この人はもっと、きっと、傷ついているのかもしれない。
「私にも、一つ約束してもらえますか」
これで何もかも終わるとか、考えてそうな人。
「約束?」
「元の体に戻っても、生きてくださいね」
「……」
「死んだらダメですよ。
悪いことたくさんされてきたとしても、
その罪をつぐなくことができなくても、
死なないでくださいね」
セイジは口元に手を当てた。
信じられないと口内でのつぶやき。
静かだったから、俺の耳にも届いた。
「君にはかなわないな。
これでは、ラルフも大変だ」
その時、下から強い風が吹き上げてきた。
あまりの強さに、身を縮める。
セイジの肉体を持つ、二コラがそこに立っていた。
「これはどういうことだ」
忌々し気に吐き捨ている。
セイジが冷静に受け止める。
「見てのとおりです」
俺の腕を引っ張る。
「あなたの夢は潰えました」
首を締めあげられる。
苦しい。
セイジが首元に短剣をかざしていた。
冷たい汗が額ににじむ。
「裏切ったか」
セイジの顔を苦々し気にゆがめる二コラ。
「動かないでください、
それ以上何かするなら、
聖女の命も保証はしません」
切先が俺の首にあたる。
さらに大きな風が吹き上げた。
その強さに、目をつむる。
首元からナイフが離れた。
「風魔法ってコントロール苦手なんだよ」
声がする方に向かい、瞼をひらく。
天井近くまでとびあがったレオンの姿をしたフェリシアが立っていた。
ちらりと俺を見るなり、
「お姫様に手を出すなんて、言語道断」
にやりと笑った。
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