表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/49

4,昔語りをしていたら、雨が降ってきた

「雨がきますよ」

 裏庭の木を眺める。

 木登りが上手になったフィーが、枝に座り、素足を遊ばせている。

「戻りましょう」

 遠くの空を見つめ続ける。いつもなら、にこりと笑って降りてくるところ、微動だにしない。

「フィー、どうしたの」


「レオン、今日は暗いのね」

「雨がきますからね」

 フィーが見つめる空の先へ俺も目をやる。


「私ね。

 ずっとどうしたらいいのかなって考えていたの」

 フィーが、ぽつぽつと話し始める。

「お父様から、『お前は王太子の婚約者になるんだよ』って言われて、そうなんだって思っていたの。なんの疑いもなく。


 私は、いずれお妃様になるのだから、ちゃんとした教養を身につけないといけない。

 私の未来ってそれが当たり前で、それ以外の未来って考えたこともなかった。


 今ここにいることが、とても不思議。

 過去なんてまるっきりない。

 そんな風に感じてしまうことも、あったわ。


 お行儀とか、絵とか、刺繍とか、音楽とか。

 今もそれだけは残っている。

 字も書けて、本も読めて、勉強したことだけはちゃんと残っているの。


 もう過去の私は失われて、何も残っていないって思っていたけど。


 ちょっとだけ、最近、少しだけ、私の中に残されたものがあるって、わかってきた。

 今まで生きてきた証として感じられるようになったの」


「フィーの身につけていることは、村の女の子は誰も持っていないよ。


 村の女の子は、ものが分かるようになれば働くんだ。字を読める子も少ない。裁縫だって、つくろったり、なおしたりするだめだし、家畜の世話とか、畑仕事とか。本当に生活に関することでいっぱいなんだよ。


 フィーの身につけていることは、すごいことばかりなんだよ。読めて、書けて、計算できて、魔法も使える。音楽も、刺繡も、絵も、全部、今まで努力してきたことがちゃんとあるよ」


 フィーがフフッと笑った。 


「レオンって変な人。

 村の女の子ならだれでもできることができない、って言わないもの。

 私、平民になったのに、みんなができることは一つもできないのよ。

 本来なら、役立たずって言われそうじゃない」


「まあ、そういう見方もあるかもしれないですけど。


 母さんが言うんだ。


 フィーのような立場の子は、きっと自由には生きれなかったはず。

 立場も、役目もあって、そこから逃げることはできない。


 村の女の子は彼女のような教養はないし、学もないかもしれないけど、

 自由に笑い、自由に話す、そんな明るい楽しみがたくさんあるって。


 村の女の子のようにはできないけど、

 村の女の子にはない知識と教養を蓄えていて、

 それはそれですごい努力を伴う価値のあるものなんだって」


「ありがとう」


「だから、フィーには村の女の子ならできて当たり前なことができなくても、フィーにはちゃんとフィーのできることがあるから比べちゃだめよ、って母さんが言うんだ」


「ありがとう。


 ああ、私、今度、レオンのお母さんにお礼が言いたいわ。


 ミラのおいしい焼き菓子と紅茶を持って、一緒にお茶をしたい」


「母さんもきっと喜ぶよ」


「私こそ、レオンがいてくれて。

 レオンのお母様の言葉に救われている。


 私にはちゃんと私のできることがある。

 そう、教えてくれた。

 だから、考えたの。


 村の女の子に行儀作法を教えてあげたらどうだろうって。

 字が書けて、読めて、ちょっと計算できたら困らないでしょう。

 行儀作法ができたら、働き先も広がるかなって思ったの。


 どうかしらね」


「うん。

 それは、いいと、思う。

 農閑期とかさ。ちょっとの間でも。

 字が読めたり、本が読めたら、世界が広がるもんな」


「うれしい。

 なんか、ちよっとだけ、私も前を向けそうな気がするわ。


 ありがとう、レオン」


「この前、暇をもらって帰ったろ。

 フィーの話をしたらさ、母さんが言っただけだよ。

 俺はただそれを繰り返しただけさ。


 降りておいでよ、フィー。


 夢の話は、また明日だ。

 雨が降ってきてしまう。

 今日は、もう帰ろう」


 雨粒が、ぽつりと落ちてきた。粒が大きい。


 フィーはゆっくりと木から降りてくる。降りることはまだ少し苦手そうだ。


「急いで、フィー。

 こういう雨は、どりゃぶりになるのが早い」


 足場を確認しながら、ゆっくりと降りてくる。地面に足が着くころには、雨足は強くなり始めていた。幹のそばに置いていた靴。きっと中は雨でぬれているだろう。

 手を差し伸べると、フィーは自らの手を当たり前のように俺の手に載せる。バランスを取りながら、靴をはいた。


「帰るまでに、濡れてしまいますよ」

 手を握ったまま、歩き始める。

「雨に濡れてみるのも面白いかもしれないわね」

 フィーは満面の笑みを浮かべる。

 困ったお嬢様だ。

 風でも引いたら、ミラが心配するじゃないか。

『あなたが一緒にいて、どうして早く帰ってこなかったんですか』

 俺がどやされるのは目に見えている。

「早く帰りましょう。ミラが心配しますし、風邪をひいても困りますよ」

 フィーもおとなしく手を引かれて進む。


「歩きにくくなるのね」

「土が水を吸って柔らかくなるんです。土の上は歩いたことありませんか」

「ないわ。いつも、石で舗装された道を馬車で移動していたの。家の庭も、整えられていたし」

「歩きにくいなら、ゆっくり行きましょう」

 歩調をゆるめると、フィーはほっとした顔をした。

 早く帰らないとと焦っていた。少し早かったようだ。気づかないで悪いことをした。

 もうこんなに濡れてしまっては、ゆっくり歩いても変わらないのに。


 雨はとめどなく降る。

 頭部に降りそそぐ雨粒が、額から落ちてくる。

 二人ともぬれねずみだ。


「雨って気持ちいいのね」

 フィーはのんきに笑う。濡れそぼる髪をかき上げた。白い肌。淡く光る白金の髪。深緑の瞳。


 雨に濡れてもきれいだ。


 中身は、初めての経験に喜ぶ子どもでしかないのに。いつまでも続くとは思えないけど、今は重いため息しか出ない。

「子どもみたいなこと言わないでください。泥水跳ねて服についた汚れはとれませんよ」

「じゃあ、この服は雨の日用にするわ」

 そうきたか。

「困った人だ。まずは一生懸命歩いてくださいよ」

 もう少しで屋敷につく。


 カッと一面が白く光る。

 影さえも消えてしまうような白さに包まれる。

 陰影がよみがえってきたら、背後で雷鳴が轟いた。

最後まで、お読みいただきありがとうございます。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、


ブックマークや評価をぜひお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ