32、談話室
寮は男性寮と女性寮の二棟からなる。
屋根付きの通路が二棟を結ぶ。
制服に着替え終えた俺は、引き返すようにもときた通路を戻る。
通路の途中で、「先についてらっしゃったのね」と艶やかに笑うアリアーナとすれ違った。
通路の真ん中に小ぶりな建物がある。
そこは一階が談話室、二階が食堂になっている。
通路からつながる扉を開くとそこはすぐに談話室。
すでにいくつかのグループができていた。
数人の女子が集まって、ひそひそと話している。
その目線の先を見ると、見慣れた顔が並んでいた。
長身の男3人。
レオンとラルフと、王太子のウィリー。
レオンとラルフだけならきっと目立たなかったろうに。
どうしてそこに王太子であるウィリーが一緒にいるんだ。
他の女の子グループも、ちらちらと彼らを見ている。
あれはどこの家の方かしらという小さな声が聞こえた。
王太子が親し気に話しているのが平民だとは思わないのかもしれない。
注目されているのも気にならないのか、あの3人は。
性根が太いのか、何なのか。
俺なら、周囲の人が気になって、早々に退出したくなりそうだ。
そもそも、この中で軽々しく声をかける気がしない。
この場の視線を一斉に背中に受け止めることになったら……。
俺は躊躇し、立ち止まった。
ひっそりと場から離れようと後ずさる。
せめても王太子が一緒にいるうちは隠れていたい。
黄金色の髪、王家の色。否応なく目立つ。
長身で鍛えられたレオンの貫禄ある風貌は、守られて育ってきた貴族の子息にはない精悍さがある。
ラルフだって、執事らしいしなやかな紳士のような雰囲気をまとっている。
そんな3人が談笑していれば、女の子の目を引いてもおかしくはない。
3人とも立派な青年に育ってますとも。
元男の目線から見ても、惚れ惚れするほどいい男たちですよ。
こういう時は、壁の花にでもなって、静かにしていたい。
そもそもあんな目立つ三人の真ん中に一人飛び込む勇気はない。
談話室にはソファー席もある。
空いている一人掛けのそれに身をうずめた。
レオンが笑っている。
不思議だ。
元々は俺の体で。中身はフィー。
昔、彼女があんな風に楽しそうに笑う顔を見たことがあったろうか。
ウィリーだとて元々はフィーの婚約者。
気さくで、思慮深く、人当たりもいい。牧羊犬のような人懐っこさで平民のレオンやラルフとも親し気に接する。地位を鼻にかけたりしない余裕。育ちの良い器の大きさを感じる。
困った顔をしたり、呆れた顔をしたり、ラルフの表情も豊かになった。
いいなあ。
あんな男友達。
じゃれあって楽しそうだ。
一体何を話しているんだろ。
女の子になっている俺が入り込む隙なんてなさそう。
ラルフがこちらを向いた。
目が合った。
二人に何かことわりをいれたようで、一人こちらに歩いてくる。
「フェリシア。来て居たのなら、声をかけてください」
観念して立ち上がる。
「3人で楽しそうだったものだから、
声をかけにくかったの」
視線が一気に俺に向いている。
あの令嬢は誰だって声も聞こえる。
ため息を吐く。
否応なく注目される。
2年間屋敷から出ていないので、俺の顔を知っている者は少ない。
「フェリシア。外で会うのは久しぶりだね」
王太子も寄ってくる。
しっかりするときはしっかりするのに、普段はどうしてこう牧羊犬みたいなんだろう。
「お久しぶりです。いつの間にレオン達となかよくなっていらっしゃるのですか。驚いてしまいました」
「レオンは知らないことをたくさん知っているからね。
彼の冒険譚は、まるでおとぎ話の勇者の話を聞いているようだ。
彼のもってくる物語を聞きたくて、俺の方が仲良くさせてもらっているんだよ」
「フェリシア。
バレッタが曲がっているよ」
「えっ」
ラルフが背後に立ち、髪に触れる。
「直してかまわないかい」
「ええ、ありがとう。ラルフ」
慣れた手つきで、バレッタを外すと、手櫛でさっと髪をまとめ上げる。
こういうところが、いつもそつない。
「皆さん、一緒だったのね」
談話室全体に響く声で話しかけてきたのはアリアーナだった。
この空気感で物おじしないのはさすがである。
あきらめよう。
アリアーナと王太子がいたら、もう目立つことは必至。
寮へ続く扉の真反対に校舎へと続く扉がある。
ぞろぞろと新入生が談話室に集まり、窮屈になりかけた頃、校舎側の扉が開いた。
同じ制服をきた赤茶の髪色の上級生が現れる。
2年前に学園に入った兄のセイジだった。
「新入生はみんな揃っているのかな」
互いに顔を見合わせる。
何人入ってくるのか、互いに知らないものの、見知った顔が欠けてないか確かめる。
ざわざわとしていた談話室がしずかになった。
「入学おめでとう。
上級のセイジ・ボールドウィンです。
ようこそ、学園へ。
本日から寮生活にあたり、今日はこれか夕食までの時間、校舎を案内します」
新入生がざわめく。
どうぞついてきてください、と元来た扉を開く。
ぞろぞろと兄の後ろへついていく。
アリアーナと王太子も学生たちの中にまぎれ、歩いていく。
一歩踏み出そうとすると、腕を引かれた。
レオンが、俺と、もう一人、ラルフの腕をつかんでいた。
「レオン」
学生たちが俺たちの横を進んでいく。
誰もが兄を追うように談話室をでる。
最後の一人が談話室を出るまで、レオンはうつむき、じっとしていた。
3人だけ取り残される。
「どうしたんだ」
ラルフもいぶかる。
「ごめん」
かすれた声でレオンが謝る。
さらに震える声で言うのだ。
「あれは誰だ」
と。
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