29,癒しの力
「どうして、ここに」
レオンはしっと口元へ指を添える。
もう片方の手の平に、真っ赤な小石を転がしていた。
「見てて」
石に魔力を込める。小さな石がさらに赤々と光り出し、ブクブクと泡立ち始める。
「何これ」
「魔力をため込むことができる石だよ。
そこに火の魔力を凝縮してあるんだ」
うごめく石を幌馬車に投げ入れた。
ボンと爆発音がなる。
木製の幌馬車が勢いよく燃え上がった。
空に向かって、黒い煙が昇っていく。
バチバチと木が炎に焼かれる音が鳴る。
炎の向こうに、人影が揺らいだ。
黒いローブの男が浮かび上がる。
「フェリシアは下がっていて」
レオンが静かに告げる。
俺は数歩下がった。
黒いローブの男が炎から飛び出す。
長剣を引き抜いた。
レオンも腰に据えた剣を抜く。
二刀がぶつかり、火花散り、はじかれた。
うめき声。苦しむアリアーナのそばへ駆け寄る。
「アナ。痛いでしょう。
かわいそうに。
今、治してあげるから」
醜くゆがむ、ただれた顔。
片腕が盛り上がっている。
俺はアリアーナを抱きしめた。
肩で息をする。ゼーゼーと苦しそうに。
もう大丈夫だから。
「光と時の加護を……」
母さんのおまじないをつぶやけば、アリアーナの体を光が包み込む。
アリアーナの呼吸が徐々におちついてくる。
俺の足の痛みも一緒に消える。
わずかに飛んできた粉末でもこれだけ痛いのだ。
アリアーナや肉塊へと変貌させられた人のそれはいかほどのものだろう。
地響きがなる。
顔をあげると、走ってきた道の向こうに馬の影が見えた。
何頭もの馬の足音が徐々に近づいてくる。
宿の護衛達が追ってきてくれたのか。
背後で響いていた、剣を打ち合う音が消えた。
音が消えた方を向く。
ローブの男とレオンがにらみ合っていた。
遠くから駆けつけてくる者たちを確認したのか。
ローブの男が後方に飛んだ。
レオンの剣に、炎が巻き付く。
そのまま大きく振り払うと、炎が刃のように放たれた。
炎の刃が、燃える幌馬車の火柱を切る。
ローブの男はさらに後方に飛ぶと、炎の彼方に消えていった。
「フェリシア……」
アリアーナの力ない声。
体はすっかり元に戻っていた。
気力が萎えたのかもしれない。
脱力し、俺にもたれかかる。
「もう大丈夫だよ、アリアーナ。
体は治したわ。
傷跡一つ残さないように」
馬のいななき。
数頭の馬が遠巻きに俺たちを囲う。
宿の客役だった護衛達。
王太子。
それに、ラルフがいた。
馬から真っ先に飛び降りたのはラルフ。
「フェリシア」
名を呼びながら走ってくる。
普段はお嬢様とか言うのに、慌てている時は呼び捨てになる。
昔からそうだ。
ラルフに心配されていると思うと、なんかほっとする。
「ラルフ、アナをお願い」
もたれかかっていたアリアーナを駆け寄ってきたラルフに預ける。
「アナの傷は治したわ」
「フェリシア、あなた、もしかして」
目を細く開くアリアーナ。
大丈夫だよと微笑む。うまく笑えてないかもしれないけど。
「まだ、治してあげないとならない人がいるわ」
ラルフの顔がはっとする。
「ダメだ。フェリシア」
聖女の力を使うなとラルフは言いたいのだろう。
頭をふった。
「ごめんね、ラルフ」
心配してくれてありがとう。
たぶん、一番見られてはいけない人に見られてしまった。
あの黒いローブの男。
フィーと俺の首を刈った本人か、仲間か。
「このまま何もしないではいられないの」
目の前にいるアリアーナと同じように苦しむ者をそのままにはできない。
レオンが横に立っていた。
「ありがとう、助けにきてくれて」
「偶然なんだ」
「久しぶりに、会えてうれしいよ」
本当に、元気そうでよかった。
レオンが手を差し出す。
俺が今何をしようとしているか、分かっているかのように。
知られてはいけないなんて言っていられない。
護衛たちも見ている。
王太子も。
俺はレオンの手を取り、進む。
転がる肉塊の横へ座り込む。
手をかざす。
哀れな人だった物。
「苦しかったね」
撫でると、ギギッと鳴く。
「今、戻してあげるから」
「光と時の加護があらんことを……」
両手が光る。
肉塊が光に包まれる。
体のよじれが戻っていく。
ゆがんだ顔も戻っていく。
一人目は小さな子供だった。
3歳くらいだろうか。
「怖い思いさせちゃったね」
光が薄れると、可愛らしい男の子が現れた。
原型をとどめないほど、あの白い粉でゆがめられていたのか。
隣は女の子。5歳くらい。
レオンが遠くに投げ出されたそ肉塊を運んでくる。
加護を与えると、10歳未満の子供が3人現れた。
合計5人。癒された子供たちは、健やかな顔で、意識を失っている。
これで、俺が聖女の力を有することは知られてしまった。
レオンの手が差し伸べられた。
その手を取り、立ち上がる。
すべて終わった。
王太子を見据える。
背後にひかえる護衛達は、何が起こったかわからないという顔をしていた。
聖女を失って16年。
癒しの力を見るのが、はじめても人も多いだろう。
目の前の出来事が理解できなくても仕方ない。
王太子の口元は真一文字に結ばれている。
にらむように俺を凝視する。
牧羊犬のような雰囲気はない。
王太子は大きく息を吸った。
沈黙を破り、叫ぶ。
「これより、緘口令をしく。
王太子の命により、今見たことを何人にも口外してはならない。
よいな」
りりしい顔。
今、目の前の出来事の大きさをいち早く察知したのは彼なのかもしれない。
「ははっ」と控えていた護衛達が全員膝まづいた。
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