3,君にとって、俺にとって。
「えーっと、変じゃないですか」
着なれない服装に俺は戸惑う。
「ううん、すごく似合うわ」
目を輝かせるフィー。
満足そうなミラ。
執事の恰好をさせられても、中身はただの村人なんだよ。
今日から仕事と思っていたら、まず体の寸法を測られた。
あれよあれよと、数日後、執事の制服ができたと、朝からフィーとミラは賑やかだった。
ひとまず、恰好から何とかしないとね。と、フィーとミラは俺が来る前から、楽しみにしていたらしい。
「見違えたわ」
フィーは、馬子にも衣裳状態の俺を本気でほめているようだ。
「そうかな」
正直、むずがゆい。というか、いつもと違い過ぎて、なんか気持ち悪い。
「鏡で見てごらんなさい」
ミラが大きな壁のような輝く板を持ってきた。
「鏡?」
目の前に俺がいた。
「鏡って。これ」
ぴっとした執事の制服。
ミラによって、整えられた髪。
青みがかった黒い髪がくっきり、毛先まで見えるようだ。
深いこげ茶の瞳もしっかりうつっている。
「初めて見るの、鏡を」
「ええ。鏡なんて見たことないですよ」
平民の家にそんなものはない。
俺がうつっている。
俺が動けば、一緒に動く。不思議だ。
「すごい。鏡なんて初めて見た」
自分の恰好より、世界が反転して続く世界に驚いた。
同じ世界が反転して広がっていると、その空間には別の俺が、別の人生を生きているような錯覚がわいてくる。
今にも鏡の向こうの俺が、自由に動き出しそうだ。
「やあ、ごきげんよう」なんて言い出したらどうしようと不安になる。
「レオンの髪は、黒だと思っていたけど、本当は群青だったのね」
フィーが横から顔を出す。
「思ったより、ずっと似合うし、格好いいわ」
俺が来てから、フィーが明るくなったとミラは喜んでいた。
人形のように窓辺にいた彼女が、目の前で動き、笑うだけで俺は時々どうしていいかわからなくなる。
「いいんですか、こんなすごい服を仕立ててもらっても」
「いいの。
私、レオンと一緒にお茶をしたり、お話したりしたいだけなんだから」
「これじゃあ、俺がお茶を淹れなくちゃいけないですよね。
俺でいいんですか。
絶対、ミラの方が上手でしょ」
「あら、考えてなかったわ。
なんでもいいから、私があなたにしてあげたかったのだもの」
こんな格好を村の人たちに見られたら、からかわれる種になりそうだ。
このお嬢様には悪気はないんだよな。
ただ、本当に、してあげたいと思ったことをしているだけで。
『筋金入りの、箱入りお嬢様だ』
口には出さない。
ただ、無邪気で、その押し付けがましい子供のような優しさも、今までずっと守られてきた世界で培われたものなんだろう。
「ありがとうございます。
こんな素晴らしい服を作っていただき」
「喜んでくれてうれしいわ」
嬉しそうに笑う。
「仕事、頑張りますね」
俺はちょっと苦笑い。正直、何も返せるものが思いつかない。
「仕事はほどほどにしてくださいませ。もっと私と遊んで下さない」
フィーにとって俺は、本当にただの、初めての友達なんだろうなあ。
☆
外へ行きたいと言うフィーと庭先に出る。
家の裏側に広がる庭の向こうには森がある。
その森も、家の一部だと言っていた。
「俺、あの森が誰かのものだったなんて知らなかったですよ」
森なんて、自然のもので、誰かのものであるなんて考えたこともなかった。
「お父様はあの森もうちの領地だとおっしゃっていたわ」
家の裏手を歩きながら、森へと近づく。
「俺にとっては、狩りや山菜とか木の実とか、薪とか、色々とってくるための森なんですよ。生活にかかせない場所です。子供のころから行っています」
「子どものころから、お仕事をするの」
「そうです。家の仕事を手伝います。女の子も、男の子も、みんな」
「たくましいのね」
「そうやって暮らしているんですよ」
私にもできるかしら。お嬢様はつぶやきながら、屋敷に一番近い木にたどり着き、その幹に触れる。
「私ね。
本当は、フェリシア・ボールドウィンと言うの」
「フェリシア」
きれな響きの名前。
「ボールドウィンという家名は知っています」
「すいません。知りません」
「この国の、宰相なの」
「さいしょう?」
「お父様は、王様の次くらいにえらいよ。と、笑っておっしゃっていたわ」
「それって」
ものすごいお嬢様なんじゃ。いや、お嬢様というレベルじゃなくて。
「私ね、王太子様と婚約していたの。
でも、婚約破棄されて、不敬罪で、追放されたのよ」
「どうして」
愕然とした。なんでこんなご令嬢がここにいるんだ。
「理由はわからないの。私には身に覚えもなくて」
それは追放された理由がってことか。
「身に覚えのないことでどうして追放されるんですか」
「王様や、王太子様が、そうおっしゃれば、そうなの。これはお父様でも覆らせえない」
「しかし、師匠はお嬢様は……」
口をつぐんだ。これは言ってはいけないと言われていた。
フィーはいずれ戻る予定たと。
剣の稽古をつけてもらうようになって、ドリューのことは師匠と呼ぶようになっていた。
「ねえ、レオン。私に木登りを教えてくれない。
平民になったのだから、貴族だったころでは絶対にできないことをしてみたいの」
過去を一生懸命、彼女なりに吹っ切ろうとしているのかもしれない。
※
フィーは俺を連れて森近くの木へ遊びに行くことが日課になった。
木登りを教えてほしいというので、言われるまま、上り方を教えた。
高いところから見渡すのってなんて気分がいいのと、笑い転げる。
そんなに動いたら、落ちますよ。
と、言った矢先に落ちてしまう。
一番低い枝から落ちても、笑っている。
楽しんでいるようでもあり、やけになっているようでもあり。
俺には区別はつかなかった。
そうやって過ごす中で、フィーはフェリシアだったころの自分を語るようになった。
家族構成。父と母と兄が一人。
執事やメイドのこと。同い年のちょっと怖い子供の執事がいること。
家庭教師と勉強。小さいころからお勉強ばっかりで、とても嫌だっと笑う。
服の脱ぎ気さえ自分でやることのない日常。
舞踏会や社交界のこと。
お茶会のこと。
語りながら、忘れようとしているのか、懐かしんでいるのか。
俺は聞くばかりで、何のアドバイスもできないかった。
それぐらい、俺の日常とはかけはなっれた世界だった。
おとぎの国の話。同じ空の下なのに、まったく違う世界で繰り広げられる物語のようだ。
手の届くところに、そんな女の子がいることが不思議だった。
フィーにとって、俺は執事で、友達で。
彼女は知らなくても、いずれ帰る場所がある。
俺のことなんか、忘れてしまうんだろうな。
フィーにとっての俺と、俺にとってのフィー。
重さはきっと少し違うだろう。
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