27,誘拐
アリアーナの考えが深すぎて、ついていけなかった。
のぼせたと言い訳して、アリアーナから逃げるように温泉からあがった。
今はロビーにある大きな一人掛けのソファーに身を沈ませている。
部屋に戻るのも気が引けた。
アリアーナに驚かされるにしても、心臓がいくつあっても足りない。
ラルフに会いたいなあ。
王太子と同じ部屋なんだろうか。
だとしたら、災難。
いつも俺のせいで巻き込まれて。
「何をされているんですか」と頭上から声がした。
見上げると、脳裏に思い浮かべていた顔がある。
「ラルフ」
うれしい。会いたかった。
目を少し丸くするラルフ。
「こんなところでどうしたんです」
「ちょうど、ラルフは何してるかなと思っていたの」
「アリアーナ様とは一緒では」
「一緒には一緒だったんだけどね。
ちょっと緊張しちゃって。
ラルフだって、ウィリーと同じ部屋ではないの」
「違いますよ。
殿下は護衛の方に引きづられてお一人部屋です。
さすがに、お風呂は一緒に入ろうと、子犬のように部屋まで来たので、今さっきまで付き合っていました」
髪が少し濡れている。
手を伸ばすと、ラルフの湿った髪に届く。
指先で少し遊ぶ。
「私だけでなく、ウィリーにも懐かれて大変ね」
「全くです」
「ラルフはどこに泊まっているの」
「お嬢様の隣ですよ。
私は、どこまでも宰相家のご令嬢のお目付け役です」
「そうよね。そうでなくてはね。
私も、アナよりラルフと一緒の方がリラックスできそうだわ」
「やめてください。
王太子殿下もご一緒なんです。立場を考えてください」
ラルフはため息を吐いた上に、頭をふる。
「部屋に戻りますか」
「戻るわ」
アリアーナも待っている。
俺はソファーからぱっと立ち上がる。
「少しでも、顔を見れてよかった」
「隣におりますから、いつでもお呼びください」
ラルフと会うとほっとする。
そう思って横顔を見つめる。
「なんですか」と表情少ない素っ気ない返事一つ。
☆
夕ご飯はロビー横にある広間だった。
王太子のぼやきに、時折グサッとアリアーナの一言が刺さる。
周囲には、宿泊客の装いの護衛達。
宿の雰囲気を損なわないように物々しさは控えられていた。
こういうのもアリアーナの配慮なのだろう。
俺みたいな単純な人間は、周囲が護衛だと聞かされていても忘れてしまいそうだった。
温泉は何度入ってもいいと言うので、食後もつかった。
湯上り老夫婦とぱったりと会う。にこやかに「湯加減はどうでしたか」とアリアーナと他愛無い談笑をしていた。
部屋に戻り、ベッドにゴロンと横になると、体の奥からじわーっと重みを感じた。
こんなに疲れていたの。
横を見ると、ベッドに腰かけたアリアーナが丁寧に黒髪をすいていた。
窓の外は真っ暗。いつの間にか夜は更けていた。
草木が風になびく。
湧き出るお湯の流れ。
夜目のきく野鳥の声も遠く響く。
目を閉じると、村を思い出す。
ドオン。
轟音が響いた。
部屋が揺れ、俺は飛び起きた。
窓の外が煌々と明るい。
窓の向こうに火柱が立っている。
ベッドから窓辺に駆け寄る。
天に向かって伸びた火柱がバチバチと音を立てながら、徐々に細く小さくなる。
人が数人、宿の玄関に押し入っていくのが見えた。
程なく入り口から白い煙が噴き出した。
振り向くと、アリアーナが立ち上がっていた。
「アナ、侵入者よ」
口元をきつく結ぶアリアーナの蒼白な顔。
いつもの不遜な雰囲気が消えている。
「一体、何が……」
アリアーナが狼狽している。
「大丈夫よ。下には護衛の方もいるのでしょう」
目が合う。
少し正気を取り戻す。
「アナが手配した護衛がいるんだもの、けっして問題ないわ」
ドアが何度も叩かれる。
「お嬢様」とラルフの声。
ドアの隙間から、煙が漏れてくる。
「ラルフ、何があったの」
ドアノブに手をかけた時だった。
ガチリと鍵が外れる音が鳴ると同時。
体がふわっと浮き上がった。
強い力で背後に体がもっていかれる。
ドアが勢いよく開く。
ラルフが現れる。
足元から、白い煙がわいてくる。
状況が分からないうちに、体だけ強い力で宙に浮き、窓の方へ引っ張られる。
「フェリシア」
アリアーナが、後ろへ運ばれる俺の腕をとった。
アリアーナの体も一緒に浮かび上がる。
「風魔法だわ」
アリアーナの腕が俺の胴をつかむ。
そのまま二人、窓の外へ引っ張られる。
「フェリシア」
ラルフの手が伸びる。
その手をつかもうと手を目いっぱいのばす。
届かない。
「ラルフ」
窓の外へ背中から放り出された。
地面に向かって逆さまに落ちる。
窓辺から身を乗り出すラルフが見えた。
地面に叩きつけられそうになる時、ふわっと体が浮き上がる。
内臓が浮く。一瞬気持ち悪くなった。
そのまま地面を水平に引きずられる。
宿の入口から煙がまだ出ている。
その煙をかき分けるように、数人が飛び出てきた。
視界が暗くなる。
急にドスンと落とされた。
尻もちをつき、背中を打った。
むせながら、起き上がる。
横には、アリアーナが倒れていた。
「アリアーナ、大丈夫」
肩をさする。
もう片方の肩をひどく打ったのか、痛そうに顔をゆがめる。
「ここは……」
床はささくれが目立つ木の板。
上を見るとしなる細い木で作られたアーチ型の骨組み。くすんだ厚手の布で覆われている。
見覚えがある。
村の移動手段の一つ。
幌馬車だ。
アリアーナにそばに行き、体を起こす。
「痛む」と聞くと、「少し」と力ない返事。
なんでこんなところに連れさられたんだ。
ガクンと幌馬車が動き出す。貴族用の馬車よりゆれる。
アリアーナがバランスを崩す。
前のめりに倒れ、両手をつく。
揺れに気を取られ、人が近づいているのに気づかなかった。
背後から腕をとられる。
「痛い」
叫んだ間もなく、後ろ手に縛られてた。
アリアーナと目が合う。
不安げな女の子が目の前にいた。
俺は、背後の人間の気配に振り向く。
「あなた方の目的は何」
食いつくようににらんだ。
山賊かと思う、大柄な男がいた。
後ろにも数人の男たち。
多勢に無勢。
ぞわっと背中に悪寒が走る。
「どうしてこんなこと……」
言い終わる前に、両ほほをつかまれた。
「黙ってろ。お嬢ちゃん。
余計なおしゃべりしていたら、どうなると思う」
知らないよ。と言いたかったが、頬を掴かむ手が強すぎて、声が出なかった。
背後の男たちの卑猥な笑い。
耳の中に蛆がわくような響き。
気持ち悪い。
「いい加減にしろよ」
声がし、鋭い風が吹く。
頬をつかむ男の額で何かがはじかれた。
首からがくんと後ろに折れる。
掴んでいた手の力が弱まる。
男の手が頬から離れた。
「傷つけては身代金のあても、売り飛ばすのも値が落ちる」
振り向くと、手綱をとる御者の隣に座る男が腕をまっすぐこちらに向けていた。
「兄貴、冗談だよ。冗談」
俺をつかんでいた男がヘラヘラ笑う。
この男がリーダー。
今男の額をうったのが風魔法なら。
この男が、二階から私たちをさらった魔法使いということなのか。
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