26,湯煙の談話
通された部屋はこじんまりとしていた。
ベッドが二つ。テーブルに椅子が二脚。二人掛けソファー。
棚。水差し。クローゼット。
調度品も壁紙も飾り気なく質素。
本当に宿泊客が休むためだけの部屋なんだな。
ラルフがソファーの上に荷物を置き、退室した。
俺はアリアーナと二人きりとなる
今夜は同室。
「女の子同士当然でしょ」と王太子やラルフをも蹴散らしていた。
スレンダーで豊満な胸を揺らす女の子と同室。
いや、俺だって普通に女の子なんだけど。
こういうのって、想定してなかったんだよなあ。
天井を見上げる。
装飾もかざりもない。素朴な木目が流れている。
男なら、役得ととらえられうかもしれない。
今はただの女の子で、男に戻るかどうかも知れないわけで。
女の子同士なのだから、基本的に問題ない。
ベッドだって二人分、それぞれあるのだし。
俺に比べたら、「いいんだ。俺はラルフと一緒の部屋にするんだかからなー」と王太子にさらわれたラルフの方が災難かもしれない。
「ラルフと離れるのが不安なのですか」
耳元のささやきからもれた吐息が耳にかかる。
がばっと振り向くと、嬉しそうなアリアーナがふふっと笑う。
この年で、この色気って。
頬が火照る。
「アナは私を驚かせすぎです」
「驚くあなたが可愛らしいのが罪なのです」
アリアーナから一歩離れ、向き合う。
何もない。何もないのだが、心臓に悪い。
「さっそくですが、温泉に行ってみませんか。
今日は貸し切り。私とフェリシア。二人だけでゆっくりつかれるの」
頬に片手を添え、首をかしげる。
微笑めば無垢な少女。王太子を足蹴にし、怪しげに人を驚かす雰囲気はなりを潜める。
「他のお客様に、女性の方もいらっしゃるのでは」
「私たち四人以外は、護衛ですわ」
「護衛?」
「宿泊客のふりをした騎士や、手練れの冒険者ですわ。
昨今、子どもの行方不明者が増えております。
今回はウィリーまでついてきてしまったもの。
想定していたより、警備を整えています」
だから安心して一緒にお風呂へ行きましょう。
と、背を押され、部屋を出た。
☆
温泉は広かった。
屋敷の倍以上の広さがあった。
湯煙が立ち上っている。
お湯は少し熱かった。
つかれば徐々に慣れてくる。
手足を伸ばせは、こんなにくつろぐものはない。
「アナはよくこんな宿を見つけてきますね」
アリアーナは街に精通している。屋敷の箱入りだった俺とは大違いだ。
「今日は私のわがままでこの宿にしたのです」
アリアーナがわがまま?
イメージがわかない。
傲慢そうに見えて、彼女は周囲との調和を図る。
自身の振る舞いをその場で調整する気遣いもする。
先を見据えて動ける様は、とても子供とは思えない。
「この宿は実母の実家です。あの老夫婦は私の祖父母にあたります」
「アナが平民?」
静かな告白に込められた内容大きさに俺は思わず身を乗り出した。
「実母は父の愛妾です。街の中心地に大きな宿を経営しております」
昔、アリアーナの母は教会に事業計画を出すも、なかなか支援を得られなかった。困り果てていた時、大臣家の長男が支援を申し出る。支援を受け経営するうちに愛妾になった母が最初に産んだ子がアリアーナ。男系である大臣家。その後正妻に女児が産まれる気配はなかった。大臣家の血を引く唯一の女子として養女へと迎え入れられたのだそうだ。
「アナがカフェを経営していたり、他にも何やらされているのは、実のお母様の影響だったのですね」
「実母は私に持っている知識や経験、コネを惜しみなくくださいます。
私と実母の残された細いつながりなのです」
「アリアーナにそんな過去があるなんて思わなかった」
ただの育ちが良い、少し風変わりなお嬢様だとは思っていたものの。
「表には出ない背景はたくさんありますわ。
すべてを知ることは難しいものです。
父と実母のなれそめとて、表向きと本当は違うかもしれません」
アリアーナは、意味深にほほ笑む。
「大臣家とは大木です。
根は街道のように、広がっています。
支援を受けた者は忘れず、生業を継続しております。
過去から今に至るまで、街には大臣家の血脈や地脈が縦横無尽に張り巡らされております。
地方貴族出身の宰相家は大樹の小枝を刈る力しかございません」
アリアーナは湯をかき分けゆっくりと近づく。
肌が触れ合うかという距離。
顔を覗き込んでくる。
近すぎて目をそらせたい。
「フェリシア。
あなたにだって、秘密の一つや二つおありでしょう」
冷ややかで、美しい瞳。
冷徹で、どう猛な肉食獣を思う。
「四年前。
王太子の婚約発表の延期。
お呼びしたら、のこのことやってくる宰相家のご令嬢。
山へ勝手に行き、王へも奔放な発言をし、お目付け役まで従える」
両手が伸びて、髪に触れる。
「昼間は白銀に、暗がりでは金色を帯びる透明感のある御髪。
金は王の色よ。
わずかでも金色を帯びるなんて」
アリアーナはどこまで知っているのか。
何を考えているのか。
「アナは何を知っているの」
「何も。
私は何も知りません。
おじい様の持つ肖像画の中に、白銀の娘がいます。
前王が在位されていたころの王家のご家族を描いた絵画です。
その中で、現王の異母妹にあたる方が白銀の髪をされていたのですわ」
「それって」
もしかして、フェリシアの実母。
「病弱な方であり、途中で隠れられてしまいました。
その方がどうなったかなんて、私には知る由もありませんわ」
どちらにしろ、とアリアーナは続ける。
「フェリシア。
あなたの存在は、あなたが思うより大きい。
16年前、教会や中堅貴族の後ろ盾に大臣家はいました。
聖女を失った教会に力はありません。教会は聖女の癒しの力に頼り過ぎました。
傲慢となった中堅貴族に大鉈を振るう若者を見つけた時、大臣家は次の時代を迎え入れることにしたのです。
教会と中堅貴族を緩く切り離したのは大臣家です。
宰相家は、大臣家の援護を長らく軽視してきました。
そんな折、私たちの縁がつながり、次世代の交流が始まります。
過去にばかり囚われてた王と宰相の曇りをぬぐう一助になったのでは、と私は思うのです。
頑なな宰相家がおじい様と和解することが増えていきました。
この4年、徐々に宰相家は悪戯に斧を振るうのをやめたのです。
過去の因果を引きずり大臣家の根幹を狙おうというなら、私共は生存をかけ戦うことでしょう。
しかし、彼らが幹や根を狙おうとしないなら、私共は共生を求めます。
秀でた者を取り込み、奢れるものを切り離す。
大臣家が王家より連綿と続く家柄でありつづけることにこそ、私共の存在意義があるのです」
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