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村人だけど、わけあって追放令嬢を破滅から救うにはどうしたらいいか真剣に奔走することになった  作者: 礼(ゆき)
10万字版

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21,小さな悩み

 フェリシアとして生き、早10年。


 前世の性別と違うものの、幼女の体には凹凸はない。

 身長はラルフと並んでも変わらない。

 衣服を着て、ともに駆け回る。

 並んでじゃれあえば、変わりはなかった。


 普段なら気にならないことが、無性に気になるひと時がある。

 湯船につかり、日々の疲れを癒す時間。

 身にまとう衣類を脱げばあらわになる。

  

 白磁の肌。

 整った顔立ち。

 ほんのりと赤い唇と、血色良い頬。

 透明感のある柔らかく流れる御髪。

 普段は白金のようであり、光の加減で薄い金色をまとう。


 紛れもなく自分の肉体なのだと見せつけられる。


 戸惑う。

 一時的な預かりもの。一夜の夢なら、好奇心もわく。

 しかし、これがもし、生涯自分の体になるとしたら。

 見る側から見られる側に変わるとはどういうことか。

 俺は身震いし、頭をふる。


 貴族の屋敷に備えられた風呂場は広い。

 ゆったりと手足を伸ばしてつかることができる。

 髪はミラが洗ってくれる。

 一人になりたいと言えば、そっと離れてゆく。

 気にならない程度の距離で控えているのは知っている。

 湯船から立ち上がれば、すぐさま大ぶりのやわらかい布地で包んでくれる。

 

 長くつかっても、湯温は下がらない。

 一定の温度を保つよう、魔法の力を込めた特別な器具を使用されている。

 湯を沸かすのだから、火の魔法が込められた魔法具だろうか。

 俺は、まだまだいろんなことを知らない。


 5歳を超え6歳になるころから、肉体に丸みと柔らかさを感じるようになった。

 それでもささやかな性別の違いなら無視できた。

 

 いよいよ、そうもいかなくなるよな。

 

 足を引き寄せる。

 なめらかな両足を撫でる。

 これが今の体。


 触れたいと願わなかったわけではない。

 今こうやって触れたとしても、望んでいた形とは大きく違う。

 触れながらも、ためらいを感じる。


 俺の体であって、俺の体ではない。

 

 心のどこかで、この肉体は預かりものだという認識があった。

 いずれは、フィーへ無事に返す。

 そんな風に思っていた。

 いや、思い込もうとしていた。


             ☆


「たとえ、村人の記憶をもって生まれても、今のあなたはフェリシアなんです。

 この世界を宰相家の令嬢であるフェリシアとして生きているのは、あなた自身ですよ。

 その発言、行動が、フェリシアとして評価されていくのです」


「そうだね、気を付けないと。

 フェリシアに体を返してあげた時に困るよね」


「もしかして、元の体に戻れると思っているのですか」


「元に戻るでしょ」


 ラルフは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

「どこにそんな保証があるんですか」


「保障と言うか。

 ただ、フェリシアの肉体を預かっているだけなんだし」


「ただ体を預かっているだけなのか、生まれ変わってその人生を生きているか。

 現状、区別つかないでしょう」


「自然に、そういうものだとずっと思ってて」

 入れ替わったのだから、元に戻れるはずだ。

 信じているから、この肉体を受け入れ生きていける。

 本人に返し、自分に戻る。そうありたい。ただそれだけ。

 

 ラルフは目をそらす。

「もし戻らなかったら、

 あなたがフェリシアとして生きていくことになります」

 声は落ち着いている。表情は見えない。

「仮に18歳の節目を乗り越えたとします。


 現状の流れでは王太子妃になり、子を産み育てる未来がやってきます。


 もし未来の記憶通り、婚約破棄されたら、他の貴族と婚姻することになります。

 旦那様が聖女の力を持つお嬢様を引き留めたいがため、表向きは異母兄であるセイジ様様との婚姻だってあるかもしれません。

 

 教会との関係で、聖女として携わる事だって考えられます」


             ☆


 ラルフは痛いところをつく。

 いや、俺が見たくないと目を背けている部分を言い当てているだけだ。


 元に戻れないかもしれない。


 フェリシアとして生きていく。


 この淡い色香を放つ少女として。

 造作なら妖精のよう。

 黙っていれば可憐な花。

 

 両腕をさする。

 身を抱き寄せる。

 この体が少しづつ変わってきている。

 もう少年のようにはとらえられない。

 

 胸の柔らかさ。

 肌のなめらかさ。

 いつでも触れれる。

 こんな形で触れたかったわけではないのに。


 フィーから大事なものを預かっている。

 この身を彼女に無事に返す。

 信じ込んでいた。信じたかっただけなのかもしれない。


 俺がフェリシアで、フェリシアがレオンであることは覆らないのか。


 初めてお屋敷の窓辺にフィーを見た時、綺麗な子だと思った。 

 村娘にはない落ち着き。

 哀し気な瞳。

 

 その姿に、触れてみたかった。


 今こうしてもろ手で抱けても、それは望みとはかけ離れている。


 仄かに黒い羨望。


 瞳の奥にしまい込む。


 ラルフを見ているとまざまざと浮かぶ。


 あのまなざし。

 目をそらすのは、きっと気づかれたくなくて。

 気づきたくもないから。


 守りたいという表の思いの奥に、囲いたいという衝動がある。


 ラルフは手を握りながら、斜めを見る。

 秘密を共有するときでさえ、その距離を保つ。

 

 ラルフは聡く、察しが良い。

 立場や背景をよく理解している。

 お嬢様と関わることに、何か釘を刺されているのかもしれない。

 けっして、フェリシアの未来の中に、自分の存在を絡めない。


 気づいているものの、気づかれていはいない。


 あれは俺と同じ目だ。


 やめよう。

 考えても仕方ない。ただの思い込みかもしれない。


 ざばっと勢いよく湯船から出る。


 ミラがいそいそと寄ってきて、肩に布をかけ、全身を包む。

 

 なぜ殺されたのか。

 誰がどんな目的かもわからない。

 

 最優先は死の回避。

 それは変わらないのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり面白い展開です。 この話の自分の中の葛藤に関する描写は特に好きです。こういうところはTSものの醍醐味ですよね。よく書かれています。 私の読み進みが遅いですが、まだ少しずつ読み続…
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