表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/49

2,知らないうちに誰かを助けていた

 はらはらと涙を流している。

 女の子が泣いている時って、どうしたらいいんだ。

「あの、俺、なにか、悪いことしてたら、すいません」

 無性に罪悪感がわいてくる。


「いえ、違うの。

 ずっとわからなかったの」


「わからない?」


「私が、何を思っているのか。

 何を感じているのか。

 失ったものが大きくて。

 すべてをなくして。

 たぶん、途方に暮れていたといえればよかったのでしょうけど。

 もう、それさえ、分からなかった」


 彼女が、顔をあげふっと笑った。


「私は、フィー。今は、フィー・ボールと名のることになっているの。

 ただのフィー。

 フィーと呼んでほしいわ」


「ねえ、フィーはどうして、ここに」


「私が悪かったのだと思う。でなければ、ここに追いやられることもなかったでしょう。

 だけど、私は私の何が悪いのか、分からなくて。

 ただ、理不尽に、追いやられた私自身は、今をどうしていいかもわからなくて、動けなくなってしまった……」


 俺には彼女が何を言っているのか、よくわからない。


「あなたをよく見てたわ。

 牧歌的な風景の中を、ヤギとヒツジと牧羊犬を連れて。

 晴れの日にあらわれる、動く絵画のようだった。

 絵が動くわけないもの。

 あなたを見ているうちに、思うようになったの。

 ああ、今、私はここにいる。

 これが現実なんだって」


「フィー」


「ありがとう。

 ドリューがあなたを連れてきてくれて。

 やはり、ここが私の今いるところなんだ、って自覚したわ。

 そして、あなたは教えてくれた。

 私が、本当は哀しいんだって。

 すべてを失って、茫然として、そして、今、私は、哀しんでいるんだって。

 教えてくれた」


「フィー、俺は何もしていないよ」


「そうね。何もしていないかもしれない。

 何もしないでいてくれた。

 私のとまった時間が動くため、

 私の視界に、ちょっとだけ立ち止まって、くれた。

 いつも、塀の外に、少し止まってくれたでしょ。

 あの一瞬が、止まって動く一瞬が、時間が今も刻々と動いていることを教えてくれたの。

 ヤギやヒツジの歩みに合わせて歩きだすあなたの歩調が、私の時間とかみ合ったのかもしれない」


 俺が見ていた世界の向こうで、彼女も俺を見ていたのか。


「失ったものは戻らないわ。

 帰りたくても、帰れないの。

 これから、ここで生きていくんだって、すぐに強く思えればいいのだけど。

 私は、弱くて、小さくて、何も知らないから。

 ただただ、自分の不幸に嘆くことも、十分にできなかったのね」


「フィーは、色々大変だったんだね」


「どうでしょう。

 ただ、何も知らないだけかもしれない」


「フィーは貴族ではないの」


「もう、貴族ではなくて、ただの平民」


「俺と同じ」


「そう」


「俺たちは、貴族が怖い」


「そんな力はもうないの。いえ、はじめからきっとないんだわ。

 むしろ、これからは、あなたから学ばないといけないのね」


 これがお嬢様こと、フィーとの出会いだった。


               ☆


 その後、ドリューがやってきて、屋敷に招き入れてもらった。


 隣村からたまに来るドリューと、フィーのために一緒についてきたメイドのミラ・クワホーがこの家で働いていた。

 ドリューが来れる日も少ないため、男手が必要だった。

 お嬢様が、俺を見て気にするようだったので、ドリューはいつか話しかけようと思っていたらしい。


 思わぬところで、人に見られていることに俺は驚いた。


 俺を雇いたいという話に、フィーはえらく喜んだ。

 彼女にとっては、平民になって初めての友達のような気持ちなのかもしれない。


 メイドのミラは、そんな彼女の喜ぶ姿を見ただけで、感極まっていた。


 善は急げとばかりに、ドリューが家までついてくることになった。

 直接、両親と話をするために。


「急で悪いな」

 歩きながら、ドリューは言う。

「君を雇いたい、なるべく早く君の両親に話して了解を得たいんだよ」


「いえ、でも、なんでそんな風に急ぐんですか」


 ヒツジとヤギの歩みにあわせ、馬を引きながらドリューと俺はゆっくり歩く。


「表向きは、お嬢様が君を気に入っているから。

 もう一つは、俺が来れる日も少ないく、男手が必要であるから。

 健康で、よく働く、信用がおけそうな者がいい」


「表向きっていうことは、本当の理由もあるってことか」


「そうだな。

 お嬢様は、平民になったと思っている。

 だが、本当は、父君と母君が彼女を隠されたのだ」

「隠すって、なぜ」

「非常に地位の高い方なのだよ。彼女の父君は。権力の中枢に近い。

 これがどういう意味か分かるか」

「いえ」

 彼女が最小限の召使いだけで、地方に飛ばされたのも意味があるってことなんだ。

「彼女の身を案じた処置なんだ。

 だから、彼女の護衛がいる」

「護衛?」

「レオン。君は、表向きは、執事だ。

 執事でありながら、お嬢様を守る護衛でもあってほしいんだ」

「ってことは?」

「俺が、お前の師匠になるってことだ。

 俺が来た時に、稽古をつけてやる。

 いないときの練習法も教える」


「それって、剣の使い方か」

 かっこいい。

 村人の俺なんかが、剣に触るなんて一生ないと思っていた。

 

「もちろんだ。

 馬の乗り方、扱い方も。

 そのうえで、ここにいる間、お嬢様に何かあったら、守って差し上げてほしい」


 やった。俺は、心の中でこぶしを握った。

 こんなチャンスはめったにない。

 兵士や騎士のように、剣を使うなんて、おとぎ話の世界のことだと思っていた。


「屋敷には、優秀な執事もいたんだが。どうにもお嬢さまとそりが合わなくてね。

 屋敷にいるメイドや執事も大ぴらに連れても来れない。

 本当に最小限だけの生活を賄える人手しか連れてこれなかった。

 お嬢様は今の自分にはちょうど良いとおっしゃるが、俺も老兵、しっかりと後進を育てる必要もあるってことだ」


 ドリューが、両親のもとに来て、仕事内容とお給金の話をした。


 俺は俺のことなのだが、なんとなくカヤの外。

 未成年だからだ。俺の一存では決められない。

 親も親で、貴族の家で働くなんてこの子にはできないとはじめは言っていたが、お給金と、平民に落ちたため、しばらくの間身を隠すその期間だけだからということで、両親は了承した。

 平民に落ちている彼女に、平民の俺を罰する権利はないというドリューの約束と、お給金が決め手だったようだ。

 来年には成人するものの、今だ未成年の俺には親の庇護下にある。


               ☆


 明日から住み込みで働くという夜。

 寝床に入ったと思ったら、ドアをノックする音がした。

 ベッドから半身を上げると、ドアが開き、母さんが現れた。


「どうしたの、こんな夜に」

「明日から、あなたがいなくなるのが寂しくて」

 そう言いながら、母さんは部屋に入ってきた。


「何を言っているの。遠くに行くわけではないよ。いつでも帰ってこれる距離じゃないか」

 ベッドの脇に座る。

「そうね。

 もう、そんなに大きくなってしまったのね」

 母さんが俺の横に座った。

「そりゃ、いつまでも赤ちゃんでも子供でもないよ」

「そうね。あんなに小さかったあなたが、こんなに大きくなって」と、母さんは俺の頬を触った。「時間なんて、あっという間だったわ」

「そうかな。俺にはとても長い時間のようだったよ」


「貴族様のお屋敷に行くんだもの。心配しない親はいないわ」

「大丈夫だよ。お屋敷の主は、ただの女の子だよ」

「そうね」

「メイド一人と、おじいさん一人で、人手が足りないだけさ。きっと都に戻る日が来たら、俺なんかお払い箱さ」

「ええ」

「ちょっとした、行儀見習いと、剣術の見習いみたいな。短い間の仕事だよ」

「そうね。いつでも帰ってこれる距離だものね」

「心配しすぎさ。彼女は、フィーはだたの女の子だよ」

 本当に、ただ何も知らない女の子だった。

「親なんて、いつまでも子供が心配なのよ。

 うるさいだろうけど、許してね」

 そう言って、母さんは俺を抱きしめた。

「いいよ。ありがとう」

 そう答えて、母さんの胸で目をつぶる。

 幼子に戻ったような気持ちで。

「光と」

 母さんのぬくもり。春の日差しの暖かさに包まれる。

「時と」

 祈るような声に耳を傾ける。子供のころから聞く母さんのお祈り。

「万物に宿るすべての神々の加護があらんことを。

 必ず、家に帰ってきてね。

 あなたが幸せに、元気に、生きてほしいだけなのよ。お母さんは」



最後まで、お読みいただきありがとうございます。

続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、

ブックマークや評価をぜひお願いいたします。

励みになります。

評価は、このページの下にある、☆をタップすればできます。


完結済みです。

予約投稿済みで、毎日更新していきます。

最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ